07
「でも大丈夫なんですか? その……色々と。ラヴェル教徒を倒したりしちゃってますけど」
「問題ないわ。今は全くの無関係だし、わたしたちがラヴェル教の巫女だったことを知る人はもういないから」
「うん、色々あってねー。全部、死んじゃったんだー」
「そ、そうですか……」
なぜ死んだのか、ということを聞かない程度には、俺は利口だった。「あたしが殺した」と笑顔で言われたら、どんな顔をして何と返せばいいのか分からない。
「そういうことだから、わたしたちはラヴェル教とは無関係。ジンも、いいわね?」
「う、うす。了解っす」
端から俺は無関係だが、ここで頷かないという選択肢はない。
「さて……それじゃあそろそろ街に繰り出しましょう。見たいものがたくさんあるわ。……ほら、アージェ。立ちなさい」
「あーい」
ヴァイオレットはベッドで寝そべるアージェを立たせ、ドアへ向かった。俺はその背を追う前に一言問いかける。
「荷物は全部持っていきますか?」
「大事なものは腰のポーチに入っているのでしょう? ならそれで充分よ」
俺は最後に部屋を出て魔術でロックした。ドアに錠はついているが、錠も、そして宿そのものも信用してはいけない。俺がこの四年で得た教訓である。
水の都フェルメルンはとても美しい都市だ。街の隅々まで水路が走り、澄んだ水が街を彩っている。
中でも街の中央にある大きな噴水『ユルレアの大樹』は圧巻の一言だった。あるところでは落ちる水がこの国の文様を描き、またあるところでは水が犬や猫の形をとって宙に躍っている。日本の噴水ではあり得ない幻想的な光景に、俺はただただ感動するばかりだった。
「あら。凄いわね、この魔道具……ふうん、ルルド回路を使っているのね……術式もとても効率的……オーランドの基礎原理をここに適用しているから、マナが上手く循環しているの……」
「おほー! 涼しそうだなー、水浴びしたら怒られるかなー」
「…………」
どうやら気持ちを共有できる人間はここにはいないらしい。
「……魔道具って錬金術を利用するものでしたっけ」
「物によるわね。あなたのポーチやリュックサックは、露店で買った安物にわたしが魔法をかけただけのものだけれど、この噴水に使われている魔道具は、より水との親和性を持たせるために錬金術でしか作れない素材が使われているわ。他にも分かりやすいところで言えば、魔剣なんかは錬金術なしでは作れない代物ね」
「ああ、魔剣」
魔剣と言われるものは一度見たことがあった。確かにあれは、錬金術の力なしでは作れないかもしれない。
「ああ……工房を見せてくれる錬金術師はいないかしら……」
「それは難しいんじゃないですかね……」
錬金術師にとって工房は聖域も同然だろう。見ず知らずの怪しい女を入れてくれるわけもない。
「まあ、いいわ。お店を見て回りましょう」
いつも通りヴァイオレットが仕切り、アージェと俺はそれに従った。
「……アージェさんは魔道具とか錬金術とか興味ありましたっけ?」
「んー? まあ、それなりに。レティほどじゃないけどねー」
レティというのはヴァイオレットの愛称だ。たぶん「レット」の部分から「レティ」と派生したのだと思われる。
「そうですか。なんかあんまりイメージありませんでしたよ」
「あっはっは。ああいうふうに目を輝かせて、ってことはないからねー」
アージェが指さした方向では、ヴァイオレットが露店の店主に真顔で詰め寄り、困惑させていた。クレームではなく魔道具の性能について質問しているようだ。
「何か面白いものはありましたか?」
ヴァイオレットが店先から離れたので、近寄って聞いてみる。
「何も。一つだけ面白い効果のものがあったのだけれど……思ったほどの性能がなくて」
「あらら。残念だねー」
とアージェは言うものの、大して残念だと思っていないのは声音から明らかである。
「そうね。次のお店に期待しましょう」