幼馴染みと妹
今日、妹と幼馴染みが一緒に並んで二人が付き合ってますと私に報告してきた。
思わぬ不意打ちに戸惑い、「ああ」とか「そう」とか「良かったね」とか当たり障りのないことを言っていた気がする。
ただ漠然とモヤモヤして胸がチクチクと痛んだのを誤魔化していたのかもしれない。
それからのことはぼんやりとしか憶えてないけど、幼馴染みが申し訳なさそうな顔で「ごめんね」と謝っていたのが印象的だった。
幼馴染みと妹が付き合っている事実より、二人の身近にいたはずなのにまったく気づかなかった自分に私はショックを受けていた。
幼馴染みとは幼稚園から中学校までずっと一緒にいた。
とはいえ、マンガや小説だとよくある描写で、幼馴染みが朝起こしに勝手に家に上がりこんできたり、家族とご飯を共にするなんてことはなく、ごく普通に通学路で待ち合わせて一緒に登校するとか、遊んだりとか。つまり、親密な付き合いというよりは友達の延長線上にいたと思う。
けれども、互いに悩みを打ち明けたりと濃いめの友情はあったはずだ。
そういえば、高校に進学する際、幼馴染みは私と同じ高校ではなく、別の学校へ行くと中三の冬に告げられた。
幼馴染みはマーチングバンド部のある高校を選んだのだ。中学の時は吹奏楽部でマーチングバンド好きは知っていたが、本気とはつゆ知らず、てっきり同じ高校へ進むと思っていた私は驚いた。
そして別々の高校へ進学していったが、ちょうど中学を卒業するあたりから幼馴染みとは疎遠になっていた。
きっとその前から妹と付き合っていたんだ。だから私に遠慮して連絡することが少なくなっていたのかもしれない。
私といえば部活動や学校生活に忙しく、なかなか幼馴染みにはL○NEやメールを送る機会を逃していた。
結果的に幼馴染みは妹と付き合う事になったから、やや関係が遠くなっていたのは良かった。
ところで肝心な妹だが、これといって不審な点はなかったはずだ。
たぶん普通に仲の良い姉妹だと思う。ちょっとはケンカとかもしてるけど、仲はいいほうだと思う。
昔はたまに幼馴染みと妹を交え三人で遊んでいたこともあるけど、互いに意識しているとは気がつかなかった。
その妹が付き合う事になるなんて、まさに寝耳に水とはこのことだと思った。
と、高校の教室で、私は目の前に座っている美奈に向かって幼馴染みと妹について話している。
美奈はぶ厚いフレームの眼鏡をかけているが、目はくりっとして可愛らしい顔立ちをしている。眼鏡を取ればきっと美人だ。
高校に入学して一年生の教室で、私の前の席に偶然なった関係で親しくなった。確か私から話しかけた気がする。
最後まで黙って聞いていた美奈が、その小さな潤んだ口を開く。
「それって寂しいんじゃないかな。それまで親しかったのに急に遠くに感じて」
「かもね」
ぶすっと答える私に美奈の眼鏡越しの目が優しく笑っている。なにがそんなに嬉しいのだろう。
高校で美奈と知り合ってからは彼女とすごす時間が多い気がする。
部活は違うので放課後は一緒になることはないのだが、休み時間とか昼休みはとにかくよくいる。
何人かのグループでお弁当を食べるときも美奈は私がいれば加わってくる。
それほど積極的ではなく大人しい部類に入る美奈だが、ちゃんと社交的で誰にでも優しい。やんちゃでドジな私とは対照的だ。
しかも驚いたことに小、中学と同じ学校に通っていたのだ。違うクラスだったので接点が無かったから、私が彼女のことを知らなかったのも仕方ない。
だけど、美奈ぐらい可愛い生徒がいたら少しは話題になっていただろうに、私の耳にはそんな噂は届いてなかった。
そんな彼女に、眼鏡を止めてコンタクトにしてみたらと一度提案したことがある。
すごく可愛いから人目を引くのは間違いないし、きっと周りがほっとかないと思ったから。しかし、美奈は首を横に振って俯いてしまった。
それ以来、なんとなく眼鏡の話題は避けるようにしていた。たぶん恥ずかしいのだろう。ずっと眼鏡をしていたみたいだし。
「でもなんでこんなモヤモヤするんだろ? 変でしょ? せっかく妹に彼女が出来て嬉しいことなのに」
「そういうのって普通だと思う。時間がたてばそのうち祝福する気持ちになるよ」
ニコニコと優しい言い回しの美奈。その素敵な笑顔は癒やされるけど納得いかない。
しかも含みのありそうな感じで、その裏の意味について私にはさっぱりだけど。
この心のモヤモヤが晴れないのは、幼馴染みが妹に取られて寂しいのかもしれない。美奈に指摘された通りだ。
でも、チクチクする胸の痛みはなんだろうか。幼馴染みの笑顔を思い返すと痛みがぶり返す。
彼女は私にとってどんな存在だったのだろうか。
友達にしては距離が近かったし、親友としてはすきまが空いていたような気がする。
でも、彼女は私にとってはかけがえのない存在だった……。
ボケーーっと考え事をしていたら、白いボールが目の前に飛んできた!
