第20話 転生者面談:CASE2〝誰かを護れなかった騎士〟
「次の方、どうぞ」
呼び鈴を鳴らして次の魂を招き入れる。
それは赤い炎を纏った姿で、兵士のような出で立ちだった。
「では、面談をさせていただきます。どうぞ、貴方の人生をお聞かせ下さい」
こちらが促すように言葉を掛けると、〝彼〟は己の人生を語り始めた。
「私はフィリップ・フォン・アーネンベルグ、圧政を敷く王侯貴族に反乱を起こしましたが、反乱に失敗し、無辜の民を逃がしている際に襲撃を受け、死亡しました」
彼も、先ほどの彼女と同じように穏やかな口調だ。
彼の魂の炎は、煌々と、赤く燃え上がっている。
「奴らは、我々が滞在していた村を襲いました。我々が狩猟の為に村を離れていた隙に、村の者を、女子供問わず、穢し、殺し尽くし、そして村を焼き払いました」
「一番に帰り着いた私は、それを見て、すぐに生き残っている者を探すために、村に入りました」
「……例え、それが罠だと分かっていても、止められませんでした」
彼の資料には、騎士爵領出身の三男であり、剣に秀でた人物だと記載されている。
彼の言葉や、最期の行動からは、何処となくドーンのような、誇り高い騎士のように思えた。
――誇り高いからこそ、果たさなければならない責務があった。
自らの命を危機に貶めるとしても、彼は、誇りを持って戦ったのだろう。
「……、貴方は誇り高い騎士だったのですね。……何か、未練などはありますか? どんなことでも構いません」
「――ない、と答えるべきかもしれません。ですが……何人かは逃がせましたが、最後に生き残っている所を見つけた子供が……私の意識が途切れる間際に、逃げ切れずに」
彼は、言葉に詰まったようだった。
その最期の瞬間を、最早動かぬ身体で、最早薄れゆく意識の中で、見てしまったのだ。
――どれほどの喪失感だったんだろう。
命を賭けて、最期の最期に見つけ出した生存者の命が刈り取られていく瞬間を見てしまったその瞬間。
すくい上げた命が、その手からこぼれ落ちていく無力感。
想像するだけで嗚咽が漏れそうになる。
「……我々が、あの村を訪れなければ、あのような悲劇は起きえなかったでしょう」
「私には分かっていたのです。何時か、こういうことが起こることが」
「それを〝大事の前の小事〟と考えないようにしていた。それが、私の罪であり、後悔であり、未練でもあります」
〝大事の前の小事〟と彼は言う。
しかし、彼自身ずっと考えてきたんじゃないだろうか。
何時か、無関係な誰かに被害が及ぶことに、ずっと、ずっと悩んできたのだろう。
だからこそ、最期まで誇り高くあろうとした。
――それは賞賛すべきものだ。
歴史がそれを否定したとしても、今だけは彼を賞賛する〝誰か〟が居てもいい。
「……お辛いかもしれませんが、聞かせて下さい。貴方は何故、反乱に参加したのでしょうか」
出来る限り穏やかに、彼の想いを聞き出すために質問する。
その最期を聞いているのは自分だけだ。
彼が何故、反乱に参加したのかも含めて、受け止めなければならない。
「私は、子供の頃から英雄譚に憧れていたのです。悪を排し、民を守る勇気ある者達の背中に憧れていました」
「それが血塗られた道であると知ったのは、15歳になった時でしたが、……それでも、何故か憧れだけは捨てられませんでした」
「物語の英雄になりたかった訳ではありません。〝彼らが思い描いた平和〟を実現したい、と剣を取りました」
英雄や、正義の味方への憧れ。
それは子供の頃の夢で、大人になればなるほどに、その苦難の道を知り、諦めと失望によって捨て去ってしまうものだ。
それが、彼の原動力だというのなら――
「ありがとうございます。……では、最期にお伺いします」
「……もし、別の世界でもう一度生きられるなら、どうしますか?」
「そんな機会が与えられるのですか?」
魂が、戸惑うようにその炎を揺らめかせた。
「保証は出来ません。でも、もしその機会が与えられるかもしれないとしたら、貴方は何をしたいですか?」
「もしそんな機会が与えられるとしたら……次こそは、人々を護れる存在になりたいと思います。私の失敗を購えるとしたら、それしかないと」
魂の炎が、少しだけ明るさを増したように見えた。
「……例えば、どのような……先ほどお話にあった〝英雄〟のように、ですか?」
「いいえ。どのような形でも構いません」
「家族の為でも、友人の為でも、民の為でも……私が護れず、私がもたらした災厄によって失われた人達の為にも」
ああ、彼は高貴なる者の責務を知る人だ。
自分の為ではなく、他人の為に戦える存在だ。
それが例え、自分の命を賭するような環境でも、彼は人の為に戦うだろう。
故に……状況が許してしまえば、きっと、彼はまた今回のように死地へ向かってしまうはずだ。
「……ありがとうございました。貴方の次の人生が、貴方にとって幸福でありますように。誇りある騎士に、新たな栄えがあらんことを」
呼び鈴を鳴らして、彼の魂を見送って。
これまで聞き取ったこと、そして彼が望んだ事を、所感を記載する。
彼の能力や、精神の強さを……活かせるように願いながら。
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面談の結果、彼は勇気、そして気高い精神があり、
罠を恐れずに、敵陣へ飛び込む胆力があることを確認した。
最期まで、憧れを持ち続けた誇りある騎士であり、
それが彼自身の原動力になっていたことも聞き取ることが出来た。
彼には英雄や、君主としての資質があると思われる。
どのような形であれ、己の立場に応じ、他者の為の行動をするだろう。
しかしそれは、彼自身を自ずから死地へ赴かせる可能性がある。
よって、転生先選定においては、彼自身の資質を十分に発揮できる環境、
即ち君主や領主のような権威を持てる世界が適していると考える。
加えて、転生先での神々による庇護がどのようなものであるかは、
十分に考慮した上で、転生先選定を行うべきと進言する。
以上の面談結果から、
フィリップ・フォン・アーネンベルグを、転生者として適性あり、
と認め、すみやかに転生先の選定を行うべきと判断する。
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