魔女は語る
投稿で来てませんでした。
明日二話出すので許してください
暗色の闇の中に、スポットライトのような明かりが一つ。周囲にはこれといってものがあるわけでも場所があるわけでもなく、ただただ真っ暗な空間が広がっているだけ。そんな虚無的な空間に、人が立っていた。
目元が見えないほどに深くかぶっている白く発行する三角帽子を被った髪が水色で長く、見た目は魔女のような女性。服は三角帽子の様に淡く白色に発光していて特徴がつかめず、腕には黄金のリングを嵌めている。彼女の口元は最初から、見るものすべてを魅了してしまうような妖艶な笑みが浮かび上がっていた。
「こんなところにまで客人とは、珍しいこともあるのぉ」
彼女は笑みを深めた。
明かりは消え、魔女は闇に溶け込んでいく。
「どれどれ、ふむふむ、ほうほう?」
暗闇の中、魔女がなにかを調べているような、なにかを探しているような、何もしていないような、そんな独り言のような意味のない言葉が響いていく。
世界はどこまでも暗かった。周りを見ていることもわからない、どこにいるかも理解できない、一度明かりが無くなってしまえばそこに一つの空間があったことさえ忘れてしまう。そんな場所で、彼女はいったいなにを見ようというのだろうか。
やがて光は戻されるように灯り、その場にはやはり三角帽子の魔女が立っている。
しかし、先ほどと違うのは彼女が不満そうな顔をしているということ。
徐々に魔女はくるくるとその場所を回り始めた。なぜか、同時にスポットライトのようなものも女性に合わせて光の場所を変えているように見える。
「むむむむぅん」
魔女は悩む。悩んで、悩んで、悩み続ける。それがいったいどれほどの時間が経ったのか、数秒、数分。数十分、数時間、数十時間、数百時間、数千時間、数万時間、数億時間、数兆時間、数京時間、はたまたそれ以上の長い長い、悠久にも思える時間が経っていたのかもしれない。
魔女は眠る。どうせここでは時間が進まないのだからと、今度は永遠に近い時を眠り続けた。一度寝返りを打つ頃には数億年という年月が経っていて、魔女がようやく起きたのはその寝返りが千を超えたあたりだった。
魔女は跳ぶ。なにかめんどくさくなったような表情をしたあと、彼女は宙を自由に飛び回り始めた。やはり明かりは彼女について移動し、彼女はその体をいともたやすく光の速度まで上昇させ、第三者から見るとただの円にしか見えないようになってしまうほどの速さで空中をぐるぐる回転していた。時に上下したり、直立して平行移動したり、たまに残像をわざと作り出した彼女は、しばらくしてとても満足そうに地面に降り立った。
魔女は頷く。何かに納得したのか、はたまた諦めたのか、彼女は一人この世界で延々と首を上下させている。そのうち、自身の首が痛むんじゃないかといらぬ心配を抱き、魔女は頷くのをやめた。
「……あ、放置してしまったのぉ。どれどれ、ふむふむ」
魔女はまた暗闇の中へと溶けていく。先ほどのように無意味な彼女の呟きが、空間に響き渡った。
だが今回は少し音が混じっている。何かを振り下ろすような風を切る音、何かを叩きつけるような金属の音、何かを撮影するような機械の音、何かを壊しているかのような歯車の音、何かを吸収しているような水の音、何かを見ているような魔女の音。
突然、魔女の笑い声が聞こえてくる。「あひゃひゃひゃひゃひゃ」「うひひひひひひひ」「おほほほほほほほほ」などという音が同時に三つも鳴り響くが、明かりは一向に現れない。
ようやく明かりがついたと思ったら、そこにいたのは三人の魔女などではなくカセットテープを三つのラジオから取り出している魔女だった。
「音質が悪いのぉ……おや?まだいたのか。お主もいい加減なにか喋ったらどうかの」
人懐こそうに笑う魔女はある方向を向いてそういった。それが誰に向けての者なのかは、明かりがそれを照らしてくれない限りわかることは一生ない。少なくともここは魔女のみがいることを許されている空間、そこに他社が介入する余地などない。殻に閉じこもれる貝は必ず一匹だけだ。
しかし、そんな閉鎖的で排他的で攻撃的な空間にも気まぐれというのはあるらしい。
突然、世界にもう一つの明かりが灯る。それは魔女の光よりも質の悪い……魔女の上にある光が上質なシャンデリアのような美しくも儚いような柔らかいものであるとしたら、その人物を照らす光はさながら寿命が近いために点滅し続けるも電気が流れれば一生光り続ける諦めの悪い蛍光灯のようなものだった。
