覆面が抱く疑問
朝になりました。そう、朝です。
「やはりこの世界は夢ではなかったか……」
『朝から何言ってるの?ほら起きた起きた。もう朝食は出来てるよ~』
昨日の夜、俺はスマートフォンの中身を隅々まで見ながら俺がいた世界の存在とかこの世界の存在とかに疑問を持ってみた。案の定ゲシュタルト崩壊したので気分転換に残り七十パーセントの充電を何とかできないかと考えてほとんどを過ごした気がする。
風呂とか入らないのか?とか言われても俺はどうしようもできない。まず、服が脱げないのだ。こんなに厚木でさすがに暑いだろとも言われるかもしれない。しかしなぜか俺の身体は正常に動いてるし汗すら掻いていない。というかトイレにすら行っていない。俺はこの短期間で化け物になってしまったんだろうか。
アイノはさすがに普通の獣人だと思っていたがこの娘もこの娘だ、この間まで奴隷でしかもゴミ捨て場に置かれていたというのになぜこうも朝から大はしゃぎできる?
不死身の呪いとやらがいったいどんなものか気になるが、今の俺には調べる手立てもコネもないため諦めた。それよりまずは最も身近である俺のことを調べるべきだろう。
昨日、俺がなぜか元の世界へ戻っていた時に玄関先に置いてあったメッセージを思い出す。仲のいい友達のものから知らない人のものまで様々だったが、どれもこれも「君が死んでしまって~」的な感じで色々と書いてあった。これでは、俺が地球で死んでいるということになる。
しかし、俺は生きている。人間離れどころかほぼ超能力者な空中を寝ているときでも浮遊する身体になってしまったが、一応睡眠欲と食欲はあるため人間としての最低限は揃っている。性欲?知るか、俺には縁のない話だったんだよ。
服を脱げないやばいやつと化してしまったには少々辛いが、こちとら街中で覆面付けることに慣れているもとからヤバい奴なんだ舐めんな。
もう一つ、将についてだ。
『お前が殺した』とか、完全に闇サイドにもっていく言葉じゃないか。ストーリーではよくあることなのになぜ俺はあの時忘れていたのだろう。それにあの世界で目を覚ました時もそうだ。なぜ、あんなにもすぐに「なんだ夢か」と割り切れたのだろう。サレイノに追いかけられていたこともあるかもしれないがそれにしたっておかしい。夢みがちな高校生である俺がそんな現実的なこと言うはずがないのだから……
将は俺の嫌いなやつだ。直球だがマジだ。毎日毎日よくわからん因縁を俺に付けてきて突っかかってきたり、日常生活では音夢の傍にいるだけで睨まれたり、買い物に一人で行ったときたまたま会っちゃったときまで文句を言われるのだ。ふざけんな。俺の気持ちになって欲しいね!
そんな将が俺をボコボコにしたいのだろうというのは考え着く、しかしなぜあんな妖術みたいな感じで俺に話しかけてきたのかがわからん。目の前に出てきて自分の姿で事実を突きつけるほうが最も効果的だと思うぞ?嫌いなやつに真実を伝えられたりしたら誰だって心をおかしくすると思うし……
……って、なんで俺が自分を追い詰める方法を考えているんだ。
もう将のことを考えるのはやめよう。それよりもっと大事な問題があるのだ。
それは、この世界に音夢が来ているかもしれないという可能性。
あのときぽろっと将が漏らした言葉には、ここに音夢が来ているということを教えてくれる内容だ。故意なのかただ口を滑らせただけなのかは知らんが、あの怒り様だとおそらく怒りのあまりついついって感じだろうか。さぞかしあいつを仲間にした奴は腹立たしい思いをしているに違いない……まぁ協力者がいたらの話だけど。
で、だ。もしこの世界に音夢が来ているとしたら俺はどうしたらいいのだろう。合流したほうがいいと思うけど、目印でも立てない限りそれは不可能だ。そもそも同じ場所同じ世界にやってきたこともわからない。こうして異世界がある以上、全く別の世界もある可能性だってあるのだ。
