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第22話 面談の終わりに


 ――魂が語る、己の生い立ちはそれこそ多種多様、様々あった。


 彼らはまず、自らがどのように死んだのかを語る。

 それまでの人生を、簡潔に語ってくれる。

 人であったころに、どう死んだかを認識していたかは定かでは無いが、殆どの魂には最後の一端まで、その死に様が記憶されているようだった。


 ――村娘として生きてきた少女は、盗賊団に襲われ、穢された挙げ句に殺された。


 ――交通事故にあった少年は、道路に飛び出した猫を守って死んでしまった。


 ――宇宙を旅した旅人は、その果てに辿り着き、全てを失った。


 ――王国を善政によって治めてきた王女は、大衆の手によって処刑された。


 ――暗殺者として名を馳せた男は、最後に自らの命を以て(あがな)った。


 聞くだけで、気が重くなるような死に方もあれば、思う間もなく逝けたのだろう、という死に方もある。

 後悔も、未練も、彼らは包み隠さず語ってくれる。

 やりたかったこと、やれなかったこと、彼らは全て、自分の人生を振り返るように、聞かせてくれた。


 ――それは、まるで物語のようで。

 彼らが主人公の、素晴らしい戯曲であるかのようで。

 華々しくも、切なくも、そして……彼らが生きてきた証が、そこにあった。


 ……しかし、こうなると転生の善し悪しをどう判断して良いか、悩んでしまう。


 彼らの、彼女らの人生を〝運が無かった〟や〝充実していた〟なんて言葉で判断することは出来ない。

 それは、彼らの人生を型にはめて、彼女らの人生を否定することに他ならない。

 それだけは〝してはいけない〟こと、そんな気がして。


 ただ、願わくば、彼らの次の人生が、実りのあるものでありますように――

 そう願いながら、聞き取った話の所感を記載し、全員を〝転生適性あり〟とチェックしていく。


 この人達がその後、新しい人生をどのように送るのかは分からない。

 記載した所感が、どのように取り計らわれるかも分かりはしない。


 だが、彼らは最後まで〝生きたい〟という気持ちを持っていたように思えたし、転生の意志についても、多くはそれを望んでいた。

 転生を望まない者については、その背景を聞き取った上で、改めて意志の確認もして、それぞれに適した形での転生が行われるように所感を書いてある。


 きっと、考慮してくれるだろう。


 ――1日25人程度、4日掛けて100人と面接し、その全ての人達を、転生適性ありと判断した。






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






 終末部へのお手伝いへ行って4日目。全ての魂の面談を終えた夜、タナさんからお疲れ様、ということで夕食に誘われた。

 ごちそうしてくれる、とのことらしく断る理由も無いので、喜んで受け入れた。

 それを理由に、ドーンの週1トレーニングを回避する事が出来たのは、言うまでも無い。


 ドーンの誘いを断ってから終末部へ戻り、招かれた部屋に向かうと、そこには豪華な食事が並んでいた。


 鳥の丸焼きに、ステーキ、ローストビーフ。冷製のパスタに野菜のポタージュに魚のソテー。

 デザートの果物の盛り合わせ、小さなケーキのセットまである。

 スタイルは立食式なのか、小さな皿が幾枚も積まれていた。


 どれもこれもが手の込んだ、心のこもった料理。

 ……凄まじく豪華だ。食べ放題の店に行っても、これほどのもの、そうそうお目にかかれるものじゃない。

 くぅ、とお腹の鳴る音が聞こえた気がした。


「それじゃ、主賓も来たことだし始めましょうか」


「特急の仕事お疲れ様ー! 乾・杯☆」


 エリントンに、葡萄のジュースを注いでもらい、タナさんの合図にあわせてグラスを掲げる。

 食事が始まった。エリントン達、3人の側仕えも、混じって食べたり、雑談したりしている。

 海外のホームパーティーというか、そんな雰囲気だ。自然と、笑みがこぼれる。


「――それで、どうだったかしら。転生者面談」


 食事が程ほどに愉しんだ後、壁際のソファに座って休憩していた頃。

 タナさんが近寄って、隣に座る。そして、話題を切り出すように口を開いた。


「皆、必死に生きてきたんだな、って思いました。判断するには重い話もあって……これからの人生が良いものであるように願うばかりです」


 ――心からそう思った。

 これまで〝よりも〟実りあるように、ではない。彼らにとって、それぞれに良いものであることを願う、と。

 向こうで、エリントン達が酔っ払ってドンチャン騒ぎになりつつあるのもあって、少しだけ、苦笑気味に。


「ええ、アタシもそう思うわ。……それと、さっき一応書類チェックさせてもらったけど……〝全員を〟適性ありって判断したの、本当?」


「……何か、ダメだったでしょうか?」


 不安が、急に立ち上ってきた。

 彼らを適性あり、と判断したのは、何か間違いだったのか。4日間、迷惑を掛けてしまったのか。

 背筋に冷たいものが、すっと垂れてくるような感覚を覚える。


 そんな様子を感じ取ったのか、タナさんは笑いながら頭を振った。


「――ううん。大正解よ、アナタに任せて良かったわ」


 しかし、それだけでは終わらない、とばかりにタナさんはじっとこちらの目を見つめてくる。


「でもね、ひとつだけ言わせて」


 目線を合わせるのは、今でも慣れない。

 それでも、目を離すな、とばかりに、その瞳がじっとこちらを向いている。


「あのコ達が死んだことも、あのコ達がこれから別の世界で生きていくことも、それはアナタの責任じゃ無い」


「……一人一人に、しっかり向き合ってくれたのよね。それは書類からすぐ分かったわ。でも、だからといってそれを背負い込んじゃダメ」


「忘れろ、とは言わない。アナタは、あのコ達の為に出来ることを、アナタは全力で、最大限、最善を尽くしてやってくれた。それでいいのよ、それだけでいいの」


「あのコ達はもう終わった存在で、これから始まる存在。〝今、生きている〟アナタがそれに引っ張られる必要なんて無いわ」


 ――ぽたり、ぽたり。


 自然と、涙が頬を伝って落ちた。

 おかしい、こんな事で泣くなんて思ってもいなかった。

 それでも、涙が溢れ、零れ、落ちていく。

 彼らの生き様にも、死に様に引っ張られたつもりも無かった。

 思う事はあっても、何時ものように〝切り替えて〟来た。

 

 そのはずだった。

 なのに。

 

 どうして、泣いているんだろう。

 どうして、涙が出てくるのだろう。

 どうして、胸の奥が熱く、脈打つように疼くのだろう。

 今の〝自分〟には、それが理解出来ないのに、涙は勝手に流れていく。


「……ごめ、ん……なさ、い……なんで、な、……みだ……」


 溢れるそれは、止まらない。

 拭っても、拭っても、涙は止まらない。嗚咽が、喉からも溢れ出る。

 ――〝今までせき止めていたもの〟が、氷解したかのように、涙は溢れ続けた。


「――ごめんなさいね、アナタならちょっと引っ張られちゃうかな、とは思ってたのよ。優しいコだものね」


「でも、今回の事はきっと良い思い出になるわ。アナタにとって、きっと大切な(しるべ)になる。どうか、あのコ達の事も含めて、忘れないであげて」


 タナさんは、涙が止まるまで側に居てくれたし、食事が終わった後も泊まって行って良いと、毛布を貸してくれた。

 ソファに身体を預け、窓の外に見える夜空を見ながら、その日は眠りについた。


 眠りに落ちる前の僅かな時間、4日間で面談した、人々の事を想う。


 どうか、願わくば。

 彼らの魂が幸せでありますように。

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