覆面の逃走
第一部にも書きましたが作品の名前変えたのでご了承ください……そして評価ありがとうございました。
「ピヨピヨ」
「ピヨピヨ」
「ピヨピヨ」
「ピヨピヨ」
「ピヨピヨ」
「ピヨピヨ」
「ピヨピヨ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺は今、アイノを落とさないようにしっかり抱きかかえて空を飛んでいる。後ろには愛くるしい真ん丸フォルムの神話級雀の大群が、怒気を孕んだ丸い瞳で睨みつけながらこちらを追ってきている。
アイノは気絶して白目をむいてぐったりしてしまった。命の危険にさらされているんだし仕方ないだろう。
この状況になったのは、十分くらい前のことだ
龍が去っていき、俺はアイノと川の下流の方向にあるおおきな建築物へ向かうためにいろいろと話していた。
「さて、次は移動手段についてだ。一応、俺は空を飛べることが確認できたが速度はわからない。というか、アイノも一緒に飛べるかわからん。重量制限とかあったら困るから、今のうちに試しておこうと思う」
「わーい!アイノも飛ぶー!」
アイノを自分の背に乗せて、空中に浮いていく。正確には既に浮いているが、もし重さによって高さが変わったりしたら何かにぶつかりそうになった時非常に困る。
アイノが結構はしゃいでいるのを見ながら、俺は勢いよく高いところまで上がった。とんでもないスピードだが空気抵抗は一切かかっていないように感じる。俺は化け物になってしまったんだろうか?とりあえずそれはいいだろう。アイノのほうは…いろんなところを見て大興奮しているので多分大丈夫だったんだろう。
次は速度だ。さっきの上昇でだいぶ早かったが、いったいどこまで速度が上がるかを試す。この馬鹿みたいに広い川の幅をどれくらいの時間で行き来できるかチャレンジをする。高度を下げて、川の水に当たらない程度の高さで移動を開始した。
すると、風は受けてないのに風になった気分をあっじわうという奇妙な経験ができた。川の向こう側まで来たのだが、なんと数十秒間で渡ることができたのだ。
驚きのあまり放心していると、突然後ろから降りかかる大量の水。何かと思って後ろを見たら、さっき渡った川がおかしくなっていた。緩やかだった川は突然うねって渦を巻いていたし、海の様に波が発生していた。しばらくすると元通りの川になったが、俺の移動は自分には影響が出ていなくても普通に移動したことで起きる風とか衝撃とかがあることが分かった。
それと面白いことに、どんなに早く移動しても止まりたくなったらピタッと停止できるのだ。前に倒れもしないし非常に便利である。これなら事故が発生することもない。
それ以外にも様々なテストをしていた俺だが、ここでとある事件が起きる。
俺が最初にいた砂利のところまで戻ろうと高いところをアイノと一緒に飛んでいた時、俺は空中であるものと衝突し、それを撃墜してしまった。それが今後ろにいる雀共のうち一匹だ。俺にはなんの怪我もなかったことに正直驚いているが、雀のほうは錐揉み回転して吹っ飛んでいったほどの衝撃を受けていた。そしてその雀…最初はちっちゃい鉄球かなと思ったが、なんと卵を持って飛んでいたのである。ぶつかった衝撃で割れたりはしなかったが、なんとその卵、今俺の手の中にある。
卵を奪われたことに気づいた雀は奇声をあげてどこからともなく数十匹の仲間を呼び寄せてきた。そして現在に至る。
「なんで速度上げてるのに追いついてくるんだよぉぉぉぉぉぉぉッ!」
「「「「「ピヨピヨ」」」」」
雀のくせにひよこのような鳴き声を上げているこの鳥共についさっきまで卵を投げ返してやろうと思ったが無駄だとわかったのでやっていない。その理由としては、俺たちを見る目が殺害対象ではなく捕食対象になっていたからだ。しかも一匹だけ卵のほうを見て涎垂らしてるし。