あまり自分で幼馴染とか言うとなんとなく恥ずかしくなるからあまり言いたくないけど文字通り幼いことから仲が良かったとは思ってるし親がいなかった俺にとってあいつは家族みたいなものだ。もし、この世界に来ていたらなんとしても雀から守らねばならない……なんで雀かだって?現状あいつが一番恐ろしいからだよ。もし音夢が何も知らぬ間に雀に接近したら一瞬で喰われてしまう……
あれ、でも待てよ?もし同じ状態でこっちに来ていたら音夢は空中を飛んでいるのだろうか。わからないな、俺がまずおかしいのは自覚しているが異世界に来るとなぜかスーパーパワーが手に入るのは常識なんだろ?友達が言ってた。
まぁここが物語ではない現実と言えど、現に俺は人間が絶対にできないことを現在進行形でやっているわけだ。寝るときも浮いてるし、食事の時も浮いてるとかふざけてると思うけど、前の俺にはできなかったことだ。もしかしたら音夢にも同じようなことがおきているかもしれない。
ただ、俺と音夢では決定的に違うことがあるな。それはこの筆の存在……というより、筆についている紫色の元奴隷紋の存在だ。これのおかげで俺は今のところ死なずに済んでいるし、この国で屋敷も買えるくらい金が手に入った。
「…………うーん、どう考えてもこの筆ってイレギュラーだよな。あとスマホも」
「お父さん、食べないの?」
「あぁすまんすまん。いただきます」
朝食の席に行く間に色々考えていたらいつの間にか席に座っていた。俺はスーツケースとスマホを睨みつけながら歩いていたんだろうか。
『さっきから何をそんなに考え事してるの?私が愛情たっぷりで作ったホットサンドが冷めちゃうじゃない』
「悪かった。いただきます……うん、うまいな。ハムとかあるんだなここ」
『なんか変な食べ方するわよね……まぁいいわ、ソーイチ様はそもそも変な格好だし』
「様なんていらないぞー、俺はサレイノより年下なんだし」
『家主に対してある程度の敬意は払っておかないと、そのうち後悔するわよって先輩に言われてたのよ。ま、私はそこらへんの侍女とは違って超優秀だったから崩れた口調でも許されてたんだけどね』
「あぁ、だから侍女にしてはいろいろとアレなんだなぁって感じだったのか。納得」
『アレって何よ!もう!』
サレイノをからかっている最中でも、アイノは黙々とホットサンドを頬張っていった。ハムチーズみたいなのとかベーコンレタストマトみたいなのとか、おそらく地球に似た食材で作っているのであろうホットサンドはいくらでも食べることができた。
「ふぅ……まだいけそうだけどたらふく食ったしいいか。ご馳走様」
「ごちそうさまー!!」
『ソーイチ様とアイノ様のその「いただきます」とか「ごちそうさま」とかってなんなの?私の知らない間に文化が変化しすぎて怖いんだけど』
「これはね?お父さんの故郷の食事の挨拶なんだって!」
『ふーん、精霊に祈りを捧げるとかじゃないんだ。なんか簡単でいいし私も今度から使おうかな』
「え、サレイノって食事できんの?」
『帽子被りながら食事している人間ができるなら私にもできるに決まっているでしょう。というか、あんたと私ってなんとなく同じ存在のような気がするのよねぇ……もしかして死んでる?』
「昨日も言われたよ……」
『あっ、ごめん』
昨日もアユに言われたことを思い出す。こいつら思考回路同じだろ絶対……
しかし、なんとなく同じ存在ってのはどういうことだ?不動産屋でも言われたな……あの人は首から上がなくて切れ目の部分は虚空だったし、もし同族だったら俺は中身が虚空で、しかも幽霊と同じってことに?なんかよくわからなくなってきたな……まぁ、俺は俺だ。人間だぞ、多分だけど!
