表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覆面狂詩曲 ~白猫を添えて~  作者: 餅鍋牛
来訪編
3/26

覆面と筆

知り合いにバレたので毎日投稿頑張ります。

※筆で名前を書くところでアイノの文字が「銀色」に輝いていましたが、実は蒼色でした。誠に申し訳ありません。


 異世界。そう聞いて考えるのはやはりラノベやアニメばかりだろう。現代日本人に関しては特に異世界転生とか異世界転移とか様々な文化が発展していたので良くも悪くも有名なジャンルだ。

ある時期に大ブームを巻き起こした小説のジャンルとしても有名だし、なんなら昔からこの「異世界」というジャンルは存在している。実際呼んだことがあるもののうち大半が海外の人の小説を和訳したものだったが、今とは展開が違っても異世界転生・転移は確かにしていた。日本だけでなくたくさんの人がこの異世界という言葉を愛してきている。


 そんな異世界では、どの物語でもたくさんの現代にはない技術や言語があったり、神話生物や空想上の動物はもちろん人種でさえたくさんある。


 技術のほうで有名なのはやはり魔法や魔術だろう。魔法関係はとっても有名な本もあるしきっと呪文を唱えたりすればいいんだろう。もしかしたら有名RPGのようにMPを使う奴かもしれないけど、大抵魔力とか何かしらの未知のエネルギーが関係しているはずだ。もしかしたら俺も使えるかも?なんて思ってしまうが今はそんなことを考えている場合ではない。

 神話や空想の生物だが、これらは先ほどのドラゴンや目の前にいる猫獣人がその例だ。

この世界におけるドラゴンはやはり強く、様々な場所であらゆる被害をもたらすいわば害獣みたいなものなんだそうだ。さきほどまで空中で喰われていた赤いのはレッドドラゴンという安直な名前でありながらもドラゴン界における頂点だという。数が少ないわけでもないので相当厄介な生物らしい。口から炎を吐き、大きな鉤爪で引っかかれると普通の人では一瞬でミンチにされる。種族関係なく人を食い、住居や畑を焼いたりする凶悪なそのドラゴンは、もうすでにあのかわいい鳥に喰われてしまった。


 あの鳥、見た目としてはまさにちょっと丸い雀みたいな鳥なんだが……実はあれとんでもない化け物らしい。


 その前に、この世界にある制度ついてを紹介しよう。

先ほどから言っている通り、ドラゴンの様な巨大生物が存在する世界ではそれに対抗する力が必要だ。ドラゴン以外にも大量に危険な生物がいるので、獣人や人間またそれ以外のたくさんの種族がある制度を等しく導入している。一つは()()()()()というものだ。

 

 「冒険者」と聞いてもあまり具体的なものは思い浮かばない。ただの旅人の様にも感じてしまうがどうやらこの冒険者という職業はものすごく大事なものらしい。冒険者がやっていることの一つとして”魔獣討伐”というのがある。それはその名の通り魔獣を倒すことから駆除・捕獲までも視野に入れた仕事で、冒険者が主にやるものだ。退治したあとに指定された部位だけを切り取って冒険者が拠点とする「冒険者協会」というところで討伐したことの証明をし、そのまま報酬をもらう、そういう感じらしい。

魔獣には”危険度”というのがあらかじめ示されており、危険度に応じて報酬が上がっていくがその分死ぬ可能性も高くなる。そう、この仕事は死ぬかもしれないものが多いのだ。


そんなの素人がやったらすぐ死ぬだろうと思ってしまうが、そこらへんしっかりしているらしく魔獣討伐が許される年齢、冒険者の階級が各協会で定められているとのこと。文化の違い関係なくどの種族も十六歳以上、さらに冒険者の実力を示す”階級”が「銅・中級」から。

 年齢はわかったが階級って何よという俺の問いにはアイノが懇切丁寧に教えてくれた。


「冒険者はね、しっかり階級で分けられているの。「鉄・初級」、「鉄・中級」、「鉄・上級」は一番低い階級。「銅・初級」、「銅・中級」、「銅・上級」が鉄より上。「銀級・初級」、「銀・中級」、「銀・上級」は銅より上、「金級」、「金・特級」は一番高い階級で金だけは二段階に分けられているの」