これが何の卵なのか最早わからなくなってきたが、なんかここで喰われるのもかわいそうなので俺が持ち続けている。しかしこのままでは俺もアイノも卵も仲良くやつらの胃袋に収められてしまう。
「なんかないかなんかないか…」
どうしようか考えるも、今持っているのは背中で気絶しているアイノと音夢の習字道具や金が大量に入っているスーツケースのみ。詰みである。
「ピヨピヨ」
「ピヨピヨ」
「ピヨピヨ」
「うるせぇぇぇぇぇ!ってうぉおおお!?!?!」
さすがに知らない国にこの神話級の群れを連れていくのは抵抗があったのでめちゃくちゃな方向に進んでいたのだが、間違えて城の裏側の山に来てしまった。しかも目の前は岩肌でできた大きな壁…あれ。これもしかしていけるのでは?運が良いのか悪いのか、俺は生憎急停止して回避ができる。国の人には悪いがここを利用させてもらおう。
「急停止!からの上昇!」
冬タイヤもびっくりなくらいピタッと停止し勢いよく上へ飛んで逃げる俺。下からは壮絶な爆発音のようなものが聞こえて、飛びながら下を向くと土埃が岩の壁から発生しているのが見える。一部のがけが崩れて、小鳥が埋められていく。着地できる草の地面が崖にできていたのでそこに立ち、そーっと下のほうを観察する。
すると、大量の雀が崩れた岩を粉砕してでてきた。ものすっごい探しているしこちらまで「ピヨピヨ」という鳴き声が聞こえるくらい怒っているのが感じ取れる。
アイノを落とさないよういつでも飛び上がれる準備をして、勇気を振り絞って下を見ると……
「……あれ、いねぇ」
雀はいない。どこへ行ったんだ?そう思っていると目の前に数十匹の雀が現れる。
「ぎゃああああああ!逃げろおおお!!」
一瞬俺が上げた声かと思ったら、全く違う野太い男の声だった。目の前にいた雀は山の上の声がしたほうへ消えていった。多分人だ。
やばい、別の人を巻き込んでしまったと思って、ポケットに卵を放り込み崖の足場にアイノとスーツケースを置いて飛び上がる。
山の森のようなところが崖を上った先にあり、そこには武器を捨てて逃げる山賊のような見た目の男たち。近くにはボロボロになった馬車があり、男たちが座っていたであろう地面には金品がばらまかれている。
あっという間に見えないところまで行ってしまった雀たちと男たちに安堵しつつ、あの男たちは何者か疑問に思う。もし普通の人だったらどうしようと思ったが、地面に人の腕が落ちていたことに気づく。
吐きたくなるが吐いたら大惨事だ。見ないようにして、さっきの男たちも見なかったことにする。きっとあれは悪い人だったんだ。そう思うようにしてさっきの崖にあった自然の足場へ戻り、荷物とアイノを回収して崖から離れる。
「……多分、建築物見えないし大丈夫だよね。うん、大丈夫だ……大丈夫だと思いたい」
怖くなったので結構離れたところから山に隠れている建築物を見る。さっきいた大きな崖があるところは城のような建築物の反対側に位置しており、しかもその間に結構高い山があるので距離は離れている。
根拠のない安心をする俺は、近くに見つけた道まで降りることにする。
「おーいアイノ。もう大丈夫だ。雀はどっかいったよ」
「う、ううん……怖かったぁぁぁぁ」
「おーすまんすまん。俺の失敗だ、許してくれ」
「うぅぅぅぅ」
アイノをあやしながら直立で道に沿って進んでいく。今の俺は足を動かす必要がないので、歩きたくなったら歩く動作をすればいいしそうじゃなければ別のことをしながら進める便利な体だ。不気味だけど使わなきゃ損だろ。
今進んでいる道は、おそらく山の向こう側にあった大きな建物へ続いている。根拠は……ない!
