表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/70

第19話 転生者面談:CASE1〝夢を諦めた女性〟


 ――最初に訪れた魂は、デスクの前に着くと女性の姿を取った。

 青い魂の炎が、その身体にゆらゆらと纏わり付いている。

 衣服は、自分がよく知っているような女性向けのスーツ。

 きっと、自分と似た世界か同じ世界の出身なのだろう、と理解出来る。


 準備が出来たのか、魂――〝彼女〟は、その口を開く。


「私は、天野(あまの)美枝(みえ)と言います」


「大手の広告代理店に勤めていましたが、長時間の残業による疲労とストレスでお酒に溺れて……」


「お酒と睡眠薬と一緒に飲んでいたことが影響して、脳からの出血で死亡しました」


 彼女の口調は、とても落ち着いており、そして穏やかだった。

 死後の魂は、これまで生きてきた証そのもの。感情があるのかは、今のところ分からない。

 そうだとしても、悼むくらいは分かってくれるだろう。


「……そうですか。それは、ご愁傷様でした」


「いえ、仕方なかったんだと思います。私が、ダメな人間だったからこうなりました。会社が求める人材にはなれなかったんです」


 ……いや、きっとそんなことは無い。

 彼女を救う手立ては、きっといくつもあったはずだ。

 しかし、誰もそれを選ばず、誰もそれを差し伸べなかっただけだ。

 誰もが見て見ぬ振りをした、それだけなんだ。


 彼女の口調は穏やかだが、それでも、まるで泣いているかのようにその魂の炎を揺らめかせている。


「そんなことはありません。その……何か、未練はありますか。やりたかったことや、やれなかったこと、貴女の思いを聞かせて下さい」


 ここでの質問は、たったひとつ、必ず聞かなければいけない内容以外はどのようなことを聞いてもいい。とメモの端に書かれていた。


 ――なら、彼女の願いや、最後の想いを聞くのが、今の自分の務めだろう。

 それが、例え彼女にとって辛いことだったとしても。

 それを受け止めてあげられるのは、今、此処にいる自分しかいない。


「――私、夢があったんです。本当は、絵描き……いいえ、漫画家になりたかった。小さい頃から、絵を描くのが好きで、お祖母ちゃんに褒めてもらったのを覚えています」


「でも、それを押し通すことが出来なかったんです。高校時代に、漫画賞で佳作を取ったこともありました。でも……両親の反対を押し切ってまで、それをやり通すことが出来ませんでした」