「なるほどなるほど。銅の中級から魔獣討伐は許されると…それって冒険者全員が鉄級から始めてるのか?」


「ううん、冒険者になるには試験を通過しなくちゃならないんだけど、その試験の成績で階級が決められるの。ほとんどの人はもともと腕に自信がある人とか魔法が使える人とかだから銅の上級からとか、すごい人はいきなり銀級から冒険者になったりするんだ」


「ふーむ、一応聞くけど試験てのは何をやるんだ?」


「えーっと、詳しくは知らないけど確か冒険者の知識を試す筆記試験と、試験官との摸擬戦、魔獣の討伐をするんだったかな。ほかにもいろいろあったと思うけど行ったことないからわかんない」


「そうかそうか、ありがとうな」


 誰でもなれるような簡単なものではないらしい。それに階級で分けられているってのも厳しそうだ、同から銀に上がるだけでとんでもない壁を越えなくちゃならないし、銀でも小さい町の英雄レベルなのに銀の上級から金級は国家からの待遇がとてもよくなるほど優秀な人材らしい。階級が上がるたびに危険度の高い仕事ができるようになり、なんと報酬も上がるんだそうだ。才能と運があれば億万長者も夢ではない職業の()()だと世界中の人には認識されている。

 

 じゃあ金・特級は?これはただの物差しでは測れない強さを持つ人物のみに許された階級で、まずこれになろうと思って努力する人はいないとのこと。金がみんなの憧れで、特級は化け物ってところか。

生きているうちに特級に会えたら幸運に恵まれるなんて話もあるようで、それだけ人も少ないらしい。

 そして噂ではみんな癖が強い。


まぁ冒険者については十分わかったのでもういいだろう。問題は魔獣だ。

 「魔獣」というのはさっきのドラゴンなどのことで、まぁ害獣と同じような意味の世界中に存在する冒険者たちの獲物だ。

さっき聞いた危険度、これにもやはり階級の様になっている。

 「危険度・緑」は、銅の中級の強さだと余裕で倒せる最も危険度が低いものらしい。一般人でも数十人がかりなら倒せるというので、鉄級の人たちが束になって練習する相手でもあるらしい。一応、年齢さえ超えていれば階級が低くても協会には許されるそう。

 「危険度・黄」は、銅の上級が辛勝できるレベル。ここから少しずつ難易度が上がっていく。

 「危険度・赤」は、銀の中級でようやく倒せるといったところだ。黄よりだいぶ厄介な魔獣が大抵この危険度で、赤がいるとたくさんの人の命に係わるという。

 「危険度・黒」…これはレッドドラゴンなどの国家に大きな被害をもたらす可能性がある魔獣に割り振られる。黒の中でも強いやつは街一つを壊滅状態にできるとか。銀の上級が五人もしくは金二人で倒せるような魔獣だという。とんでもなく恐ろしいな、俺が出会ったらどうするんだろうとか思ったがもっとやばいやつがいるっぽいしなんなら俺はレッドドラゴンを生で見てしまっている。


 緑、黄、赤、黒ときたが、なんと今度は色ではない。これ以上は現れないが、この階級の魔獣が発生した場合国家なんて簡単に滅ぶと言われている超異常存在。世界でもっとも危険な魔獣に割り振られる「危険度・神話級」…災厄や大災害、超自然的存在などと様々な言葉で呼ばれているそれは、冒険者でも関わりたくない魔獣だ。倒せる冒険者も数が限られており、限りなく特級に近い金級か特級ではないとまず抵抗もできずに死ぬ。


 そしてなんと、俺が見たあの雀は神話級だった。


「ソーイチは運が良いよ。あれは「ジャバヒレティト・クァッタ」って言う神話級のなかでも相当の強さなんだよ?一匹でもいたら人は逃げなきゃいけないの。今日はたまたまドラゴンを食べてそのまま帰っていったけど、もし空腹状態のクァッタに出会ったら銀級や金級でもおしまいなんだって」


「こっっっっわ!!あれどんだけバケモンなんだよ。だって国家の主戦力になりうる存在の金級と銀級でも負けるって相当ってことだろ?…あ、てかあの鳥この国にいていいのか?」


