エピソードXX②
ヴィローシェは、顎で力強く合図する。すると、手下どもは手慣れた手つきでアタッシェケースからSUZUKIダブルエックスのセットに取り掛かった。
「随分用意がいいもんだな」
正太郎は鼻で笑う。
「当たり前だ。私はこの為に数年間もの歳月を掛けてこの発明品について調べ尽くしたのだ。何をやっても完璧な私は、部下の教育に至っても万全なのだ」
ヴィローシェのしたり顔にも余裕の笑みがこぼれている。
「若頭……いえ、ヴィローシェ様、もうすぐ準備が整います」
手下の筆頭である《《かなへび》》のような顔をした男が、ヴィローシェに伺いを立てたときには、彼と正太郎の頭に奇妙な形をしたヘッドバンドが数本のコードによって連結されていた。そして、そのコードの中間にあたる場所に洗面器ほどの丸形の装置があり、その装置にはコピーの進捗度を示すモニターが設えられている。
手下の筆頭がマニュアル通りの仕草でセットアップを終えると、
「ヴィローシェ様、今すぐ行けますが、いかが致しましょうか?」
するとそこに、
「おい、ちょっと待て。本当にいいのかよ、ミスター。てめえ、そんなんでよ」
と、正太郎が割って入った。
「なんだ、羽間正太郎。この期に及んで命乞いか?」
ヴィローシェは、手下に両腕を掴まれ、マシンガンを突き付けられた正太郎を憐れむような眼差しで蔑んだ。
「いや、命乞いとかそういう話じゃなくてな。てめえ、本当にそのマシンの事を良く調べたんだろうな?」
「ああ、調べたね。私は世界においてこの発明品についての研究では右に出る者はおらんよ」
「そうか……、なら、てめえがそう言うんなら俺は何も言う事はねえ。勝手にしな」
そう言い放つと、正太郎はまるで何もかも納得したように静かに目を瞑った。
「ふん、このチンピラ風情が。私のような崇高で偉大なる存在に対し、そんな訳の分からん意見をして来るとは不届き千万である。宣言通りコピーが完遂したと同時にあの世に送ってくれるわ」
ヴィローシェは調子を狂わせられて怒りが込み上がり気味だった。
手下の筆頭は、そんなヴィローシェの怒りのとばっちりを受けることを恐れ、
「若頭! いかが致しましょうか?」
とせっつく。それに呼応してヴィローシェは、
「始めろ!」
と、野太い声で指示をした。
言うや、SUZUKIダブルエックスの始動スイッチが押されると、二人の体には強力な電流が交差される。その電流によって彼らの体は微弱な痙攣を何度も繰り返す。
「うおおおあああーっ!!」
「ぐううおおおおーっ!!」
二人の凄まじい叫び声が倉庫一体に木霊する。それを周りで見ているヴィローシェの手下共も、あまりの光景に目をひん剥いて見つめていた。
そして――
コピーの進捗度を示すゲージが最高値に達した時、急激にアラート音が鳴り出した。
「な、なんだ! 何なんだこれは!」
手下の筆頭は、予期せぬ出来事に狼狽した。何と言ってもこの事態はマニュアルになど載っていない。
彼が見ているゲージに示されている数値が予定の域を越えようとしたとき、
「お、おい……、てめえら。早くこのマシンを止めねえと、てめらの親玉がどうにかなっちまうぜ」
正太郎が、よろけながら言い寄って来た。
「し、しかし……あっしにはどうすればいいのか……」
筆頭の瞳が、もうあっちこっちを向いている。気が動転してしまっているのだ。
正太郎は仕方なく、
「なら、こうすりゃいいんだよ!!」
と、強く指笛を鳴らすと倉庫の屋根が突然破れて、天井から巨体が下りてきた。
「あ、兄貴ーッ! 大丈夫かい!?」
それはなんと一体のフェイズウォーカー。羽間正太郎の相棒である烈風七型機動試作機――通称“烈太郎”の姿であった。
手下どもがマシンガンを構える中、
「烈太郎! アイツをぶっ壊せ!」
正太郎がすかさず指示を与えると、
「アイアイサーだよ、兄貴!」
とばかりに、SUZUKIダブルエックスの中心部に、肩に装備されたソニックブームキャノンを撃ち下ろす。その威力は凄まじく衝撃波を伴った風圧で、狙った標的ばかりではなく周りにいた手下どもまでも全て吹き飛ばしてしまった。
「あちゃー、やりすぎちゃった」
烈太郎が慌てて吹き飛ばされそうになった正太郎の壁になる。
「このバカ烈! てめえ、もうちっと考えて行動しろよ。俺まで吹っ飛ばされちまったじゃねえかよ!」
「ご、ごめんよ兄貴。今度から気を付けるよ」
正太郎の体を両腕に乗せ、がっちりと抱えながらジャンプする。
その時、ヴィローシェ一味の殆どが倉庫の残骸の下敷きになり、戦闘どころの騒ぎではなくなっていた。
そして当のヴィローシェはというと、残骸の下敷きにはなってはいなかったが、あのヘッドギアを付けたままよだれを流し小便を漏らし、全く力が抜けて呆けたまま横たわっている。
その様子を見届けた正太郎と烈太郎の前に、血だるまになった手下の筆頭がよろよろ現れた。
「よう、これじゃあ世界は変えられねえなあ。約束通り、支払いの請求書はてめえの一家に送らせてもらうぜ」
正太郎は筆頭に対し、一枚の紙きれを投げつけた。
「あ、ああ……。相分かりやした。それは伝えておきやす。しかし、若頭は……ヴィローシェ様は、どうなっちまったんでやすか、墓石売りのダンナ?」
筆頭は腑に落ちない様子で尋ねた。すると正太郎は、
「んったく、てめえらは何を研究してたんだか。このSUZUKIダブルエックスっていう発明品はな、対象物から対象物の中身をコピーして移し替えるすげえ発明品なのはてめえらも知っての通り。だがな、コピーをされる物が、コピーを受け取る側の容量を超えたらいけねえって代物だったんだぜ。言うなれば、てめえらのお頭は、てめえの器のでかさを見誤っちまったってことさ」
「そ、そんな……」
「しかしな。俺ァなにも、器が小せえことが悪いことだとは言っちゃいねえ。だがよ、小せえなら小せえなりの器の使いようってもんがあるって話だ。そこんとこ、よく肝に銘じて動くんだな。まあ、今後の命あったらの話だがよ……」
人は、それぞれ見てるものも聞こえてるもの感じているものも全く違う。ドン・ヴィローシェは、自らの器の大きさに気づかず、他人の人格を自分の器にコピーしようとしたのだ。それが、全くの容量オーバーだということも考慮せずに。
正太郎がその場を立ち去ろうとすると、筆頭は力尽き、ばたりと音を立てて倒れ込んだ。
それを見た烈太郎は、
「ねえ、兄貴。どうしてこんな感じの人ばっかりが、この発明品を欲しがるんだろうね? これで何人目なの?」
と、純粋に問い質してきた。だが、
「さあな。しかし、これでまた、こいつの新しい売り先相手を探す旅に出にゃならんな」
「ホント厄介だね、今度の売り物は。ねえ、そう思わない? 兄貴……」
人工知能である烈太郎には、そういった人間の感情が理解出来ない。
そんな烈太郎に、
「とは言え、俺たち人間には無い物ねだりの憧れってのがある。それがこいつらの究極のロマンだったと思うんだ……」
正太郎は、また代金を取り損ねたことを後悔しつつ、捨て鉢な言葉を投げつけるだけであった。
エピソードXX 終わり