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覆面狂詩曲 ~白猫を添えて~  作者: 餅鍋牛
来訪編
4/26

覆面と鮎


「力が欲しいか?」


 きっと「ッ!!」みたいな感じで戦慄しているであろう鮎。鮎にしては大きすぎるが仮名にして呼んでおこう。

 アイノはなんでそんな変な声で言うんだろうと言いたげな顔をしている。こういう時はこんなテンションで言うのが常識なんだよと教えると納得したようで、アイノも一緒に復唱して楽しんでいた。


 魚は相変わらず驚いている。現状を理解しようとしているのか、そもそもただの魚だったか、後者だったら焼いて食べているところだがおそらくこいつは前者だろう。知性のありそうなこの魚、先ほどから目をこちらにじっと向けているのだ。眼球が動く魚なんて気味が悪くて仕方ないが、どうやらそこまで悪霊っぽい感じもしないし大丈夫だろう。


「お前は喋ることができないだろうから一方的な説明になるが…いいな?」


 魚はなぜか汗を掻いている。魚が汗を掻くのって大丈夫なんだろうかと思ってしまうがそこは突っ込まないでやろう。

筆を持ち、手ごろな石に「エメラルド」と書いて魚に石を見せる。食い入るように魚はじっと石を見つめていた。めっちゃ光ってるけど失明しないんだろうかという今更な疑問が生じたので心配になったが、光が収まっても魚はしっかりと石を見て、そして驚いていた。口をパクパクさせているし。アイノははしゃいでいた。


「これを見ただろう?俺は物質を自在に変えることができる。お前のような生物にも同じく効果は出る…もし、抵抗したらお前は石になるかもしれないなぁ?おっと、安心しろ。俺はお前に期待しているんだよ。どうだ?まずはお友達になろう。なるなら一回飛び跳ねろ。ならないなら…」


次の言葉を口に出す前に魚はぴょんと飛び上がった。恐怖に耐えかねて魚のくせに人間のような反応を示してきてけっこうきもいけど……まぁいい。俺だってここまで脅そうと思っていないんだがちょっとテンション上がっちゃって…


「はっはっは!別に石にはしないよ、すまんすまん。じゃあ今日から俺とお前は友達だ。それで早速だが友達にはとある実験に協力していただきたい。まずは話を聞いてくれ」


 鮎は心底ほっとしたという表情で、こちらに視線を向ける。

観察すればするほど面白い魚だ。だがしかし今はそんなに観察している暇もないので本題に進むことにした。


「さて、今から俺はお前の身体に変化をもたらす。それは悪いことじゃない、とんでもない力と、知恵が手に入り、水の中以外でも生きることができる。すなわち、自由になれる。川で過ごしたいっていうならいいだろう、だが魔獣に怯える毎日はうんざりじゃないか?俺はお前に千載一遇のチャンスを与えよう、俺に協力してくれるっていうなら一度跳んでくれ、疑問があったら二回」


 魚は二回ジャンプした。疑問があるということだろう。

この魚にしっかりとした意思があってよかったと心底思う。もし失敗したら俺は危険な目にあってしまいそうなので、自我のある生物が必要だったのだ。

 まぁ、力を手に入れた途端に「おのれ人間!」って襲い掛かってきたら終わりなのだが、この魚は多分偉そうなのと臆病なくらいだろう。あと多分誇りとか持ってそうだから問題ないように思える。


「ふむ、そうか…あ、何の疑問かわからなかったら意味ないじゃん…一応、詳しく説明するとな。今から俺がこの筆でお前の身体にある言葉を書く。さっきの様に石に宝石の名前を書いたらただの石は宝石になっただろ?あれを宝石とか物質の名前じゃなくて、()()を書きたいんだ。簡単に言うと「怪力」とか書いたらお前が筋肉ムキムキになるか調べたいってところか。あぁ、本番はマジで敵なしになれそうな言葉を書く予定だから安心しろ?わかったら一回」


 魚は渋々といった感じだが理解してくれたようで、一回跳んでくれた。

これは、この筆の危険度と実用性を同時に調べるテストだ。間違っても人に使わないようにするための実験その一なのだ。最初で最後の実験体として鮎君にはあとで名前を授けておこう。


「協力感謝する。急なことで申し訳ないが、我慢してくれよ」


 魚はものすっごく怯えた表情で、俺の筆を剣の切っ先の様に見ている。そこまで心配しなくていいのに。


「ねぇねぇ、これからお魚さんになにするの?」


「ん?んー、内緒。でもすごいことが起こるはずだよ?」


「へー、楽しみ!頑張ってね、お魚さん!」


 魚はなんだか一言物申したそうな顔で、諦めたように脱力した。

正直体を真っ直ぐにしてもらったほうが楽なのだが…まぁ仕方ない。俺は筆を持ち、鮎の身体に素早く文字を入れていく。

急ぐ理由としては、今回は複数個の言葉を書けるかどうかのテストでもあるからだ。ダイヤモンドとかは普通に書けたが、言葉一つとかも普通にあり得るかもしれないし、書いてる途中で光りだすなんてダサすぎる。事故が起きないように筆を動かしていった。


 なんとか書き終えることができた。ギリギリだったのかすぐに光が発生する。おそらく制限時間のようなものがあるんだろう、いつか何秒間まで書けるのかを調べておこう。


 鮎は光り輝いているが、突然のことにこちらに助けを乞うような表情を向けていた。


「安心しろ。お前は今日から世界中に名を轟かせる存在になるんだ、そんなに怯えていてどうする…まぁ仕方ないか。お前お前っていうのもあれだから、この際だし名前を考えたぞ?喜べ、はーっはっはっは!」