「…………」


「あー、まぁ、うん」


 見なかったことにして放置しよう。


「いろいろ教えてくれてありがとうな」


 ちなみに、アイノは既に体を洗っている。体中あざだらけなので未だに痛々しい姿だが、どこかで傷を見てもらうことができない以上清潔にしているしかない。

あと、髪を洗ったからさっきより白が強くなった。真っ白だ。どこかの幼馴染さんは今思うと限りなく銀に近い白だったんだなぁと今更ながらに理解する。

ぱっちりと目が覚めたようにしゃきっとしている瞳は蒼色に輝いているので、だいぶ警戒心は解かれているようだ。表情も全く違う。


「ねぇ、ソーイチはこれからどうするの?」


「うーん、俺多分家に帰れないからなぁ…多分警察とかいなさそうだし、保護は無理か。というかそもそもこの覆面のせいで怪しまれる。とりあえずお金が欲しいんだけど、魔獣討伐とかできないし……まずはいろんな場所に行きたい。そして街に行きたい。俺は今住む場所がないから拠点が必要なんだ。」


「ソーイチは大変だね……じゃあ、アイノがいたら邪魔だよね」


「んんん?なんだそんな悲しげな顔して。付いてきたいのか?」


「う、うん。アイノもね、家がないの。そもそも、どこから来たのかもわからない。気づいたらこの国で……」


「あー……大丈夫だ、俺も似たようなもんだから。じゃあアイノも一緒に行くか?」


「……いいの?邪魔なだけだよ?」


「いいっていいって、こんなところにアイノみたいなかわいい子を放置していったら音夢に何言われるかわかんないし…」


「ネム…?」


「あぁ、俺の友達だよ。お前みたいな白い髪でめっちゃ美人なんだぞ?いつか会わせてやりたいが、もしかしたら会えないかもしれないな……あ、習字道具どうしよう」


 音夢の話で思い出す。俺の手元には今、彼女が愛用している習字道具があるのだ。スーツケースの中に入っているのは小筆、大筆、文鎮、硯…あいつ半紙まで入れてたのか。とにかく習字に使う道具がすべて綺麗な状態でしまってある。

 ここは今おそらくだが地球ではない別世界、簡単に言えば異世界の可能性があるのだが、なんでこの荷物も一緒になっているかがわからない。せめて伝説の武器とかを持ってきてほしかったよ。


 音夢に会えないのは非常に残念だ。こういうときのあいつはとても冷静で頼りになるんだから…


ずっとまえ、あいつ主導で洞窟探検に行ったとき一日遭難したのを思い出す。


『……どうしよう、迷った』


『え、まじかよ』


『……目印書くの忘れてた。助けて創一』


『OH……ここ暗いしぜんっぜん道わからねぇぞ。一応ライトは持ってるからまぁ…あ、電池切れた』


『……暗い、怖い』


『おい、俺に密着しすぎだ。転んだらどうする』


『……スヤァ』


『この野郎…』


 前言撤回、全く頼りにならなかったわ。しかもあの後歩いてたら出口すぐ見つけたし、ほとんどあれ偶然運が良かっただけじゃないか。あと冷静なのは気のせいっであることを忘れていた。表情はしっかり出ていても言葉に感情がこもっていないからあんなに冷静に感じるんだろう。物静かなだけじゃねーか…

一緒にいると楽しいし、彼女も楽しそうにするのだが……こういうときはあてにしてはいけないと認識する。もしこの場にいてもたいして行動が変わるとかはないまま同じ道を進んでいたと思う。


「あぁ…あいつに会えないのは、結構寂しいな」


「……奥さん?」


「ちょっ、友達って言ったよねぇ!」


「なんか、そんな言い方だった」


「そんなってどんなだよ……あーやめやめ、音夢がこの場にいたら顔から火柱立つわ。しかしとても仲がいいことは認める。どんな奴(将を除く)と夫婦になっても俺はお祝いするレベルで人格はしっかりしていると思うぞ?良く寝てしまうのが玉に瑕だが……」


 そういえば俺と音夢が夫婦になったらどうなるんだろう。考えたこともないが……


『……創一、遊ぼう』


 大体これになるのでは?まぁどんな関係になろうと同じことしてそうだもんなぁあいつ。


「もし音夢に会えたら、アイノも一緒にいろんな話を聞かせてやろうぜ。あいつ冒険とか大好きだから、多分一日中話聞くと思うぞ。あ、そのためにはやっぱいろんなところに行く必要があるな……それでもいい?」