なんだかいろいろなところから冷ややかな目で見られているような気がするが……まぁ気のせいだろう。 根拠がないと言ったけど、道なり的に行きつくところはあのでっかい城があるところなんだろうなって誰でも思うよ。きっと。うん、きっと。
ふよふよ浮きながら、ポケットに入れておいた卵をスーツケースを持った手でうまい具合に取り出す。もし、これがあの雀……ジャバヒレティト・クァッタの卵だとしたら焼却処分するべきなんじゃなかろうか。だって、神話級生物が持っていた卵を育てて出てきた雀の幼体に喰い殺されましたとかシャレにならんし……
なんかバレたら怖いのであとでスーツケースに入れておくことにする。今は左でアイノを抱きかかえ、右でスーツケースを持っている状態なので卵はポケットに入れる。
「おーいアイノ~、そろそろ大丈夫だろ?あまり強く抱き着かれると体制崩すんだが」
「だって、怖かったから……お父さんはこういう時守ってくれるんでしょ?」
「まだ忘れてなかったか……クッ、まぁいいや。そうさ、俺は君の父親だ。だからずーっと守るぞ?アイノの本当の親が見つかるまでだけどな」
「ソーイチがお父さんでいい!」
「おいおい、俺もアイノも今日あったばかりなんだぞ?そんなにいきなり俺に信頼を寄せていたら五日後悔しちゃってもどうしようもないのに」
「うーん、多分大丈夫だよ!お父さんはドジだし、優しいよ!」
「馬鹿にしてるのか褒めているのかわからないけどありがとう」
あわよくば、子供がすぐ集中力が切れることを利用した俺がお父さんというイメージを消し去ってやりたかったが仕方がない。一度は決意したし、男に二言はないって言葉に従おうか……
ふと、こんなに大荷物でも自分の腕が悲鳴を上げないことに疑問を抱く。俺は確かに逃げ足は速いがここまで腕力もなかったし、疲れやすい体質だったはずだ。それなのに、これだけいろいろあっても一切疲労感がない。
よくよく考えると、港で倒れたときは夕飯も食っていなかったので今の時間なら腹を空かせているのに未だに腹がすかないこともおかしい。尿意も感じなければ眠いという感情すら湧いてこない。なんだこれは?気のせいだろうか。
自分の今の身体にいろいろな疑問が生じてくる。なんで浮いているのか、なぜ腹がすかないのか、なぜ眠たくないのか、なぜ覆面は外れないのか、あの時、どうして俺の……
そこまで考えていたが視線があるものに集中してしまい思考を中断させられた。突然道のど真ん中に現れた物が、俺とアイノに新たな疑問を生じさせる。
「……ようこそ、魔王国ハイディリッヒへ?なぁアイノ、これって最初からあった?」
「わかんないけど……変な感じはするよ?」
「うーん?もしやこれが魔法なのか……それにしては随分としょぼいなぁ~」
粗悪そうな木の板でできている看板には、おそらく今から俺たちが行こうとしている国の名前と歓迎の文章が書かれている。
字は汚いし、木は汚いし、というか建付けが悪すぎて今にも倒れそうだ。もし、ここに大工がいたら直したくなるんじゃないかってくらいの粗末さだ。きっと日用大工初心者でもここまで酷いものはできない。
そこで、俺はこの看板にいたずらをすることにした。
え、この流れでいたずら?直したりしないの?なんていうのは馬鹿だ。だって俺大工じゃないし~。やっぱ看板にやることと言ったらいたずらだろ。世の中の人々は剣を振り回せるゲームで確実に看板を切り刻んで遊んでいるに違いない。
俺はアイノを一度おろし筆をわざわざスーツケースから取り出し、ポケットに入っている卵が邪魔だなぁと割とどうでもいいことを考えながらとある文字を書く。
「お父さん、今度はなんの魔法?」
「ん?これは「ヴァ」って魔法だ」
「ヴァ?」
「そう。特に意味のない言葉を書くとどうなるのかっていうテストをしたかったから、ちょうどいいかなーと思って……お、反応し始めたな」
煌めく「ヴァ」の文字。毎度の如く派手な演出で看板はみるみる材質を変え……あれ?