「はーっはっはっは!」


 アイノが俺の真似をして突然笑いだす。びっくりして振り向いてしまったぐらい声が大きいし爽快な笑い声だ。そして俺は年長物は子供が自分がした妙な真似をしないように大変であったことを悟る。よくよく考えると、子供って育てるだけで一苦労なんだよな…基本まねて生きる存在だから、大人は大変なんだろう。アイノの前ではいろいろ気を付けたほうがいいかもしれない。


 魚はとても焦っているようで、なんで笑ってるんだという表情だった。まじでコロコロと表情が変わる魚とか面白すぎる。


「今日からお前は最強の鮎グレーシュテ・シュテルケ・アユだ!今日からお前は、最強の()だ!」


 ぼくのかんがえたさいきょうのさかな。その名も最強の鮎。もうね、この世で一番強そうな四字熟語詰め合わせにしましたよ。時間かかるし頭痛くなるしで大変だった。こういう時に限って頭痛が起きる俺の身体ってマジで腹立つ。


 そうこうしているうちに光がどんどん強くなっていった。木のときや石のときよりも、ずっとずっと強く鮎は輝き、世界は光に包まれていった。アイノの目に悪いので、目を俺の手で押さえておく。


 そして魚は姿を変えていき、体積が大きくなっていく。


光が収まり、アイノの目をふさいでいた手を離す。そこで少女が目にしたのは、自分よりも何倍も大きい巨大な生物だった。


『……これは、いったい』


「おぉ、喋れるのか…けっこうイケボだな。体の調子はどうだ?強くなれたか?」


『力が漲ってくる…其方、私に何をした』


「だから言っただろ?お前を強くしてやるって」


『そうか…そうか!フハハハハ!私は龍になれたのだな!あぁ、なんたることだ。川で獲物を探し続けていた自分が嘘みたいな魔力を持つ化け物になってしまった!あぁなんて愉快で、なんて嬉しいことだろう!』


 鮎だった名残か、腹の部分の色は銀色で背の部分はエメラルドに輝いている。ところどころ変わっているのは、立派な爪のついた腕が二対生えていることと、龍の顔がさっきの魚のような少し間抜けに見える顔ではなくカッコよくなっていることだろうか。

 龍は心底嬉しそうに、魔王の様に笑う。態度が随分と尊大な感じがするのはなぜだろう。


『ソーイチ殿、誠に感謝する。先ほどまでは喰い殺してやりたい思いでいっぱいだったが、ここまでの力をもらってしまっては恩を仇で返す様なことはできぬ。我々の一族は最弱と呼ばれ、悲願である龍への進化も誰にもできないだろうと周りに言われ続けた。一族の長である私は我慢ができず仲間を引き連れ修業に来た。しかし道中で皆岩にぶつかり死んでいった。最後の一人がすぐそこの川で力尽き、私も自暴自棄になって陸に上がったのだが…本当に、ここで陸に上がってよかった!ソーイチ殿は親友だ。あぁ、私はいい友を手に入れてしまったな』


「お、おぅ…だいぶ重い理由だったんだなぁ、陸に乗りあがってたのって。てか俺危うく喰い殺されてたのか」


『いや、それに関しては申し訳なく思っている。今はこの通り、ソーイチ殿にはそのようなことをしないと一族に誓って約束しよう』


「そうか。わかったよ…てかお前でっかくなったなぁ、ほーらこれがマジの龍だぞアイノ」


「龍…龍って、神話級の上位…だっけ?あれ?なんで目の前に?」


『アイノ殿か、其方も私を応援してくれたな。礼を言う…そしてソーイチ殿、其方には感謝してもしきれない、なにか礼をさせていただきたいのだが』


「あー、俺はただ実験しただけだし…あ、そうだ!近くにある人里まで、って確か獣人と人間は中悪いんだっけ?うーん、なぁアユ。お前この近くで俺ら二人が泊まれる町とか知らない?」


『……申し訳ないが、陸はちょっと』


「あっ……すまん、そりゃそうか…じゃあどこか良さそうな街が見つかるまで俺とアイノを乗せて飛んでくれないか?移動手段がなくてさぁ」


『ん?ソーイチ殿は飛んでいるではないか。其方なら移動手段などなくてもどこへでも行けるだろう』


「は?」


 しまった、マジトーンで言ってしまった。いやでも俺が飛んでいるとか冗談でも馬鹿にしているとしか思えないぞこいつ……俺が浮いてるなんてありえないじゃないか、なんだ?某猫型ロボットみたいに数ミリ浮いているとかか?バカにしやがって。

アユも強がって、飛べないことをいいことに俺をはめようとしているな?全くなんてやつだ。さっきからお礼の言葉を述べている割には腹黒いやつだ……


「全く、何言ってるんだお前は。俺を馬鹿にするならもっとましなことを言えよ。大体、さっきから俺は砂利の大地を踏みしめ……あれ?」


 よくよく考えると、今の今まで砂利を踏んだ感覚が一切ない。靴の裏を確認するだけではわからないので、一度だけ大きくジャンプしてみる。


 すると、地面から俺の足が離れない。


「え、ちょ、ジャンプできねぇ……なんだこれ、めっちゃ奇妙な感覚ってうおぉぉぉおおぉおお!?」


「ソ、ソーイチ!どこ行っちゃうのぉぉぉ!」


『ソーイチ殿?何をしている?』


「やばいやばい!止めてくれぇェェェ!」


 なんどか跳ぶために足を踏ん張ったとき、なんと体が宙に浮いたのだ。ゆっくりゆっくりと、空へと突き進んでいく俺の身体。制御が聞かず俺はさかさま状態だ。不思議なことに頭に血が上った感覚はないが、普通に酔う。ものすごく気持ち悪い。


