覆面と討伐依頼
「じゃあね!ソーイチ兄ちゃん!アイノちゃん!」
「また魔術教えて!」
「明日もいるんでしょ?今度は騎士の話をしてほしいな!」
イオ、セリカ、ウォルが大きな声で俺とアイノを見送ってくれているが、別に俺たちはきょう帰るわけでもない。子供たちはキラキラとした瞳でこちらを笑顔で見ているので、苦笑いしながら俺は手を振り返した。
子供たちと話して分かったが、金級冒険者というのが俺の思っていた以上に大きな存在らしい。話の最中にアッコクにも見せるついでに子供三人にも冒険者協会でもらったカード……ランクカードっていうらしいがそれを見せたら超盛り上がった。本物だ!とか初めて見た!とかかっこいい!とか、大興奮だったので少し嬉しかったよ。アイノが誇らしげにしていたので、アイノも一緒にこのカードを取るのに手伝ってくれたことを話すと今度はアイノに羨望の眼差しが向けられて、質問攻めにあっていたりもした。
アッコクはというと、やっぱりかみたいな顔をしていた。なんで?ってなったんだが、もし俺が金級冒険者という立場を偽っていたらランクカードを見せることもないし、俺が石に文字を書いて光を放ったのを見ていたから「こんな魔術使えるんだったら身分を偽る必要などない」と考えたそうだ。アッコクにはあれがどういうものに見えたのか疑問だが、説明するのも面倒だしややこしくなるのでそのまま流しておいた。
アッコクの言い分だと、魔術は光を発するだけで立場を得れたり金儲けができてしまうものになってしまう気がするが、そこらへんはどうなんだろうか……
とりあえず、結構話し込んでしまったため村全域を早めに案内してもらうことにして、俺たちは今村長の家の前まで来た。村にある者は大体見たのでここが最後、挨拶をするだけでいいとアッコクには言われているが、村の入口っぽいところで会った二人が確実に報告しているはずなので挨拶だけで終わる気がしない。
全く関係ないが、あのときアイノを見て鼻を伸ばしていたロリコン野郎が俺をどういう表現で説明したのかが気になる。控えめに言って俺は不審者だ、真っ黒の覆面で現れた男が金級冒険者を名乗ってきたとき、それを上司に報告する奴は相手にどうやって説明するんだ?純粋にそれが知りたい。表現技法によってはかっこよければ俺が採用する気だ。それではいざ、村長宅へ!
……その前に一つ、問題がある。
「ここが村長の屋敷でごぜぇやす」
「……」
「それででやんすね、さっきも言いましたがこの村の村長は割かし欲張りなんでぇ。この村に来た冒険者が金級だと知った暁にはそりゃあもう搾取の祭りが……」
「お前喋り方どうした?」
「え」
「え、じゃなくてさ。でやんすとかごぜぇやす」とかなんでぇとか、さっきまでそういう感じじゃなかったじゃん!」
「あー。まぁ、あれでござるよ。下っ端と言ったらこうじゃないでそうろう?」
「絶対最後の奴使い方間違ってる……もういいから、下っ端とかじゃないから、俺が本物の金級冒険者だからそういう口調になってたらちょっとやだぞ、会ったばかりのときは余裕でぼったくりかまそうとしてきた人間が俺にへりくだってきても恐怖しかない」
「えー……」
この男、普通に腹が立つ。多分学校に一人はいるノリがウザイヤツみたいな感じだ。強いやつには媚びを売り、弱いやつは蹴落とす人間にも似ているが……それとはさすがに違いそうだ。なんとなくだけどこいつはそこまでする度胸を感じられない。身の程をわきまえてるって感じだ。
身の程をわきまえてるなら金級冒険者相手に吹っ掛けるような真似はしないだろうとも思うが、あれは多分俺がランクカードを見せずにそう名乗ったからだろう。門番っぽい二人にはランクカードを見せていたからあんな慌てようだったけど、アッコクには見せてなかったからあんなに落ち着いた感じだったんだろうな。多分、今までも見栄を張って自分より高い階級で店に入ってきたやつがいて俺もそれらと思われたんだと思う。
見栄を張っているやつは大抵だが無理してお金を払おうとするから、アッコクに言われた値段そのままで払っちゃったんだろうな……
「とりあえず呼んできますわ。村長は正直言って厄介ですから、なんか持ちかけられても俺からは何も言えませんよ?」