看板は色を変え、形を変え、材質を変えていく。今までは形は変わらず材質だけだったのに、看板はレインボーになってぐにゃぐにゃと不規則な形へと変貌していった。
そして出来上がったのは、手のひら大の生卵。
「…………」
「わぁ!卵!これは卵を作る魔法なの?」
「あ、あぁそうさ!卵創造魔法「ヴァ」だ。覚えておけ~?」
「うん!」
やっべぇ……まさかいきなりこんなことになるとは思わなかったな。なんか、看板さんに申し訳ないっす。これ、看板の価値が卵一個分だって皮肉言ってるみたいじゃん?なんかごめん、まじで。
しかしこの卵、どうしよう。冷蔵庫持ってないので保管は……いやその前にこれが無精卵化有精卵かもわからないぞ。このままだとひよこが生まれる可能性があるわけだ。どうしたものか……
「ねぇねぇ、これって鳥さん生まれるかな?」
「うん?どうだろうな。あぁ、試しにアイノが温めてやればいいんじゃないか?」
「卵をあっためたら鳥さん生まれるの?あっためる!」
「よーし頼むぞぉ」
いい具合に処理が決まって助かった。きっとこの卵は神話級生物とかじゃないと思うし、アイノに任せても大丈夫だろう。割らなければいいけど。
アイノをもう一度持ち上げ、今度はおんぶするように俺に乗せる。これで少しは腕が自由になるが、堕ちたら危ないの片手でケースを持ったままアイノの足を掴んでおく。
一応、近くで卵を見てみることにする。もしなんかやばそうな模様がついていたら文字通り金の卵にしてやる。
しかしそんな心配は杞憂に終わり、今はアイノが大事そうに抱えている。模様もなければ異常もない、しっかり卵してた。
一度卵から意識を変え、さっきの看板のことを考える。
書いてあったのは、「ようこそ魔王国ハイディリッヒへ!」だった気がする。今歩いているのがその魔王国へ続く道なんだと思うが、一番の問題はなぜあの看板の存在に気づけなかったかである。気づけば目の前にあった汚い看板はまるで子供が一から作ったもののようにも感じ取れた。そうやって考えるととても苦労して作られたんじゃないかという考えが出てくる。
もし、誰かが一生懸命作った看板だったら?俺はそれを卵にしてしまっている。それも生。
あぁどうしよう……いくら考えても答えは出てこない。きっとこれは、周りに唆されて知らない人の家に落書きしちゃったけどあとから罪悪感が出てきちゃう根はやさしい心配性な子供の思考だ。
しかしそこで一枚上手なのが俺。もし知らない子供が頑張って作ったとしてももう卵になっちゃったし仕方ないと割り切ってしまうのだ!もし知能を手に入れたゴリラが丹精込めて作ったもので看板の現状を知ったゴリラがブちギレたら俺は確実に死ぬだろうけど。
「まぁそんな訳ないよなぁ~アハハハハ」
「ウホホホホホッ……カンバンケシタノハ、オマエダナ」
隣にいたのは三メートルくらいのマッチョでおおきなゴリラ。ゴムのような材質の長靴に軍手をし、オレンジ色の作業着のようなものを着て、腰に玄翁や金属製の定規など数々の大工道具をぶら下げている生き物は、頭に血管を浮き出させこちらを睨みつけている。
アイノはがったがたに震えている。それはもう激しく。微妙に笑ったまま涙目になっているのでそろそろ気絶しそうだ。このままではまずい、雀のときより痛い目に遭いそう。
「い、いやぁ~、あれカンバンっていうんですか?俺実は田舎に住んでて、そういうものがあるなんて知らないんすよいやぁ申し訳ない!」
秘儀、言い訳作戦!自分を敢えて下げることにより相手に反省しているという気持ちを伝える究極の逃げ業だ。きっとこのゴリラ頭悪いだろうし、「ア、ソウナノカ?ユルス」とか言ってくれ
「オレヲ、バカニシテイルノカ?ソンナヤツハ、アイニクミタコトガナイノデナ。マァ、イタトシテモ、コロスダケダガ」
「…………ですよねぇ~」
「……マオウコクヲマモル、バンニントシテ、ニンゲン…キサマヲハイジョスルッ!!ウッホォォォォォォォォォォォォォ!!」
耳が痛くなるほどの大きな音で胸をたたきドラミングをするゴリラ。アイノは気絶しているかと思いきや必死に卵を守っている。目を瞑って怖いのを必死に我慢しているようで、あまりゴリラのほうは見ていない。しかし子供にしては勇気があるほうだろう。泣き叫びも、暴れもしないんだから。俺が子供のころだったら大泣きしてたと思う。
俺も今日から親代わりとして生きていくことになったんだし、ここでカッコ悪い所見せられないじゃないか。親より子供のほうが勇気出してるとか悲しすぎる。
腹括るか……戦えないけどねッ!