俺のことはいったん考えるのをやめよう。俺の次に気になっていたことを今本人に聞いてみるか。
「ところでアイノ、聞きたいことがあるんだけど」
「?」
アイノはホットサンドを咀嚼しながらこちらを見つめてくる。喋ろうとしているのか度々口を開こうとするも口に色々と詰め込みすぎて開くに開けないようだ。落ち着いて食ってていいぞ……
「ごくん……何?お父さん。アイノがわかることなら教えられるよ?」
「いやさ、アイノって不死身の呪いがかかってるって言ってたけど……」
本題を切り出してアイノに直接それがどういうものかを聞こうとしたとき、隣でふわふわと浮きながら腕を組んで食事の様子を見ていたサレイノが急に驚いた顔をしてこちらに詰め寄って
『不死身の呪いですってッ!?』
俺の耳元でそう叫んだ。俺の鼓膜にクリティカルヒット!死にそう。
「おちついてくれぇ、みみがぁ」
『あ、ご、ごめん。それで、その話は本当なのね?』
「?……うん。そうだよ?でもそんなに辛くないし、今はお父さんがいるから!」
『…………そう、貴女は強いのね』
「なんだその神妙な感じの顔は。何か知ってるのか?」
サレイノは眉を寄せ目つきを悪くしている。こいつがいた時代が果たしていつなのかは知らないが、彼女の時代ではテリヤ硬貨という貨幣で、今は金銀銅のそれぞれ大中小種類がある特に決まった名称のない貨幣へと変化しているあたり相当古い時代なんじゃないだろうか。それに、見た目的には彼女は人間だ。魔族の中でも人間に似た見た目の奴が結構いたがどれも体のどこかに人間にはない特徴があった。この世界の歴史について知らないので断言はできないが、まだここが魔王国ハイディリッヒになる前の時代に住んでいたと思われる。
そんな歴二の死に証人である彼女がここまで険しい顔をするのだ。アイノの不死身の呪いはおそらくその時代でも相当ヤバいものなんだろう。
『……あなた、アイノ様を拾ったのよね?あなたが呪いをかけたりとかは』
「してない。まず、昨日会ったばかりの時点でアイノは自ら不死身の呪いについて教えてくれたんだぞ」
『ならいいけど……』
「なぁ、不死身の呪いってどういうものなんだ?」
『不死身の呪いっていうのはね、文字通り体そのものが不死身になるの。大昔の貴族たちは躍起になってその呪いを調べていたわ。誰もが欲していたの』
不死身の呪いとは、肉体が永遠に朽ちることはなく悠久の時を生きることができるようになる魔法の一種だ。この魔法は一部の人間しか使うことが出来ず、彼女の時代でもまず見つけられることは出来なかったという。サレイノの時代のさらに大昔にその呪いというものが記された文献が発見されたらしく暫くの間ずっとその研究に明け暮れる人が多かったそうだ。
この魔法は、かけられるとその名の通りその日から死ぬことはなくなる。しかし、永遠に健康とかではなく食事をしないと苦痛を感じるし、怪我をしてもそのままで治るのを待つまで死ぬこともなく苦しみ続けることになる。そして、精神も肉体も成長しなくなるらしい。
「精神も、肉体も?ってことは、赤子が呪いをかけられたらずっと赤子のままだし、アイノみたいな子供も精神的には子供のままってことなのか?」
『極端な例で言うとそうなるわ。年老いたからだが若返るわけでも、ある程度の精神の強さを必要とする魔法の力が永遠に呪いをかけられた時のまま固定されるんだもの。あの時代では数百人が犠牲になってようやくわかったことで、もしかしたら彼らはまだ生きているかもしれないわね……』
精神の強さが魔法に必要であることは初耳だ。あと、そんな大昔の人物が数百人も今の時代を生きていたら結構ヤバい気がする。話によればその数百人はある場所で封印されているらしく、今その封印がどうなっているかはわからないが今でも閉じ込められている可能性があるとのこと。
もし、野に解き放たれでもしたら?と聞いたが、別段問題があるわけでもないという。
『対して力を持たない金持ちの貴族ばかりが不死身の身体を手に入れたのよ。長年研究してきた私のご主人様からすべてを奪って、ね』
「ご主人様からすべてをって……もしかしてこの家の家主だった人が呪いを解析したのか?」
