覆面の失踪
覆面赤ジャージと白猫から名前変えてみました。急で申し訳ありませんがこれからもよろしくお願いします。
俺の名前は汪美創一。田舎の高校に通う十七歳彼女なしの一般高校生である。
毎日適当に朝昼晩飯を食らい、いつもの友達と登校して、ノートに落書きをしながら授業受けて、カップルが下校しているのを地涙を流しつつ見ながらまっすぐ帰って、遊んで寝るを繰り返している超健全一般人だ。
今日もそんな日常を繰り返そうとしていたのだが、神はどうやら俺の怠惰な生活に喝を入れたいらしいようで、俺は今人生で二度もしたくない経験を現在進行形でしており、さらに残念なことに絶体絶命の大ピンチであった。
「そこだッ!撃て撃てェェェェ!」
不規則な発砲音とともに、すぐそばにあったコンテナに大量の銃弾が撃ち込まれる。あたりには弾痕が無数に存在しており、先ほどまで静かな港だったとは思えないほどいたるところから誰かを探している者による怒声が鳴り響いていた。
拳銃を持っている男たちはどれも真っ黒のスーツを着ていて、顔に傷やタトゥーなどとても堅気には見えない風貌の者しかいない。
しかし、誰かが弾切れになって弾倉を付け替えているうちに別の仲間が標的に余裕を与えないために狙ったり、標的を真っ直ぐ見たまま弾倉が無くなった仲間に弾倉を投げ渡したり、正確かつ冷静に標的がいる場所を連絡したりと統率が取れているためただの荒くれ者というわけでもなさそうに思える。
このままではまずいと思って道を曲がろうとするが、なんとそこには大量の黒服がありとあらゆる武器を構えて待ち構えていた。
生憎武器に詳しくないのでどれがどんな性能なのかとか、弾速はどうとかはわからない。唯一わかることといえば今見ている光景はドッキリでも幻覚でもないということだ。
「ブラボー、黒い覆面でジャージ姿っていう舐めたやつだと思ったけど中々だね。この数から小一時間逃げ回って一度も弾丸を受けず、しかも商品に傷一つ付けないまま……相当のプロなのか、ただ運が良い馬鹿かはわかんないけど、俺は君に賞賛の言葉を贈ろう」
大量の武器を抱えている男たちがこちらに銃口を向けながら少しだけ端によって中央を開けさせると、今度は純白でところどころ煌めいているスーツを着た金髪の若いイケメンが現れた。ハーフのような顔立ちはきっとたくさんの女性を落としたような美しさがあり、この場を指揮する威厳も同時に感じさせる。
「しっかし、普通の目出し帽に細工して目すら見えないようにするとか……どれだけ顔がバレたくないんだい?それにしては色合いが派手な赤色のジャージ着てるし、本当君は何者なんだろうね。まぁそれはあとで確認するとして、早くその手に持っているものを返してくれないかい?今なら助けてあげるかもしれないよ?」
俺の手にぶら下がっているスーツケースを指さして、こちらに笑顔で話をしてくる。かもしれない運転は確かに大切だがこういう場合は別だ、絶対に助けてもらいえないだろうしまず後で確認するとか言っているあたりそんな気は毛頭もないと窺える。薄っぺらな笑顔では男まで落とすのは無理なようだな、とか言ってやりたいが残念ながらそこまで度胸はないし大体俺はもともと悪くないんだからそこまでして立場を悪くする必要もない。良くもならないのが難点だが。
こんなわけのわからない状況になっているのは俺の覆面が発端だ。
そもそも最初は友達が罰ゲームでクラスメイトに習字道具を隠されたせいである。夕方近くまで探しても見つからなかったという友達が俺の家まで助けを求めてやってきたので、ある事情により特製目出し帽(目は出さない)を被って動きやすい服装で町の隅々を探すことになった。
とある事情というのは、その隠された友達以外が手伝うことを禁じられていることと、俺自身があまり会いたくない人物が徘徊している時間であったため、そして友達が女性だからである。
最初はまぁわかるだろう、さすがに覆面はやりすぎだろうと思うけど。
二つ目は、その友達のことが好きなやつなのだがなにかと俺に因縁をつけてくるやつなので、もし二人で歩いているところなんて見つかったら何をしでかすかわからないやばいやつなので仕方がない。覆面なら、見つかりそうになってもすぐさま友達に隠れてもらい俺はその場で仁王立ちすればいいだけ。一度補導されかけたが途中で逃げたしその時使ってた覆面初代は処分したのでセーフ。
そして三つ目が二つ目の原因を作り出しているもの。この町で幼い頃から仲がいい所謂”幼馴染”が先ほどからいっている友達なのだが、なんか変な感じなので友達という形で勝手に完結している。覆面なのは、あることないことを友達の周りが言いまくるせいで一度彼女が孤立しかけたという恐ろしい事件が再発しないようにするためである。おそらく結構な確率で彼女が不審者と一緒にいるという噂が立つと思うのだが今のところそんな気配はないし、割と友達も面白がってくれているのでほぼ自主的な行動だ。