「申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁ!!」
「ウッホォォォォォォォォ!!ニガサンンンンンッ!!」
空高く飛び上がる俺。こちらを見て咆哮を上げ筋力だけで跳び上がってくるゴリラ。速さは俺のほうが上なのに、なぜかゴリラが俺にずっとついてくるという現象に焦りつつ、俺は本日二度目の逃走を開始した。
人間の俺が看板にいたずらをして卵にし、それを知ったゴリラが悪人を排除するという正義は確実にあちら側にあるという不利さ。このままでは死ぬし、まず死ななくても器物損壊罪かなんかで裁判では負ける。裁判があるかわかんないけど!
そんなことよりあの跳躍力は何なんだ!さっき一度だけ跳び上がっただけなのにロケットみたいに俺に付いてきやがる……速さだけで言えばあの雀野郎と同じか?
……いや、なにか妙だ。俺はあの雀と追いかけっこしているときは自分がどこにいるか把握できないくらいの速さだったのに、今はそれに比べて速度が落ちている。それにあの速度だったら衝撃があのゴリラまで直撃とは言わずとも少しくらい当たる気がするのに全くその気配はない。
「…あのゴリラ、俺になんか細工でもしたのか?」
そうとしか思えない。今日知ったことだし俺のこの飛行も実はとんでもない制約がかけられていて徐々に飛行速度が遅くなるとかもありえる。だけどそういうのは普通三分とかでリミットは終わるイメージしかない。だったらこれは?もうあのゴリラがなにかしたとしか思えないだろうと、思わずゴリラのほうを見てしまった。
するとゴリラは俺を見て、唇の左端を吊り上げた。とんでもなくうざい顔でニヤニヤしている。糞ゴリラが。
確定した。あのゴリラ俺に何かしやがった。このままでは逃げ切れないのでアイノが危険である……あと俺の金も危険である。どちらも失ってはいけない。これは絶対だ。
スーツケースから小筆を取り出し、アイノにケースを手渡す。
「…………アイノ、これ持ってくれるか?」
「……うん、わかった」
驚いた。こんだけ速く飛んでいるのに聞こえるのか。どんどん謎は深まっていくなぁ。そうやって楽観的な思考にしつつ、俺はポケットに入れておいた銀色の卵と小筆をそれぞれ手に持った。ゴリラは……俺が何かしようとしてるのに気づいて速度を上げて…いや、俺の速度を下げているのか。とにかく俺に追いつこうとしていた。そろそろ気温が低くなってくる高度だしさっさと片を付けたいんだろうな。だがそうはさせねぇ。
「なぁゴリラァッ!知ってるかぁッ!」
「…………」
「世の中にはダチョウの卵ってのがあってさぁ!俺はそれが嫌いなんだよッ!ただデカけりゃ何でもいいって思ってるヤツがその卵で目玉焼きを作ってくれたんだけどよぉッ!黄身がデカすぎて胸焼けしたんだぁッ!」
「……ナニヲイッテイル、アタマガオカシクナッタカ?」
「でもさぁッ!今思ったらでっかいって素晴らしいことだよなぁ!」
「…マァイイ、コノママヤツヲオトシテイケバ」
かんっぜんに相手にされていないのがよぉーく、本当によぉーくわかった。だけどそんなのでいいのかな?油断しているとどんな強い勇者でもゴリラでも、強敵にはやられちゃうんだぜ?