『其方……魔術は使えても扱うことはできていないようだな。ふむ、魔力量は……ん?しかし術式を展開しているようには見えない……もしや其方、死者か?』


「違うわッ!俺は生きてる!勝手に人を幽霊にするんじゃない!」


『……ふーむ?わからんな。魔術でもなければ死者でもない。とりあえず、下に降りることだけ考えればいいんじゃないか?そうやって足を動かしても空中では意味がないだろう』


「そんなんでできるわけ……って出来た。は?なんなんだよマジで」


「ソーイチ、大丈夫?」


 なぜか俺は浮いている。アユよ、これは飛んでいるではなく浮いているだ。

アイノがこちらに近寄って安否を確認してくるので、大丈夫だとだけ答えておく。内心は急な出来事で心臓がバックバクだ。

地面は相変わらず足と離れた位置にあり、自分は完全に空中に浮いている。このままではあるけないじゃないかと思ったが、一歩踏み出すと同時に身体は前に進んでいる。わけがわからない、前に進んだり後ろに進んだり右左に反復横跳びしてみるが宙に浮いていること関係なく移動ができる。アイノは俺がいきなり狂ったような真似をしたせいか、心底心配そうな顔でこちらを見ている。そんな目で見ないでくれ。

じゃあジャンプは?そうして体を動かすもできない。上に平行移動するってことか?


 平行移動まで考えて跳ぼうとしたら、俺は既に空中に浮いていてそこからすぐに降りることに成功…動きとしてはジャンプに近いが、なんだか奇妙な感覚だ。こう、不具合みたいな感じで。


「……何だ今の」


『……』


「……」


 アイノがずっと顔を抑えて肩をプルプル震わせながらうつむいている。なに必死になって笑いをこらえてるんですかねぇ……あ、おいこの龍!なにお前まで体震わせてんだ!こっちを見ろ!

 しっかし、今のはいったい何だったんだ?ジャンプする前に高い位置に宙へ浮いて、俺がジャンプする動作が一瞬遅れたままいつの間にか地面に近いところで浮いてた。どっちにしろ浮いていることには変わりないんだが、結構奇妙な感覚だった。ただ俺からじゃあ見れないんだよな。

いつまでたってもプルプル震え続ける一人と一匹を無視して川のほうまで行く。流れは緩やかだがあまり鮮明に見ることができない。どうしたものかと考えるが、あることを思いつく。


「鏡作るかぁ…」


 筆を手に持ち手頃な木に寄る。書くのは「鏡」だ。あれの原材料を知らないのでもしかしたら出来上がらないかもしれないが、うまくいくよう気持ちを込めて漢字を書いていく。

 

「よし…なんか俺が歪んで見えるけど、仕方ない」


 光が発生し出来上がった鏡の木。自分がぐにゃぐにゃに映っているが仕方ないことだと割り切って…


「いざッ!」


 さっきの様に、直立のまま飛んだ途端にジャンプの動きをする。

 すると鏡に映ったのは、珍妙な姿をしたままバグっているように縦に直立移動し、空中でばねの様に足を伸ばしながらそのまま地面に着地している覆面の男だった。百円くらいで売ってるゲームの操作キャラが、こんな感じでカオスな動きをしていたのを思い出す。


『「ぶふぅっ」』


 二人が噴き出す音が聞こえる。さては見ていたな?しかも鏡のほうを…

腹が立ったので、もう一度飛ぶ。今度は空中で三回くらいジャンプする動作を繰り返してやったので、あほみたいな動きを繰り返すテクスチャがおかしくなったゲームの敵キャラみたいな感じになった。鏡に映るのは腕がぐにゃぐにゃになったまま広げて、内側に曲線を描いている足をなんども曲げている覆面の男。これのどこが面白いのか正直理解に苦しんでしまうのは俺だけだろうか。


『ソ、ソーイチ殿…ククッ、そ、その動きはブフゥッ」


「う、うひひひ…へ、変な跳び方」


 二人とも~、キャラ崩壊してますよ~……聞いてねぇな。

二人に構わず今度は空中に留まってしゃがんだり立ったりを繰り返す。一応斜めにも移動できるか確認すると、しっかり動くことができる。斜め下、右、左、斜め前といろんな方向に移動しながらジャンプをする。ジャンプだけはやはり同時に上に上がってくれるとかはないらしい。歩いたりはできるのにな…

 

 二人が俺の行動によって大笑いしているのを横目に、俺は別のことを試す。俺を空中で回転させることはできるのか、それを実践するため二人の前にわざわざ移動していった。ちなみにここから先はずっとジャンプの動作を繰り返したままだ。前に進みながらジャンプの動作をすると、腕を後ろに組まないまますごく必死に下手なうさぎ跳びをしているように鏡では見える。これは多分笑ってしまう……いや、そんなことはない。面白いというより間抜けすぎるだけだろう。こいつら人を間抜けだと思ってやがるな?と偏った思考のまま動作を続ける。

 そして、俺は二人の目の前でぐるぐると横に回転した。ぐるぐると回る俺を見て腹筋が崩壊してそうなくらい笑う二人と、顔がみえないため二人に伝わることのない真顔をする俺。きっと二人には、さっきから俺がシューティ○グスターズ動画みたいな感じで見えているんだろうなぁと思いつつ、横だけでなく斜めや前に回ってみたりする。酔いそうなので目を瞑るが、一応成功はしているっぽい。笑い声が激しくなったし。アイノに関してはものすごい苦しそうにしてる。