『えぇ、もちろん!私のご主人様は世界で最も素晴らしい魔法使いだったわ。無限に等しい知識に、魔力。貴族の爺共も嫉妬するくらいにはすごかったんだから!私やほかの侍女、そして国の人々にも優しかったご主人様は、今すぐ国王になってもたくさんの人がご主人様を支持するくらいに素晴らしい方だった……ご主人様は、呪いが持つ力を知ってその危険性も同時に理解することが出来たの。そのことを国王に直接話をしに行ったきり、ご主人様は帰ってこなかった』
「…………そうか」
『あら?ソーイチ様は悲しまなくてもいいのよ?私にとってはあれは過去、今はあなたに使えている身なのだから気にする必要はないわ』
サレイノは明るい笑顔をしてこちらを見てくる。魅力的な女性に感じてしまうほどその笑顔は眩しく輝いていたが、その笑顔の奥には少しばかりの暗い感情が見えた気がする。
サレイノのご主人様とやらは死んでしまったのだろうか。話から察するに恐らくそういうことなんだろう。だが、彼女はおそらく帰りを待っているからこの屋敷に住んでいるんだ。自分でも帰ってくるはずがないというのは理解していても、この家と共に使えていた人物を待ち続けている。俺、こういうの弱いから正直泣きそうである。
生きているのなら、俺がこの世界から出るための旅で別の目標として探さないこともなかったのだが……いや、探してみよう。相当昔の時代だろうけど、もし王族かなんかが残した文献でもあったらその魔法使いに関する話が書いてあるかもしれない。
俺は、誠に勝手ながら心の中で目標を立てていた。
『あなたたちには長生きしていてほしいわ。だって、久々の家主だもの。旅に出ようが惰眠を貪ろうが一生懸命尽くすことを誓うわ!』
「俺としては惰眠を貪りたいところだが、その前に色々やることがあってね。特に今はアイノのほうを何とかしたい。この呪いが解けるのならば解いてやりたいんだけど、ちょっとな」
『そうね……でもせめて、この娘には幸せに生きてほしい。世界に終焉をもたらした女神エルマでさえ、この呪いを解くことも呪いにかかった者を殺すこともできなかったのだから……』
終焉をもたらした女神とかそれ最早邪神では?しかしそうか、そういう超存在がいるのかぁ……なんか、怖いな。
というか、その女神とやらでもこの呪い解けないし殺せないの?やばすぎだろ不死身の呪い……
もしかすると、俺の筆で『呪い解除』とか書けば何とかなるのかもしれないがどうなんだろうか。ものは試しだけどこれはアユと違う問題が発生する。こういう時、倫理は邪魔になる。まぁこれがあるおかげで俺たちが人を保ててるんだけどさ。
どうしようか、いっそ今日やってみるか?でもなぁ、アイノ自身が案外辛くないって言ってるからどうにもやりづらい。一応聞いてみるか。
「なぁアイノ、もし呪いが解けるんだったら解きたいか?」
するとアイノは微妙に難しそうな顔をして言った。
「今はいい!お父さんとずーっと一緒に居られるから、まだこのままがいい!」
「おおぅ……まじすか」
そんなきらっきらした目で見られるとなんとも言えなくなる。そこまで俺は懐かれてしまったのだろうか?生憎ここまでアイノが懐くようなことをした覚えはない。奴隷から解放したというのもあるけどさすがにここまではないだろう。
『うふふ、アイノ様に愛されているのね、ソーイチ旦那様?』
「おいやめろ、俺はまだそんな風に呼ばれる歳じゃないんだぞ」
『あら?以外に似合うと思うけど?そもそも顔隠れて年齢なんてわかんないし』
「くっ、なんかあいつと同じようなこと言ってきて憎めねぇ……」
昔、音夢にも同じようなことを言われたことがあるのだ。いやまぁ厳密には違うのか?まぁいい、階層タイムに入ってしまおう。
そう、あれは高校一年生の夏だった……
俺は近所のコンビニまでアイスを買いに行ったんだ。その日は猛暑で、地獄みたいな暑さだった。でも俺はその日、前日行われた友達の賭けに負けて今日一日をジャージ三枚と初代覆面で過ごさなければいけないという地獄みたいな罰ゲームをしていた。暑いなぁ、暑いなぁ、そう思いながらコンビニまでの道のりを猫背で歩いていると、後ろから声をかけられた。
『……暑そうだね』