「……うん!よろしく、ソーイチ!」


 はにかんだように笑うアイノ。その笑顔はきっと、どの猫耳少女よりも可愛いのだろう。この場に猫耳専門家がいれば、なんてことを思うくらい独り占めするには惜しい存在だと感じた。


「よし、そうなるとまずは……うわっ」


「な、なに?きゃあっ」


 今後の方針の計画をしようとすると、突如会話を阻んできたものがいた。

高速で突っ込んできた割には勢いを失ってその場でぴちぴちと跳ねる生物…魚だった。


 体色は灰緑色で、背ビレの後ろ辺りに黄色い楕円形の斑紋がある……これは、鮎なのか?いや、それにしてはデカすぎる。見た目的には鮎だが、大きさは鰤くらいだ。

 

「…こいつ食えるか?」


「わかんない。これなあに?魔獣?」


 いろんな知識はあるのに、魚を知らないというのは何事か。もしかしたら魚が切り身で泳いでると思っている人が近くにいたのかもしれないけど。

 鮎は抗議するようにぴちぴち跳ね回る。まるで「私を食べるとは何事か」という感じだ。

川から数メートルは離れているのにここまで跳んでこれる魚はすごいと思うが、陸ではさほど力はない様子。というか、川から陸に上ってしまうというのはどうなんだろうか?


「うーん…戻す?」


「そうしたほうがいいか…おい、なんだその目。魚のくせに随分と頭のよさそうな目をしてやがる」


 「哀れな人間め、私を早く川へ戻さんか」なんて感じの目をしている鮎。ひっっっっじょうにうざい。ここまで魚に怒りを向けているのは初めてだ。なんだこいつマジで。

学校で将が「おい、どけよ」みたいな感じで俺が音夢と話しているときに割り込みをかけてきたのを思い出す。あの時は一緒に特撮ヒーローの話を離すのに夢中だったというのに、やつは音夢の隣に強引に座り込んで愛を囁いていた……関係ないけど腹立ってきたな。


「…とりあえず放置しよう」


「え、いいの?なんかものすごい跳ねてるけど」


「いいのいいの、しばらく自分の愚かさに向き合ってもらおう。貴族みたいな腹立つ顔する変な魚だし少しは反省してもらおうじゃないか。知性があるのかないのかわかんないけどさ」


魚がびちびちと激しく跳ね上がっているのが見えるが、無視してそのまま少しだけその場を離れていく。ふと手元を見て気になったものの処分をこれから考えるのに、魚は必要ないのだ。


 自分の手に乗っかっているのは、先ほどまでアイノに付いていた紫色の奴隷紋だ。相変わらず標識みたいな形だが、これがとんでもなく邪悪な存在であることに騙されてはいけない。

だって奴隷紋だぞ奴隷紋。こんなのが貼って剥がせるとか正気の沙汰じゃない、なにか剥がれてしまった理由があるんだ。

 

「それ…」


「さっきの奴隷紋だ。魔法だって言ってたけど、魔法ってこんなにぺらぺらになって剥がれるもんなのか?」


「…違うと思う。だって、取りたくてもどんなことしたって取れないのが奴隷紋の魔法。他にも文字を書いたりする魔法はあったと思うけど、そういうのだって書いたら消えちゃうはず」


「じゃあこれは異常だな、まず剥がれること自体あり得ないものが剥がれている。というか、そもそもこれまたくっつけれたりするのか?ちょっとやってみるか…」


「だ、だめだよ!ソーイチが奴隷になっちゃう!」


「まぁまぁ…ほら、やっぱり無理だ。手のひらに押し付けてもぺらっと落ちる。なんなんだろうなこれ…なんか溶けてね?」


「え…あ、本当だ……うわぁ!」


「ん?うぉっ、なんだこれッ!」


 貼れるか試していたんだが、突然奴隷紋が溶け始めてきた。駐車禁止のようなマークも見えなくなっていき、完全に手のひらで液体になった奴隷紋。紫色の絵の具の様になってしまったそれは、俺の手から飛び出してある方向に向かっていった。液体が高速で地面を這い続けるのはなんとも奇妙な光景だが、そんなことは言ってられない。液体が向かっている先は音夢の習字道具が入っているスーツケースだ。

