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覆面狂詩曲 ~白猫を添えて~  作者: 餅鍋牛
大迷宮編
15/26

覆面と寺院と剣


 目の前に広がる広大な街並み。しかしそれは人のいない荒廃した景色で、まさに古代遺跡と言った雰囲気を醸し出していた。


「お父さーん!こっちこっち!」


「あ、あぁ……」


 アイノが向こう側にある寺院のような建物の前でこちらを呼んでいる。勝手に行っちゃだめだろとか、落ち着きなさいとか、普通の親は笑いながら歩いて行けるかもしれないけど……


いや、俺が普通の親だとしても無理だ。なんなんだこの状況は。周囲には石造りっぽいいろいろな模様の建物とか、よくわからない建築物とか、果てには壊れた機械っぽいものまで落ちている。そのどれもが全く機能していない物ではあるが、これらにも現役で活躍していた時代があったのだろうというのは感じ取れる。

おそらく店っぽい建物には読めない字で看板に大きく何かが書かれれており、ガラスか何かで出来ていたのかは不明でも、透明な何かがあったような正方形や長方形の穴が開いている建造物が多い。


「ん?…………」


 しかしそこで違和感を感じる。それは建物というよりは、街並みの至る所に存在している文字に対してだった。

だがアイノのほうを見ると、なんで早く来ないの?みたいな顔をしてこちらをじっと見続けているため寄り道ができない。もう少し文字に近づいたら

分かりそうな気がするのだが、仕方ないだろう。


 俺は諦めてアイノのいる寺院に向かって歩いた。


俺が彼女に近づいていくと彼女も徐々に近づいてきてそのまま俺の肩、定位置に座った。すっかり気に入られてしまったようだが、何かあっては困るので今後直せたらいいと思う。


 俺はアイノにこの場所を見つけられたのはなぜかというのを聞いてみた。


「なぁ、アイノ。どうしてこんなところがあるってわかったんだ?」


「うーん?なんとなく!なんか、ここにアイノが行かなきゃならないって、そんな感じ!」


「ふーむ。それは見届けるとかの話であったやつか?」


「ううん、それとは違うよ。でもこっちも何かを、えーっと、ここにある何かを持って帰ればいいのかなぁ……」


 アイノは悩み始めた。見届けるとか、何かをしなきゃいけないとかとは別の様だ。だがじゃあなんなのか?持って帰ると言っても、ここには世界遺産に登録されそうな古いものばかりでしかもそのどれもが石っぽい材質で出来ている。金属でできていれば機械なんじゃないかって思えるものも結構あるのだが、すべて石なのでそうとも言えない。たとえ持っていったとしても石細工程度にしかならないだろう。死か複雑で壊れやすそうなものだ、正直いらなさそう。


 ここに来ても、俺は相変わらず女体化したままだ。このままでは日が落ちると俺は大変なことになる。それではまずいのでなんとか早めにここを出ないと……


よく考えるとここから出られるかわからない。入ったら二度と出れないとかだったら終わるんだが……

アイノに聞いてみたが、大丈夫の一点張りだった。勘のようなものなのか、何かを感じているのかもわからない不安要素盛りだくさんのアイノの言葉だが、ここでは信じるほかないので素直に寺院に足を踏み入れていくことにした。

というか今気づいたが、ここだけ時間が違うような気がする。森ではもう既に夜だったというのに、今この遺跡では真上に太陽がある。この世界は本当に何でもありなように感じるがいい加減に統一してほしいことが多すぎる。昼なのか夜なのか、人なのか魔族なのか、魔獣なのか雀なのか、魔法なのか魔術なのか、もう勘弁してくれ。


 寺院は何十段か階段が出来ていて、少し高いところに大きな建築物がある感じだ。和とも洋ともとれない前衛的な大きい建物……怪しさマックスだが、アイノがさっきから「ここに行きたい」というアピールがすごいので入るしかなかった。


