第15話 ドーンズブートキャンプ-1
――〝異世界管理局〟で勤めるようになって、2週間ほどが過ぎた。
自分の世界ではもう11月に入った頃合になるが、此処で勤めていると季節の変化、というのはいささか実感がない。
制服の効果もあってか、暑くも無く、寒くも無い上に、外の景色というものをあまり見ないからだ。
勤めてみて、いくつか知ったことがある。
まず此処には〝決まった休憩〟の概念がない。適当に仕事が片付いたり、切りのいいところで各々が好き勝手に休憩を取っている。
その日に割り当てられた仕事が適切に終わるならば、自由ということだ。終わってしまえば帰ってもいい。
逆に言えば、終わらなければいつまでも残業する羽目になる、ということになる。
――だが、そうならない理由があった。アスカの存在だ。
彼女は此処で一番の古株らしく、上司として最適な人材だった。実務全般の実権は、彼女が握っている。
彼女は各個人の適性を把握し、それぞれが1日かけてやりきる量の仕事を、正しく割り振る能力がある。
時折難しい仕事も割り振られるが、それでも取り組んで解決できないようなものではない。〝適当〟に取り組めば、処理できる内容だ。
この場合の〝適当〟とは、最適の努力と健闘を以て事態にあたる、という意味ではあるが。
つまるところ――彼女は人を使うのが上手い。
仕事の点においては、極めて優秀な人だ。手を抜けば、すぐに感づかれてそれとなく咎められるし、努力すればそれは正しく賞賛する。
アーノがサボりがちなので、割としょっちゅう怒られているがそれはそれで、空気を和ませる一因になっていた。
だからこそ、いろいろと〝勉強になる〟人でもある。
同僚達とも仲良くなり始めた。
特に席が近いのもあって、向かいに座るアーノと、ドーンとは仲良くなれた気がする。
アーノは自分と同じ人間で、若くして大成した〝魔術師〟だったという。
しかし、いろいろやりすぎて〝魔法使い〟と呼ばれる程にまでなってしまい、逃げ回った末に此処に辿り着いた、と面倒くさそうに語っていた。
だから、やりすぎないように手を抜く事を覚えたようで、また、それに長けている。
サボりはさておき、手を抜いても必要な仕事はこなすのだから天才なのだろう。
ドーンは見た目通りの騎士出身だそうだ。しかも、本人はあまり語らないが、英雄的な扱いを受けるほどの武芸者だとアーノがおちょくっていた。どうやら彼らは同郷らしい。
そして何より、良く食べる。彼はたまに弁当を持参してきているが、その弁当の大きさが半端じゃない。
前に子豚の丸焼きを持ってきた時は驚くなんてものじゃなかった。それを一人で食べきってしまうのだから胆力がある。
時折お裾分けをもらうが、その量で1日のカロリーを軽く超えるんじゃないかと思える程の量だ。流石に食べきれないので帰ってからの晩ご飯にしている。
――良い職場だ。
本当の意味で仲間になれたら、どんなに良いだろう。
彼らと働きながら、心から仲間と言える日が来ることを願いながら、今日も仕事に励むことにしよう。
―――――― ◆ ◇ ◆ ――――――
「なあ雨宮君、君――剣や槍に興味は無いか?」
週末の仕事終わりに、声を掛けられた。相手は隣に座るドーンだ。
彼もちょうど、今日の仕事を終えたらしく帰りの支度をしている最中だった。
「え? 剣も槍も、こっちの世界じゃ使うこと無いですし、スポーツでやってる人がいるくらいで……触ったことはないですね」
こっちでは今の時代、剣も槍も大して必要ではない。
剣道、槍術、長刀、弓術といったスポーツはあれど、自分には縁のないものだ。
何より、根性だのやる気だの、精神論を賞賛するだけの体育会系思考パターンは嫌いだった。
「うん、そう聞いているよ。だが、身体を鍛える、そして知識を蓄える、という意味では君にとって役に立つと思うのだが、どうかな?」
「はは、確かにそうですね。機会があったらやってみたいと思います」
軽く受け流すように、角が立たない返答を。
いわゆる前向きに検討させて頂きます。という奴だ。機会なんてそうそう訪れるものじゃ――
「ははは! よーし! ちょうど俺も仕事終わりだ、今から行こうじゃないか!」
「――え?」
――訪れてしまった。訪れないと思っていた機会が、唐突に空から降ってきた。
いや、いやいや。仕事帰りに飲み会に付き合わされるより急な話だ。
せめて来週、とか言ってくれたらいくらでも言い訳して回避出来たのに。
ドーンは手早く自分の荷物を纏めると、こちらの荷物も纏めて片手に抱え、もう片方の手で手をつかんできた。
これでは最早、逃げ道がない。
「さあ行こう、それでは諸君、お疲れ様!」
