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終末の魔女  作者: 悠
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「……そういえば、今までこうやってジン君にこの世界をゆっくり見せてあげたことってなかったねー」


 いつも快活なアージェにしては珍しく声のトーンが低かった。もしかして俺に対して申し訳なく思っているのだろうか。


「まあ……そんな暇もありませんでしたからね」


 今まではこの世界で生きるのに必死だった。もちろん今も必死ではあるのだが、多少の余裕が生まれている。それは間違いなく彼女たち姉妹のおかげであった。


「シズクさん。鐘楼ってつまりは鐘ですよね? 鐘の音を聞いた覚えがないんですけど」

「ああ、この街の鐘楼は祭日にのみ鳴らすものなのですよ」

「なんだ、そうなんですか。じゃあ俺たちが滞在している間に鐘の音を聞くのは難しいんですかね?」

「そうですね。一月、二月と滞在していただかない限りは……」

「そうですか。うーん、残念」


 アングラマイン姉妹はこの街のことを気に入っているようだが、それでも一月もの間、滞在することはないだろう。今までの感触からすれば長くてもあと三日か四日程度か。七日も経てばまずこの街にはいまい。

 それが分かっているからこそ、鐘の音を聞けないのが残念でならなかった。


「この辺りで降りましょうか」


 シズクさんがそう言ったとき、俺の目にはすでに一つだけ高く聳える赤い塔が映っていた。見上げるほど高いあの塔が、目指す鐘楼なのだろう。


「おー……」


 ゴンドラから降りて一分もしないうちに鐘楼の足元までやってきた俺たち。

 間近で見るとより大きさが際立っていて、高い建築技術と錬金術が使用されているのが分かる。アージェは俺よりも感動しているに違いない――そう思って彼女を見れば、彼女は鐘楼の外壁に手を当てて笑っていた。


「ふーん……なるほどね」


 なんだろう、歴史を手で感じているのだろうか。


「アージェさん、ジンさん。鐘楼に上りましょう」

「上ることができるんですか?」

「はい。鐘楼の上から望むフェルメルンの街並みは一見の価値がありますよ」


 なるほど。この高さの建物からだと街を一望できる。地上から見ても美しいこの街は、上から見てもさぞ美しかろう。


「アージェさん、上りましょうよ」

「んー? そうだねー、せっかくだから上ろうか」


 アージェは上ることにはあまり興味がなさそうな様子だったが、俺が誘うと快く了承してくれた。


「こちらですよ」


 鐘楼の前には列があった。鐘楼の中はそう広くないため、一度に入れる人数に制限をかけているそうだ。

 普通ならば俺たちもその列に並ばなければ中へ入れない。しかし俺たちには騎士であるシズクさんがいる。彼女のおかげで、俺たちは特例として優先的に塔の内部に入れてもらえた。順番待ちしている方々には少々申し訳なく思うが、使えるコネはありがたく使わせてもらう。


 塔に入って直進していくと、すぐに大きな魔法陣が見えた。


「お、転移魔法陣だね。ジン君も勿論分かったよね?」

「え、ええ。まあ」


 半分は嘘である。

 時間をかければ読み解けただろうが、ぱっと見て魔法陣の種類を理解できるほど精通してはいない。ただ状況を鑑みて転移の魔法陣ではないかと当りを付けるのは簡単だった。


「皆様、こちらの魔法陣の中央へお進みください」


 中にいたガイドさんの指示に従って、仄かに光を放つ魔法陣に歩み寄る。魔法陣の中に入った観光客は俺たちを含めて七人。これが定められた人数の上限、ということだろうか。


「では皆様。これより魔法陣を起動し、鐘楼の最上へとご案内します」


 しゅおおおおんッ、と高い音を響かせて、魔法陣がより強い輝きを放つ。そして視界一杯に白い光が広がった直後、一瞬の浮遊感ののちに景色が変わった。


 元々いたのは変哲のない白い壁の部屋。しかし転移後にいたのは大きな磨りガラスに囲われた部屋だった。


「こちらです。皆様。この階段を上った先が、鐘楼の最上部となっております」


 転移先にいたガイドさんが俺たちに告げる。


 なるほど、ここは鐘がある場所のすぐ下の階なのか。では曇りガラスに映る青は空の色か。


「ジンさん」

「ああ、はい」


 呆けていた俺をシズクさんが呼ぶ。俺は慌てて他の人たちと同じように階段に向かった。


 階段を上った先には三つの大きな釣り鐘があった。金属製のお椀を逆さにしたような形状で、内側には舌と呼ばれる棒がぶら下がっている。

 きっと素晴らしい音色を奏でるのだろうな、と俺は鐘を見て漠然と思った。

 まあ――鳴らないものはしょうがない。今は景色を楽しもう。


「アージェさん、ジンさん。まずはこちらをご覧ください」


 鐘楼最上部の見晴台は四方を柱で支えるだけで壁がなく、あらゆる方向を見渡せる構造になっていた。

「……ちょっと怖いな」


 シズクさんに誘われて縁に近づくと強めの風が俺の身体に吹きつけた。ラルト橋にあったような洒落た柵はあるものの、ここが地上から数十メートル離れた場所だと思うと非常に頼りない。誤って落下したらどうするのだろうか。


「おお――……」


 だがそれは、この圧倒的な景色に比べれば些細なこと。


 鐘楼の上から眺めるフェルメルンの街は、感嘆のため息が洩れるほどの絶景だった。

 綺麗な白亜の建物が整然と並び、その間を透明な水の流れる水路が走っている。ところどころで水路から離れた水が宙に舞い、多くの露店が立ち並ぶ大通りでは人々で賑わいをみせる。そして彼方に見えるのは紺青の海。


 ――美しい。

 俺に言えるのは、その言葉だけだった。


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