 階段を上る……というよりはほぼ飛んでの移動なので飛んで寺院の扉の前に辿り着いた。大きな扉はやはり石でできており、しかしほかのどの建造物よりもしっかりとした作りで、美しい模様と装飾がなされていた。


 扉を開けて入るか飛んで侵入するか考えていた時、俺は扉の両端についているものを発見した。


「ん、ボタン?」


 窓のようなところは全開しているので入ろうと思えば入れるのだが、もしかしたらこれを押すと普通に入れるかもしれないしなにか仕掛けがあったら怖いのがボタンがあったら押すしかないのだ。


そして片方の扉のボタンまで寄って行って、俺は石製の正方形のボタンに触れる。それなりに大きいのでぐっと押してみようとしたたが、そこまで力を入れなくともボタンは勝手に押し込まれた。


すると、扉は振動音と共に下へゆっくりと沈むようにスライドして道を開けていく。ここまで大きい仕掛けを作るのはどれだけ大変なのか見当もつかないが、少なくとも石だけでできるような代物ではないように思える。どうやって扉がスライド移動できたのかが謎だがここで立ち止まっているとアイノが怒るかもしれないので、堂々と俺は寺院に入っていった。


「あぁ、いきなり建物の中ってわけではないのか……じゃあこれは壁か?じゃあなんで窓なんてあるんだか」


 中にはさらに建物があり、中庭だったものであろう草木が生い茂った場所だった。花もいくつか咲いており、寺院に生えているコケや蔓草が良い雰囲気を出している。観光名所にしたらさぞ人気スポットになってゴミだらけになるんだろうなと思いつつ、俺は建物へ向かって歩いて行った。


「ふーむ、なんかこっから窓を見るとあの壁に生活スペースっぽいのがあるな……ここ、ホントに寺院とかなんだろうか。いや、俺がそう思っているだけなんだけども……うーん、謎だ」


「お父さん、どうしたの?」


「いやぁ、この建物……というよりこの遺跡みたいな場所がよくわかんなくてさ。なんでこんなのがあるんだろうって思ったんだよ」


「へー。アイノもよくわかんないや!」


「あはは、そうかそうか」


 俺はそんなことを言いながら、庭より少し高い位置に作られている建築物の前まで来た。扉はやはり石だが、なんだかこの建物だけは和風に近い感じだ。襖の様な引き戸に見えなくもないし、屋根も河原とはだいぶ形が違うがそれっぽい。少し床を高い位置にしている建築もどことなく日本の建築に似ている。全部石でできていなければの話なのだが……


 俺は襖のような扉に手をかけ、横に開こうとする。


しかし開かなかった。なんと見た目のくせして開き戸だったのだ。俺はこの扉を開けるのに結構時間がかかって、開けようとしたところアイノが扉の開く方向の違いに気づき俺に教えてくれた。大恥をかいて顔を真っ赤にしてしまっている感覚がわかるが生憎俺は覆面を被っている。元男の巨乳美人の恥ずかしそうな顔を見せずに済んだ。


 まさかの事態に少し腹を立てながら、俺は扉を開く。


「中はそこまで暗くないな、まぁ窓っぽいところで陽の光が差し込むから当たり前か」


 部屋は畳のような模様の石床で、柱が見えるようになっている日本特有の建築法、しかし天井にあるのはこじんまりとしたシャンデリアのようなもの。なんでここまで来て和で統一しなかった、もしかしてこの家作ったやつって日本大好きだけど日本を勘違いしてる外国人が作ったりしたんじゃないか?

