覆面と屋敷に居座るもの
後ろを俺と同じように空中浮遊しながら追いかけてくるその物体は、気味悪く薄青色に発光していた。生物なのか、それとも”幽霊”なのかわからないがおそらく後者のほうだ。この世界には魔法という頂上的なものも存在しているようだし、お化けとかがいてもおかしくはないのだ。
なにやら唸り声をあげながら俺とアイノを追い続けるその物体は、俺たちがこの屋敷にやってきた直後に出現した。
屋敷に着いたとき、それはもうアイノと二人ではしゃいだよ。周囲にはあまり人が住んでいる気配がなかったのが少々不気味だし、付近にはまず家が建っていなかったから実質ほとんどが庭みたいな感じだった。一応粗末ではあるが木で出来た柵があったためどこまでが家の敷地かもわかったけど、それにしたって広い家ではあった。なぜかは知らないが雑草は綺麗に刈り尽くされており、不気味な雰囲気でなければ今すぐにでも外で遊びたいくらい草のいい香りがしていた。
早速、家の中を拝見しようと張り切って鍵を開け、二人で一緒に入っていく。部屋には明かりが一切付いていなかったが、そこらへんはヒレリオに照明器具の使い方とかも教えてもらったので問題なく明かりをつけることは出来た。玄関は広く、靴を置くであろう物置らしきものや入ってすぐ目の前には大きな階段があってこれからの探検が楽しみだと
しかしなんと、照明は付けた直後に消えてしまう。
「なんだ?故障か?」
魔術具というらしいが、しっかり魔術で動く照明と聞かされていた。ドア付近にスイッチがあるからそれを押してくれと言われていたので押したが実は違ったのかもと、ほかのスイッチを探したが結局見つからない。
じゃあなんでだ?おせてなかったのか?となったので連打しても明かりが灯ることはなく、困り果てて一度外に出ようと試みた。
のだが
「……お父さん、どうしたの?」
「……扉が、開かない」
豪華な扉は固く閉ざされており、とても開けられそうな雰囲気ではなかった。わけがわからなくなって扉に体当たりしようとしたところで、やつは現れた。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』
「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」」
ドアからヌッと現れる、青白く光った謎の顔。突然目の前に現れ、しかもその顔が憎悪に満ち溢れておりまさに悪霊だったため俺もアイノも濁った悲鳴を上げてしまう。
そこからはずっと追いかけっこだった。階段を登ろうが降りようが奴は地面をすり抜けてくるし、どこかの部屋に入ろうものならドアを開けてふよふよ浮きながら追いかけてくる。まさにフリーホラーゲームだったがそんなことを言っている暇もなく俺は逃げ続けた。
何度かドアを開けようとしたもののやはりドアは開かず、そのたびに奴は目の前から現れてくるのだ。
この広い屋敷は完全に奴の庭だ。どこへ移行があらゆる手段で部屋でも廊下でもキッチンでも風呂でもトイレでさえすべてを把握している。会うたびに何か言っているが一切わからないし、すすり泣いているような声が聞こえてくるのは最早恐怖でしかない。
どうしてこんな家を買ってしまったのか、それは完全に俺の落ち度である。どうやらアイノは少し話を聞いていたらしく「事故物件」という単語が聞こえてきたとのこと。何やってるんだ俺!
