謁見
胸元から押し出されるような吐き気がする。
自分のお腹から、内臓から、魂から、すべてが口へと蕩け出ようとする。
無数の死体のを囲んで、目の前の玉座に座る。奴は、そいつは、俯いていた。
こみ上げてくる吐き気を押し殺して、そいつの顔を見ようとする。
流れるような長い髪、パクパクと開いたり閉じたりを繰り返す唇は桃色よりも綺麗で柔らかそうで、そして、無機質に顔の上半分を隠す仮面。
女なのか……?
蕩け出す内臓物の代わりに、言葉がのどから噴き上げていた。
目の前にいる"魔王"が世界のすべてを奪った。世界から秩序を、家族を、平和を奪った。
気付いたら僕の右手から血が流れていた。
憤りか、怒りか分からないが、気づかないうちに爪を食い込ませるまでに握りしめた右手から思い出したかのように痛みを感じた。
痛みを感じると同時に、僕は銃をショルダーから引き剥がす。
その間0.3秒。
建物を流れ落ちた雨音に気付く時間。
その銃を彼女に向けるのに計0.6秒。
頭の中に雨音が響き渡るのを感じ。
そして、引き金を引いた。
脳内に響き渡った雨音をかき消すような銃声。
たった一つの轟音が響き渡る。
その轟音が音と供に一つの命をかき消す。
僕の中から、世界から。
体中を轟音に包まれて、安堵とともに、込み上げて来ていた内容物を吐き出した。
それは、人生で初めて、朝食に食べた目玉焼きとウィンナーに再開した瞬間だった。
そして初めて、他の命を奪った瞬間だった――。
自分が奪った命を確認するように僕はいまだグルグルと駆け回る吐き気をよそに"魔王"を必死に目視した。
銃で撃ったはずの目の前の"魔王"は笑っていた。
下品に、見下すような冷めた目で、滑稽に声を出して笑っていた。
いや、唇は開いていない。
声を出さずに、"魔王"は微笑みかけるように僕をあざけ笑っていた。
僕はすかさず、残りの弾を"魔王"の脳髄に叩き込んだ。
6発
10発
15発
カチッカチッカチッ!
僕の両手で構えられた拳銃が銃弾を求める声を幾度もあげる。
それを何度聞いたときだろう。
僕は"魔王"に敵わないことを実感した。
私の拳銃から吐き出された銃弾を全弾を受け止めたはずの"魔王"は、打ち込む前と変わらず、その玉座に座って僕を見ていたのだから。
僕の両腕から拳銃が抜け落ちた。
勝てるわけがない……。
拳銃が落ちる音とともに、雨が建物をたたく音が初めて私の中で響いた。
「お願い、やめて……」
"魔王"が言った言葉が初めて僕の耳に届いた。
「落ち着いて、あたしは何もしないから」
"魔王"はもしかして、最初からそう言って私をなだめていたのだろうか。
「お願いだから、話し合いをさせて」
初めて気づいた。
仮面の隙間から涙がこぼれ落ちていた。
そして、"魔王"が女性だということを認識した。
膝への力が崩れる。
重力のまま地面に吸い寄せられる。
顔からドスッと音がなる。
痛みを感じる余裕さえない。
ぼやける世界。
"笑っていることが辛くなったとき、人は悪魔になるんだと思うよ"
誰の言葉だったっけ。
ふらふらと朦朧とする
いいやちがう、世界がゆがんでいるのだ。
心臓が動くごとに、息をするごとに目の焦点が、世界のゆがみが増していく。
もしかして、吐く息に寿命が混ざっているのかもしれない。
僕の寿命は今日まででもいい、"魔王"を殺せるのなら。
気持ちの底から笑いが込み上げ来る。
理性を少し飛ばした方が人として成り立っているのだろう。
きっと、私の頭の中は欲望のままに稼働していて、
僕の目は、"魔王"よりも悪魔らしい。
そんな僕が自分の正義について考えていた。
正義というものは心の奥底から震えあがるものはずだ。
今の自分は心の底から震えているか。
僕は他人が着飾った衣装を借り受けるように、自分の信念を決めていたのだろう。
今の僕は最高に震え上がる思いだ。
ベルトに備え付けられたナイフを抜き。
自分の手の甲に勢いよく刺しいれる。
吹き出す血は、まるで邪念のように脳内を透き通らせる。
「女王陛下、立ち入り許可書のない無礼をお許しください」
左手にナイフを突き刺し、とめどなく血を流し続ける"愚者"は"魔王"に接見した。