そろそろ二人の顎が外れてしまうので、体を丸めて前に回転しながら上にゆっくりと浮上し重力を意識して落ちるように地面に向かい立ち上がる。

くるくるくるシュタッみたいな感じで着地することに成功した俺はそれで十分満足した。


「はいはい、いい加減にしないとまたさっきのやるぞー」


『はぁ、はぁ……ここまで笑ったのは久しぶりだ』


「ふぅ……はぁ……ソーイチ、ひどいよ!息ができないかと思っちゃった!」


 二人とも目に涙を溜めている。笑い泣きする龍とかすごい。

俺の行動をよく考えてみる。赤いジャージで目の見えない覆面の不審者がずっとジャンプの動きをしながら空中で回転したり移動したりするのだ。現実でみたらシュールすぎるし、こういうのがツボに入ってしまう人はいるはずだろう。たまたま二人がそうだっただけだと思うが……


『とりあえず、もう自分の身体を自由に操ることができるようになっただろう?それならば私の鱗だらけな背中に座るより快適に空を移動できるはずだ』


「気遣ってくれてたのか。悪いな……あ、じゃあお前どうするんだ?」


『……あぁ、しまった。礼にするものがない』


「まぁ礼なんていいさ。まぁ、一つだけ言うとしたら……そうだ、アイノみたいな獣人が住んでいる町とか見つけたら教えてくれないか?この子、親がわからないらしいんだけど親のほうはアイノを探してるかもしれないし」


『……アイノ殿も大変だったのだな。親がいないのも私と同じか…いや、アイノ殿はいるかもしれないのか。私と同じ目には遭ってほしくない、協力しよう』


「助かる。アイノ、君の親が見つかったらいいな」


 アユは神妙な顔つきで了承してくれた。きっとこいつにも悲しい過去とかがたくさんあるのだろうが、それを聞くと丸一日かかるんじゃないかと思えそうな深い表情だったのでスルーしておく。

当のアイノは嬉しいとも嬉しくないともとれない微妙な顔つきをしていた。


「親?うーん、よくわかんないや。どんな人にもいるものなのは知ってるけど、アイノはよく覚えてないし…あ、ソーイチみたいな人が親?」


「え、なんで俺?俺、今はただの無職の不審者だぞ」


「だって、アイノを助けてくれた!親は子供を助けるんでしょ?じゃあソーイチが親!」


「いやまぁそういう存在だけど、俺はただの人間だしなぁ…養子とかあるしセーフ?いやいや何を言っているんだ俺は」


『ソーイチ殿がアイノ殿の親か。はっはっは、なんとも可愛い娘さんを持っていらっしゃいますな()()()()()()()()?』


「……おとうさんってなに?」


「おい、このアユ野郎、アイノに変な知識を吹き込もうとするなよ」


『心外ですなぁ、知識を求めるのは素晴らしいことで、それを教えるのは名誉なことですよ?アイノ殿、父というのはですね、ソーイチ殿のような男性でアイノ殿のように小さな子供を育て、守り、愛する存在です。あなたは彼がお父さんでもいいですか?』


「うーん……うん!ソーイチがいい!ソーイチはお父さん!」


「おいバカなんてことを」


 とんでもないことを言い出すアイノ。もし親御さんが「貴様アイノに何を吹き込んだ!」って武器もって襲い掛かってきたらどうするつもりなんだ。それに、彼女は多分知識を一瞬で吸収して将来に生かせるタイプだ。今までの彼女の会話はところどころぼんやりしていても少女にしてはすごい記憶力を頼りに俺にいろいろ教えてくれている。どこから今日教えてくれた情報を仕入れてきたのかはわからないが、きっとどんな話も聞き逃さずに記憶に留めるようにしているからここまで賢く見えるんだ。知らないことに関してはとことん知らないので、多分洗脳も簡単にできる。そしてあの邪龍がやっていることはそれと同じことだ。


『ハッハッハッハッハ!ソーイチ殿、口に出ておりますぞ。洗脳なんて人聞きの悪いことをおっしゃらないでいただきたい』

 

「うるせー!お前!俺は今まで子育てなんてしたことないんだぞ!」


『おやおや、良い機会ではありませんか。今日からあなたはアイノ殿の父親として頑張ってください。応援していますよ?それではこれで……あぁ、一応白猫の獣人族は探しておきます。また会ったらお教えしましょう。では!』


「あー!この野郎!次会った時許さねーからな!あとよろしくお願いします!畜生!」


 龍はこちらを見てほほ笑みながら、巨大な体をうねらせて空へ旅立っていく。あっという間に雲の向こう側へと、最強の鮎は姿を消していった。

そしてアイノは、俺の腕を触って「ソーイチはお父さん!」と満面の笑みを向けながら言ってくる。確かに親が誰かもわかっていないのは俺の精神にもくるが…

 まぁせっかくだ。彼女に親というものを少しずつ教えていこう。どうせいつか大人になってしまうし、その時は結婚しているかも子供がいるかもわからない。今のうちにいろいろ覚えておくのもいいだろう。


「よし、今日から俺はアイノの父親になってやろう。ただ、完全に父親初心者だから至らないところはあるぞ」


「ううん、大丈夫!じゃあお父さんって呼んだほうがいい?」


「……うん、まぁ、いいんじゃないかな」


 十七歳彼女なしの一般高校生が、十七歳彼女なし子持ち高校生になってしまった。これだけで不純異性交遊を疑われる気がしてきた。きっと学校の奴ら全員が大笑いして俺を職員室に引っ張っていくだろう。多分音夢主導で。


