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覆面狂詩曲 ~白猫を添えて~  作者: 餅鍋牛
大迷宮編
19/26

覆面、村へ



 いつの間にか剣から放たれた光は収まり、俺の視界からはあの獣……黒爪のモータルが消え去っていた。

先ほどの剣からでてきた魔法にやられてしまったのだろうか、だとしても死骸すら残らないなんてありえるんだろうか。しかも妙なことに、ああいう派手な魔法は地形をえぐってしまうようなものだと思っていたのに、森は一切傷ついていない。獣だけを狙って殺す魔法、という認識でいいのだろうか。


『すっきりしたぜぇ!ハハァッ!』


 剣は先ほどから上機嫌に声を上げている。あれだけの強さのものを放ったというのに負担もないのか。俺は地味に頭痛がするからこの剣にも相当の負荷がかかっているんじゃないかと思っていたのに、それはこの剣からは感じられなかったため、俺はさらに恐怖した。


 この剣、今思えば遺跡でも大規模な魔法を使っていたというのに全く負担になっている様子もなかったし、それに制限とかも見当がつかない。もし、この剣が今以上の力を持っていたりどれだけ魔法を行使しても壊れないとかいくらでも使えるとかだったら危険すぎるものでしかない。こんなのを背負って歩いていたら俺はどこかでぽっくりとストレスで死んでしまうことだろう。悪用しようと思えば悪用できるし、きっと狙われて死ぬってこともあるんじゃないだろうか。


『おうソーイチ、じっと俺を見てなんかあるのかぁ?今更俺の力の魅力に気付いたのかぁ?』


「……」


 剣は嫌な雰囲気を纏ってこちらに質問を投げかけてくる。

俺がこの剣を抜くときも、こんな空気で剣は俺と会話をしていた気がする。もしかすると、この剣の言っていたような金とか女とか世界だとかの話に俺が乗り気になっていたら、体が乗っ取られていたとかあるのかもしれない。悪魔と取引しているかのようなこの感覚は、思わず寒気がしてしまうほどに気持ちの悪いものだった。


『んだよ、無視かい。まぁいいさ、魔獣は討伐したしこれでお前も安泰だろ?』


「……あ、あぁ。助かったよ」


『あー、そういうことか。なるほどなぁ……お前も、同じかぁ』


 剣は、俺が助かったと言ったと同時に何かを感じ取ったかのような、寂しそうな声でそう言った。

俺の声が少し震えていたのがいけなかったのかもしれない。俺の心の中の感情が、この剣にも伝わるほどに表に出てきてしまったのだろう。

 これは失敗した。俺は別にこの剣に喧嘩を売りたかったわけではないのだ。どうにかして、この剣を手放すとか、安全にするとか、懐柔するとか……契約がどんなものかはわからずとも俺とこの剣を強く縛り付けているのはわかる。手放すことが出来なくとも、少し安全に使えるようにはなりたいのだ。


『ま、いいぜぇ?お前と俺はもう契約済み、それはつまり死ぬまで手放すことはできないということだ。だからよ、俺もお前に嫌われないように頑張るとするわ』


 やけに人間臭い言葉を剣は放った。その言葉には重みを感じる。

ここまで言われてしまうと、俺も誠意をもって返さなければならなくなってしまうのだがこれは狙って言っているんだろうか。だとしたら今すぐにでも捨ててやりたい。


いつまでもこの剣のことを考えていては日が暮れてしまうだろうと、俺は諦めた。今はこの剣と仲良くなるしかないのだ。そうしなければ、いつか俺は大勢の人間や生き物を巻き込む災害になりかねない。獣との戦いのときはほとんど俺の身体を自身の意志で動かすことが叶わなかった。まず、あれをなんtのかしなければいけない。いくらこの剣が経験豊富という雰囲気を出していても、それがバトルジャンキーの経験だったら終わりだ。

本当に危なくなったら、魔王国にでも行って俺自身を退治してもらおう。


「……すまん、いろいろ考えてた。俺もお前と仲を悪くするつもりはないさ。ただ、自分の身体が動かなくなるのは勘弁してほしいなって」


『なんだ、そんなことかよッ!全く、早とちりしちまったじゃねぇか。あとで色々教えてやるよ……あと、急に主導権奪っちまって悪かったな、昔の癖が出た。とりあえず、よろしくなぁッ!!』