その明かりに照らされている人物は奇怪な服装で、胴体に小さな紐を通すための穴らしきものが開いた派手な赤いジャージに、鎖骨から上が全く見えないほど大きい冬季に使うような帽子を改造して目元まで黒くした覆面だった。
性別は男にも見えるが、彼の周囲に時折ノイズが走ったように同じような服装をした女性の姿が映る。 それ以外にも男は異常な点が多かった。足首から下はグラデーションの様に透明になっていて、身体も世界の光を透過して燃えるような赤色の服が血を感じさせる色になっている。
男は魔女を見た。
魔女は男を見た。
「ここまで経ってようやく馴染んだか……遅いのか、早いのか、まぁどうせ許可されるしどっちでもいいんだがの」
魔女は意地悪く笑う。男は視線を向けた状態で全く微動だにしなかった。動けないのか、動く気力がないのか、もしかしたら視線すら向けていない可能性だってある。
魔女は笑う。先ほどのようなラジオの笑い方ではなく、上品で、華麗で、美しいもの。常人ならば、彼女の笑みを見ただけで心臓が破裂し肺が破れあらゆる内臓が腹から飛び出し筋肉は溶け皮膚は爛れ骨は砕け散り、最終的にはすべてが灰となる。それなのに男はびくともしない。
「やはりお主も同じようじゃの!あぁよかったよかった。もしこれで死んだら泣いてしまう」
魔女はけらけらと笑った。殺す気があったということに男は気づくが、ソレデさえどうでもいいというように視線を外す。
魔女はそれをみて、自信ありげな笑いをした。
「やれやれ、そこまで見栄をはってお主はなにがしたいのかのぉ?仮初の娘との馴れ合いは楽しかったか?自分のものではない力を使って財産を手に入れて楽しかったか?人にはできない空中浮遊が自分にできることを知り毎度の如く空を飛ぶのは楽しかったか?」
男はなにも言わない。黙秘、というよりは考えるのも嫌だというような雰囲気だった。自分がどうしてこんな場所にいるかもわからないというのに、その現状すら思考を放棄してしまうほどに脆くなってしまった心を、男は嫌悪していた。
「たった一度の人の死でそう嘆くな。そもそもあれは物語で言うところの敵キャラじゃぞ?そう傷を負ってどうする。人の死はそこまで重くはない、なにもそう焦ることは……」
魔女は次の言葉を紡ごうとしてハッとする。つい先ほどまで悠久の時を眠る前まで悩み続けていたことを忘れていた彼女は、今度は思い出した情報を思わずぽつりとつぶやいてしまう。
「そうじゃったな……お主、呪いをかけられておったわ。忘れていた忘れていた」
魔女はポン、と手を叩く。それは何か思いついたわけでも、さっき思いついたからでもなくただなんとなくといった理由のもの。男はそれに苛立った、なにがしたいのかわからないのに、さらにわけのわからない情報を追加されて心底お怒りの様だ。
男は立ち上がった。とうとう動き出したが、男は自身の変化に気づく。
足がないにもかかわらず、自分は地面の上に立っている。二日ぶりの懐かしい感覚に驚くも、まず足がないことに気づいてスルーしているあたり彼はどこか抜けているのかもしれない。
「そうそう、妾に危害を加えようものならここから出てってもらうからの。ここは絶対領域じゃが、妾が支配しているわけではないのでな、殴られたら痛いのじゃ」
もちろん、お主が劣情をぶつけようものなら妾は抵抗もできないからの、やめるのじゃぞ?と、悪ふざけのように言った。
男はそんなことどうでもよさそうだった。それを見て魔女は機嫌を悪くするが、別段なにか文句を言うわけではなかった。
魔女は隠れた目元を少しだけ見せて、真面目な目つきで男に向かった。
そのときだけ、男の姿勢もしっかしとした軸のある姿勢だった。
「お主の最初の目的は、友達……あぁいや、幼馴染だったかの。それに道具を渡すことじゃったな。だが今を見ろ、お主はいったい何をしておる?なんか心配に思ってたっぽいが、十分異世界生活を満喫しておるではないか」
男は動かない。まるで承知しているというような佇まいで彼女の話をじっと聞いていた。
「なんだか恰好付け気味で最近過ごしておるが……お主、普通の高校生だからの?無茶したら死ぬというのに全く。魔法というものに憧れたか?安心しろ、そんなもの必要ない。お主は魔法を使う前にまず自身の内側をよおぉぉく、見つめなおすべきじゃな」