心の中でカッコつけながら、俺は卵を握っている手に集中する。
手の中で、文字を書くと発生する光を何とかして隠していたが…そろそろ限界だ。俺の手に収まりきらない。
「やっぱデカいものは食べるより、武器にしたほうがロマンがあるよなぁぁぁッ!!!」
ゴリラの頭の位置に来るように手に持っていた卵を宙へ放り出す。卵はゆっくりと、俺たちより少し遅いくらいの速度で落下している。
まるでミラーボールの様に激しく光る神話級生物が持っていた超耐久力を持つ金属みたいな銀色の卵。運が良いことに宙へ放り出した直後にそれはどんどん大きくなっていく。しかし光がどんどん激しくなっていくことから、それの変化はまだ始まったばかりであるということが良くわかる。
それを見ているゴリラは、非常に訝し気な顔をして光る物質に注目している。少し自分がいる位置を卵が落ちそうな位置から離れようとしているみたいだが…無駄だ。
このままでは確かに当たらないだろう。だがこの筆は卵でゴリラに攻撃する手段を与えてくれた。
卵はどんどん大きくなる。どんどんどんどん大きくなる。手のひらサイズから拳サイズ、拳サイズから俺の帽子にすっぽり入るくらい。しかし卵は止まらない。光が収まるころにはちょっと大きめの山くらいの大きさへと変貌していた。
「ナ、ナンダソレハッ!?!?クッ、ォォォォオオオオオッー!!!」
ゴリラが叫んでいる声が聞こえてくる。しかし、卵が声を遮ってしまい地味にくぐもって聞こえる。
俺が卵に書いた文字は「巨大化」を四つ。そして「十五秒間上にまっすぐ高速飛行」というふざけた文章だ。
今までの経験からして、この筆を使う場合巨大化とかは十分理解できるだろう。石が金になったり、木がダイヤモンドになったりと、これはもう錬金術と同等だ。錬金術知らないけど。
じゃああの鮎はなんだ?あれの場合は、俺がイメージしやすい最強を書き連ねた結果生まれた超生物だ。
そして、看板からできた卵の様にめちゃくちゃなものでも字でさえあれば大きさすら変えて物質を作り上げてしまう。だとしたら、ただデカくすることだってできるだろう。そして、俺さえ理解できる文章であればおそらく命令のようなものでも使えると予測したのだ。
あれ、ヴァは?って言われても、正直あれはわからん。たまたまあの時卵のことを考えていたせいかもしれないとしか言えない。
「…ぜんっぜんゴリラの声が聞こえてこねぇ。少しで隠しすぎたか?もっとこう、「オノレェェェェ!グ、グワーッ!」みたいな感じで叫ぶかなと思ったんだけど……あ、このままだとあいつ死ぬかな?いやないな。ああいうのはすべて筋肉で解決できるパワー系だから回復も筋肉が頑張るだろう」
出来上がった銀色の卵は、まだ十五秒経っていないので空を飛んでいる。一応俺より速度が遅いようなので上から見えてしまいただの金属の塊にしか見えない。
あの慌てようだと多分横にずれて卵避けようとすると思うしそうされたらおしまいだ。だけどあいつはジャンプしかしていなかったし、少し卵から離れようとしていても少しずつしかできていなかった。俺の様に飛べることができたら計画はお陀仏だが多分脳金そうなあいつのことだ、それはないだろう。こういう飛行能力は繊細なんだ。俺は例外としてこの世界に魔法があるならきっとそういうものだろう。
多分、今は俺ではなく自分の速度を落としてあたふたしているに違いない。