「ああ、よろしく」


 俺はこいつに怯えてばかりだが、まだこれを持って一時間も経っていない。ただただ怯えて知ろうとしないのもよくないことだろう、だから俺はこの剣のことを理解できるようにこれから頑張っていくことにする。どうしようもないことはどうしようもない、ならば順応できるようになればいいと俺の中で結論は出た。

 俺は、今日からこの剣……崩剣シヴォンヌの使い手、いや、相棒になる。


『んじゃ、そうだな……ほれ、鞘だ。腰にでもぶら下げれば楽だろ?』


 決意に満ちたという感じを俺が出していた最中に、剣がそういった直後俺の手元に剣用のベルト付きの鞘が落ちてきた。


「うぉっ、今どこから出したんだよこれ」


『あ?パラの魔法具の応用だ。こんなの常識だろ』


またパラだ。ふざけんな。なんなんだよそのパラって、動物か?


「お父さん、はい!」


 いつの間にかこちらまで来ていたアイノが、俺にスーツケースを渡してきた。

そういえば、アイノは今の獣に放たれた魔法を見てなんとも思わないのだろうか。化け物に向けて放たれたとはいえ、あれが自分に向いたらとか、この世界の住人は考えたりしないのだろうか……まぁ、見ただけじゃわからないし、おそらくなにか思うところはあるとだけ推測しておく。こういうとき、変に勘ぐると関係を拗らせかねないから気を付けなければならない。

というか、小さい子供に聞くようなことではないので、「今の見てどう思った?」とか意味がないに等しい。

 俺はスーツケースを受け取り礼を言い、ポンポンと頭を撫でてやった。


「おう、ありがとうな」


「ねぇ、えーっと、しぼんぬ?はお父さんの剣になったの?」


『シ ヴォ ン ヌ だッ!あぁ、そうだ。今日から俺はソーイチの相棒なんだぜ?てか気になったんだが、さっきからお父さんお父さんと……親子には見えねぇんだよなぁ』


 シヴォンヌが俺に視線を向けているような感じがする。それも性犯罪者を見るような視線だ。

俺はあらぬ誤解を解くために、剣に事情を説明した。俺が地球から来ていることを言うとただでさえややこしい話がさらにややこしくなるので、アイノと出会ったことから教えた。


『あぁ、ここに来たのはたまたまなんだな。魔王国がどこかはわからねぇが、相当遠かっただろ……あとで詳しい話は聞かせてくれるんだろ?』


「あぁ、まぁそのつもりだけど」


『うっしわかった。ひとまず今は話を中断だ、そろそろ日の出が近いぞ?さっさと帰んねぇと村長がこちらに出向いてくるかもなぁ、全裸で』


 いやな想像をしてしまったので俺は今すぐ屋敷に逃げたくなったが、そうするとこの村の人らがどうなるかがわからないので大人しく村へ戻ることにした。

アイノの服が少し土で汚れてしまっているため、アッコクあたりに洗濯を頼もうかなと考えながら、俺は村まで飛んでいった。


 飛んでいる最中で、俺がシヴォンヌに遺跡で話したことを掘り返された。


『てか、飛べる体質ってなんなんだよ』




 村に到着し、俺は村長の家にライダーキックのような体勢で落下していく。相変わらず肩に乗っているアイノは大はしゃぎして腕を上にあげ笑っている。シヴォンヌのほうは、俺が落ちていく姿勢が気になる様子で、『なんだその落ち方面白れぇッ!!』という感じで興奮していた。


もう少しで俺が着弾するので、家にぶつかる前に俺はシヴォンヌにとある確認を取る。


「本当に大丈夫なんだな?」


『なんだ?俺を疑うのか?まぁ見てろって』


 シヴォンヌはそういった途端に赤い光を出し始める。飛んでいるときに聞いたがこれはやはり魔力らしく、俺の魔力をシヴォンヌが受け取ることによってシヴォンヌ自身の魔力として使っているらしい。魔法を自分で発動しているわけではないので女の身体になっていないらしいが、何かの拍子で最悪の事態が起こったら嫌なのでしばらくは許可が出たときだけにしてほしいと言っておいた。


 で、今この光が出ているというのは、俺が許可を出したということだ。


俺がめちゃくちゃな仕打ちを受けてただ黙って「魔獣殺したわ、証明部位も消し飛んだけど」って言いに行くと思ったか?馬鹿め、あの爺は相手を間違えた。俺はこういう時は常識すらも無視してやり返す男なのだ。まぁ、地球にいたときはここまでしなかったが……ここにきてから、少し自分の枷が外れているような感じがする。さすがに殺人とかはやる気もないが、鶏の解体とかが今ならできそうだ。