 

「ま、まてっ!」


意味不明な事態に混乱しながらも、習字道具に危険が生じるかもしれないという謎の心配をして駆けだす俺。しかし液体は早かった。地面は砂利だというのに全然しみ込んでいきもしないし、液体はひとまとまりになってずっと動き続けるしでわけがわからない。


 とうとう液体はスーツケースまで到達してしまう。ほんの少しの隙間から中に入っていった液体はスーツケースの中で突如暴れだし、スーツケースがまるで魚の様に跳ね上がった。驚いて呆然としていると、二、三度跳ね上がったときにスーツケースは沈黙する。


「……な、なにが」


「とりあえず、中を確認してくる。危ないかもしれないからそこにいてくれ」


「う、うん」


 恐る恐る中を確認するためにスーツケースを開く。

中には先ほどと同じ位置に硯や文鎮、半紙があり、墨汁などもしっかり残っている。いつも音夢が大事に使っている習字道具だ。習字が下手だから道具だけでも綺麗にしたいらしいのでどれもピッカピカになっている。

 

 しかし、小筆と大筆の位置だけが変わっている。まるでさっき暴れていたのがこれなんじゃないかと言うように…


「……ンンンンン?」


 小筆と大筆だ。どこをどう見ても小筆と大筆…なんだが、どちらも一点だけおかしなところがある。


「……なんで、毛の部分が紫色なのかなぁ」


 幼馴染に大事に使われている筆二つは、墨汁を浸ける部位とされている穂首の腹から筆先までが紫色になっていた。液体が垂れる様子はない。そして墨汁の黒は見えず、普段毛の部分全てに浸らせていたはずなのに一部が真っ白の新品の様になっている。

音夢はいつも筆で文字を書くときに毛先だけではなく全体を万遍なく浸すという癖があったので、この筆が新しいわけじゃなければ墨汁の色が穂首全体に付いているはず…なのに穂の腹から上は真っ白で、腹から穂先まで紫になっていた。


「アイノ、大丈夫だ」


「ね、ねぇ…なにがあったの?」


「……これ、文字を書く道具なんだけどさ、なぜかあの奴隷紋が溶けた液体っぽいやつがしみ込んでるんだよね」


「???」


 アイノも意味が分からないという顔をしている。俺だってわかんないよ。


紫色の液体はまるで「準備万端!」みたいな雰囲気を醸し出している。ふざけないでいただきたいが無機物に八つ当たりなんてできない。ましてや友達のものなんだ、折れたら多分泣かれる。


 どうしようか悩んでいるとアイノがとんでもないことを聞いてくる。


「ねぇ、それで字って書けるの?」


「んぇ?あ、あぁ。書ける…と思う。本当は別のもの使って書くんだけど」


「ねぇねぇ!アイノの名前って書ける?アイノは名前の書き方を知らないの!教えて?」


「え……いやこの国の言葉とか知らないのですが」


「いいの!ソーイチの国の言葉で書いて!」


 新しいおもちゃを見つけた無邪気な子供の様にはしゃぎだすアイノ。さっきまでの物知り博士だったアイノはどこへ行ったんだ!まぁそれはいい。ここまで文字に関心を持たれると期待を裏切れない。一応、それなりに習字道具の扱いには慣れているし字も学校で評判になったことがある。自慢だ。そんなことをアイノに話しても仕方ないが、男はこういう時にカッコつけるものだ。

 音夢に申し訳ないと思いつつ、半紙と木の板、それと半紙の下に置く黒い布をケースから出した。布はわかるが木の板は正直俺も初見で見たときはわからなかった。音夢曰く「……いつでもどこでも書けるように」という書道魂があふれ出た理由だった。おかげで砂利の上でもある程度かけるのでありがたい。

硯と墨汁も取り出して、墨汁を注いで筆に付ける。


「……あれ、墨汁が筆にしみ込まない…この紫色のせいか?まぁいいや、いっそこのまま書いてみるか」


 墨汁に浸らせたはずなのに、なぜか筆に黒色が染みわたることはなかった。もう思考するのがめんどくさくなってくるので、使わなくなった墨汁をもともと入っていた墨汁入れに戻し、硯はペットボトルの少ない水を節約しながら洗い流した。