「じゃあお父さん!これからどこ行く?」


「お、おう…とりあえず、街を探すか!」


 今のところあてはない。しかし、さっき制御が効かないまま空に上がっていったときに川の下流の方向のずっと奥に山が見えて、しかも先端だけだが城のような建築物が見えたのだ。今いるここが人間の国という話で、川の反対側の森をずっと進んだところにあるのが都市という話をアイノに聞いているので、あれは人間の国の城ではない。ということはだ。あそこならもしかしたら別の種族が住んでいるんじゃないか?という安直な考えで、その城の方向へ向かおうと思っている。

もしかしたら別の人間国家かもしれないが…まぁそのときはそのときだ。アイノを抱えて全速力で逃げよう。


「いざ、名も知らぬ国へ!」
























「んん~、今日は随分と魔素が濃密で気分がいいな。なんだかいいことが起きそうだよ」


 真っ赤なマントを羽織り、豪華だが落ち着いた上品な色合いの椅子に足を組んで座る人物が体を伸ばす。

頭には山羊から生えているような角が二本付いており、髪色が黒に非常に近い藍色をした端正な顔の持ち主をしている。真っ赤な瞳を怪しく光らせて男は嬉しそうに笑った。


 その場にはその男以外にも十人が、男の椅子から一段下の床に置かれている長い机に等間隔で設置されている椅子に腰かけている。

男のほうから見て左側の一番前の椅子に座る、全身を銀色に輝く鎧を身に纏う人物が言葉を発した。


「陛下、良いことなんか起きてもその前に仕事を片付けてしまわねば意味がありませんよ」


「おいおいライラ、今日くらいはいいじゃないか。きっと部下たちがやってくれるさ」


「ふむ、()()()()?そろそろ奥方に報告するべきですかな?」


 ライラと呼ばれた甲冑の人物の向かい側に座る、青いローブのようなものを着た立派な髭の中年男性が悪い笑顔で自国の君主に告げる。渋い顔も相まって、劇で悪役でもさせたら売れそうな容姿だ。


「おいおいジャビエール、それは()()()が可哀そうだからやめてやれ。なぁ、デッドエフもそう…寝るなバカッ!」


「キュリアモーラ、いてぇよ…グゥ」


 甲冑の人物の隣に座る金髪でストレートヘアの女性が、その隣に座ったまま寝ていたヨレヨレのワイシャツを着た目に隈がある男の頭をはたく。その病的なまでに白い肌と細い腕、はっと目を引くような美人と評価されそうな彼女は見た目に反して粗暴な口ぶりで言葉を発していく。


「……クスッ」


「あ、クァレテッドが笑った」


「ヒュオウ!クァレテッド!お前ら許さねぇからな!」


「なんで僕まで」


 ジャビエールの隣に座る全身包帯だらけの人物クァレテッドが口元を手で押さえて笑い、さらにその隣に座る奇妙な面をした赤い髪の少年ヒュオウが反応する。向かいのキュリアモーラは自分が笑われたことに激怒するが、それは誰の耳にも届かなかった。


「全くもぅ…すぐ喧嘩したらお肌が荒れちゃうわよ?せっかくきれいな肌を持っているんだからキュリアモーラちゃんは肌を大事になさい?」


「るせぇシャーラ!俺は別に肌荒れの心配ねぇからいいんだよ!」


 シャーラと呼ばれた筋肉質の大男はピンクのフリフリドレスを身に纏い、黒い髪を三つ編みにしている人物で、。キュリアモーラの言い分に拗ねて、口を尖らせて机に両肘を付けている。


「おいシャーラさんよ、おめぇさんちとマシな服装できないもんかねぇ…」


「無駄じゃハーラルデン。この大呪術師カヨがシャーラの服装占いをしても毎回必ず色違いの同じドレスを着ておる。諦めい」


「なんてこったい…というか、なんでそんなこと占ってるんだよ」


 デッドエフの隣に座る和服の背の高い男ハーラルデンは、愛刀を撫でながら文句を垂れる。それに反応したのはシャーラの席から二つ目の椅子に座っている、ところどころに黒いキューブの装飾を付けたフードを被る老婆カヨ。カヨの話にキュリアモーラは絶句し、シャーラは頬を染めて「いやん、私を占ったのねぇん」と体をくねらせている。


「「みんな、今日は何かの話が合ったんじゃないの?」」


「そうだ。リュイ、ニュイ、話を戻してくれて助かる」


 腕が四本ずつ生えた二人の姿が全く同じ少女。どちらもショートボブの髪で茶髪で同じ顔をしているため双子だとわかる。


 彼女らが話を戻してくれたことに感謝をする魔王と呼ばれた男。彼は椅子から立ち上がり、一段降りて机に手をたたきつける。


()()が数時間前に発生した」


 その言葉とともにこの部屋の全員の空気が一変する。未知に対する不安からやってくるものなのか、過去自身の実に起きた経験からの怒気なのか……わかることは、黒月に対する感情は皆良いものではないということだ。

いつもなら大抵の問題が発生しても余裕を持った顔つきでいられるような者たちも、今回ばかりはそうもいかない。ジャビエールは目つきを変えてその金色の瞳に憤怒を宿し、ライラは兜の中から赤く光る目を覗かせて、キュリアモーラとデッドエフは困惑、シャーラ、カヨ、ハーラルデンは沈黙し、ヒュオウとクァレテッドはどちらも口元に弧を描いていた。