なんでここにこんなちぐはぐな建物があるのかわからないが、昔はここがあんな重厚な壁で囲うほどの価値のある建物であったのかもしれない。全部石で作っているから相当な技術者がいたのだろう。


 部屋を眺めていると、アイノがなにかを見つめているのに気が付いた。俺もアイノが見ている方向に注目してみるが、そのあたりには特に何も感じられないし何もない。


「どうしたアイノ、何かあったか?」


「……あそこに、なにかある」


「またなんか隠れてる感じか……よし、近づくぞ。離れるなよ?」


「うん」


 アイノが見つめている方向へゆっくりと進む。今度はどんな感じで腕が消えるのか恐怖しながら、俺は腕をそっと伸ばして前に移動していた。


 しかし、何も起きない。


「…………なにもないじゃないか!あーよかった、今度は変な時空間に手を」


 ガチャン、という音が聞こえて、俺は言葉を止める。足元を見ると、俺が浮いている地点に小さな石の柱が飛び出ていた。先端は綺麗に折れており、その石柱のよこには何かが刻まれている折れた柱のようなものが。


俺は宙に浮いているのでこういうギミックには引っかからないと心のどこかで思っていたが、まさか自らギミックが飛び出てくるようになっているとは思いもしないだろう。俺は見えない顔を青ざめてその場から離れようとした。


 しかしアイノはそれを止めた。


「動かないでお父さん、このままで大丈夫」


「そ、そんなことわかるわけ」


「大丈夫だから、アイノを信じて?」


「ッ……あぁわかった。少々取り乱したが、俺はアイノを信じよう」


「ありがとう、お父さん」


 父が娘に落ち着かせられるというのはいかがなものか。俺は一応彼女に父と呼ばれているのだが、これでは威厳もくそもない。というか女になってるので威厳がない。元の身体でも威厳があったかどうかは不明だけど。


部屋は小刻みに震えていて、地震で言うと震度三弱といったところだろう。それなりに揺れていても、俺には関係のないことなので問題はない。


 揺れと共に徐々に畳が移動して、下へ続く階段が現れた。秘密の通路のような感じでワクワクする。おそらくこの先にアイノが言っている何かがあるのだろう。これはもう行くしかない!

それに、あまりうろちょろしていては帰ったときに神話級と戦えるかわからないのだ。そもそもどこにモータルとやらがいるかもわからないので探す時間も必要……少し急ぐべきかもしれない。


「ここを降りたら何かあるのか?アイノが持って帰りたいものが」


「多分……?なんかわからなくなってきちゃった」


「まぁ、とりあえず行くか」


アイノは曖昧な返事で言った。どういうような判定でその勘が発生するのか気になるが、今はいいだろう。


 俺は階段を下りて行った。螺旋階段になっていて、階段の横幅はそれなりにある。スーツケースを持ってきたのでなんかいか壁にケースがぶつかることがあるけど気にしない。

というかそろそろスーツケースではないものを持って旅をしたい。まぁ食糧鞄とかもってるけども、そうじゃないんだよ。なんだっけ、パラバック?あれが欲しい。原理がわからないけどあの小さなポーチに今は着用していないローブが入っていたのだ。荷物と一緒に宿へおいてきたのでどれくらいの大きさかいまいちわからなくなっているが、まずあのサイズで普通のポーチに入るわけがないのだ。あぁほしい。


 どんどん俺は階段を下りていく。どこまで続くのか不安になってきたが、アイノは確信を得たというような表情でじっと俺がおり続けるのを見ている。いったい何をもってその覚悟に満ちた顔をしているのか……


ようやく螺旋階段に終わりがやってきた。これで無限に続くとかだったら俺は一貫の終わりだったと思う。

 下りきった先には、相変わらずの石でできた襖。もう開け方はわかっているので扉を開き、その先へと足を踏み入れた。


 部屋の中は広く、ドームのような天井に光を発する物質がいくつもぶら下がっている。

部屋の中央には、不気味な札を大量に貼られた球体が豪華な模様の台に鎮座している。なんとなく近づきたくないような感じだが、そこまで怪しい雰囲気は出ていない。札が近寄りがたい感じを出しているだけにも見える。


