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終末の魔女  作者: 悠
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02

「えっと……つまり四年前の地球に帰ることができる、と?」

「ええ。あなたが元の世界で消えた時刻以前に帰ることはできないけれど、あなたが消えた直後の時間軸に帰ることは可能よ。逆に四年後とは言わず、百年後の時代に帰ることもできるわ」


 じゃあ「異世界を経由して江戸時代に行く」なんてことはできないのか。まあ別に江戸時代に行きたいわけではないが。


「ま……時が戻るわけではないから、あなたの肉体は今のままだけれど」

「じゃあダメじゃないですか……」


 四年間行方不明、とはまた別の問題が生じてしまっているではないか。

 大人の四年ならいざ知らず、子供の四年間というのは肉体的にとても大きな時間である。実際、この四年間で俺の身長はかなり伸びた。もし四年前に帰ってしまえば、一瞬にして急成長を遂げるという、より説明不能の事態になってしまう。


「あと……他の理由としては、風習とか文化とか価値観とかがもうこっちのものに慣れてしまいましたからね、今から日本のそれにアジャストし直すのはちょっとしんどいかなという思いがあって……怖い思いをしてまで帰ろうとは思わないかなと」

「ふうん……そう。それも道理ね。そもそも魔法の成功率も三十パーセントを切っているわけだし」

「想像以上の怖さだった!」


 ――三割以下の成功率でよく俺を殺そうとしたな。ただ俺を殺したかっただけなんじゃないか、この人。

 と、ついついそんなことを思ってしまったが、真実はただ魔法がある程度形になったから試してみたかっただけだろう。魔法のために他人を犠牲にしてもいいと思う程度には、冷淡でねじの外れた人なのだ。


「じゃあさ、じゃあさ。しばらくはまだあたしら一緒にいるってこと?」


 嬉しそうにそう言ったのはヴァイオレットではない。俺の右隣に座るアージェ・アングラマインだ。

 彼女はヴァイオレットの双子の妹。けれども双子という言葉から連想されるほど、二人は似ていない。例えばヴァイオレットは黒のロングヘアだが、アージェはライトブラウンのショートヘア。顔のパーツもヴァイオレットが全体的にややきつめであるのに対して、アージェの目や鼻はやや丸みを帯びて柔らかい印象である。


 ただ似ていない理由は容姿よりも二人の雰囲気の違いに起因していると思う。

 ヴァイオレットはまあ、暗い女だ。陰険、とは少し違うかもしれないが、性根が悪い。一方でアージェはにこにこと笑っていることが多く、何事に対してもポジティブだった。

 ヴァイオレットが陰ならアージェは陽、ヴァイオレットが月ならアージェは太陽。そういうふうに喩えることもできる。


「まあ……そうですね。お二人さえよければ」

「わたしは構わないわよ」

「あたしもー!」


 ヴァイオレットは興味がなさそうに、アージェは元気よく俺の同道を認めてくれた。

 この世界では彼女たち以外に寄る辺がないので、内心ではかなり安堵した。


「じゃあまだまだよろしくお願いしますね」

「ういうい。魔術の方もまだまだ見ていくからね」


 魔術――なんとも心躍る言葉である。

 実はこの世界にやって来てから、俺は空想の中にしかないと思っていた魔術を扱えるようになったのだ。この世界では学べば誰でも魔術を扱えるようになるらしい。俺もアージェに師事することで、地球ではCGを使わなければできないようなことができるようになっていた。


 余談だがより魔術に長けているのは姉のヴァイオレットの方だ。しかし姉は人に教授することが壊滅的に下手くそであった。妹のアージェが俺の教師になっているのはそういう理由である。


「……じゃあそろそろ出発しましょうか」


 ヴァイオレットが席を立ったのを見て、俺とアージェも立ち上がる。

 アージェが横にあるテントに手を向ける。するとテントは独りでにパタパタと畳まれていき、あっという間に小さくなった。同じようにヴァイオレットがテーブルとイスに向かって手を振るとパーツごとに分解され、上に載っていた食器類は大きさごとに綺麗にまとめられた。最後にヴァイオレットが再び手を振ることで、テントやテーブル、食器などがすべてリュックの中に吸い込まれた。


「いやあ……相変わらず凄いな……」


 二人の扱う魔法は本当に奇跡だ。何ら呪文を唱えることなく世界に干渉できるというのは、普通はあり得ない。俺なぞは何年かかってもここまでの境地には辿り着けないだろう。


「そう? ジン君は筋がいいからこれくらいできるようになるよ!」

「そ、そうですかね……」


 アージェに言われても素直に頷けないくらいには、俺も魔術・魔法のことについて学んでいる。まあ、アージェはお世辞を言う性格でもないので、ほんの少しくらいは信じてみてもいいのかもしれないが。


「……ほら、持ちなさい」


 ヴァイオレットに言われて俺はテントその他が入ったリュックを持った。

 このリュックも明らかにテントやテーブルが入る大きさではないが、彼女たちがかけた複雑な魔法のおかげで容量が大幅に増えている。そこまでの重さを感じないのもまた魔法の効果だ。


「よっと」

「……それじゃあ行くわよ」


 俺がリュックを背負ったのを見届けて、ヴァイオレットは歩き出した。


 目指すは水の都フェルメルン。

 錬金術のメッカとして有名な都である。


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