目覚め
膝への力が崩れる。
地面に吸い寄せられる。
顔からドスッと音がなる。
痛みを感じる余裕さえない。
世界は黒いモヤに包まれて消えた。
意識を取り戻した僕は、生きていることを自覚する前に胃の痛みを覚えた。
いや、これが生きている実感なのだろう。
ハラがへったな。
目を覚ましたここは思いの外、白で包まれていた。
頭の痛みとともに、自分の状況を理解できていく。
この場所が僕の知らない場所で、僕はこげ茶色の毛布を掛けられたベットの上だった。
「やぁ、おはよう」
すぐ横に黒髪に白髪が数本混じり、目じりの笑いジワが似合う男性が椅子に座っていた。
彼の笑顔に悪意を感じたが、彼の膝の皿には綺麗に切られたリンゴが並べられており、その几帳面さに親しみを感じてやらんことはない。
そして、いまだかつてベッドの横でリンゴをむく男に悪い人がいるだろうか、うむ、いないに違いない、僕はそう断言する。
断言するとともに、むかれたリンゴの一つを摘み取り、口の中に放り込む。
寝起き特有の口内の間隔とともに、リンゴのさっぱりとした味わいが広がる。
もう一つリンゴを摘み取り、口に放り込むとともに彼が聞いた。
「どうして君は教会の前に倒れていたんだい?」
知らんがな。
どうやら捨て猫のように拾われた僕は教会のベッドの上でかくまわれているらしい。
「僕は魔王……」
を倒しに来たと言おうとしたが、まだここは魔王領かもしれない。
それならば"魔王"に歯向かった僕の命が危ないじゃないか。
ここの教義は神を信仰するのかそれとも、サタニストなのか
「僕は"魔王"です」
"魔王"まで口走ってしまった以上、変に話題を変えるのはあらぬ疑いをかけられるかもしれない。
人間領ならばジョークでしたと言ってやろう。
魔王領ならジョークでしたと土下座しよう。
ここは教会だ、それぐらいのジョークなら受け流してくれるだろう。
「"魔王"ですと聞いたのは今日で二人目だよ」
彼は微笑みかけてくれた。
僕は苦笑いした。
この反応は、まだここは魔王領で、ここでは"魔王"を名乗るジョークが流行っているのだろう。
「あなたは"学者"なんですか?」
彼が"学者"として何を学んでいるかは分からないが見た目から役割は判別できた。
「名乗るのが遅れたね。私は秀樹。ご明察の通り"学者"さ。君は"愚者"の役割を与えられたみたいだね。そんな役割初めて見たよ」
「はい、僕も今まで同じ役割の人と会ったことがないんです。名前はフェステです」
"学者"が初めて見たと言うということはこの街や付近にも"愚者"はいないのだろう。
「秀樹さんは、神父の仕事をされているのですか?」
秀樹は神父の格好をしており、僕のことを「協会の前で倒れていた」と言っていた。世界から役割を与えられていても、その役割以外のことをしている人は少なくない。
例えば"盗賊"として役割をしていても全うな職に就いて働いている人もいる。しかし、どんな仕事や行動を行っていても世界から与えられた役割からは逃れられず。"盗賊"がいくら善行を積んでいたとしても、周りからは善行を積む"盗賊"としてしか映らないのだ。
「神父はバイトさ。父親が"神父"の役割を与えれたのだが天寿を全うしてしまってね。この教会を引き継ぐ役割がこの街には居ないから引き継ぎが来るまでの代わりさ。"学者"が"神父"の役割を行っても経験値が得られないからね。いっそ教会や宗教について研究した方がいいのかもしれないね」
超常現象以来、この世界には経験値のようなものが存在する。経験値はその役割に似合った行動を行えば貯めることができ例えば"学者"なら『何かを学び研究すること』等で経験値を貯めることができ経験値を貯めるとレベルアップをすることができる。レベルアップ時には何かしらのスキルを手に入れることができる。自身の経験値やレベルは確認することができないが、レベルをあげることにより一様に外見が変化していく、"学者"なら外見が学者らしく"ゴブリン"なら外見がゴブリンらしく変化するのだ。
「何について研究されているんですか?」
次に出る彼の言葉に僕は今までの発言を『目の前のリンゴを剥く良い男のふりをした神父服姿の"学者"』に誘導されていたのだと知る。
「この世界と"魔王"についてさ……。フェステ君に研究に協力してもらいたいのだけれど、君は"魔王"に合ったよね」