「ヒュオウ、クァレテッド、お前ら顔見えないからって笑うんじゃねぇ……これは楽しめるようなことが起きるもんじゃねぇんだからよぉ」


「おっと、ごめんごめん……しかし黒月かぁ、五百年前の大陸戦争以来じゃない?」


「えぇ、そうよぉ……私、ちょ~っとやることができたから先に帰るわねぇん」


 ハーラルデンは問題児二人に苦言を促し、シャーラは顔を歪ませながらもいつもと同じような口調を崩さずに、ゆっくりと椅子から立ち上がってドアから出ていった。

キュリアモーラはぼーっとしていたが突然、あることに対して疑問を口にした。


「それにしてももう一人はいつまで待たせる気なんだ?」


「「シビィレーターは確か山に登ってるはず」」


「あの白帽子…こんな時に登山か」


 白帽子と呼んだ人物が山でピクニックしている情景を彼女は思い浮かべる。ますます腹が立ってきたので八つ当たりにデッドエフの頭をはたいた。


「いてぇ…それにしても来ないのはおかしいんじゃね?あいつは一応時間は守る」


「通信してみるか……ハーラルデン、頼む」


「お前らいい加減通信機器持とうや…」


 ハーラルデンは呆れながらも二人の要求に応えるべく、懐から小さな黒い円盤を取り出して中央の赤いボタンを押す。すると空中に青色の画面が出現し、人間とは縁のない言語で名前のような文字の羅列がいくつもある中の一つを指で触った。

これは彼らの国で独自に編み出された通信機器であり、今後量産体制に入っていく試作品だ。世界中にもまだ十個ほどしかない。


「……なんだ、こんな時に不調か?おいリュイニュイ、どうなってんだ」


「「いや、壊れてない。私たちが開発したそれは究極……」」


「あぁ?じゃあなんだって……」


「やばい!みんなやばいよ!あれ、シャーラは?いやそんなことはどうでもいいんだ!」


 突然扉を勢い良く開けて入ってきた大きな白い魔女の帽子のようなものを被った少女。体中にさっきまで山の上で寝っ転がっていたというように草を付けて服を台無しにしている様子はまさに子供。

 そんな少女シビィレーターは左右で違う碧と蒼の瞳を光らせ長い銀色の髪を振り回している。大変だと言いつつもわくわくしているようにその場の者は感じた。


「……シビィレーター、貴女は今まで何を」


「ライラちゃん!今はいいから話を聞いて!ね、メルちゃんいいでしょ?」


「……メルちゃんはやめろ。俺はヴァフニール・エル・メルダウンだ。せめてヴァフニールとかにしてくれシビィ」


 自分の名前をかわいく略されたことに微妙な顔つきをしつつ、魔王ははしゃぐ少女シビィをジェスチャーで落ち着けと伝える。

その場にいた全員が急なことに驚きつつも、また大カマキリの卵とか拾ってきたんだろうなぁといつもの情景を思い浮かべて苦笑しつつ、少女をみて和んでいた。


 しかし、そんな彼らの憩いの時間を少女は突然消し飛ばした。


「あのね!人間の国の端のほうでね!ものすっっっごい魔力反応があったの!そしたら急にでっかい白い龍が出てきた!」


「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」


「「龍?すごいシビィ。私たちも見たいんだけどまだいる?」」


「うん!なんか誰かと話してるみたいだったから…あ、多分ここから見えるよ!リュイちゃんとニュイちゃんの魔道具置いたままだから!」


 リュイとニュイとシビィを除く全員が硬直する。そんなことも気にせず三人は仲良さげに機械を取り出して机に設置し、シビィが何かを操作したことで空中に大きな画面が浮かび上がる。

 先ほどの通信機器とは比べものにならない大きさの画面に、とある川をとても高いところから映した映像が流れ、そこには一匹の神話級魔獣「龍」がいた。


「うーわまじかよ。おいシビィ、俺の警備塔から連絡がこねぇのはなんでだ」


「ハーちゃんの警備塔?確か近場でジャバヒレティト・クァッタの目撃情報がどうとか言ってた!」


「あの化け鳥野郎かぁ、それじゃあ仕方ねぇわ……しかしこの龍随分とでけぇな。里の爺共より強いんじゃね?」


「ハーちゃんのおじいちゃん?どうだろ、シビィに勝てないしシビィと同じくらい魔力量があるあの龍相手だと無理じゃない?」


「ひどいこと言うんじゃねぇよ。まああれも老いぼれだからな……え、お前と同じくらいあんの?あの龍」


「うん」


 ()()()()の名を冠する少女が映像の龍が自分と同じくらいの魔力量を持っているという発言に、その場の全員が頭を抱える。そしてそのレベルの魔獣が人間の王国にいるとなると人間が()()()を完成させてしまった可能性が考えられると頭の中で思考をぐるぐるとさせていた魔王は青い顔をしていた。


「ねぇリュイちゃんニュイちゃん、もっと近くで見れないの?高性能なんでしょ?」


「「できるよ。ここをこうすれば勝手に画面が近づいてくれる」」


「すごーい!おぉ、龍が近い!」


 はしゃぎまわる少女を見て双子は普段見せない柔らかい笑顔でいる。少女に対する甘さは相変わらずだと皆が思いつつ、より鮮明に龍が映った画面を見る。

 すると今度は別の人影が写った。


 それは謎の動きを何度も繰り返しながら一定の速さで体を回転させ空中で移動している黒い頭巾を被った人物だった。

そのあまりにもちぐはぐな動きに、まず世界最強が、そして騎士、魔術師、包帯、仮面、双子、吸血鬼とその隣で寝ている者、侍、老婆、魔王……それと忘れ物をしたけど変な空気で部屋を出てなんとなく気まずいままドアの隙間から部屋を覗いていたオカマも、一斉に噴き出した。






