「お、お父さん……」
「あ、安心しろアイノ……なんとかしてこの屋敷から脱出するからな……」
肩車状態でぶるぶると震えるアイノを落ち着かせようとするが、声が震えて逆効果になっている。
本気で現状を打破しないと、俺は今日一日逃げ惑うことになってしまう。
窓から差し込んでいた夕日の明かりはもう落ちて、完全に夜だ。月はさすがに上がっていないが空は暗く、ここが少々小高い位置にある家のためか窓からは美しい街の景色が……
「あ、窓から出ればいいじゃん!」
俺、超天才では?なんて思いつつ窓を開く。
窓は開いた。開いたのだが……ここは三回である。そう、この屋敷の最上階なのだ。
ここから落ちようものなら……
「お父さん、浮いてるから大丈夫じゃないの?」
「そうだった!ナイスアイノ!」
俺は勢いよく飛び出す。そうだよ、今の今まで空中を移動しながら逃げ続けていたじゃないか。
そして俺は解き放たれる。この屋敷からの呪縛に。
『どう゛じでに゛げる゛の゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛』
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!ってここ屋敷ぃ?!なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
俺は外に出たはずなのに、なぜかそこは屋敷の玄関だった。
意味が分からないよ。どうして俺は窓から出たはずなのに玄関にいるの?そんな疑問に答えてくれる人物もいなければ神もいない。世界は不条理で出来ているのだ。
そして現在、俺は二度目の屋敷の中での追いかけっこを強いられている真っ最中である。アイノは既に限界で目尻に涙を溜めており、俺はいくら飛んでも疲れないが精神を病んでしまいそうなくらいに心が限界だ。
相変わらず奴が追いかけてきているし、どこへ行っても出口は使えない。いっそ家でもぶち破ってやろうかとも考えたが、そうするとあいつが一瞬で俺のもとまでやってくるから絶対にできない。しかも奴はその時だけは本気の怒りを感じさせる形相だった……もう二度とやらない。
幽霊なのか、この世界の魔獣なのか、全くわからないが絶対に掴またら碌なことにならない。
「お父さん!前、前ぇぇぇぇぇ!」
「うぐぉッ……」
逃げながら奴を分析しようとしたのがいけなかったのか、俺は目の前の屋敷の壁に気づかずにそのまま衝突。アイノの声は聞こえない、もしかしたら頭をぶつけてしまったのだろうか。冷静に考える場合じゃないのに、不思議と頭がぼんやりとする。痛みは感じないが、意識がーー
最後に見えたのは、奴がこちらを覗きこんでいる様子だった。
「ぶはぁッ!?はぁ、はぁ……な、なんだ夢か」
妙な夢を見たので飛び起きる。俺は確か港で銃撃から逃げまどってて……確か異世界だったか、なんか俺魔法が使えてたよな。ははっ、笑える。
それにしても面白い夢だった。鮎を龍にしたり、アイノって猫耳美少女……猫耳美少女って、俺そんな趣味だったか?あとはは雀がめっちゃ強くて、ゴリラと戦って、軍人はめっちゃ強かったなぁ……そして最後はあれか。
あれ、怖すぎだろ。夢だったからいいけどさ、あんなに恐ろしい顔でいつまでも追いかけてくるとかやばすぎる……
「ここは、うん。俺の部屋だ……てことは、港の話も夢だったのだろうか?うーん、まあいいや。そこらへんは音夢に聞ければいいだろ」
スマートフォンを手に取って、昨日のことを聞こうとメールの画面を開く。しかし、そこにはいつもあるはずの音夢のアドレスがない。
「あれ?これって……うん、メールだ。間違って消したのか?いや、履歴にもないな」
意味が分からないが寝ぼけて全部消した可能性もある。滅多に使わないアプリの友人欄を見てみることにするも、アップデート中でいつまでも動くことがない。この間アプデはしたのにこのアプリだけ急遽アプデとか何がしたいんだよ……
仕方がないので待つことにするが、どうにも落ち着かない。なんでかはわからないが、体がむず痒い感じがする。なにかになじめていないような、なにかが俺を拒絶しているような……
アップデートがようやく終わったのでアプリを開き、友人欄を見る。
「……ないな」
しかしそこには「音夢」という名前の連絡先は存在せず、あるのはほかの友達のものや公式アカウントばかり。
なんだか違和感を感じてきたな。なにかがおかしい。俺が音夢を間違って消したならまだ大丈夫かもしれないがそもそも履歴にもなかったりグループにすらないのはおかしい。電話番号もないし、訳が分からなかった。
もしかしたら音夢は存在しないんじゃないかっていうとんでもない不安が頭をよぎるが必死で頭を振る。今まで俺と遊んだり飯食ったり話したりした人間が実はいなかっただなんてシャレにならないぞ。
「そ、そうだ写真、あれなら……ッ!!」