 すると、アイノが突然俺から飛び降りて部屋を走っていった。


「勝手に言っちゃ危ないだろ、どうしたんだ?」


「これが、これが持って帰らなければならない物……多分、これ」


「それ……あからさまにやばい封印されてそうなやつか。あんまり悪い感じはしないのが不気味なんだよなぁ。よし、俺が触るからアイノはっておい!」


 いいところをみせようと俺が札だらけの球体を触ろうと意気込んでいたところ、既にアイノは球体に触れてこちらに持ってきていた。


「ちょ、なんでそんな嬉しそうにこっちに持って来るんだよ。アイノさーん?ちょっと?」


「はい、お父さんにあげる!」


「え、それアイノが持って帰りたいんじゃないのか?俺に渡してどうする」


「これでいい感じがするの。だから、はい!」


「はい、って言われても……えぇい!ありがたく受け取るとしよう!」


 なんかやけくそになって俺はアイノから封印されてそうな球を受け取った。アイノが無邪気な子供スマイルをするせいで俺はこのままじゃダメなオヤジになってしまいそうだ。まずい、俺が受け取って嬉しそうな顔をしているアイノの顔が輝いて見える。やめろぉやめてくれぇ……



 精神が壊れかけていたその時、手に持っていた球体についていた一枚の札が爆ぜた。


「うぉッ!?」


 俺は思わず手を放したが、球体が手から離れることはない。ぶんぶん振り回しても全く俺の手の上から微動だにしない球体。その球体に張り付く札はどんどん剥がれていき、球体の姿が露わになっていく。


完全に札がすべて剥がれ、手に持っていた札だらけの球体は、先ほどとは打って変わって美しい青に輝く水晶玉になっていた。


「アイノ、これは……ッ!?な、なんだこれ!?」


「お、お父さん!?」


 アイノにこれがなんなのか聞こうとしたとき、水晶に異変が生じた。

水晶は青い輝きを激しく発し始め、俺の手に徐々に溶けていくように入っていった。

俺の中に、球体が入っていく。いや、手に入っていくというより俺自身に入り込んでいるような感じがする。気持ち悪いが、嫌な気配は感じない。逆に心地よくも感じる。


どうしようもなく黙って様子を伺っていたら、水晶は完全に俺に溶け込んでしまった。

 なにがどうなっているのかわからず、俺は言葉を漏らしてしまう。


「これは、いったい……」


『おいおい、面白れぇなお前。まさか宝珠の思考誘導にすら耐えるなんてなぁ。しかも主導権を完全に握っているときた』



 突然、部屋に声が響く。

声を発した人物は、部屋の中には見当たらない。見当たるのは、球体に気を取られて視界に入っていなかった剣のようなもの。石の台座に刺さっており、白い柄に黒い革製のグリップのようなものが巻かれているそれの刀身は、鈍い灰色になっていた。おそらく手入れがされていないのだろう。


それ以外は球体が置かれていた台しかないこの部屋で、いったい誰が声を発したというのだろう。俺はもう一度あたりを見回すが、やはり何もない。アイノも困惑しているようだ。


『どこ見てんだぁ?こっちっだよこっち。台座に刺さってる俺の姿がわからないのか?ったく、近頃の人気共はどいつもこいつもこうだ。ほら、この俺の美しく輝く体を見ろよ』


 美しく輝く体の持ち主などどこにもいないが、その声が剣から発されていることは今理解した。


台座の剣が、喋っている。


「……いや、気のせいか。剣が喋るとかありえねぇ。だよなアイノ?」


『おいてめぇ!なにふざけたこと抜かしてんだ!俺ぁそんじょそこらのぼんくらとは違うんだぞ!』


「お父さん……あれ、魔剣かも」


「魔剣?」


 アイノが言った単語を繰り返す。すると、声が怒りのあまりに自己紹介を始めてしまった。


『ざけんなッ!あんな木偶共と一緒にするんじゃねぇ!俺は”崩剣シヴォンヌ”。万魔の七剣の一本、崩壊を司る神刀とは俺のことよぅッ!!」



 これが、これから俺と共に旅をしていく相棒のような剣……崩剣シヴォンヌという面白おかしい名前の剣との出会いだった。




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