やばい!
サッと手を出して受けようとしたが遅かった。
右手の中指に弾かれたボールは明後日の方向へと飛んでいく。
「痛った!!」
少し遅れて当たった指がズキリと痛み出す。これはやってしまった。
私は体育館のバレーコートの中にいたのだ。そう、私はバレー部に所属し、放課後の部活動の真っ最中。
練習中に幼馴染みのことを考えていたら周りが見えなくなってしまった。
「大丈夫!? なにか考え事してたの!?」
川瀬先輩が飛んで来た。
一七五センチの長身でセンタープレイヤーだ。とってもカッコイイ人で憧れている部員も多い。当然、私もその一人。
カッコイイといってもボーイッシュなことではなく、長い髪を後ろに束ね、凜とした佇まいで独特のオーラをまとう格好良さだ。それでいて誰にでも優しいから人気があるのは当然だ。
次期部長は間違い無しと人望の厚い先輩。
そんな川瀬先輩が私の痛めた手を取る。
「スパイクを強めに打ったから痛かったでしょ? ごめんね。ちょっと見せて」
「い、いえ、大丈夫ですから。それに、痛っつ!」
「ほら、やっぱり突き指してる。こっち来て」
コート横に置いてある救急箱に連れて行かれ、川瀬先輩にテーピングをして、コールドスプレーでアシシングをしてもらった。
先輩の綺麗な顔が近いし、なぜかドキドキしてしまう。私の指に触れている先輩の手は熱かった。
周りの目が痛い。わざと先輩を独占しているわけじゃないのに。特に同学年の部員らの冷たい視線が刺さる。
「もう治りました、ありがとうございます」
礼を言ってそそくさと逃げようとした私を川瀬先輩は引き留め、顧問の先生に断って念のためと保健室へ連れて行かれた。
保健室の先生に詳しく診てもらい、骨折とかはなかったのでホッとした。先輩の処置も先生が褒めるくらいしっかりしていた。
バレー部なら突き指はよくある事なのに、なんでわざわざ連れ出されたのだろう。
疑問に思いながらも体育館へ戻るため、先輩と並んで廊下を歩く。
「こんなこと珍しいよね? いつも練習熱心なのに。それに顔色もよくないし」
「ちょっと考えごとを……」
いつもと違うと感じたのか川瀬先輩が心配そうに聞いてきた。幼馴染みのことだなんて言い辛くて口ごもる私。
何を思ったのか先輩はぐいっと私の手をとると、通りがかりにあった資料室へ連れ込む。
誰もいない資料室の扉を閉めた川瀬先輩がそのままの位置で振り返った。
「悩みがあるなら相談に乗るよ? 私には難しいかな?」
「い、いえ、そういうことじゃなくて……」
ごにょごにょと言う私に、真っ直ぐな目で見つめてくる先輩。ずいぶんと心配されているみたい。何か勘違いさせているのかもしれないが、ここは正直に胸の内を話した方がよさそうだ。
観念した私は、幼馴染みと妹について川瀬先輩に包み隠さず語った。
真剣に耳を傾けじっと聞いていた先輩は、話し終わる頃には頬を緩めて私を見つめる。
「そういうことね、わかった。ねえ、誰かに胸がときめいたり、ドキドキしたことある?」
「え? ありますよ」
もちろんその対象が目の前にいるのだ。こんなの部に入って先輩を見た時からいつも感じている。
私が答えると先輩は目を閉じ微笑んで首を振る。
「ううん、そうじゃないの。もっと本気で一途になったり、誰にも渡したくないって相手に対して想うこと」
「……」
思い当たる節がない私は口をつぐんでしまった。そんなふうに思えるってどうなんだろ? 独占欲?
