10
「えっと、俺ぐらいの身長で、茶色い髪をお下げにした女性の騎士を呼んできてもらいたいんですけど」
「……失礼。いかなる理由でしょうか」
俺は端的に昨日あった出来事を説明した。最初は不信感が強かった騎士も、事前に話を聞いていたのか、次第に納得の表情に変わった。
「ああ、あなた方が隊長のおっしゃっていた方々ですか。すぐにシズク隊長を呼んできますので、少々お待ちください」
騎士の一人が門から離れたあと、アージェが俺の耳元で囁く。
「あの人、隊長だったんだね」
「みたいですね。しっかりした人だとは思っていましたけど」
俺は昨日会った女性騎士のきりりとした顔を思い浮かべる。上司があのように端麗な女性だとさぞかし仕事も捗るだろう。
アングラマイン姉妹も美しさでは負けていないとは思うが、なにせ性格がかなり歪んでいる。警戒と緊張はいつも手放せない。
「……なにか失礼なことを考えていないかしら?」
「いえいえ、全然、まったく」
雑談をしながらしばし詰め所の前で待つ。
およそ十分後、詰め所のドアが開いたので彼女かと思って見れば、残念ながら全然知らぬ男だった。当然、他の騎士が出てくることもあるだろう。俺たちは黙って道をあけた。
しかしその騎士は立ち止まってこちらをじろりと睨んできた。
「誰だ、貴様らは」
随分と横柄な態度である。俺の目には二十代くらいの男に見えるのだが、このような態度が許されるほど偉い人物なのだろうか。
「……ふ、副隊長。彼らは隊長に用があるらしく……」
俺たちが無視していると、残っていた門番がおどおどと答えた。
「なに? 隊長に用事だと?」
隊長という言葉を聞き、より一層目に角を立てる男。俺たちはそれでも彼に対してさほど強い関心を抱かなかった。
「貴様らのような怪しい輩に隊長は会われない! 理解したのならさっさと去れ。目障りだ!」
そんなことを言われても、こちらはその隊長さんに呼ばれてここに来たのだ。急に出てきた副隊長に去ねと言われたぐらいで帰るわけにはいくまい。
「おい、聞いているのか!」
俺たちが何の反応も返さないでいると、業を煮やした男が詰め寄ってきた。先ほどから国を護る騎士とは思えぬ言動ばかりなのだが、こんな男が副隊長で大丈夫なのだろうか。関係のない国のこととはいえ、少しばかり心配になる。
「大方、人がいい隊長に近づいて騎士に推薦してもらおうという魂胆だろうが、薄汚いネズミどもが高潔な騎士になれるわけがないだろう! 身の程を知れ、この愚図どもが!」
男には我々が騎士志願者に見えたらしい。俺たちのどこをどう切り取ったらそう見えるのか、彼の目をちょっと借りてみたい。
「……蠅が煩いわね」
ヴァイオレットが気だるそうに毒を吐いた。続けてアージェも笑顔で「あはは。まあハエだし仕方ないんじゃない? あたしら人間とは細胞から異なるんだよ!」と言った。
「な……ッ、貴様ら――!」
顔を怒りで真っ赤に染めた男が腰に携えた剣に手をかけた直後、朗々たる声が響いた。
「ガドリン副隊長! 何をしている!」
今度こそ、詰め所から出てきたのは俺たちが待っていた彼女であった。相変わらず白銀の鎧に汚れ一つない彼女は、厳しい顔つきで副隊長らしい男に詰め寄った。
「シズク隊長!」
「ガドリン副隊長。私は何をしているのかと訊ねたのだが?」
男は慌てて姿勢を正したが彼女の強い眼光はまったく衰えない。
「は。そ、その――隊長に媚を売りに来た不届き者を追い払うべく……」
「彼女たちがそう言ったのか? 私に媚を売りに来たと」
「い、いえ。しかし彼らが隊長にすり寄るために来たのは明白で――」
「――今朝。もしかしたら私の恩人が訪ねてくるかもしれない、もし訪ねてくることがあれば丁重に迎えてほしい……という旨の通知を出したとはずだが?」
冷たい怒気を放つ彼女に横柄だった男もすっかり委縮している。
「い、いえ……その、ま、まさかこんな――いえ、彼らが隊長の言っていた恩人だとは思わず……」
「ほう。女性二人男性一人の三人組で、男性よりも女性二人の方が背丈がある、という話を聞いていながらまったく思い当たらなかった、と」
低い声で彼女はなおも詰める。
あくまで静かに糾弾する様子は、ヴァイオレットに通ずるところがある。
「も、申し訳ありません……」
「私に謝ってどうする。謝るべき相手は他にいるだろう」
彼女に言われ、男がこちらを見た。
「……申し訳、ありませんでした」
何故こんな連中に謝らねばならないのか。そんな不満が透けて見える謝罪ではあったが、俺たちはそれを受け取った。つついても面倒なことになると思ったからだが、去り際、男が憎々しげに俺たちを一瞥したところをみるに、すでに十分なヘイトを稼いでいるようだった。男と関わる機会が今後訪れることがないよう祈るばかりである。
良ければ評価、ブックマークのほどよろしくお願いいたします。