七時を過ぎたころに友達からギブアップの宣言を受け、友達と別れて帰ろうとしたのだが、あっという間に日は落ちてしまい夜道と化してしまったため俺は友達を家まで送っていくことにした。さすがに暗かったせいか友達が道路で転んでしまい、俺が彼女に肩を貸す形で道を歩いていたその時
「お、おおおお前ッ!ね、ねねねねねねね、音夢にッ!なにににをするつもりだぁぁあ!?」
「「?!?!」」
俺と、俺が肩を貸している友人である灰霧音夢の前に突如現れたのは、自称”灰霧さんの彼氏”の冶屋将という男。先ほど覆面をする二つ目の理由であった会いたくない男は彼である。迷惑なことにこの男、昔に学校内であることないことを言いまわって音夢を孤立させた主犯格で、「彼氏という割には彼女のことを考えない自己中心的な人間」そんなことを普段優しい音夢の口から出させたとんでもなく哀れな人物だ。
いつもなら俺の不審者モードでやり過ごすことができていた…いや、多分できていたと思うが、今回はそうもいかない。なんせ今は完全密着状態だ。足を怪我しているから助けているなんてことを理由にしてもいいが、覆面にしていることを問われれば何も言えなくなる。
「ここここ、この屑野郎!お、俺が助けてあげるからね!ねねね音夢!」
「…馴れ馴れしい、名前で呼ばないで」
滅多に将と口をきこうとしない音夢が、勇気を振り絞って拒絶したのはとても驚いた。これにはびっくりな将君も、まさに石のようにピッキーンと固まって動かなくなってしまう。どれだけのショックを受けたのかはわからないがとりあえず好機と踏んだ俺は、彼女を背負って全速力。あっという間に距離を取って呆気なく撒くことに成功。家に着いたときは思わず歓喜のハイタッチをしてしまったくらいだ。
そうそう、その灰霧音夢だが、彼女はとても美人である。日本人には珍しい純白の髪に、白く美しい肌、まるで人形の様な整っている顔、碧色の瞳は吸い込まれるよう…と言いたいところだが、毎日眠たそうである、というか授業はいつも寝ている。それなのにテストはすべて満点ときた。くそぅ…
女子からも男子からも人気な彼女は、比較的みんなと仲がいい。しかしまぁ世の中には将のようなモンスターもいるため油断できないのだ。別の学校から転校してきた彼との距離感はとんでもなく近かったようで初日から付きまとわれるなどなんとも可哀そうである。いつからか俺にすら敵対してきたので一時期は大変だった。
彼女は綺麗だし、可愛いし、とても優しい人なので確かに人格が好きになってしまうのはよくわかるが、将はどうやら学校の女子の靴を持ち帰る趣味があったという衝撃の事実が学校中に知れ渡ったので、今のところわが校の誰もが二人が付き合っていると一時期で回ってしまった情報を全否定してくれている。自滅してくれてサンキュー将。
いや、そんなことはどうでもいい。
問題はあれからだ。あの後別れて帰るため歩いていた時に、なんと運悪く覆面を着けたまま将に遭遇。こちらと目が合った途端に発狂し、そこら辺にあった手ごろな石を手にこちらに襲い掛かってくるのはとても怖かったが、黙ってやられる俺ではない。逃げ足は町内ナンバーワンを自負しているので、坂道を全力で駆け下って行った。それなのに将は目をがん開きにして牙をむき出した野生動物のような恐ろしい形相であり得ない速さでこちらに追いついてくる。
危うく石で殴られるところだったがセーフ、しかしやつはホラーゲームの終盤の敵の様にいつまでも追い続けてくるので、さすがに疲れた俺は今いる港に逃げ込んだのだ。
そう、これが間違いだったのだ。あのときこの港に入ってさえいなければ、そして音夢の習字道具が入ったスーツケースを見つけていなければ。
なぜ彼女の習字道具が、このあからさまな人たちが取引に使っていそうな銀色のケースに入っていたのかが全く持って理解できない。気づけた理由としては、このスーツケースに「よく見つけたね!おめ!」という文章が書かれていたというのと、偶然逃げ込んだ港にある倉庫の中央に鎮座していたからだ。中にはなぜか五百ミリリットルの水一本が『もし創一と探したんならちゃんとお礼言いなさいよ』の紙とともに入っていた。
もしかしたらあの張り紙をそのまま剥がして忘れさえしなければこんな目には合わなかったかもしれない。
そしてスーツケースを持って帰ろうとしたときに、なんと出会ってしまったのが目の前のハーフイケメンだったのだ!