 彼女の資料に目を落とす。そこには生前彼女が手がけたが、世に出なかったデザインや、彼女が学生の頃に書いていた漫画の写しなどがあった。

 それは、芸術やデザインに疎い自分にも、美しいものだと分かる。

 彼女が高校時代に手がけた漫画も、絵はまだまだ稚拙かもしれないが、情熱が、想いがこもっているのは見て取れた。


 きっと、彼女には才能があったのだろう。当然、そういう選択肢はあった。

 だがそれを選べなかったのが、彼女の未練だというのなら、それはしっかり受け止めてあげなければいけない。


「……もし、状況が許していたなら……続けていましたか?」


「どうでしょうか。結局は挫折していたかもしれません、会社でも、自分の出したデザインは、何時も怒られてばかりでしたから」


 ――どうして。

 どうして、誰も彼女を認めてあげられなかったんだ。

 何が、彼女をこうさせてしまったんだ。

 彼女の、彼女だけの宝物を、奪ってしまったんだ。

 彼女がこう成り果てて、彼女がこうして死んでしまったのは、どうしてなんだ。


 湧き上がる感情を抑えながら、彼女へと笑みを向ける。

 そして、必ず聞かなければいけない内容を問う為、口を開く。


「……最後にお伺いします。……もし、別の世界でもう一度生きられるとしたら、それを望みますか?」


「そんな奇跡みたいな機会が与えられるとは思いませんが……」


「もしも、の話です。貴女にもし、その機会が与えられるとしたら――」


「……いえ、良いです。どうせ、同じような人生になると思いますから。出来れば、このまま終わらせて下さい」


 彼女は、機会を否定した。むしろ消滅まで望んでいる。

 その人生は否定の連続だったのだろう。周囲の抑圧が、周囲の拒絶が、彼女の人格形成にも影響してしまったのだろう。


 ……でも、彼女は〝夢があった〟と言った。

 言葉は過去形だが、此処に至ってなお口にするものならば、きっと彼女の中にはその残り火が今も残っている、はずだ。

 なら、少しだけ、その火に薪を加えてみよう。


「じゃあ、……そうですね。もし、漫画の神様に会えたとしたらどうします?」


「漫画の……神様……」


「ええ。貴女の知っているような作品を描いているかもしれない、漫画の神様……その方に会えたら?」


「……そうですね、それなら私の描いた漫画を見てもらいたいです。ネームでもいい、見てもらって、アドバイスをもらいたい。その人ならどうするか、コマ割りやベタで、その人ならどう表現するか、聞いてみたい。笑われるかも知れないけど、私の漫画を――」


 その言葉に、笑みを返し。


「次の人生では、もしかしたらそういった人や、貴女の作品を読んで、それに涙したり、喜んだり、救われるような読者に出会えるかもしれません。……それに、俺は貴女の次の作品を見てみたいと思います、……俺じゃ、不服かもしれませんけど」


 そして、もう一度。

 彼女の意志を再度確認するように。


「……改めて聞きます。もし別の世界で、もう一度生きられるとしたら、どうしますか?」


「――もし、出来るなら。もし、もう一度漫画を描く事が出来るなら……やってみたいです」


 ……彼女は、前を向いた。

 次を、今よりも先を、という気持ちを持ってくれた。……いや、持たせた、と言うべきかも知れない。

 自己否定、という情動はそう容易く拭い去れるものではない。

 だからこそ、彼女には読者……彼女の肯定者が必要だ。

 ……傍観者故のエゴ、と言われたらそれまでだが。


「そうですか。ありがとうございます……。では、面接は終わりとなります。貴女の新作、楽しみにしていますね」


 呼び鈴を鳴らして、彼女を見送る。彼女はまた魂の姿に戻り、扉をすり抜けて消えていった。


 さて、一人目の面談を終えて所感を書くにあたり、どうまとめるかと考える。

 転生適性あり、とだけ書いてもいいのかもしれないが、きっとそんなことは期待されていないはずだ。わざわざ生きている自分に頼むのだから、それなりの所感が求められている、はずだ。


 一応、転生とは魂の数合わせであり、あるいは因果の調整であり、神々にとっては自分の信仰者を確保する手段……そう説明を受けている。

 しかし、それだけではないように思う。

 少なくとも、自分の知る〝転生モノ〟では、暗黙のうちに共通したひとつの役割を持っていると思っている。


 ――転生者は〝差異による変質と進展をもたらす〟者だ。

 思考、発想、技術、感性。生前持ち得た経験を、別の世界に持ち込むことで、世界を変質させ、技術を発展させ、状況を進展させる存在だ。

 記憶が継承されるかどうかはさておき、その経験情報を新たにもたらす渡来者だ。


 世界の停滞が滅亡に繋がるという、魔王に関する説明を前提とするなら、転生者の持つ力は、世界滅亡を防ぐカンフル剤とも言える。


 そうであるならば、所感に纏めるべきは彼女の特質。

 その特質がいかにして世界に有用か。

 その才覚がいかにして世界に変質をもたらすか。

 加えて、その生前での状況を考慮した上で、幸福になりうる道はどのようなものか。


 書いておけば、タナさんはきっと転生先選定の時に考慮してくれるだろう。

 ちょっと大変ではあるけれど、書かないでおくよりは良いはずだ。



 ――――――――


 面談の結果、彼女には絵画、特に漫画への思い入れがあることを聞き取った。

 彼女を取り巻く環境がそれを許さなかったが、

 それでも彼女はそれを、最後の時まで望んでいたと思われる。


 彼女には絵画、特に漫画の才覚がある為、転生先として、

 漫画といった娯楽文化の根付いていない世界へ転生することにより、

 世界の文化構造に対して、一定の影響力を与えうる存在になる可能性がある。

 娯楽文化の根付いた世界であっても、認識と思考の差異により、

 新たな文化を構築可能とも思われる。


 ただし、生前の経験から自己肯定の意識が低い為、転生先には、

 彼女の肯定者たり得る環境が構成されているべきである、と進言する。


 以上の面談結果から、

 天野美枝を転生者として適性あり、

 と認め、すみやかに転生先の選定を行うべきと判断する。


 ――――――――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