「そこまでしてもらわなくて大丈夫だ。いざとなったら逃げるし」
「それなんの解決にもならないのでは……まぁいいか。少し待っててくだせぇ」
本当に子悪党といった感じの人物だ。盗賊とかに紛れていてもわからないくらいに小物臭がする……でも、あの三人の子を楽しませるために今までいろんな話をしてきたっぽいからそこまで憎めない感じがある。アッコクが小便に行くと少し場を離れたときに子供たちにあいつのことをどう思っているか面白半分で聞いたんだが、なんと印象は超よかった。
『おじちゃんはね、わたしたちに面白い話をたくさんしてくれるの!ほかにお友達がいないわたしたちのためにいろんなお話を!』
『全部嘘だって、もう知ってるんだ!いつかね、あれ全部嘘だったでしょーって驚かせるの!ウォルが言ってた!』
『僕たちはお父さんとお母さんがいないんだ。だけどおじちゃんが家を買ってくれて、そこで色々なことを教えてくれるんだ。家事の仕方とか、勉強とか、あと剣!いつか、お返ししたいなぁ』
思わず「うっそ!?」と声を上げてしまった。人相も性格も言動も行動も今のところ小物みたいな感じなのに、あいつが親のいない三人のために家を買ってさらに家事とか勉強……どういうものかはわからないが剣まで教えているときた。あの男一体何者だ?と疑ったが、アッコクが帰ってきたときに手を洗っていないことをイオに指摘されているのを見てとりあえず大物っぽい小物ということで落ち着いた。機会があればいつでも詳しい話を聞けるし、なんなら今日聞いてみるのもいいかもしれない。
ちなみに、三人の家が近くにあるというので見せてもらったが、結構お洒落で設備もしっかりしていそうな家だった。普通に買ったら中古でも千万超えるんじゃねってくらいの家をみて、やっぱり謎の人物ってことにしようかなと悩んだ。
「お父さん、下りないとだめ?」
「うーん、だめだと思うよ。一応偉い人っぽいし……あーそんな悲しい顔をしない、わかったから」
「わーい!」
アイノが俺に肩車された状態で喜んでいる。いつの間にか俺の肩に座ることがアイノにとって当たり前になっていたようで、どうしてもというとき以外滅多に降りていない気がする。某海賊の特等席みたいなものなのだろうか……
しばらく待っていると、中から女の人が現れた。結構若い人っぽいので村長の娘さんだろうか?
「夫が部屋でお待ちです。どうぞ上がってください」
まさかの奥さんだった。ひょっとして村長って若い人?
とりあえず俺は言われるまま部屋に入る。空中に浮いているのに気づいたのかギョッとした表情で俺の足元とアイノを交互に見ているが、今それについて話すことは出来ないのでスルーする。わからないことは黙っているというのは便利だ。
家はそれなりの広さで、ところどころに高級そうな装飾品が置かれている。金色のバラとか、小さな村に置くものだろうか……そのほかには鹿っぽい生物の剥製とかがあってまあまあ貴族って感じがしないでもない。この世界に貴族制度があるかどうかは微妙だが……
「こちらです」
女の人が扉を開けてくれたので少し会釈をして部屋に入っていく。そこにはこちらを笑顔で手をこまねきながら見ている老人がいた。あれ、奥さんって相当な歳の差結婚してない?
「これはこれは冒険者様、マルノー村へようこそおいでくださいました。ささ、どうぞ座って」
「どうもありがとうございます」
俺はこういう時の礼儀を知らないので、とりあえず礼を言って言われた方向の椅子に座ることしかできない。こういう立場がある人と会話するのって、大抵駆け引きとかが始まる小さな戦いというイメージがあるんだけど俺は果たして大丈夫だろうか……
女の人がこちらにティーカップを持ってきてくれた。この世界に紅茶があることはとりあえずおいておくとして、さっきチラッと紅茶のポットに丸い何かを入れてたように見えたのは気のせいだろうか。言っておくが、俺はこういう時でもウロチョロとしてしまう性質だからこっそり何かを隠そうとしても……あ、ポットから丸いやつ取り出してるわ。茶葉みたいなものっぽい。深読みしてすいませんでした。
紅茶を一口飲んでみる。うーん、わからん!