スマートフォンの写真を確認すれば、そう思ってライブラリを開いた。
しかしそこには、彼女の姿が写った写真は一つも存在しなかった、それどころか、俺の写真も。
俺のスマホに入っていたのは、友達だけが写った写真やどこかの風景写真などばかり。俺の記憶にはどれも俺や音夢が入っていたはずなのに、どちらも写っていることはなかった。動画にも、記念撮影した額縁にも、まるで俺たち二人が存在しなかったかのように……
『お前が殺したんだ』
「ッ!……誰だッ!」
突然頭に鳴り響く声。どこかで聞いたあことがあるような気もするがそれが誰かを考えることができない。無理やり思考を押さえつけられているような、考えることを許されていないような、とにかく心当たりのある声なはずなのに全く思い出せなかった。
声は俺の周囲を動くような聞こえ方で、余計に考えがまとまらなくなる。そして殺したという言葉、俺は何かをやったのか?いや、そんな物騒なことはしないはずだ。
『お前が殺した』
『お前のせいで死んだんだ』
『お前が悪い』
「ッ、くそッ!何が起きてやがる!」
声が複数聞こえてくるも、それはすべて同じ声。同一人物が俺に何らかの攻撃を仕掛けているのか?それにしたってこんなわけのわからない状態を生み出すだろうか……それに声の出所がわからない。頭に直接語りかけているような奇妙な感覚がするので、人がやっているようには感じられない。とすればこれは宗教的な人たちが俺に行ってきた攻撃ではなく幻聴。なるほど、そういうことか。
種が分かった俺は十分に思考できる時間を手に入れた。幻聴、俺はなにか危ない薬でもやってしまったのだろうか?しかし記憶にはない。
声はぐるぐると回って俺の周囲で相変わらず「お前が悪い」だの「お前が殺した」だのと喚いているが気にしない。今気づいたがこの声は紛う方なくあいつのものだ。いつもいつも鬱陶しいあいつの聞き飽きたほどに聞かされたむかつく声。
「おい将、お前の声ウザイから黙れ」
『ッ……』
「お、急にだんまりってことはビンゴか!いやぁ~あっててよかった、外したらアイノに笑われ……あれ?ここって夢なのか?あれは夢だったのか?」
あれが夢?そんなはずはない。あれが夢だったとしたらここまで詳細に覚えていられるわけがないのだ。俺は基本ノンレム睡眠だから夢は全く見ないと思うしまず見ても忘れる。明晰夢なんて縁のないものだ。夢の中で空を飛べないのは辛いことだが……
じゃあここは現実じゃないのか?ということになるがそれもまたおかしい。ここは俺の部屋だし、窓から見える景色も俺の住む場所だ。外には普通に人が歩いているし、たった今俺の家から出ていった俺の通う高校の女子が……ん?
意味が分からない。ここは俺の家なのになぜ知らないやつが……いや、知ってるな。あいつは同じクラスの紅稲満璃だったか?それにしてもなんであいつが……
とりあえず将のことは放置しておいて、俺は急いで部屋を出て下の階へ降り玄関を出た。
するとそこにあったのは、よくわからないメッセージがたくさん書いてある紙が入った花束が大量に置いてあった。どれも俺に何らかの感謝もしくは思い出を語るメッセージばかりで、まるで俺が死んだかのような扱いに感じる。
そういえば、俺の写真にはすべて俺と音夢の姿が見当たらなかったな。でもあれじゃあ俺の家は今頃別の家になってるような気がする。存在しないように感じたがもしそうなら、ここはきっと別の誰かの家のはず……
左手に持ったスマホを開いて写真を見ると、そこにはすべてが正常になった写真群があった。
昔食べに行ったラーメン屋で不意打ちしたときに取れた音夢が舌をやけどした顔の写真、小さい頃洞窟探検で迷ったところにもう一度行って入り口で友達にツーショットを取ってもらったやつとそのあとに友達全員で撮った写真、祭りに行ったときに音夢がラーメン屋の仕返しで俺がりんご飴をのどに詰まらせて死にそうになっている写真……たくさんの思い出がそこにはあった。
やはりおかしい、さっきのは見間違いでもなんでもなく色々と変だった。思い出せ、何枚か意味の分からない写真が何枚かあったはずだ。それは確実にあり得ない過去を捏造されかけていた、音夢が確実に嫌がるであろう過去……
そうだ、俺と音夢のツーショットが、将と音夢のツーショットになっていたんだ。
『クソッ、こんなの聞いてねぇぞ……』
「聞いてねぇのはこっちだよバカが、俺に何をした。今日という今日は許さねぇ……」
『こ、この……お、お前はもう死んだんだよ!それならもう、俺を邪魔する奴は誰一人……お前が、お前のせいで音夢さんまでそっちにッ!』
何を言ってるんだこいつは、俺は今バリバリに生きているぞ。それに音夢がどうしたのか……気になるけど後で考えとくか。
というかやはりこいつが主犯格でいいのか?しかしどこからこの声がしているのかがわからん、ただの一般家庭に生まれたあいつが大層な仕掛けをできるわけがないし……もしかして、共犯者いる?