「……だんまりかい?ふむ、困ったな。そんなに死にたいなんて」
この男の勘違いも今回の件の発端だ。まず最初に中身を確認させてくれないかとか言えばいいものを、何と間違えたのか俺を見て「捕らえろ」だ。確かに?覆面を取るの忘れた俺も?悪いと思うけど?
そんな愚痴なんて考えている場合ではないので、現状の打破を考える…無理、俺死ぬ。
「ボス、連絡です」
「うん?わかったからこれ見張ってて、不審な動きしたら殺しといて。どうせアッチから送られてきたやつだから拷問しても意味ないでしょ」
だから違うんです。俺はただの一般人でなんかの組織の回し者じゃないから!
声を上げようにもでない。最も今回失敗したことは、長時間走るのに水をここ数時間飲んでいないことかもしれないな。ぜんっぜん息ができないが生きているあたりギリギリ息ができているってことだろう。どうせならこの場で倒れてそのまま寝てやろうかな…
…?もしかしたら今寝たら死なないんじゃないか?いや、死んでも多分痛くないだろうし。どうせ銃でパァンだろうしなぁ。もしかしたらこのまま寝てたら朝でしたなんてこともあるかもしれないし、もしかしたら…
そう考えると気が楽になってくる。緊張がゆっくりと解けていき、次第に疲れを感じなくなった。
現実逃避にしかならないかもしれないけど、今はこれくらい楽観視していたほうがいいだろう。今日はとんでもなく疲れた。そりゃあそうだろう、とんでもない距離を将との追いかけっこで走り続けたんだから。あぁ、将め、あいつのせいで音夢だけでなく俺にも害が発生するとは…明日はカチコミに行くか。
脳内で、比較的音夢と仲がいい音夢ファンクラブの民たちで強そうなやつのうち誰を誘うかとか、将の住所ってどこだっけとか、いつやろうとかを考えていると、だんだんと視界が霞み始めてきた。
「はいはい~…え、うん…うん…うん!?ちょ、え?マジ?」
「どうしました、何か問題が…」
「……商品、届いてた」
「「「えっ」」」
耳も少しずつ聞こえなくなってきたが、銃を構えているやつらが全員声を上げているのは聞こえた。何があったのかわからないが、俺には関係ないことだろう。それにしても眠いな。いや、眠いとは少し感覚が違うような…いや、大丈夫さ。きっと目が覚めたら朝で、いつも通りの日常が待っている。明日は音夢にこのケース渡して、そのまま学校行って、それで…
だんだん思考ができなくなってきた。相当な疲労なんだろう、体も動かない。少し寒いけど、たまには布団のない睡眠だっていいかもしれないな。
あぁ、もう我慢できない。もう、ねて、しま…おう……
「じゃあ、コイツって…」
「……一般人だとまずいんだよね?俺たちが関係ないやつを巻き込んだときはたしか」
「「「…」」」
ドサァッ
「?!?!?!…な、なに?」
「こ、こいつ大の字で前から倒れたんですけど」
「はぁ?んな馬鹿な、さっきまであんなにぴんぴんと…一応顔を確認しておこう、リストに載ってたら楽なんだけ、どっ!……若いな」
「……一般人ですかね、じゃあこいつが持っていたものは」
「待て……習字道具なんだけど」
「「「……ボス」」」
「悪かったって!大丈夫、上は一般人が死んだりしなければ一応許してくれる、と…あ、あれ?この子息してる?」
「え?………………」
「ど、どうだった」
「………………ボス、どうしましょう」
「誰か救急車呼んでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「次のニュースです。先日、○○県○○市○○町で暴力団関係者のーー」
「……最近物騒」
