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終末の魔女  作者: 悠
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06

「ラヴェル教って何ですか?」


 あれから特にこれといったトラブルもなく、無事に水の都フェルメルンに着いた俺たちはまず宿を確保した。それなりのお値段はしたのだが、それでも日本のホテルと比べると一段ほどサービスの質は下がる気がする。

 まあ代わりにこちらの世界には家電製品よりも便利な魔道具がいくつかあるため、快適さという意味ではさほど変わらないだろう。


「あら? ジンは知らなかったかしら」


「あー、そういえばジン君が一緒になってからラヴェル教と関わったことってなかったかもね」


 ヴァイオレットはソファに腰を掛けたのに対し、アージェは真っ先にベッドに飛び込んだ。同じように育ったはずなのに、二人のこの品の違いは何なのか。


「ラヴェル教は宗教だよ」

「……まあ、でしょうね」

「ラヴェル教は、悪魔崇拝の邪教よ」


 全く役に立たないアージェの回答をヴァイオレットが補足する。


「悪魔崇拝。悪魔を信奉し、崇め奉る宗教」

「悪魔……それって正真正銘の悪魔ですか?」

「……むしろ偽物の悪魔なんているのかしら?」

「いや、偽物っていうか……元の世界――地球じゃ他の神話に属する神を悪魔に貶めるってことが度々あったんですよ。まあ、昔の話ですけど」


 勿論その手の話に詳しいわけではないが、例えば地獄の大公爵アスタロトの起源を遡れば豊穣の女神イシュタルだった――というようなことを聞いた覚えがある。


「ふうん。宗教戦争に負けた神は悪魔に成り下がるのね。興味深いわ」


 宗教戦争に負けたというか、勢力争いに負けたというか。まあその辺りの事情は知らないが。


「そうね。その意味では、こちらの世界の悪魔はみな正真正銘の悪魔よ。人間に恐怖を与える異形の怪物たち」

「そんなものを信仰する人がいるんですか」

「ミスラの神々を信仰する人よりは少ないけどねー。まあ、破滅主義なんだよ、大部分は」


 口を挟んできたものの、アージェはさほど関心がないようだった。枕に顔を埋めたままフガフガ言っている。


「……けれども神を信仰している人々よりは実際的と言えるかもしれないわね」

「実際的、ですか?」

「悪魔は神と違って実在が証明されているのよ。神は存在するかどうか分からないけれど、悪魔は確かにいる。起源は人間の心の海だと言われているわ。人間の恐怖や絶望――すなわち負の感情から自然発生したそうよ」


 へえ、この世界では悪魔が実在しているのか。会いたいとは微塵も思わないが、しかしどんなものだろうかという興味はある。


「んー……でも悪魔が人間の負の感情から発生したっていうのなら、信仰心から神様が生まれていてもおかしくないんじゃないですか?」

「ええ、おかしくはないでしょうね。ただ観測されたことは一度もないわ。悪魔と違ってね」


 悪魔がいるのに神がいないというのはどことなくつり合いが取れていない気もするが、それはきっと日本人的な考え方なのだろう。いいや、あるいは地球人的な考え方なのか。ともかくこの世界の住人であるアングラマイン姉妹は悪魔の実在と神の不在に対して違和感を覚えてはいないようであった。


「あー、そういえば昔、ラヴェル教の巫女さんをやったことあったけ」


 ベッドの上でごろごろしていたアージェが唐突にそんなことを言った。


「ああ、そんなこともあったわね」


 ヴァイオレットまで肯定したところをみるに、どうやらそれは事実らしい。


「え、そうなんですか? え、悪魔を崇拝する宗教の巫女ですか?」

「巫女っていうか聖女っていうか……魔女って呼んだ方がしっくりくるけど」

「……ともかく崇拝の対象だったのよ。前に、わたしたちが『悪魔の仔』と呼ばれていたという話はしたでしょう? その縁――と言っていいのか分からないけれど、その関係で一時期ラヴェル教に崇められていたのよ」

「へ、へえ……」


 俺は彼女たちの過去を詳しく知らない。四年以上前のことを尋ねたことはなかった。別に隠しているわけではなさそうなので、訊けばきっと答えてくれると思う。だが訊いたことはないし、またこれからも訊くことはないだろう。


 理由は地雷を踏みたくはないから。


 彼女たちはとても冷酷だ。四年も付き合っている俺でも邪魔になれば平気で殺すだろう。彼女たちの来歴に興味がないわけではないが、下手なことを聞いて二人の機嫌を損ねたくはなかった。


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