 どうしようもないのでそのまま紫色の墨汁として使うことにし、半紙に文字を大きく書く。カタカナで「アイノ」と書き終えたら、自分の座る位置をずらしてアイノに見せる。


「はいよ、これがアイノだ。上からア、イ、ノって書いてるぞ」


「おぉ~!これが名前…なんか嬉しい!」


「喜んでもらえて何よりだよ…あぁ、まだ乾いてないと思うから触っちゃ……あれ?」


「?触れるよ……あれ、なんか光ってる」


 アイノが渇きかけの液体を触ってしまわないよう注意に入ろうとしたが、直後眩い光によってそれは憚られる。光が収まったときにはなんとさっき書いた文字が完璧に乾いていた。そしてさらに「アイノ」の三文字が蒼色に輝いている。


 自分の手元にある筆を見てみると、紫色の液体が筆に付いている。一向に液体が渇く気配がないのも怖いが、半紙に書いた文字が完璧に乾きアイノの瞳と同じ蒼色に輝いていることも怖い。


「……なにこれ」


「ソーイチって魔法使えるの?」


「いや、俺は魔法使えないけど」


「じゃあこれは?」


「……」


「すごい綺麗……ありがとうソーイチ!これ一生の宝物にするね!」


「いや、あんまり握りしめると……あーほら、ちょっとくしゃくしゃになっちゃった」


「あ……うぅ」


「ま、まぁまぁ!いつかまた名前書いてあげるから…半紙じゃなくてもっと宝になりそうなものにね!だから泣かないの。ほら、魚も元気出してって言ってるよ?」


 ここでこっちに振るのかよ!みたいな驚愕した表情の鮎。

アイノはしばらく涙目だったが、俺の説得でなんとか機嫌を直してもらえた。一応、この半紙はスーツケースの中にしまっておくことにする。

 

「ねぇ…ソーイチはなんて書くの?教えて?ね?」


「うん?まぁこうやって…ほい」


 アイノが今度は俺の名前を見たがるので、「創一」と漢字で書いて見せる。


「……うわ、なんかこれも光始めたし」


「うわぁ!虹なんて初めて見た!それにソーイチの名前ってかっこいいね!特に上の!」


「お、おぅ…なんか体に悪そうな色だなぁ。ご丁寧なことに色がグラデーションみたいにレインボーに輝きながら変わってやがる。文字の色が動き続けるってきもいな」


「そんなことないよ?なんか面白い!」


 ゲーミング創一は非常に目に悪そうなのでこれもケースに仕舞った。アイノは残念そうだが仕方のないことなんだよ。

 もう一度、握っている筆を見る。小筆は取り出していないが、一応ケースの中で厳重に保管してある。一応液体が中のものにつかないよう筆に付属しているケースをしているので問題ない。


筆は紫色の液体なのに、書けば色が変わる…とても面白いが、正直不気味なだけだし条件がわからなければ実用性すらない。


 ただ、もしかするとこの液体ならば無限に字を書けるんじゃないかという予感がしている。俺はこの筆に可能性を見出すため、半紙ではもったいないので地面に落ちていた手頃な石を持ち、筆で文字を書く。


「もし前面に塗っても液体が途切れることがなければビンゴか…まぁいつまでも使えるところで何になるってところだが」


「それ、ずっと使えるの?」


「さあ?たださっきからそれなりに書いてるし、普通に墨汁で書くときは一角一角丁寧にしなきゃいけないから何回も浸けなきゃいけないんだけどこれは今のところそれが必要ないくらいしっかり書けてるんだ…もしかしたら、すごい筆になったかもなぁ」


 アイノは頭の上に?が浮かんだような顔をしている。

 気にせず石を万遍なく紫に染めていくが、一向に液体が不足する気配はない。もしかしたら水に付けたら取れるんじゃないかという考えもあるのだが、墨汁を拒絶するように全く筆に墨知汁が付かないところを見る限りほかのものでも同じことが起きると考えた。