「先輩はあるんですか?」と聞くと「あるよ」と私を見つめてくる。
誰に? と続きを聞きたかったけど、なぜか怖くて無理だった。だって、それって特定の相手がいるってことだ。
もし、知り得た相手が自分の友人だとしたら、私はどんな反応を示すのだろうか。それがなんとなく怖い。
なぜか入るときと違って機嫌がいい川瀬先輩と資料室を出ると、並んで体育館へと部活の続きをするために戻った。
その日の夜。
自宅でお風呂の湯船に浸かっているとき、薄ぼんやりと幼馴染みの顔を思い浮かべていた。
ふと川瀬先輩の最後の言葉が頭をよぎった。
ああ、そうか。この胸のモヤモヤの原因がわかってしまった。
私は幼馴染みが好きだったんだ。でも、それは一途な気持ちじゃない、もっと軽いもの──
きっとこいういう想いを初恋っていうんだ。
だから妹に嫉妬に似た感情を抱いてしまったのかもしれない。
はっきりと自身の気持ちがわかったとき、それまで忘れていた突き指した所がズキズキと痛み始めた。
小さな痛みだけど、それを理由にして私は泣き出した。
お風呂から上がった私は身も心もスッキリ。
心のモヤモヤも晴れて気持ちも軽くなった。鏡に映る自分の目は真っ赤になっていたけど。
なぜ最初に妹たちに報告されたときに私がショックを受けたのかもわかった。
失恋したのだ。初恋の相手に。
知らず知らずのうちに傷ついていたから幼馴染みは謝ってきたのだ。私の心に気がついて。
なるほど。だから美奈は時間がたてば傷が癒えると言っていたのか。ちょっと言い回しが違っていたけど。
泣きはしたけどあまり傷ついていないのは美奈と川瀬先輩に相談したからだろうか。二人の顔を思い浮かべて感謝した。
翌朝、それまでギクシャクしていた妹に、改めておめでとうと祝った。
目を丸くして最初は驚いていた妹だったが、頬を染めて照れながら、ありがとうと返事がきた。
二人が報告した日から私が憔悴しきったように見えていたので心配していたようだ。
だけど、今日は活き活きしてると笑顔の妹に言われた。
そうだったのか。自分ではわからないものだ。心配かけてごめんね。
とにかく私は一区切りつけて気持ちを整理できた。これで心おきなく幼馴染みや妹と付き合えるようになったと思う。
休みの日になり、美奈を私の家に招待した。
もちろん勉強会だ。主に国語が苦手な私に美奈が教えてくれることになっていた。
国語の何が嫌いかって、「次の文章にある登場人物の気持ちはどういったものだ」とかの設問だ。
そんなの本人に聞けよといつも思っていた。
だけど、幼馴染みの事で考えを変えた。相手の気持ちを推し量るのは大切なことだと痛感した。
とはいったものの、私が頑張って考えても設問の答えは二〜三行で終わりそうだけど。
やや緊張気味に私の部屋にいる美奈にお茶を出して、さっそく勉強会を始めた。
が、すんなりといかず、美奈が私の突き指を心配して、シャーペンを持ち辛そうにしているのを悲しそうな目で見ていたからだ。
中学からバレーをしていたから突き指なんてよくしてるし、すぐに治るよと元気に言うと、美奈は俯いて、そんなの知ってるよと小さな声で呟いた。
なんだか不機嫌になった美奈。まるで彼女の方がケガしたみたいだ。
とりあえず勉強は置いて、なんとか美奈の機嫌をなおそうとベラベラと最近の出来事を早口でまくしたててたら、とうとう観念したのか彼女は吹き出して笑ってくれた。