『うおぉおッ!?…あぁ、音夢か』
一瞬ビビったが、いつも一緒に学校へ行く馴染みの顔が現れたのでほっとする。ビビった理由としては、音夢が足音すら立てずに俺の真後ろに立っていたことが原因だがまぁそれはいいだろう。
折角なのでアイスを一緒に買いに行くことにした俺は、無事コンビニで『期間限定!当たればバッジがついてくる?!おまけつきイチゴアイス』税込み六百円を買うことに成功した俺。音夢はなぜかアイスを買いに来たと言っていたのに、俺のを半分寄越せと言っていたな。
仕方ないと諦めて、コンビニの外にあるベンチで座って順番にアイスを食べてた。今思えば、あれが間接キスなんだろう。まぁ?俺となっては?百戦錬磨だし?まぁね、余裕ですよ。帰ってからめっちゃ意識したとか、ないから。あ、ちゃんとそのときだけは帽子取ってたからね?服は暑かったけど…
おっと、話がずれていたな。それで仲良くアイスをシェアしているときに、向こうのほうから知らないおばさんが歩いてきたんだよ。最初は気にしてなくて普通にアイス食べてたんだけど、コンビニに近くなってきたあたりでそのおばさんが俺のほうに視線を向けているのに気づいたんだ。
やけに怒ってるなぁ~って思いながら見てたら、そのおばさんとうとう俺のところまで来たんだよ。そうしたら仁王立ちして。
『なんて破廉恥なことしてるの!?あんた、社会人のくせにモラルもないの?!今すぐそういうことやめないと警察呼ぶわよ!?』
『『????????』』
俺も音夢も意味が分からないという顔をしてもう一度おばさんのほうを見ると、相変わらず鬼のような形相で喚いているおばさんがいた。
俺が話を聞こうとすればすぐにマシンガンの様に罵声を浴びせてくるので、この野郎訴えてやろうかと思いながら音夢に会話を頼んだ。するとなんと俺が女子高生と援助交際していると思われていたのだ。
確かに、黒いジャージが一番上でしかも中にジャージ三枚着てたからガタイは良かったと思う。だけど、俺そこまで老け顔か?ひどくない?おばさんに問いただしてやりたいとことだがしょっちゅうヒス起こしてる人だったらしく数か月後引っ越していってしまったよ……
それで、おばさんを説得し帰らせた後に音夢に老け顔かどうか聞いたんだけど
『……それくらい大人に見えるってこと。安心していい。でも髭は剃ったほうがいいと思う、おじさんにしか見えない。というか、一見年齢がわからない』
フォローに入ったのか入ってないのかわかんなくて困った顔したら笑われたのを思い出す。そういえばあいつもいまいちツボがわからないやつだったな……
「『あいつ?』」
二人が不思議そうな顔をしてこちらを見る。
折角スマートフォンに写真が入っているので、音夢の写真を見せることにした。
「これこれ、こっちの俺の隣にいる人。アイノに前言った音夢だよ」
「えーと、奥さん?」
「だから違うってば」
『…………』
「ん?どうしたサレイノ」
なにやらサレイノが目を見開いて驚いている。なんだろう、俺の顔がイケメン過ぎたのだろうか?なんか虚しいから今のはなかったことにしよう。
しかし随分と驚いているようだ。確かに音夢の美貌は半端ない、一度電車の席で俺の肩に頭を乗せて寝始めたときは理性が吹き飛ぶかと思ったくらい可愛い。しかーし、俺はヘタレである。彼女になんてできる気がしない。
どうでもいいことを考えていると、なんとサレイノの目に涙がたまり始めた。幽霊って、涙でるのかとか一瞬考えがよぎったがそんなことよりもなぜ泣き出したかが大事だ。
問いただそうとしたとき、サレイノはとんでもない言葉を口に出した。
『ご主人、様……』
「ふむ……この石は、その河原に落ちていたのか?」
魔王は目の前に膝まづく巨人と、佇む銀色の鎧の人物に語り掛ける。手に持っているのは美しく輝く碧色の丸い石と、絵の具のようなもので塗られた紫色の石。
「はい、さすがに持って来ることが不可能でしたが付近の森に生えていた気が鏡のようなものと水晶のようなものに変化していました。俄かには信じられませんが魔力の残骸が残っています」
「なるほど、確かにこれには微量だけど変な魔力を感じる。みんな、どう思う?」
「陛下、錬金術という可能性は?」