そして、とうとう卵の飛行リミットが切れた。俺もそれと同時に少し卵より離れた上のほうで空中停止する。
「ヌ、オォォォォォォォ……」
風が通り過ぎるような、排水溝のような、変な音が聞こえたが気のせいだと切り捨てる。
俺が卵を持っていた時間で七秒、巨大化で四秒、あまりは四秒か。まぁまぁだろう。あのゴリラにあまり
時間を与えたくなかったがこっちはいろいろ初心者なんだし仕方ないだろう。
「オ、ノレエェェェ………」
「あれ、これもしかしてあのゴリラの声か?……あー、もうだいぶ下のほうまで落ちてってるからわかんないな」
遠ざかっていく卵を見て、さっきの小さな叫び声をあげたゴリラの声を頭の中でループ再生しながら卵が地面に落ちるまで観察し続ける。だいぶゆっくりっぽいので俺は卵の下のほうまで見に行くことにした。
「ヌォォォォオオオオオ!!」
そこには卵を必死で抑えて空中でなんとか止めようとしている哀れなゴリラが。
「へいへーい、どうだ?人間様の力思い知ったかはっはっはー」
「ヌォォォオ?!?!ヤ、ヤメロ!イマキサマニカマッテイルヒマハ」
「あ、ふーん。そう?いやぁ、話だけでも聞いてくれたらこの卵小さくしようかなーって思ったんだけどなぁ~」
「ナ、ナニッ!?ハ。ハヤクヤッテクレ!」
卵と地上の距離は、少しずつ近くなっていく。
「でも構ってる暇ないらしいし~。それにこのまま助けたって人間だって殺しに来るじゃーん?俺の背中にいる獣人のことなんて見向きもしないで」
「ヌゥゥゥゥゥゥッ!ワ、ワカッタ!ワカッタカラ!チャントハナシキクカラァァッ!!!」
「よしいい子だ」
筆で素早く「元通り☆」と書く。☆のせいですべてが台無しになるかもしれないがまぁこれも実験だ。やれるときにやっておかないと損だし失敗したら喋るゴリラのお墓と俺のしたいと一人ぼっちの少女が出来上がるだけ……結構大惨事だな。やめときゃ良かった。
地上すれすれのところで、無事卵は元の大きさになり俺の手のひらに収まる。
ゴリラは滝の様に汗を流し疲労で倒れ、アイノは短い時間のうちにいろんなことが一度に起きすぎて混乱、俺は地上に着地すらできずいつまでも宙に浮いていることに謎の悲しさを感じてその場に佇んでいた。
ゴリラと話ができたのは、過呼吸なゴリラが落ち着いてからだった。
「……フムゥ、アイノトヤラハマァ、ニュウコクサセラレルガ……モンダイハオマエダ」
「あ、やっぱりかぁ。魔族だっけ?魔族と人間の亀裂はだいぶ大きいみたいだし、例え俺自身が諍いを起こしたことなくても意味ないんだよなぁ」
ゴリラと話し、アイノに親がいないから俺が代わりに保護者をやっていること、二人とも住む場所がないから宿を探していること、俺が人間であることについて色々相談した。アイノに関しては今ゴリラが言った通り宿も探すことができそうなのだが……
「…お父さん、国に入れないの?」
「ん?いやぁどうだろ。アイノが国の人に同情を誘うようなセリフで説明するとかならなんとかいける……?」
「オマエ……ヨワイジュウニモミタナイコドモニナンテコトサセヨウトシテルンダ」
ゴリラがまともなことを言う。正論ばっかりじゃあ支持は得られないんだぞ!このままじゃ俺が野宿じゃないか!
何とかしなければいけないが、どうすればいいかがわからない。というかそもそもなんで人間だってバレるんだよ。おかしくないか?