「ちょ、ちょま、っ……え、えぇ……」
「お疲れ様ー」
ずりずりと引きずられるようにして裏口へ連れて行かれる。
アーノがクスクス笑う声が、遠ざかりながら聞こえてきた。
―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――
彼に連れてこられたのは訓練場、と書かれた部屋だった。
何処か剣道などの道場に似た部屋で、壁際には木製の剣や槍、盾、トレーニング用の人形などがずらりと並んでいる。
倉庫らしき扉もあるのでその奥にもまだいろいろあるのだろう。
「さて、雨宮君。それぞれの武器の特性を簡単に説明しておこう」
ドーンが木剣を手に取る。
最早有無を言わさぬ状態だ。
「一般的に剣というのは、もちろん斬ることは出来るが、特に強靱な外皮を持つ獣や、防具を着用した相手なら、打撃を与える為の武器になる」
「相手に打撃を与え、ひるませた後に急所に一撃を与える近接武器、と考えて良い。相手に詰め寄られても使えるのが、槍との大きな違いだ」
木剣を振るいながら彼が言う。
手慣れたものとばかりに、ヒュンヒュンと空気を斬る音。この太刀筋で打ち据えられたら割と簡単に死ねる気がする。
「次に槍だが、こちらは見たとおり刺す、そして殴る為のものだ。リーチもあり、投擲にも向いている。先端が鋭利だから、急所を狙えば剣以上のダメージを与えられる」
「ただ、剣に比べると若干脆いんだ。加えて至近距離まで迫られたら、間合いを取るまで防戦一方、槍だけでは押し返すまで、攻撃できなくなるのが難点とも言える」
次に手に取ったのは木製の槍、先端は布でくるまれている。
こちらも使い慣れているのか、くるくるとステッキのように振り回していた。
「――というところなのだが、君はどっちが好みかな?」
好み、と言われても。
ただ、扱いやすそうなのは剣の方な気がした。先の話の通りなら、剣の方が扱いやすく、応用が利く。
「どちらもやったことないんですけど……とりあえず、剣の方が取り回しがいいかなと」
「そうか! なら、まずは型など気にせず好きに打ち込んで見てくれ。俺はそれを槍で受けよう。怪我はさせないように気をつけるから」
はい、と70cm程度の小ぶりな木剣を手渡された。そこまで重くはないものの、しっかりとした重量感がある。
本気でやる気なのか、この人は……。仕方ないので、とりあえず両手で柄を握り、構える。
「――行きます!」
「――応!」
しっかり踏み込み、剣を振るう。彼は先ほど、剣は〝打撃武器〟であるかのように言っていた。
なら、まずは体重を掛けて、打ち込んでいく。確か薩摩の剣術で、似たように全力で打ち込んでいく方法があったはずだ。それを真似てみよう。
「うむ、初めてにしては良いね。先ほど俺が打撃の話をしたのを良く聞いていたようだ!」
打ち込んだ打撃を全て受け流しながら、彼は楽しそうに笑っている。
ひとしきり打ち込んで、こちらはもう汗だくだが、彼は汗一つかいていない。
「よし、そろそろいいだろう。次は俺の槍を防御してみるんだ」
「は、はい……」
息を切らしながら、剣を構えなおす。
「行くぞ!」
彼は大きく槍を振るってくる。当然、本気では無いのだろうが、一撃一撃が重く感じる。
受けた手がじんじんと響き、熱くなっていく。
柄を握るだけでは防ぎきれない。剣の腹にも手を添えないと、そのまま押し倒されそうな重さだ。
「おお、良く受けるじゃないか。そうだ、それでいい!」
徐々に一撃の速度が速くなっていく。目で追い切れないギリギリまで速度を上げてくる。
何処までやれるか、を推し量るつもりらしい。一般人相手に何処までやるつもりなんだ、この人は。
流石に最後まで受けきれず、剣を大きく弾かれて手から飛んで言ってしまった。
「なかなか筋が良いな! まだまだ基礎的な筋力、体力は心許ないがそれでもよく出来ているよ」
「はぁっ……はあっ……、あ、ありがとう、ござい、ます……」
汗が滴り前髪が濡れる。息ももう、絶え絶えという状態だ。
これ以上動いたら真面目に動けなくなる――
「じゃあ、最後にもう一度攻撃してくるんだ。俺を倒すつもりでな!」
「まだ、まだやるんです、か……?」
「ああ! 〝今日は〟これで最後だ! さあ、剣を取れ!」
若干の酸欠で朦朧としつつある意識の中、よろよろと剣を取って構え……。
――あれ、今、〝今日は〟って言った?
もしかして、これ、毎週やったりするのか? いや、それは、ちょっと――
「さあ、今度はこっちも多少攻撃するから、しっかり見極めて打って来るんだ!」
――ああ。もう、しょうがない。
明日一日を寝て過ごす覚悟を決め、一気に踏み込んでいく――