『ちっ、あいつ嘘つきやがったな?おい汪美創一、今日はこれで勘弁してやる。だが次は』
「うるせぇ、何様だお前は。俺は今色々考えるので忙しいんだよ」
『なッ……こ、この糞野郎ッ!!さっさと飛ばされろぉッ!』
あいつが飛ばされろといった途端、俺の意識は吹き飛んだ。
最初から最後まで意味が分からなかったが、俺は今理解できたことが一つある。
この感覚、港のときと同じだ。
「ぶはぁッ!?はぁ、はぁ……何だ今の。夢か?いやそれにしたってリアルだな」
「うぅ……」
「お?なんだアイノか……あれ、ここは。あ、そうか!ここって俺の屋敷だ!」
目が覚めたら屋敷のベッドの上だった。傍ではアイノがうずくまっており、俺のジャージを掴んで震えている。
さっきの夢は何だったのか、それを考えながらアイノを撫でようとしたとき……左手には妙な感覚が。
「……なんでこんなところに俺のスマートフォンが」
期間限定のすき焼きスマホケースで、それは俺のスマートフォンであることに気づく。
そうだ、あの時俺はこのスマートフォンを持ったままだった気がする。でも俺はここではスマホを持っていなかったはずだ。
ベッドには俺が持っている音夢のスーツケースが丁寧に置かれている。なんでこんなにぴかぴかなのかがわからないが、とりあえず俺のもともとの持ち物にはスマホはなかったことは覚えていることを確認できた。そもそも、音夢のものに俺のスマホが入っていたら結構事案っぽいので困る。
「お父さん……どこ行っちゃったの……グスッ」
「ん?……まさかアイノは親の顔を思い出したのか?」
アイノが寝言を言っているがなんか「お父さん」とうなされている。これはもしや彼女の親を探す手がかりが!?なんてことだ、あとで詳細を聞かねば……
というか、この汚れた服装で寝てたら明日後悔すると思うので、アイノを起こすことにした。
「おーいアイノ、起きろー」
「うぅ……おとう、さん?おとうさぁぁぁぁんっ!!」
「ふぁ!?え、ちょ、何急に」
「急にいなくなっちゃって…本当に、心配……うわ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!」
「ちょ!びっくりしたぁ……奴の声にそっくりす」
『ごら゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』
「うわあああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
アイノが涙を滝のように流し顔を歪ませて泣くのでめっちゃ驚いた。と思ったら目の前にはなんと奴の姿がッ!!
気のせいかはわからないけど多分こいつさっきより怒ってる。
『自分の子供を見捨てて逃げるなんて、どうかしているんじゃないですかね!』
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!も、申し訳……あれ、誰?さっきの幽霊は」
『だれ゛がばげも゛の゛だあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』
「ひゃあああああああああああ!!ごめんごめんごめんンンンン!!!俺が悪かったから!さっきのに戻ってェェェ!!!」
急に声が女性になったので何かと思って疑問を口にしたらやはり目の前にはあのお化けが!