「ジャビエール、その能力を持つ一族は滅んだはずだ」
魔王ヴァフニールはその場にいる人物たちに言葉を投げかけた。それに反応したのは青い服ローブを着ている男ジャビエールと、私服でおしゃれをしている女性キュリアモーラ。ジャビエールが古の特殊魔術の名を出した途端にキュリアモーラが否定する。それはそうだ、錬金術というのはこの世界で最も禁忌に近いとされている呪われた力。魔術の中でも最高峰に位置するそれは、古くから関わってはいけないものであると伝えられていたのだから。
「錬金術、ねぇん……わからないわぁ、さすがの私と言えどその微弱な量の魔力じゃあなんの術式を使ったか視ることはできないわねぇん」
「シャーラさんよ、まず魔力の残骸から構築された術式を逆算できるお前さんのほうがおかしいってことに気づこうや」
「あらハーラルデン、私の唯一の個性じゃない」
「種族特製魔術でも古代文明製魔法具でもなんでもねぇ個性ってのがおかしいんだっての……」
着物ではなく武者鎧を着た男ハーラルデンが呆れるように頭をおさえながらため息をつく。シャーラはそれを見てころころ……いやごろごろと笑っていた。
「…………?」
「ありゃ、クァレテッドでもわかんないってさ。あ、僕もわからないからね?そもそもそんなでたらめな力あったら調べる前に殺してるし」
「ヒュオウさんや、お前さんはもうすこーしだけ優しくなれないのかね……いや、言っても無駄か。忘れてくれ」
腕が二対ある二人の少女リュイとニュイは興味深そうに石を眺めていた。遠くからでもよくわかるほどに異質な存在なのに、魔力の残骸があまりにも少ないことに疑問を持ちつつカヨに話しかけた。
「「ねぇ、カヨばぁはわからないの?二番目に長生きしてるし」」
「ふむぅ、あのシャーラでさえ魔力が読めんからのぉ……もしかすると錬金術の可能性もあり得るの」
その言葉に世界最強と机に突っ伏す男以外が反応する。どれも微妙な反応だ。錬金術はまず伝承でしか聞いたことのないものだし、普通の魔術ではそのようなことは絶対にできないと誰もが理解している。だとすれば、それに近しいことができる人物は放っておけない。ヒュオウが言った通り殺すほうが色々と手間が省けるのだ。しかし、それをやると少々隠すのが面倒だし、なによりゴリレオクスを負けさせレオナルドにギリギリでありながらも勝利した男という情報がこの場の全員の耳には入っている。そして現在は現役の金級冒険者として名簿に上がってしまった。こうなると最早手が付けられない。
魔獣が少しずつ活発化を始めだした今の時期に冒険者は必要なのだ。軍を出動させるより安上がりだしなにより自国の守りを固めることが出来る。一応、この場にいる全員で魔獣討伐作戦を決行でもすれば神話級を余裕で大量に討伐できるのだがそれぞれには別の仕事もあり滅多なことがなければそんな事態には発展しない。冒険者がいたほうが楽なのだ。
「悩ましいね。禁忌だったら放っておくこともできないけど時期が悪い」
「そうだな、ヒュオウの言う通りでもある……というか、デッドエフはいつまで寝てるんだ!この!」
「あでッ……んあ、なんだそれ」
ようやく目を覚ました寝間着姿のデッドエフにもう一撃食らわせるキュリアモーラ。
デッドエフは魔王の手元にある宝石と紫色の石を見ている。キュリアモーラはいろいろと喚いているがいつものことなので誰も気にしなかった。
突然、名案とばかりに魔王が放つ。
「なぁデッドエフ、お前の魔法具ならなにかわかるんじゃないか?ほら、だいぶ前に使ったお前のお気に入りの」
「あぁ、あれかぁ……えっと、確かここに。よっと」
パラバッグと呼ばれる魔法の鞄のようなものを取り出して、中からスチームパンクな片眼鏡を取り出す。レンズは薄い赤色で、何で動いているのかわからない歯車がたくさんついている眼鏡をかけたデッドエフは改めて魔王の両手にある石をみる。
「緑のほうは……エメラルド?なんだこれ」
「ふむ、まさかの未知の物質か。解析は研究所に頼んでもいいか?」
「「わかった」」