 さて、そろそろ着弾の時間だ。俺は今一つの弾道ミサイル、それも攻撃されていることが()()()()()()()()()()()()()究極兵器だ。


鶏を解体する気分で、れっつら~


「くらえッ!」


 俺の言葉と共に、俺が村長の家に着弾した。森林から発射された弾道ミサイルは見事、標的に命中したのだ。

 鳴り響かない轟音、崩れ落ちる家の壁は瓦礫となって地面へと落下するが、地面と衝突しても地味に地面が揺れるだけで大きな音はすることがない。


 今何が起こっているか?見ればわかるだろう。村長の家を俺がぶっ壊しているのだ。


シヴォンヌの力を使って。


「本当に、音が消えてる!」


『どうよ!俺の崩壊はなにも物質だけに通用するわけじゃねぇ、音ですらも崩壊させるんだよぉ!』


 俺が破壊したのは二階の半分ほどだ。ちゃんと、下の階に衝撃が行かないようにギリギリでストップしたので壊れたのはここだけで済んでいる。


「だ、誰だッ?ぬぉッ!!?」


異変に気付いた老人が部屋から寝間着姿で慌てて出てきた。勘だったがやはり二階に寝ていたか……しかし外してしまった。本当は蹴りを入れてやろうかとも思っていたんだが。


どうやって爺を蹴り飛ばそうか考えていたら、部屋の中から布一枚の女の人……名前は知らないが爺の奥さんらしき人が怯えた表情で出てきた。

 そこで俺は気づく。爺がお盛んだったことは置いておくとして、女の人を巻き込む可能性があったことに。


「あっぶねぇぇ…あと一歩で俺は無実の人に怪我を」


『あん?何言ってんだ。お前に毒盛ったのがあの女なんじゃねぇの?』


 安堵していたところでシヴォンヌが衝撃の発言をした。意味が分からず質問したところ、シヴォンヌはこう話した。


『だってよぉ、俺が吹き飛ばし損ねた呪術から感じる魔力があいつと同じだぜ?』


「いや、なんでそんなことが」


「お父さん、魔力はね?人によって色があるの。アイノは何色かわからないけど、みんな必ず魔力に個性があるんだよ?」


「…………よし!あとで教えてもらおう!」


『えぇ……』


 アイノが知っている常識は、もはや俺にとっての非常識。そう、俺はこの世界出身ではないからわからなくて当然、この世界の知識は常識の範囲外なのだ!そうやって俺は考えることをやめた。


 蚊帳の外になっていた爺がこちらを見て怒りの感情を露わにしている。しかしそれは獣のような激しく強さを感じさせる怒気でも、剣のような理解に及ばない狂気でも、今まで感じた野生動物の感情にも満たない短小なものに感じた。

どうやら俺は麻痺してしまったらしい。この世界では恐ろしいことが多すぎる、ここまで殺気などを浴びせられれば、異世界滞在二日目でもここまでいかれてしまうのだろう。


「貴様……どうやって呪術を解いた」


爺が質問をしてくるが、俺は答えない。寧ろ遊ぶことにしているのだ。こういう時、まともに返答すると揚げ足を取られたりして楽しくないので、相手が意味不明だというほどに頭のおかしい人物を演じてやろう。


「やぁおじいさん、朝から奥さんと楽しく腰を振りになっておりましたか?お元気なことですねぇ、ははははは。おっと、家の壁が崩れてしまっていますねぇ、誰の仕業でしょう?」


「ふざけているのか……?このことが都市に知られれば貴様はもう冒険者になど」


 脅しを仕掛けてくるようだが俺には効かない。女体化されるよりも冒険者をやめさせられるほうがよっぽどマシというのもあるし、大体俺は我慢さえすればいくらでも金を手に入れることが出来る。今更そんなこと言われても困らないのだ。