『口に出てますよ!それにお化けって……はぁ、まぁいいでしょう。口それより貴方!この娘を置いて行って何してるんですか!馬鹿じゃないんですか!?』
「はい、すいません。でも俺はアイノを置いていったわけじゃないです置いていくわけないです申し訳ありませんでした」
『容疑を否認しているのに謝ってどうするんですか!というか、なんでベッドに運んだはずのあなたがいきなりいなくなるんですか?』
「ちょっとまって話がおかしくなるからいったん整理しよう」
目の前にいる青白く発行する人型の物体。それはさっきより鮮明に見えるためかはっきりとした形になっていた。
その人型は服を着ており、なんとその服装はメイド。髪は長いツインテールでしかもその髪が世にも珍しい長さだし、顔もものすごく綺麗だ。超美人……いや、まてよ。同じくらいの年齢じゃね?見た目だけだと。
おいおいおいおいおいおい、なんだこれ、幽霊美少女ツインテメイドって何?新しい漫画のジャンルでしょうか。
しかしこれ、さっきの怖い顔できるんですよねぇ……なぜかわからないけど俺がいなくなったとかどうとか騒いでたし、それについても聞く必要がある。もう正直頭は混乱気味だが一つずつ整理していこう。
そして色々話した結果、もっとよくわからなくなった。
『えーっと、貴方はさっきまで夢を見ていてそれが故郷の夢だった。気づけば夢で持っていた道具が手元にあった状態でこの娘がいるベッドで寝ていたと……はぁ?』
「いやほんとなんだってば、これが証拠だよ。それで、そっち側から見て俺はどうなってたの?」
『ナニコレ、へんな板ね……あなたたちが壁に激突したから看病しなきゃと思って寝室まで転移させたらあなただけいなくなって彼女が私にびっくりして気絶して、しばらくしてから話を聞けたから聞いてみたらお父さんがいないと……とんだ屑親かと思ったら意味不明だわ……』
「俺もだ……すまんなぁアイノ、この人怖くなかったか?襲われなかったか?」
『ちょ、なんてこと言うのよ!私はこの子を助けてあげたのよ?』
「……優しかった、よ?ねぇ、もういなくならない?」
「あぁ安心しろ!おそらく俺じゃない何かのせいでこうなったと思うから今日からそれについて対策するつもりだ。そして、名前わかんないからお嬢さん、ありがとうございます。アイノを少しの間だけでも支えていただき」
『な、なんかここまで急変すると寒気がする……まぁいいわよ、これが侍女としての役目だもの!存分に私を使いなさい?あと私はサレイノよ。これからもよろしくぅ?』
「あぁ、よろし……ちょっとまてぇ?」
俺はしばらくこいつとーーサレイノと話すこととなった。
「ほぅほぅ、俺たちを追いかけていたのはようやく来た家主となってくれる人を大歓迎して、部屋の電気を消したのはサプライズ、外に出ようとしたとき壁から出てきて追いかけてきたのはそのまま逃げられるんじゃないか、と……こっわ!」
『う、うるさいわね!こっちは誰かが家にいないと存在が消えるのよ、仕方ないでしょ?』
話によるとこういうことらしい。わけがわからんが安心しろ、俺もわからん。
いや、少しはわかった差。サレイノがこの家で大昔働いていた侍女であったこと、なんかよくわからないまま幽霊になっていたこと、それ以来家に住んだ人を世話したり家の手入れをしないと存在が消えそうになってしまうから屋敷に住む人が自分のことが見えても見えなくても密かに働いていたこと。そんな毎日を続けていると家主がみんな驚いて家からいなくなるのだそうだ。
うん、ポルターガイスト。
「そんなことがあったら大金貨五枚で売られるわけだ……」
『大金貨?なによそれ……売られるって、まさかお金のこと!?テリヤ硬貨じゃなくなってる!?』
「おいおいおい、新しい情報を出すな。全く……」
彼女、この通りガチで昔の侍女様だ。そして侍女頭というね、もうさ……この家が見事に綺麗であったのが納得できるよね。庭の雑草毎日刈り取ってるらしいぜ?やべぇよメイド。
それで、まぁ屋敷にようやく人が来て大喜びした彼女は俺たちを歓迎しようとしてくれたわけだ。だけど怖すぎる、なんであんなガチガチのホラゲーみたいな状況になったんだよ。
『き、緊張しちゃうと、ね……』
「緊張するぐらいならやるなよ……」
とりあえずこんな幽霊?人?ということが分かった。そして以外にも子供好きらしくアイノのことを見たときはそれはもう嬉しかったとのこと。
じゃあ驚かせんなよってことになるが昔はそういうのが主流だったんだよ、うん……
彼女は俺があの夢を見ている間、しっかりとアイノを見てくれたらしい。アイノも横で頷いているし嘘ではないようだ。それにもう既に打ち解けてにっこにこである。すげぇやメイド長、俺水飲んでやっと打ち解けたんだぜ?くっ、うらやまっ!