朝六時、ついさっき起きたばかりの私は、朝からチョコレートクッキーを食べながら牛乳を飲み、テレビでニュースを見ている。
ここ最近、近所で犯罪が発生しすぎなような気がするし、なにせ学校には将という絶対に関わりたくない犯罪者予備軍が同じクラスだし、きっとこれはあいつのせいだ。なんでもかんでもあの男のせいにしてはいけないが、今まで散々やられてきたし脳内でボコボコにするくらいいいだろう。きっと創一も許してくれる。
「……昨日は楽しかった。また、誘おうかな」
習字道具を隠されたのは今回好都合だった。まさかじゃんけんに負けただけでここまでされるとは思わなかったが、正直彼女たちにはありがたく思っている。根はいいひとたちなのにふざけすぎているのが良くないと思うけど、今回は許す。ただ、明日がタイムリミットだから、今日全力で探さないと。
携帯から通知音が来た。見てみると、『ちゃんと探してるー?見つかったら創一にみんなでご飯奢ってもらおう』と、いつものノリで友達から連絡がくる。創一本人が見たらとんでもなく渋い顔をして逃げ出しそうだ。容易に想像できるくらい彼と過ごしていることを考えてみると、ここ十数年間ずっと一緒にいたことを思い出す。生まれた病院も、幼稚園も、小学校も、中学高校全部で同じクラスという奇跡が起こっているので、不思議に感じた。しかし悪い感じはしない。
「……いつまでも、一緒に入れたらなぁ」
ついついそんなことを口に出してしまった。慌てて周囲を見回すも、厄介な母親は見当たらないので安心する。もうそんな年ごろかとか言い出す父親は今は出張でいないので、どうでもいい昔の母の恋愛体験談を聞かされるようなことがない限り私の平穏は保たれる。
「ーー容疑者は、○○高校に通う汪美創一さんを殺害、犯行現場の港では大量の弾痕が確認されておりーー」
「…………え?」
手からクッキーが離れていき、牛乳が入ったコップを床に落として割ってしまう。
テレビまで近づいて、字幕を見ると、やはり彼の名前が載っている。写真まで出されてしまっているので彼であることはよくわかった。知りたくない情報がどんどん流れていく。
「ねむちゃーん、なにか割っちゃっ……って、どうしたの!」
「…………」
目が熱い、視界がぼやける。テレビに映る創一の顔がどんどん歪んでいく。
身体は熱を失っている感覚がするのに、目元はとても熱い。なんでだろう、おかしいな。
「いったいなに、が……そんな」
「う、そ、だ…あり、え…」
そうだ、こんなことあるわけがない。創一が死んだ?あんなに元気で、愉快で、覆面が面白くて、たまにドジしたりするけど頼りになるときもあって、逃げ足が一番早い彼が、こんな、ありえない。
頭が痛い、声が出ない、目から溢れる涙が止まらない。なんで、どうして。
「…音夢、音夢!」
視界が急に変わったと思ったら、お母さんの足が見えるようになった。私は倒れてしまったのか、まぁ、どうでもいいや。今はもう、なにも考えたくない。
これはきっと夢、悪い夢なんだ。こんなのありえない。そうだよね、創一。
気づけばそこは病院で、私は患者用の服を着せられてベッドで横になっていた。
母親は目の前の椅子に座って私を見ている。
「……学校」
「学校は休みよ。安心して休みなさい」
親の声は震えている。なぜだろうか、そんなにも私が倒れたことを心配してくれたんだろうか。
それにしても頭が痛い、なんだかぼんやりする。何かとっても大事なことを…
あぁ、そうだった。彼のことだ。
「……創一は、どこ?」
「創一君は…創一君はね」
「…………」
「この世には、いないの」
現実は、無常だった。