「どうです?私がよく飲む紅茶でして。今王都でも有名なアレです」
「あぁ、アレですか。えぇ、私も飲んだことがありますよ。この深い味わい、一日の疲れを吹き飛ばしてくれるような柔らかく甘い香り……」
「おぉ!同志がいたとは。仰る通り、この仄かに香るシュシャシュリレリトの花の香りが……」
適当に言った言葉で、俺は後悔することになった。取捨選択みたいなよくわからない単語が出てきて、さらに俺の感想を求めるようなまなざしで村長はこちらに話開けてきている。
この時俺の思考は停止していた。これからどんな話題が出るのかも、俺に村長がどういう要求をしてくるのかもなにも予測しないまま、俺は脳死状態で村長とやり取りをしていた。
それを立ったまま見ているアッコクが地味に笑っていることに気が付いたときに意識は覚醒、いつの間にかあの長い長い話は終わり、窓から見える景色は夕暮れを知らせるオレンジ色の光。アイノは器用なことに肩で背筋が伸びたまま寝ていた。
俺はいったい、何の話をしていたのだろうか……なんか、村長の自慢話がほとんどだったような気がする。俺はじっと座ったまま適当に返事をしていただけなのに、どれも村長には嬉しい返答だったらしく話は長引いて長引いて……思い出すのはやめよう。
「おっと、申し訳ない。つい話し込んでしまいましたなぁ。自己紹介がだいぶ遅れましたが、私はこの村で村長を務めております、イクリ・マルノーと申します。気軽にマルノーと呼んでください」
「いえいえ……私は冒険者のソーイチです。私も呼び捨てで構いません」
マルノーから話を変えてくれて助かった。このままだと俺は窓から飛び出して逃げ出しそうな気がしていたので、それを阻止できたことはありがたい。原因は村長本人だが。
「こんな辺鄙な場所まで遠路遥々、依頼でこちらまで?」
「いえ、村があったので気になって来てみただけですね」
「ほうほう……ということは、今はなんの依頼も受けていない、と」
「?……えぇ、そうですが」
老人が何かを企むような笑みでこちらを眺めている。あ、今この爺アイノの方見て舌なめずりしなかったか?おぇぇ、こいつロリコンだ。しかもノータッチじゃないほう……よし、決定!こいつ多分悪いやつだわ!
雑な脳内裁判をしているうちにふと気が付くことがあった。爺が言う「依頼」というもの、もし冒険者が仕事を依頼形式でやるとしたら、俺はその仕事を一度もこなさずにこの村まで魔王国を飛び出したことになる。
……俺って冒険者って名乗れるのか?
色々考えていたら、突然爺が紙を出してきたので驚く。なんだろう、そう思って覗き込んでみると、現代にもありそうなA4サイズの紙の上部に”依頼書”という文字……これが冒険者に出す依頼であることがわかった。そしてその内容は……
「……神話級魔獣、黒爪のモータルの討伐?」
そこ書かれていたものは、世界でも危険度が上位に値する神話級生物の討伐依頼。
老人のほうを見やると、唇の端を釣り上げて不気味に笑っていた。
この爺、俺に何をさせる気だ?さっきの紅茶の会話とは打って変わって、今のこいつは獲物を見つけた獣のような顔をしている。雀のような獰猛さも感じられるが、この表情からはそれ以上の人間の悪意が感じられる。これは、関わらなかったほうが良かったかもしれない。
というか、アイノを見る目が完全に幼女を性の対象とみている思春期の中学生みたいだったので評価は地の底だ。
「こちらを、貴方には受けていただきたい」
「……俺、そこまで強くないですよ」
「なぁに、心配はいりません。貴女はどうあがいてもこの依頼を受けることになるのですから」
「それはいったい……なっ!?」
なにか妙な言い回しだったことに気が付いて疑問を口にした時に、俺は自らに生じている異変に気が付いた。
「む、胸がある?!」
しかも巨乳だった。
主人公が早くも女体化しました