塗り終わった石は、先ほどのような光を発したり色が変わったりもせず紫色のまま乾いてしまう。指に付いていそうだと汚れを覚悟していたのだが、指には一切付いていなかった。


「とりあえず、これは有限か無限かわかんないがおそらく文字を書くことには困らないものだろう。まぁあんなに色が変わりまくるなら実用性低いし、しかも絵の具替わりって言っても紫だけ。一瞬で乾く謎の性質も考えると本当にわけのわからない物だ」


「うーん…なんであんなに色が変わったんだろう。ねぇねぇ、ほかの文字でなんか書いてみてよ!いっぱい書けるならいろいろ試すのがいいとおもうよ?」


「あー、まぁ確かになぁ。どれ、じゃあ手始めに別の石拾いまして、そうだな、…ああそうだ、金とか書いたら字が金色になるかもな」


 試しに「金」と漢字で書くことにする。少し丸いので書きづらかったが問題なく書くことができた。

アイノは横でワクワクとしているので、笑いながら落ち着くように促す。

 すると、さっきの紫に塗りつぶした石と違って今度は光を発し始めた。アイノが目をキラキラとさせているのを横目で見て、俺はどうなるかを見定めることに徹する。


 徐々に文字の色が金色になる。なぜかはわからないが言ったことが本当になってしまった…もしかして俺って預言者の素質でもあるのか?なんていう考えを即座に切り捨てる。そんなことを考えている暇は今無くなった。

 さっき俺と少女の名前を書いたときは比較的早い段階で光は収まって色が変わっていたのだが、石の光はどんどん強まる一方だ。何が起こるのかわからないので、アイノには少し離れているように言う。一応目に悪いので手を握りあまり見ないようにするも、指の隙間から漏れ出る光はどんどん強まっていくように感じた。少々怖くなってきたので目を瞑ってしまう。


 その途端、光は徐々に弱まっていった。大爆発とかしなかったので良かったと思い、手に持っている石を見るため手を開いた。


「ふぅ、なんかやばい気配したけどなんとか……アッ!?!?!?」


「ど、どうしたのソーイチ!?すごい顔してるけど…それって」


 俺の手のひらにあるのは、まん丸い川付近の砂利特有の手のひらサイズの石…ではなく、太陽の光が反射して黄金に輝き、ずっしりとした重さのある物だった。

 実際に見たことはないが、もしかしたら、これはという考えが生じる。あり得ないと思いつつも、目の前にあるそれが自分の書いた文字通りだとしたら、それは「金」という大変貴重な金属ということになる。


「……いやまて、これがメッキである可能性もある。うん、そうだ。よし、もう一回別の文字を書くぞアイノ!」


「う、うん」


「よし、次はこのそれなりに大きめの石で、書く文字は「水」だ。もしこれがうまくいったら…!」


 石に筆を使って「水」と書く。これがもし液体になったら、おめでとう!俺は今日から億万長者になれる!フハハハハ、さぁ俺に結果を見せてくれ!


「おぉ、光った!ねぇ、これはどうなるの?」


「ふっふっふ、俺の見立てではおそらく…うまくいけば水になる!」


「おおー!魔法?」


「そうさ、魔法さ!これは魔法の筆だ!はーっはっはっは!」


「なんかすごい!アイノも…はーっはっはっは?はーっはっはっは!」


「おぉ、石がどんどん変形していくぞアイノォォ!あっ」


「わぷっ」


 ハイテンションになってアイノの真上で石を見せていたら、本当に石は水になってしまった。少女の頭上で石を持っていたため、少女は頭からバケツくらいの量の水を被ってしまう。


「……ソーイチ、これは水魔法?」


「お、怒らないでくれ…悪かったから…これはきっと魔法だけど、水魔法ではないことはたしかだ…だが、そうだな。あの木がいいか。なぁアイノ、君は金は好きか?」


「え?えーっと、わかんない。金貨みたいな色?」


「あー、もっとわかりやすいものにしておくか。金は後にして…」


 もしうまくいったら、アイノはどんな表情をしてくれるだろうか。喜んでくれるといいのだが。

近くにあった、元気のありそうで背が低めの木に筆で文字を書いていく。木に文字を書いたことはないが、なんとか書くことに成功。


 さっきの石たちと同じように光を発して、木は徐々に姿を変えていく。命あるものを急に無機物にしてしまうというのはなんだか外道にしか思えないので、一応合掌して頭を下げておく。