なんかテンションがおかしいのは夜だからだろうか…あぁ、実は今の時間帯的に夕食の時間である。あの時アイノが俺のジャージを掴んで寝ていたのは眠そうだったから仮眠をとらせていたとのこと。これ夜眠れるんだろうか。
まぁそこはいいとして、なんとこのメイドどこから仕入れたのかわからないが自前で食料運んできて夕飯を作ってくれたのだ。
「おいしい!」
「わーお、食堂の飯もなかなかだったがこりゃあすげぇ」
『どうよ!』
すげぇどや顔かましてる。すごいわ、幽霊なのになんでもできてる。寧ろ幽霊だから何でもできてる気がしてきた。このメイドなんと屋敷の修繕も自分でやっていたそうな。すげぇしかでてこない。そしちぇさらに魔法の使い手である。やべぇよやべぇよ……
そんなメイドAGEな感じの夕食はすぐに終わった。主に俺とアイノの食欲がおかしいんだが霧のいいとこでやめたあたり偉いだろう、偉いに決まっている。
サレイノは今アイノを連れて浴場に行ってる。この家の風呂だしさぞかしデカいんだろうと胸を躍らせながら俺はリビングっぽい広いところでのんびりしている。ただダラダラしているわけではないのだ、今はとあるものの中身を確認しなければいけない……
そう、例のスマートフォンである。
意味が分からないことに夢の中で手に持っていたスマートフォンが俺の手にあったが、これの原因解明よりまず中身が本物であるかどうかが大事だ。そのためにまず写真を開く。そこにはやはり夢の中で開いた思い出たちが詰まっているので問題なし。次はメール……音夢はある。アプリも見たが誰一人欠けることなく存在していたので一安心だ。
画面左上には圏外の二文字。これは仕方のないことだろう、ここは別世界だし繋がったらおかしいのだ。
「よし、これでこのスマホが本物であることが分かった。しかし、問題はなぜこれを持っているかということ」
あの時俺は、将の声に気づいて正気を取り戻していた。最初は……あぁそうだ、幻聴だと思ってなんか元に戻ったんだ。よくわからないけどあのままだとあの将の声のせいで自分が自分じゃなくなりそうだったからな、一歩間違ったらただの現実逃避だったが今回はよくやったと思う。
それでだ、将は俺に何かを囁いていた。「殺した」と言いまくっていたが「誰を」が入っていなかったので俺はもしかしたらそれで助かったのかもしれない。良かっためんどくさい人間で……
なんか死んだんだとか飛ばされろとか……あ!もしかしてそういうこと?
飛ばされろ→意識失う→気づいたら異世界。まずここが異世界かどうかも知らないけど多分飛ばされろってことはここに俺を送ったのがあいつかもしくは第三者……第三者は確実に将とグルだな、しかしそいつは仲間にするやつを間違えた。馬鹿め。
それはいいとして、ということはやはり港でも俺は飛ばされているってことになるんだろうか。だとすると俺が死んだっていうのは?
「わからん……これはなんかもう、明日考えようかな」
思考を放棄する。そもそもこの場所に俺がいる時点でおかしいのに、一回戻ってまた来ましたとかもっとわけわからない。将はいつか貼り付けにしていかだで海に流すとして、あと気がかりなのは音夢だ。
『お前のせいで音夢さんまでッ!』
将の声が頭に響く。これは思い出したものなので問題ない、が、音夢の身に何かあったとなると気になって仕方ない。死んだという言い方ではなかったな……お前のせいで音夢さんまでそっちに……音夢さんまでそっちに……そっちに?!?!
「…………いやいやいやいや、ないないないない、そんなことあり得るか?いやありえなくはない……?」
いやな感じだ。音夢までってことはなんらかの事柄に巻き込まれた形でなにかあったことになる。じゃあそれは?俺の現状で考えられることはやはり一つしかない。
「音夢も、この世界に来ている?」
どうしたらいいのか全く分からん。俺が死んだのならまだ「ごめんよー」で済んだかもしれん、だけど異世界だぞここ。なんて言えばいいんだよ。あ、あんまり時間がたっていない可能性もあるな。それだったら……まてよ、そういえばスマホのカレンダー何日だった?
カレンダーは、あの日から数十日たっていた日付だった。
「のおおおおおおおおおおおおおお!マジかよ!俺行方不明者じゃん!やべぇ音夢なんていうんだこれ、異世界来たから金塊売り払って家買いましたとか言えねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
新たな悩みなのか、希望なのか、もしかしたら音夢に会えるかもしれないけど今まで何してたんだと真顔で言われる未来を考えつつ、俺はもう一つ発生した問題……スマホの電池残量を回復させる方法を模索していった。