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終末の魔女  作者: 悠
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08

 次の露店も売り物は魔道具だった。高価なものが多い魔道具を露店で売っているとは、錬金術の聖地と言われるだけのことはある。


「店主さん、この魔道具は?」


 ヴァイオレットが円盤を指して店の主人に訊ねた。


「ああ、それかい? それはスイッチを入れると風が発生して、上の薄い板が浮くんだ。まあ、送風機の基礎を利用した玩具だわな」

「ふうん……先ほどのお店でも思ったのだけれど。全体的に少し高額ではないかしら。これで銀貨八枚は高いわよ」


 もちろん銀貨八枚くらいは簡単に払える額だ。だがヴァイオレットも法外な料金を黙って貪り取られるような性格ではなかった。


「あー、悪いね。俺もこの値段はどうかと思ってるんだが、少し前から税が高くなっちまってね。この値段じゃないと採算が合わないんだわ」

「あら、そうなの……それなら仕方ないわね」


 ヴァイオレットは納得したように頷き、目を落とした。


「じゃあこれとこれと……あとそれを頂けるかしら」

「お、まいど!」


 魔道具三つで銀貨三十枚か。実用的な物なら一つで銀貨三十枚でもおかしくはないが、この程度の玩具三つで銀貨三十枚はやはり高いといえよう。増税の影響は思った以上に大きいようだ。


 買い物に勤しむヴァイオレットを眺めていると、何やら香ばしい匂いが漂ってきた。


「レティ、ジン君。そこの屋台で買ってきたんだけど、これ食べるー?」


 背後から声をかけてきたアージェは何かの串焼きを手に持っていた。どうやら少し目を離している間にその辺をふらふらと歩き回っていたらしい。


「何ですか、これ……」

「ニューの丸焼き!」


 見た目は黒こげのイモリである。とてもおいしそうには見えない。


「頂くわ」


 ヴァイオレットは何の躊躇もなく手を伸ばした。俺もこの世界に来てから色々なものを口にしているので、見た目イモリだろうとクモだろうと食べることはできる。ただ美味しいと感じるかどうか、食べたいと思うかどうかはまた別問題である。


「ん……思ったより美味いな」


 しかし一口かじってみると、そのあっさりとした味わいに驚かされた。懸念していた臭みもなく淡白。食感は鶏肉に近いだろうか。しいて文句を言うならもう少し塩気が欲しい。


「だねー。前に買った焼き鳥は食べられたものじゃなかったからねー」

「ああ……あのギトギトした焼き鳥」


 ひとつ前の街で買った焼き鳥は他に類を見ないほどの外れだった。あれでよく商売として成り立っているものである。


「……悪くはないわね」


 小口で頬張ったヴァイオレットもぽそりと感想を洩らした。どうでもいいことではあるが、ヴァイオレットは串焼きを口にする姿も上品であった。


「……今日は露店を回りましょうか。食べ物はアージェに任せるわ。何か美味しそうなものがあれば買って頂戴」

「あーい。了解しました!」

「……なるべく食欲をそそる見た目のものをお願いしますよ」


 ビッと敬礼して元気よく返事をしたアージェに不安を覚え、思わず注文をつけてしまったが――何故だろう、意見が通る気がしない。


「だーいじょーぶだって! 見たことないくらい美味しい物を買ってくるから!」

「不安だ……」


 見たことないくらい美味しい物とは何ぞや。食欲をそそる、という解釈で信じてよいのだろうか。


「ジン。行くわよ」

「あ、はい」


 できれば意気揚々と歩き去るアージェについていきたかったが、ヴァイオレットから指名が入ったので諦める。あとは祈るのみである。


 ヴァイオレットは今しがた買ったばかりの魔道具を俺に持たせ、ずんずん先へ進んでいく。この辺の図々しさというか、マイペースなところは双子だなあと思う。


 その後もヴァイオレットは露店を転々として魔道具を買い歩いた。

 露店で売られている物は魔道具としてはチープな部類だ。しかしながら中には高度な技術が用いられたものもあり、ヴァイオレットはそれらを選んで購入している。


「……今日はこのくらいにしておきましょうか」


 日が傾きかけた頃、魔道具を売っている露店をざっと回り終えたヴァイオレットは満足そうに頷いた。


 今日の成果は俺の持つ袋の中にあるおよそ十個の魔道具。すべて玩具みたいな魔道具だが、ヴァイオレットのお眼鏡にかなった精鋭たちだ。ただこの精鋭たちはこの後、ヴァイオレットの知識欲を満たすために分解される運命にある。南無。


 別行動だったアージェとは宿で合流した。

 彼女は大量の食糧を買ってきていた。

 しかしながら美味しそうに見えるものが一つもない。なぜだ。


「ふっふーん。ほら見て、ジン君。注文通り、見たことない食べ物!」

「……うん、まあ、薄々こうなることは予測していたけどね」


 ちなみにすべて味は悪くなかった。いろいろな意味で、アージェは嗅覚に優れているようだった。


「……わたしはこの子たちを見てくるわ」


 夕食後、ヴァイオレットはそう言って奥へ引っ込んだ。とうとう魔道具たちが分解される時間が来たようだ。いやはや、儚い人生、いや物生だった。


「それじゃ、あたしたちは訓練しよっか」

「あ、お願いします」


 俺はアージェ先生と魔術の特訓だ。

 アージェ先生の特訓は決して楽ではないものの、魔術を学ぶのはとても面白いのでまったく苦ではない。


 フェルメルン到着初日の夜は、こうして更けていった。


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