「音夢、ちゃんとご飯食べないと……」


「……」


 創一がいない。それだけでこんなにも気力がなくなってしまうなんて、今まで微塵も思わなかった。

あの日から世界は灰色に染まって、大好きだったクッキーも見舞いに来てくれた友達がおいていった花束も目の前にいる母親の姿でさえ色を失っている。

 どうして創一が死んでしまったんだろうとなんども考えた。なぜか眠れなくなったので時間はたくさんあったけど、どうしても自分を責めてしまう。あの日習字道具を持ってこなければ、じゃんけんに負けなければ、創一を誘っていなければ……そうだ、全部私が悪いんだ。


「……全部、私のせい」


「違うッ!そんなこと言わないで!」


 母が泣きながら私を怒鳴りつける。どうしてそこまで親が怒っているのか私にはわからない。


「……どうしてそう言い切れるの」


 昨日届いたものがある。それはあの日創一が持っていたものだと、警察みたいな服装の男の人たちが持ってきてくれた。それは大きなキャリーケースで、中には私の習字道具が一式と、おそらく私の道具を隠した張本人である佐賀三月菜(さがみるな)のメッセージが貼ってあるペットボトルが入っていた。彼女はきっと私が創一に助けを求めるのをわかっていたんだと思う。でもそんな彼女でさえ今は憎らしく感じた。

 彼女がじゃんけんをやろうなんて言わなければ、そう思ってしまうけどそれは良くないことだとわかっているから考えないようにする。私は、今まで仲良くしてくれた人を突然切り離すようなことはしない。そんなことしたら創一が怒る。


「今の音夢を見たらきっと創一君は怒るわね。だって数日間食事も睡眠もとらないんだから」


「……月菜」


「あの日、創一君は音夢のためにいろいろなところまで探しに行ってくれたんでしょう?それなのに彼に礼どころか会にすらいかないなんて……」


「……だって、創一はもういない。もう、会えない」


 視界が歪んだ。まただ、いつもいつも創一に会えないことを再確認するたびに目が痛くなって熱くなる。鬱陶しい、いい加減に戻ってくれないかな。


「そんなに泣くなら、一度くらい彼の姿を見に行ったっていいじゃない……なんで、お葬式にも来れないくらい衰弱してるの。これじゃあ音夢まで……」


「…お葬式には、音夢も行きたがっていたわ」


「音夢のお母さん……じゃあどうして」


「……歩けない」


「ッ!!…それは、どういう」


 ベッドで現実を理解したとき、あのときから私の足は動かなくなった。腕も、指も、頭と胴体以外は全然動かない。病院には異常がないと言われているのに、立ち上がることもできない。車椅子に乗って行きたかったけど、医者の用意が遅れて間に合わなかった。検査に時間を使っていなければ、間に合ったかもしれないのに。

私は馬鹿だ。毎日学校で寝ているからこんな簡単なことも考えられないんだ。


「……創一、ごめん」


「なんで音夢が謝ってるの……私が習字道具を港に隠したりなんてしなければッ!こんなことにはッ……」


「月菜ちゃん、やめて。それ以上は、音夢の心を壊してしまう」


「ッ……す、すいません」


 そういえば、クラスのみんなはどう思ってるんだろう。みんな、なんだかんだ創一と仲良くしてたし、創一の顔を見に行けたのかな。

 お見舞いに来てくれたクラスメイトが話してくれたけど、創一は()()()()で死んでしまったんだって。原因はわからないみたいだけどニュースでは暴力団がどうのこうの言ってたから、もしかしたら…どうして創一がそんな目に遭わなきゃいけないのか理解できないのは今も同じだ。友達だってみんな不審に思っている。そもそも、習字道具が置いてあった場所は港の倉庫、創一が死んでしまった場所はコンテナだらけのところだって警察っぽい人が教えてくれた。月菜は悪くないのはこれでわかっている。普通なら創一はまっすぐ帰ろうとするはずだ、それなのにどうして帰り道とは全くの逆方向の場所で……


「音夢さん……」


「……」


 突然、病室に遭遇したくない人物が入ってきた。将は乱暴に病室のドアを閉めて、母さんと月菜を押しのけ私のすぐそばまで寄ってくる。

 気持ち悪い、なんかわからないけど、将にはすごく嫌な感情しか湧いてこない。こうなったのはいつからだろう。彼が中学校に転校してきた頃から?そうかもしれない。


「汪美のことは残念だったね……俺も彼とは仲が良かった。でもその彼からこう言われているんだ。もし俺の身になにかあったら、音夢を頼むって」


「何勝手なこと言ってんのよこの屑……創一がそんなことをあなたに言うわけないでしょうッ!」


「うるさいなぁ佐神さん。俺は今音夢さんと…」


 創一が、将と友達?

頭の中で整理をしようとするも、思考が追い付かない。将は、何を言っているんだろう。


「そうだ音夢さん、この間の夜に君を攫おうとしていた不審者だけど僕が退治したからね!あのへんな帽子を被ってたやつ以外に逃げ足が速くて……」


「……不審、者?」


「そうそう。覚えてない?あのとき音夢さんと一緒にいた顔まで黒い帽子を被った赤いジャージの奴!」


 黒い帽子で、赤色のジャージ……あの日の創一の服装と同じ。だけど私が家まで送ってもらった後創一はまっすぐ帰っていたはず…まさかその時に鉢合わせた?それに退治って……




「でも僕がずっと追い続けてたら疲れたみたいでさ、港の倉庫に転がり込んでいったんだよ。俺も別の方向から入ろうとしたんだけどなんか怖そうな人たちがいっぱい待ち構えててね…あ、ビビったわけじゃないよ?僕は機転が利くからさそいつらを利用してやったんだ。あいつなんか銀色のケース持って帰ろうとしてて、俺はそんな悪を見過ごせない!と思ってうまい具合に石を投げてあの不審者が入っていった倉庫に誘導したんだ。そしたらまさか一方的な銃撃戦が始まるなんて思いもしなかったよ!いやぁ~あれじゃあきっとあいつもハチの巣だね、アハハハハハ!」




「……」


 口が開かない。声が出ない。息ができない。前が見えない。今、将はなんて言った?