そこら辺についての疑問を二人に投げかける。アイノは勘、ゴリラに至っては完全にわかって言ってるっぽかったのでもう一度聞いてみると……
「ニオイダ」「におい!」
「あ、はい……」
体臭がひどいもんだと勝手に項垂れていたがどうやら違うらしい。世の中には様々な種族がいるが、それぞれには特有の臭いがありそれで判別できるのが人間以外の種族なのだそうだ。おい、人間弱すぎだろ……
「ニオイかぁ…なんかで消臭でもすればいいのか?」
「イヤ、ソウイウモンダイデハ……」
「お父さんの魔法でも、何もできない?」
「うーん、俺のあれがそこまで万能とは限らないし……あ、そうだ。俺の服にでも「消臭」とか書いてみるか?案外いけるかもな」
「エ、エェ……」
おい、そんな引いた顔をするんじゃない。ゴリラに引かれるとか俺人類で初めてだぞ。
とりあえずジャージを脱ぐか。いつも出掛ける時に使っている赤色のジャージのファスナーを下ろす。
おや、噛んだようだ。最近所々綻んできたしやはり買い換えないとだめだろうか。愛着や思い出がたくさんあるし、あまりそういうことはしたくないんだが……
……
「…………ン?」
「どうしたの?帽子が取れなかったときみたいな声だしてるよ?」
「…………その通り。どうやら俺、服まで呪いの装備だったようです」
「ノ、ノロイ?イッタイオマエナニモノナンダ」
「アイノも呪いかかってるよー!不死身の呪いー!」
「フ、フジミ?!?!……キ、キカナカッタコトニシヨット」
急に怯えだすゴリラ。そこまで呪いに対して意識するんだなぁ。こんなに可愛い子供にくれぐれもそのイヤーな目を向けるんじゃねぇぞ?石にするからな。
「仕方ないか、腕に書こう……」
「アァマテマテ、ヨクヨクカンガエタラ、ボウメイシニクルニンゲンヨウノ、Camouflageローブガアルンダッタ。イロイロアッタカラワスレテタ、スマンスマン」
「なんかCamouflageだけ発音ネイティブ過ぎない?気のせい?……あぁそう。まぁいいか、じゃあそのローブ借りるわ。ってかいいのか?」
ゴリラによると、以外にも魔王国には人間も少数いるという話だ。なぜかわからないが人間の国からボロボロになって逃げてきたりする人間が少なからずともいるらしい。一年に一人程度なので、そこまで亡命人数があるわけでもないようだが。
ゴリラは早速俺にローブを渡してくる。どこからともなく取り出した小さなきんちゃく袋のようなものから俺より少し大きいサイズの赤いローブを。
「色!そしてどこから出してるんだ!」
「ム?アァ、コレハ「パラバッグ」トイウ。セツメイハメンドウダカラシナイ」
「てめぇ!めっちゃ気になるんだけど!パラってなんだよパラって!あと色何とかしろよ!これじゃあ赤大好きなやつじゃん!」
「イイダロベツニ……ウザイヤツ。オレニカッタクセニ、ウツワガチイサイヤツメ」
「この野郎……まぁいいか。とりあえずありがとな」
不満ばかり言っていると禿げるので、素直に赤いローブを借りることにする。地味にサイズがでかいが、常に浮いている俺からすれば大きさなんて些細なことだ。
ローブというよりコートの様に見えるその服はマジで赤色だ。革製の装飾がところどころにあってとてもお洒落だしかっこいい。だが、だが俺は中にジャージを着てこのコートを着なければいけないのか?ひどすぎる……
試しに着てみると、なんということでしょう!さっきは派手な服装の不審者だったのに、今度はボタンを閉めたせいで明らかに背丈がおかしい化け物みたいな不審者にランクアップ!……一応、ボタン外すか。
「これで臭いはないか?」
「…………うん!なにもしない!」
「え……いやそれじゃダメだろ。不審すぎるだろ」
「アァ、マァソウダナ。ホラ、コノボウモットケ。コレデカンペキダ」
「うおっと、なんだこれ……なんかトーテムポールみたいで面白いな」
ゴリラから青と緑と黄いろで構成された奇妙な手持ちトーテムポールを投げ渡される。なんとなく可愛いけど近くで見るとそうでもないのがなんかいい。
俺はトーテムポールをジャージのポケットに放り込んだ。
俺がトーテムポールを持ったことを確認すると突然、ゴリラがアイノと俺を掴んで肩に乗せてくる。いきなりで驚いたが、こういう時はしっかりゴリラの肩に固定される俺の空中浮遊にも驚いた。もう意味が分からん。
ゴリラは俺とアイノを交互に見て、いかした笑顔で話しかけてくる。
「カンバンヲコワシタコトニハメヲツムッテヤル。ヨウコソ、マオウコクハイディリッヒへ!」
看板についてはマジでごめんなさい。