見るだけで物質の正体がわかったり、魔術がどのような構成で出来上がっているのか視れたり、変装していても眼鏡をかけているだけでその人物の詳細情報がわかるその便利なメガネには、「エメラルド」という聞いたことのない名前。魔王は頭の上に?を浮かべながら、研究所長の二人にその宝石を投げ渡した。
そして、デッドエフがもう片方の石を見たとき、彼の眠たげな眼は覚醒した。
「魔王様、それ、触んないほうがいいぜ」
「……なに?」
魔王はびっくりしたのか急いで机の上に石を置く。
キュリアモーラは、デッドエフが本気になった瞬間に息をのんだ。いつもいつも眠そうな男は、こういうときばっかりいいところを持っていくし何より自分と違って冷静な判断ができる。羨ましいと思いつつ嫉妬でいっぱいになっていた。
その場の全員は、デッドエフの持つ魔法具の性能を知っている。世界でも数が限られている古代文明で作られた魔法具を約一万以上保管する男は目利きの達人だ。あの片眼鏡は本人の能力次第でわかることが限られると聞かされているがデッドエフにぴったりの代物だろう。
そして、デッドエフが知った物の名前を聞いたとき、その場の全員が驚きに目を見開いていた。
「それは、『愚者の石』だ」
「…………デッドエフ、それは本当なんだな」
「あぁ、表面だけだがな。しかし嘘じゃねぇ……存在すること自体が嘘みたいだが、そもそも魔王様には嘘なんてつけねぇ」
「そうか……リュイ、ニュイ、あとシビィレーター、今すぐ研究所でこの二つを解析してくれ。これは一大事だ、世界の情勢がこれ一つの存在のせいでひっくり返る」
「「わかった。研究員総がかりで調べてくる、多分シビィもいるから明日には終わる」」
「シビィも言っていいの?わーい!あ、でもなんの話かわかんないや。ごめんリュイちゃんニュイちゃん!あとでもう一回教えて!」
「「いいよ、さ、いこう」」
どうやら話を聞かずにお菓子を貪っていたらしいシビィレーターにハーラルデンが苦笑いする。こういう時の彼はなぜかシビィに対してだけ優しいのだ。それはハーラルデンだけでなくその他の人物もそうだ。クァレテッドなんて見えない口を押えて肩まで震わせている。
魔王は緩んだ空気の中心を切り替えて考えていた。
愚者の石。賢者の石の対となる物質で、神話時代に存在した禁忌の一つとされている。それは固体であり、液体であり、気体であり、生物である。使う人物によってその形状と性質を変化させるそれは、使用する生物の願いをどんなことでも叶えることが出来るというものだ。現代には存在しないと思われておりほとんど空想上に近い物質だったが、この国にその物質を持つ人物がいるかもしれないという。
ソーイチという男の話は魔王も聞いていた。目の前でずっと跪く大男ゴリレオクスから既に説明されていたのだ。奴隷から少女を解放したという話が今日一の問題だと思ったが今ので優先順位は変わった。
魔王は非常に考えたくないことを確認するため、デッドエフに愚者の石の呪われた性質を問う。
「なぁ、デッドエフ。確か文献では、愚者の石って使用者のあらゆる願望を叶えるんだよな」
「あぁ、その通りだ」
「その代わり、使う人物は例え膨大な魔力量を持っていようが最強の肉体を持っていようが……」
「……あぁ、伝説にもあったが、その紫色の石は死人を蘇らせる事も大量の金を生み出すことも世界を破壊することでさえできるとされているが、術者は死ぬ」
「だよな……話は変わるんだけどゴリレオクス君」
「は、はいぃ!!」
「君が戦ったソーイチ君って、なんか変な魔術使うんだって?筆を媒介にして」
「え、あ、はい。そうですが……」
「その筆の先端って、何色のインクが付いてたんだっけ?」
「…………紫色、です」
その日、魔王城では奇妙な光景が見れたという。包帯だらけの人物と仮面の少年が窓から飛び出してどこかへ行こうとするのを魔王が必死になって止め、大呪術師が呼吸困難に陥り、女装した男が机に突っ伏しながら頭を抱え、武者鎧の男性は何度か刀を抜きそうになりながら自制し、金髪の女性が目をぐるぐるとさせながら寝間着の男に助けを求めていたらしい。
最もその中で可哀そうだったのは、どうすればいいのかわからないままその場でじっとしていたゴリレオクスだったと、会議室に茶菓子を持ってきた侍女が後に語った。
ゴリレオクス「帰りたい……」