魔女は呆れるように言った。魔法を知るものは、その魔力で生物の本質を理解できる二まで至るものが存在する。ここまでの力の持ち主は例外的に彼女だけであり、現実にはそういない。
「というかなんなんじゃお主、なんだかんだ幼馴染って言いたいんじゃないのか?まぁ、意味の分からない状況であることは自分でも理解できていると思うがの……一応言っておくが、その状態も呪いじゃからな?何者かがお主が幼馴染のことを幼馴染と言う姿に嫉妬したのが見て取れるほどに力の強い呪いじゃ。ま、いつかその呪いも消えるじゃろうから安心しておくことだの」
魔女はどこからともなく取り出したボールをいじくりまわし始める。なんだかめんどくさいな、そんなことを感じさせ始めた彼女はだんだんと真面目な雰囲気を台無しにしていく。
男はそれを当たり前の様に受け入れた。正直、彼も今の現状をめんどくさく思っているのだ。気づいたら知らないところにいたのは二度目で、もううんざりだというように首をゆらゆらさせている。
「そういえば、アイノじゃったか?あれには気を付けといたほうが良さそうなんじゃが、なんかうまくいってるっぽいしまぁしばらくなんとかなるじゃろ。このまま親を続けてやるといい、さっきは少々馬鹿にしたような言い方をしてしまったが、妾も子供は好きじゃからのぉ」
柔らかい笑みを浮かべて魔女は言う。魔女は何かを思い出すようにボールを高く持ち上げて、くるくるとその場で回転する。そのときの彼女の顔はとても楽しそうで、嬉しそうで、微笑ましかった。それと同時に感じるのは、悲しみ、怒り、憎しみとまるで相反した感情ばかり。ちぐはぐな心を持つ彼女を不思議そうに男は首を傾げて見つめる。
「大事にすることじゃな……あぁそうそう、幼馴染じゃがもうすぐで死ぬぞ?」
男はピクリと反応する。ここに来てようやく、魔女の言葉に対してまともな反応を示してくれたことに、彼女は嬉しそうに笑った。
男は周囲をきょろきょろと見回すも、どこが出口かもわからない状態のため脱出を断念したように見回すのをやめる。
「そうあせるでない……」
魔女は「こいつ馬鹿なんじゃないか」というように肩をすくめ、やれやれというような動きをする。そしてまた、真面目そうに男のほうを向いて言葉を放った。
「お主は気づいた通り人の死を克服できん。それがどんな悪人だとしても、死を望まないのじゃ。誰かが目の前で死んだ暁には一時的に瀕死となり少しの衝撃で意識を失う。もし、人を自分で殺したときにはどうなると思う?」
魔女はニやつきながら質問する。その返答がないことを知っておきながら、彼女は意地の悪い質問が反ってくる前に答えを出した。
「お主は世界から忘れられるのじゃ、どこぞの獣と違って消えるのではなく忘却……ま、今まで起こったことすべてが無に帰るということじゃな。あの龍もいなくなるし、筆に付着したあれも出来上がらないし、奴隷の少女はすでに死んでおる。お主がここに来なければ、あの獣人はすくわれなかったのじゃなぁ、あぁなんて奇跡じゃろ~……そんな目で見るでないぞ」
理解したらしい男は、魔女の棒読みに痛いものを見る目で返した。それを見て魔女は頬を少し吊り上げて笑った。
やがて男は、ここから出て地震がやるべきことをやるために決断をする。それをどうしてか読み取った魔女は、まっすぐと男を見た。
「ようやくか……これで、 も解放されることじゃろう。」
最後に、魔女は言った。
「忘れるでないぞ、お主はこの世界に留まることが出来ておらぬ。もし、その身に強大な負荷がかかろうものなら即座に世界からお主という記憶は消え去る。いいか、お主は生きているわけでも、死んでいるわけでもないのじゃ。そのおかげであらゆる衝撃に耐えることが出来ているが、魔力には気を付けろ。わかったな?……よいじゃろう。じゃ、あとは頑張るのじゃぞ?うまくいったら妾もそちらに行く。ま、その時は妾もお主もこのときのことを忘れているじゃろうがの。期待しておるぞぉ?ははははは~!」
仁王立ちして笑う女性の動きでズレた三角帽子から見えたのは、見目麗しい女神のような素顔……もあるがそれよりも、あまりにも似合っていなどくろの髪飾りのほうが目立っていた。




