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「……部下が大変失礼いたしました」
男を追い払った後で、彼女が深々と頭を下げた。
「いえ、お気になさらず」
「恩人であるあなた方に無礼を働くことになるとは……彼は実力こそあるのですが、どうも思い込みが激しく自己本位なところがあり…………っと、すみません。みなさんには関係のない話でしたね」
日頃から男の扱いに難儀しているような口ぶりだった。まああれほど強烈な人間を持て余してしまうのも無理からぬことだろう。
「それで……ええと、シズクさんでしたっけ」
とりあえず話を進めようと俺が話しかけると、彼女は表情を明るくして一礼した。
「先日は名乗りませんでしたね。改めまして、ラウル王国“白銀隊”隊長のシズクです」
「ええと、どうも……」
名乗り返してよいものか迷った俺はまずヴァイオレットに視線を送った。
目が合うと彼女は軽く肩をすくめるような仕草を見せてから小さく頷いた。仕方がないでしょう、と言わんばかりのその態度には苦笑が洩れる。
「俺はジンと言います。こちらの二人は――」
「わたしはヴァイオレットですわ」
「あたし、アージェ!」
相手は国に仕える騎士だ、別に名乗り返さずとも無礼には当たらないはずだが、彼女には好感を抱いていたためきちんと名を告げた。姉妹二人も本名を名乗ったあたり、俺と同様シズクさんに対して一定の信頼を置いているのだろう。きっと。
「ジンさん、ヴァイオレットさん、アージェさん、ですね。先日は危ないところを助けていただき、ありがとうございました。これはほんの気持ちです」
そう言って彼女は懐から巾着袋を取り出した。中身は普通に考えて金銭だろう。いくら何でも金貨ということはないだろうから、おそらく銀貨が何枚か。
きっとヴァイオレットは金銭などよりも魔道具の方が良かったと思っているのだろうが、お金は何かと必要だ。あって困るものではない。
「あら……よろしいのかしら」
「もちろんです。あなた方は恩人なのですから」
「……では受け取らせていただきますわ」
まあ実際に受け取ったのは俺なのだが。上に立つ人間は贈り物を直接受け取らないらしい。ただシズクさんに対する対応として正しいかは甚だ疑問だが。
「ところで……あれから何事もありませんでしたか?」
笑みを消したシズクさんがそんなことを尋ねてくるが、はて、それはどういった意味であろうか。
「ラヴェル教の者が襲ってこなかったか、ということかしら。ええ、大丈夫ですわ。ありがとう」
シズクさんの言いたいことを汲んで、ヴァイオレットが答えた。
「昨日襲ってきたラヴェル教徒はすべて私が引き取りましたが、奴らには優れた目や耳があります。もし奴らが昨日の捕縛劇にお三方が関わっていると知れば、報復しようとするかもしれません」
「あら……」
それは逆恨みというか何というか、勝手に突っかかってきておいて恨まれてもといった感じなのだが、ああいった手合いに正論が通じるはずもないか。
「勿論こちらの手落ちなのでできる限りのケアをさせていただきます。お望みなら騎士を一人お付けすることもできますが……」
「いえ、それは遠慮しますわ」
「そうですか……」
シズクさんも断られることを予期していたのだろう、あまり気落ちした様子はなかった。
「けれども何かあれば、存分に頼らせていただきたいと思います」
まあ社交辞令であろう。あのヴァイオレットが他人を頼るとは思えない。
「分かりました。その際は尽力を惜しみませんので」
そのあと、別れの挨拶もそこそこにシズクさんは部下を引き連れフェルメルンの街に出動していった。隊長に就いているだけあって忙しいようだ。
俺たちも詰め所から離れて当初の予定通り買い物に出る。
錬金術の聖地というだけあって、その手の専門店が多く軒を連ねている。店内を覗いても俺はあまり分からなかったのだが、ヴァイオレットは興奮していた。きっと珍しい物があるのだろう。
「あら、これはパラケラ鋼? こっちはセイレーンの雫ね……。素晴らしいわ、こんな貴重なものまであるのね」
「貴重なんですか?」
「ええ、滅多に手に入らないわ。特にセイレーンの雫なんかはね。それ自体は特別な効果などはないけれど、錬金術の素材としては多くの可能性を秘めているのよ」
「へえ……」
こうして話を聞いていると錬金術にも興味が湧く。学んでみたいとは思うものの、現状は魔術だけで手一杯だ。魔術をある程度修めた暁にはぜひ教わってみたい。