 しばらくすると、木はあっという間に別の物質へと変貌した。


「わぁぁぁぁ!なにこれ!ねぇソーイチ!」


「どうだすごいだろ、これは「ダイヤモンド」でできた木のはずだ。世界で今のところ一つしかない透明の宝石でできた木だ」


 先ほどまで普通だった木は植物から無機物へと変貌し、透明に輝いていた。俺が書いた文字通りならば、今この木はダイヤモンドだ。

 一見、すごいことに見えるのだが…同時にこれはとても恐ろしい可能性を秘めている。木は植物だが、細胞もあるし普通に生きている生物だ。それを問答無用で無機物に変えてしまう、それは生き物でもできるのではないか?

これは、非常にまずい。この筆を使うときっといろいろ便利だ。だが下手をすれば俺は世界中を敵に回しかねない。それは嫌だ、死にたくないから。

そしてこれ、金という財力の象徴を大量生産できることになるので俺は相当やばい。もしかすると筆だけ奪われて殺されるなんてことも……こわいよぉ。


 なんてことを考えながらアイノと木を交互に見る。


「うん、これで喜んでくれる人がいるならいいや」


 アイノが予想以上に喜んで木をぺたぺた触っているのを見て思考が吹っ飛んだ。

必要な時と、あとはちょっとした遊びとかに使おう。そう思った。


「あぁそうだ。これの葉っぱあんまり刺さったりしなさそうな形してるから…お、これなんて良さそうだな」


 木に近づいてダイヤモンドになった少し小さめの葉を取る。一瞬割れるんじゃないかと思ったが、なんとかとることができた。

葉は虫に食われていたのか一つだけ小さい綺麗な穴が開いているもの。なぜこれを選んだかというと、これなら多分紐に通してアイノの首にかけることができるんじゃないかと踏んだからだ。

紐は…ないので俺のジャージの上着になぜか入れられていたサイズ調整の紐を使うことにする。絶対使わないだろってところに入っている紐なので正直迷惑していたのだ。


穴から紐を通して、アイノの前にしゃがみ込む。少女はなにをされるのかわかっていないようだが笑顔でこちらを見続けるので、構わず紐を首の後ろにかけて蝶結びをする。金具でもあればネックレスになるのだが、それはいつか見つけたらにする。


「よし。思った以上に早く見つかったけど、これなら宝物にしてもいいと思うぞ?」


「わぁ…綺麗……ありがとう、ソーイチ!」


「どういたしまして」


アイノは嬉しそうに微笑み、手のひらから少しはみ出すダイヤモンドの葉をぎゅっと胸で抱きしめていた。そこまでうれしいなんて、照れるなぁ~なんてことを言いたくなってしまうが、俺は俺でやることがあるのだ。それは今後にめっちゃ関わる大切なことだ。そして俗物っぽい。


 俺はアイノから離れて、そこら辺にあった手ごろな小石をガッとかき集めてそれぞれ全部に「金」と書き続ける。


出来上がった財宝の山。驚くアイノ、喜ぶ俺。まさにこれが汚い人間と純粋な少女の違いを表している。音夢は多分…一緒になって喜ぶんだろうな。

 適当にスーツケースに出来上がった金を放り込む。それなりの量なのでだいぶ重いが仕方ないね。だって今後にマジでかかわるんだもの。このままだと俺は一文無しだったが、この大量の金を質に入れれば怪しまれても一時的に金は入る!やったぜ!


「よし、アイノ。準備は整った!これで俺はいつでもどこにでも拠点を構えられる!」


「じゃあもうどこか行くの?」


「いや、その前にいろいろやることがあるからまだだな。でも喜べ、おいしいご飯が食べられるぞ?」


「え?本当!!やったー!」


 喜ぶアイノに満足し、俺は筆をもってある場所まで歩いていく。アイノも付いてくるのであまり手荒な真似はできないが、これは今後の筆の使い道を広げるために超重要なことだから仕方ないのだ。


「力が欲しいか?」


 悪役のようなセリフを魚に向けて放つ。


 鮎は閉じることのない目を見開いて驚いていた。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