表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/70

第21話 転生者面談:CASE3〝喰い尽くされた子供〟


「次の方、どうぞ」


 呼び鈴を鳴らして招き入れた魂は、小さな子供の姿を取った。

 外見からは、男の子か、女の子からは分からない。

 纏う炎も小さく揺らめくものだった。


 きっと、子供のまま亡くなった魂なのだろう。

 それなら少しだけ笑顔を強めに、穏やかに。

 この子を不安にさせてはいけないと思ったから。


「それでは、面談を始めます。……貴方……いや、君の人生について、聞いてもいいかな? お名前とか言える?」


 その子は、少し戸惑っているかのようだった。

 幼くして亡くなったのだから、他の魂のように、穏やかに自分の状態を見つめられる状態ではないのかもしれない。


「私の名前……、エル、っていいます。食べるものもなくて、動けなくなって、いつの間にかここに……」


 やはり、自分がどうして死んだのかを受け入れられる状態ではないようだった。

 続けて、この子の周囲の環境についても質問を投げかけてみる。


「ええと、お父さんやお母さんは居なかったのかな、ひとりで暮らしてたの?」


「お父さんは居なくて、お母さんも私が5才の頃に死んじゃって……その後、私を引き取りにきた人のところに住んでたの」


「……その人は、優しかった?」


 資料にも引き取り手が居たという記載はあった。

 その後の記述からも、大体の状態は分かる。……吐き気がする程に。


「ううん……、他にも私みたいに連れてこられた子がいて、殴られたり、叩かれたりしてた。…………怖い、人だった」


「私が8歳くらいになった頃に、〝お客さん〟の相手をするように言われて……痛かったけど、うまく出来ないとご飯がもらえなくて、頑張ってたけど……」


「……途中から、身体がうまく動かなくなって……部屋から出てきちゃダメって言われてたの。ご飯もずっともらえなかった」


 魂の炎が、縮こまるように明かりを細める。

 恐怖の記憶が想起されてしまったのだろう。


 ――この子は、虐待を受けていたんだ。

 死因も、餓死ではないだろう。〝客を相手にする〟等という行為から、それ故の病になり、放棄された為に、生きることすら出来なくなった。


 病死なんて生やさしいものじゃない。これは殺害だ。

 食事も、自由も、何もかもを奪われて、最期に残った命すら、ゴミのように扱われた虐待死だ。


 しかも、この子の父親は……。

 この子とその母親を捨てた挙げ句、残った我が子を他者の慰み者にするような男。

 資料には明確に、そう記載されている。

 ……記述をみる限り、そう命は長くないようだが。


 ……胃から苦いものがこみ上げる。

 この子が受けてきたそれは、人の悪性そのもの。

 そんなものを、この子は小さな身体で受け続けて死んだのか。

 誰も彼もが、父親までもが、この子を、まるで獣のように、食い荒らしたのか。

 