機嫌が直ったのを見てホッと胸をなで下ろす。それからちゃんと二人で勉強をした。
夕方になり美奈が帰ろうと準備を始める頃、私は相談に乗ってくれてありがとうと礼を言った。お陰で幼馴染みともいままで通りに接することができると。
すると美奈はぶ厚いフレームの眼鏡を取って、とびきりのスマイルをくれた。
恥ずかしがってすぐに眼鏡を戻したけど。やっぱり素の美奈はとっても可愛い。もっと見たかったのに残念。
後になって、美奈が不機嫌になったのは突き指のことで川瀬先輩の話しが出たからだと気がついた。
その川瀬先輩は、私の幼馴染みたちの話しを聞いた後ぐらいから、部活中にやたらとスキンシップをとってくるようになった。
私をセッターにならないかと誘って、有無を言わさずに指導してくれている。そんな司令塔的大役は私には無理だ。第一、私はリベロ志望だし、未だにチーム周りがよく見えていないからだ。
それにもかまわず川瀬先輩は教えてくれている。大丈夫! 慣れだよと言って。
特別待遇みたいで同学年の視線が痛い。しかも密着してくるから、背中に先輩の豊かで柔らかい胸が当たってドキドキする。
ところで、川瀬先輩にも幼馴染みの件でお礼を言った。
あなたの言葉に救われましたと。
すると川瀬先輩は、そう言ってくれると嬉しい、もっと頼っていいよと私の手を取って優しく微笑んだ。
先輩の笑みを向けられると私も笑顔になる。なんだか安心感のある笑顔。
でも、さすがにこれ以上頼るのは良くない。だって、先輩にも悩みがあるようだし、私にかかりきりには出来ないだろうし。
ある日、幼馴染みが家に遊びに来て、妹とリビングにいるところを見つけた私はそこに混ぜてもらった。
わだかまりが消えた私は二人と楽しくでき、笑顔だ。切り替えが早い所がお姉ちゃんのいいところだよねと妹が笑う。
そこで私は今回お世話になった美奈と川瀬先輩の話をした。すっかり打ち解けてオープンな気分だったから。
さすがに初恋の下りは幼馴染みが耳を赤くしていて、妹は知ってたよと平然としていた。さすが私の妹だ。
聞き終えた二人は意地悪そうな笑顔で私を責める。
「モテモテだね! お姉ちゃん!」
「なんだー心配して損したー。というか美奈のこと知らなかったのが意外!」
どうやら幼馴染みは美奈を知っているらしかった。こちらこそ意外だ。
聞くと、学校で遊んでいるときに、たまに遠くから私達のことを見ていたようだ。なんで気がついたかというと、熱心にじっと見ていたようなので印象に残っていると幼馴染みは言った。
そうなのか。昔から眼鏡をかけてたかと聞くと、遠かったしクラスが違うから覚えていないそうだ。残念。
ちなみに川瀬先輩について、二人は知らないようだ。
幼馴染みが興味津々に私に聞いてくる。
「どちらかに決めてるの?」
二人は私が好きな相手を知りたいようだ。好奇心をたたえた目を私に向けている。
もちろん、私が好きなのは決まっている。
あの笑顔に心を奪われていたのだ。きっとそれは最初に見た時から。
今なら自分の気持ちがわかる。
一緒にいてずっとずっと笑顔を見続けたい、大切な人。
それを本人に伝えるのはちょっと先だけど。
なぜかって? それはまだ恥ずかしいのと心の準備ができていないから。
もし上手くいったのなら、幼馴染みと妹に紹介して一緒に遊園地へ行きたいな。
そしたら、とびっきりの笑顔をくれそうだ。
おしまい