 俺はアイノに一度降りてもらい、腰に下げているシヴォンヌを鞘から抜いて、爺の傍まで移動した。


「?!……い、いつの間に」


「おやおや、驚かせてしまいましたか……あぁ、今動いたら立派なお髭を失うことになりますよ?もうないけど」


「なッ!?貴様ッ!!私の髭を!!」


 髭にご執心な様子の爺を見て、俺は見えない薄ら笑いをする。今すぐに爆笑してやりたいほどの無様な形をした爺の髭から目をそらし、俺は村長の奥さんに話しかける。


「やぁ奥さん、貴女はどうしてそんな死んだ目でこちらを見ているのかな?笑顔になりましょうよ、この状況で表情一つ変えずに出てきたのですし?」


「……」


 この女性、驚くことにこの状況でも一切慌てる様子がないのだ。おまけに死んだ目、正直怖い。もし歴戦の戦士とかだったら俺は太刀打ちできないのだが、とりあえず抵抗しそうな爺の首元に刃を付けて質問をしようとした。

しかし、それを手に持っている剣から止められる。


『ちょっと待て相棒、一瞬魔力借りるぜ』


「ん?あぁ、いいぞ」


「な、魔剣!?」


 爺がなにか喚いているが、刃を押し付ける力を強くして黙らせる。少し血が出てしまったが見て見ぬふりだ。俺はもう引くことは出来ないが、目を逸らすことくらいは許してくれるだろう。


 シヴォンヌから少量の赤い魔力が女性に向かって放たれる。魔力の塊は女の人の頭の中に侵入していき、そして皿を割るような音がした。それと同時に女性は意識を取り戻したようなはっとした顔をして、今自分がほぼ裸であることに気づいて赤面する。


「何したんだ?」


『魔力が絡まってた、多分この爺のだな。おそらく系統的には洗脳……ま、常套手段といったところか?まぁ質は下の下だが』


 どうやらそういう系の魔法があるらしい。いや、魔術?呪術?もうよくわからなくなってきたがそのあたりでいいだろう。

 女性が混乱している様子だがお構いなし、俺は質問をもう一度する。


「いきなりで申し訳ありませんが、貴女はこの爺の奥様でしょうか?」


「……は?え?えと、何を言っているの?」


『ほらな』


 この世界、なんでもありだな。同人誌に普通に描けそうなくらいなんでもありだな。まじで。

きもいことを考えていないで、俺は爺のほうをみた。すると爺がバツが悪そう……そうでもなかった、めっちゃ機嫌が悪そうな顔で、怒りの視線をこちらに向けている。


「おい爺、この女の人に何をした?言わないと俺の下手糞な剣捌きで無駄に苦しみながら死ぬけどいいのかな?あ、いいんだ。わかったよさよな」


「まてまてまて!話す!……その女は偶然旅に来た呪術師だ。うまい具合に胸も大きく、身体も出来上がっている。それに若く、部屋の小さな明かりに照らされる肌に私が……」


「斬っていい?」


『いいねぇッ!』


 そういうと爺が顔を一気に青ざめさせてガタガタと震えだす。なぜなら今、俺の剣経由で魔力を溢れださせているからだ。これくらいなら魔法判定にも入らないので問題ない。多分……


 女性は今の話を聞いて察したようで、すぐそばの部屋に走って入っていった。俺はそれを待つ。中から小さな悲鳴やすすり泣きが聞こえてくるので行こうか迷ったが、女性はすぐに戻ってきたので安心する。いや、安心はできないのだが。


女性は赤くなった目をこちらに向けて、俺に言った。


「殺してください」


「『っしゃあッ』」


「や、やめてくれっ!!頼むっ!か、金ならいくらでも……」


「あぁ、俺金持ちだからそういうのいいわ」


「そ、そんなっ」


 俺は爺を床に突き飛ばし、剣を振ろうとする。


今俺がしようとしているのは人殺しだ。しかも正当化しようとしている質の悪い殺人。いつから人を殺してはいけなくなってしまったのか俺は知らないが、長い歴史の間でそれを裏付ける何かがあったと俺は信じている。しかし、ここで吹っ切らねば俺は今後生きていけない気がするのだ。そう、だから、だから……


 手が震える、剣は何も言ってこない、女性は何かを期待するような眼でこちらをみている。


俺が、やらなければ


「お父さん」


 目の前に突然現れたのは、白い髪の毛の猫耳を生やした少女、アイノだった。


「っ……あぶないから、離れてて」


「だめ」


「いや、なにが」


「だめ」


「え、ちょ、ちかいちか」


「だめったら、だめ」


 アイノがどんどんとこちらに近づいて、鼻と鼻がくっつきそうになってしまった。

これは、折れるしかなさそうだ。


「…………わかったよ、まったく……爺、俺からの温情だ。選べ、ゴリラになるか女になるか」


「女でッ!」


「やっぱ殺そう」


「お父さん!?」


 





56したい

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