 こんな子供を、ここまで来させてしまったのか。


 湧き上がる感情は、怒りや憎しみではなく。

 この子を此処まで来させてしまった、という、無力感。

 それを必死に押さえ込み、表情を取り繕って。


「……そっか。ごめんね、辛いこと聞いちゃったね」


 慰めるように言葉を返すが、この子は意外そうに、こちらの顔を見ていた。


「お兄さん、どこか痛いの? だいじょうぶ?」


 目の前の子供に言われて、自分の表情が歪んでいる事に気づいた。

 頭を振って、また笑みを向ける。

 ……こういう時の笑顔は、なかなか作りづらくて困る。


「……ううん、なんでもないんだ。それじゃ、そうだな……、何か、やってみたいこととか、あるかな?」


「うんとね……、私、もう一度お母さんに会いたい。それでね、一緒にご飯をおなかいっぱい食べるの」


 この子の願いは、とても子供らしいものだった。

 母に会いたい、お腹いっぱい食べたい。素晴らしい願いだと思う。

 そして。


「それで、えっと……いつか大人になってみたかったな」


 ――この子は、大人になりたかった、と言った。

 あれほど、自分を食い荒らしてきた〝大人〟達を知っているのに、それでも大人になってみたかった、と。

 成長して、その先へ。今よりも、もっと先を知りたかったと、願っている。


 ――これほどに強い、生きたいという願いはあるだろうか。


「ねえ、お兄さん……私、いつか大人になれるかな?」


「……大丈夫、絶対なれるよ」


 嘘をついた。

 嘘はつきなれているつもりだったが、この嘘は、きっと許されないものだ。


 他人なら、優しい嘘だと言うだろう。

 だけど、この嘘は、絶対に許してはいけない嘘だ。

 自分は、この子には〝先〟が無いことを知っている。

 転生と言っても、それは〝この子〟としての人生じゃ無いことは理解している。


 だからこそ、許しちゃいけない。

 ごめん、ごめんねと、心の中で反芻(はんすう)しながら、最後の質問へ。


「……それじゃ、最後にひとつだけ聞かせてね、もし、別の世界でもう一度生きられるしたら……どうしたい?」


「お父さんとお母さんに会える?」


 魂の炎を、明るく揺らめかせてこの子は言った。再会の機会が与えられた、と思ったのかもしれない。

 でも、転生するとしたら別の世界が前提、そのはずだ。

 それに、資料によれば母親の魂は、既に輪廻の輪に乗ってしまっている。

 転生させるにしても、数十年以上先の話になってしまうかもしれない。


「……それは、ちょっと難しいかな」


「ならイヤ。お母さんにも会いたいもん。お父さんは会ったことないけど、お母さんはずっとお父さんのこと、良い人だって言ってたし」


「そうだよね。……うん、そうだよね。……わかった、ありがとう」


 そう、答えるしかなかった。

 この子にとっては、自分の母、そして父こそが会いたい存在なのだから。

 それは十分に分かっている。分かっているが……。


 母親はいい。

 彼女は、その生まれこそ苦難であり、その終わりこそ非情であったが、それでも母親として、最善を尽くした善人だと資料からは読み取れる。


 だが、父親に関しては、ダメだ。

 あんな外道を、もう一度この子に会わせていいはずがない。

 たとえ、この子がそれを望んでいたとしても、それだけはダメだ。


 これがエゴなのは分かっている。

 きっと、正解や最適ですらありはしない。

 恨んでくれてもいい、呪ってくれてもいい。


 ……だから、ごめん。

 その願いだけは、叶えてあげたくないんだ。


「色々お話出来てよかった。……どうなるかは分からないけど、君が、立派な大人になれるよう、……それに、お母さんにもう一度会えるように、優しくて、美しい(エレガントな)〝神さま〟にお願いしておくね」


 ――魂を見送って、所感を纏める。

 この子については、書き添えておかなければならないこともあるだろう。

 タナさんなら、きっと分かってくれる。

 …………分かって、くれる、はずだ。



 ――――――――


 面談の結果、子供のまま、虐待による死を迎えた事を改めて確認した。

 その為、人生経験という点においては、多くの情報を持ち得ていないが、

 優しい大人になりたい、という生きる願いを聞き取ることが出来た。


 ただし、対象は転生の意志を確認した際に、両親と再会したいと述べた。

 転生は別の世界である旨を伝えた上で、再度の意思確認を行ったが、

 親との再会が果たされなければ、転生する気はないと返答した。

 故に、可能であるならば、彼女の母の元へ新たに誕生させるか、

 母親が現在の生を終えた後に、母子共に新たに転生先を選定すべきではないか、

 と進言する。


 以上の面談結果から、

 エル・リーミャを、転生者として適性あり、

 と認め、転生者候補として終末部での魂の保全・保護を行い、

 転生の可否含め、改めて検討を要すると判断する。


 しかし、生前の記憶については、経験した事の非道さから、

 十分な配慮を持って取り扱われるべきである。


 同時にこの子を死に至らしめた父親については、

 その死後、現地あるいは終末部にて、この子に対して、今後一切の関与が、

 行われることがないよう、厳正な裁可が下されることを、切に願う。


 ――――――――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