「将、あんた何言って……あれ、赤いジャージって確か……ね、ねぇ、その不審者が持ってたのは銀色のスーツケースで…もしかして上着に紐がついてた?」


「ん?あー、そういえばついてたよ。あれ意味あんのかな?まぁもう一生使うこともないだろうけど!というかなんで銀のスーツケースってわかったんだい?」


「……両腕に、白いラインが二本ずつ」


「そうそう!なんだ覚えてるじゃないか音夢さん」


 意味のない紐……両腕に白いラインが二本ずつ、そしてスーツケース……いやだ、これ以上考えたくない。これは偶然、あの日の創一の服装と一致しているだけで別の人物。

そうだ、ありえないんだ。


「そういえばあいつ、なんでジャージの背中の下のほうに特撮ヒーローのバッジ付けてたんだ?まぁ違うものかもしれないけどかもしれないけど随分と間抜けに見えたのは確かだよ、アッハッハ!」


「……ジャージに、バッジ、特撮…?」


「音夢?どうしたの?」


 お母さんが心配そうにこちらを見てくる。息が続かない、声が出ない、世界が白くなっていく。なんだこれ、なんだこれなんだこれなんだこれ。さっきのは幻聴だ、将は戯言を言っているだけ、そうだ。将の言葉なんて信用しちゃいけない。


「…月菜ちゃんまで、二人とも急に…」


 月菜が震え声でお母さんに話しかけている。やめて、それ以上は口にしないで、お願いだから。そう口に出したいのに、目を見開いているのに、口も開いているのに、声は発せず吐息だけが出てくる。


「見えないところにバッジが付いたジャージなんて……創一しか着ないんですよ」


「……じ、じゃあ…そこの男の子が言っているのは」


「……そう、いち…?ね、え……将は、創一を…」


 将は、不審者のもとに何かを呼び寄せた。それがこの間捕まった暴力団関係者?だとしても銃撃戦なんてありえない。あり得るはずがない。そんなこと普通の港で許されるはずがないんだ。第一、そんなに銃で撃たれたら創一はその場で倒れてしまう…いや、逃げ足が速い創一ならもしかすると。違う、そんなことを考えているんじゃない。


もし、将の話が本当だったら、私は……


「将、出て行って」


「はぁ?なんで佐神さんに指図」


「さっさと出て行って!」


「ッ……わ、分かったよ……チッ、せっかくチャンスだったのに」


 将が部屋から出ていく。もし、将の話が本当だったとしたら、創一はあいつに追い詰められたことになるの?いったい、どうしたら答えが出るのかわからない。お母さん、月菜、私はどうしたらいいの?

 

「……私は、どうしたら」


「音夢……」


「……創一は、将に殺されたの?将が、さっきの話が本当だったら、将が港にいた人たちに創一のところまで誘導しなければ、創一は生きていたの?ねぇ、なんで将はそんなひどいことをしたの?どうして?ねぇ、教えてよ。教えてよッ!」


 声が震える。もう、意味が分からない。創一はあいつのせいで死んだの?これは良くない考え?わからない。こういう時はいつも創一がいろいろ教えてくれた。わからないことは何でも知ってる創一が、私に教えてくれていた。教えて、創一……どうしていないの?誰か、教えてよ……


「音夢……それ以上、いけない。それ以上考えてはだめ」


「……でも、だって、創一が」


 頭痛がひどくなってきた。ずっと前にも将のせいでひどい目に遭ったんだ…確か将が、創一が悪いことをしてるって嘘と、私と将が付き合っているって噂を学校中に広めたときも、学校中の人から嫌なことを言われたり、創一が一時期いじめに遭ったりしたときも。そうだ、いつもいつもいつもいつも将は私と創一に嫌がらせをしてきたんだ。創一と一緒に登校する時間が前まであいつに付きまとわれている時間で、みんなとお昼ご飯を食べる時間はあいつから逃げるためにいろんなところに隠れる時間で、帰りはみんなよりずっと遅い時間まで隠れてあいつに怯え続ける時間だった。あいつさえいなければ、私はもっと創一の傍に…


 頭が痛い、今度は目が熱くなっていないのに視界が歪んでいる。二人の姿がぐにゃぐにゃしていてとても気持ち悪くなってくる。


 こういうときも、創一は助けてくれた。私は、一人では何もできない。あぁ、今まで創一に依存していたんだ。どんな時も傍にいたいと思ったから、創一がいなくなると不安になって仕方がない。お母さんやお父さんが恋愛関係の話を持ち出してきたときは鬱陶しいなと思っただけだったが、これでは否定ができないかもしれない。


 二人が何かを言っている。傍で月菜が何かを喚いている。でも、聞こえない。いったい何を言っているんだろう、視界が歪んで口元も見えない。真っ白の世界が私の視界を侵食してくるせいで、とうとう二人の姿すらも見えなくなった。

 そして私は意識を失った。

















 







『……む?人間か……はぁ、どこから湧いて出た?』


 意識が戻った私がいたのは病室ではなく、怪しく光る赤い球体だけがある密閉された石造りの部屋だった。






 


 












鮎の塩焼き

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