誰か世界を救ってくれ
異世界召喚×ひねくれ主人公!
これはコメディです。最後までお付き合いよろしくお願いいたします。
目の前には、4人の男女が居る。
一人は、理知的な眼差しをこちらに向ける美女。
金髪の隙間から覗く尖った耳はエルフの証であり、彼女の高い魔力を示している。
手にした長い杖にはまばゆく輝く深紅の宝石が鎮座し、その真価を解き放つときを静かに待っている。
一人は、野性的なオーラを纏った巨漢。
つるりと剃りあげられた頭をはじめ、剥き出しの肉体のあちらこちらに無数の傷がある。
獲物こそ手にしていないが、鍛え上げられた見事な肉体はそれそのものが兵器であり、その頑健さは鋼鉄の鎧のようだ。
一人は、この場にそぐわぬ程可憐な少女。
赤い頭髪を肩口で切り揃える彼女はしかし、眼差しだけは熟練した戦士の如く決意に満ち。
手にした短い杖は見た目の素朴さに反し、神々しい力を放っている。
そして――最後の一人、一際強い輝きを宿す少年。
短い黒髪はつんつんと逆立ち、燃えるような気迫でこちらを睨み付ける。
その手に握られているのは、この世界にたった一振りしかない、伝説の聖剣である。
あまりに気高く美しいその刀身は、燦然とした輝きでこの目を突き刺す。
場所は魔王の居城、玉座の間へと続く大広間。
幾多の困難を乗り越えここまで辿り着いた彼ら、勇者の一行を出迎えるのは、もちろん。
魔王へ挑む資格を試す、最後の一人。
忠実なる魔王の側近。
つまるところ、俺だ。
「よくぞここまで辿り着いた、勇者たちよ。魔王様はこの奥だ」
闘志と勇気に満ちたそれぞれの視線を受けながら、ゆっくりと、朗々とその台詞を口にする。
そんな俺の胸中を占める思いは、ただ一つ。
――ああ、長かった。このときを、どれほど待ち侘びただろうか。
*****************
「よくぞおいでくださった、勇者殿」
「……は?」
突然謎の老人からそう話しかけられ、俺は不機嫌な声を発した。
なんだかよくわからない真っ白な空間。真っ白な服を着たよくわからないジジイ。
状況がまったく掴めない。
「よくぞおいでくださった、勇者殿」
「いや、聞こえてるから」
なんだコイツ。ボケ老人なのか、そうなのか。
「えー……ちょっと待って。あ、なるほど。召喚されたことは分かってないのか」
ぶつぶつと口ごもりながら、ジジイは後ろを見て何やらごそごそやっている。
やがて納得したように頷きながらこっちに向き直ると、
「おほん! お主は異世界召喚されたのじゃ!」
「……は?」
いきなりとんでもないことを宣言したのだった。
***********
ジジイ――もとい、この世界の神の話を要約すると。
俺は交通事故で死んだ挙句、この世界を救う勇者として異世界召喚されたらしい。
そう言えば、そんな記憶が残っている気がする。
これを召喚と呼ぶのか転生と呼ぶのかは微妙なところだ。
元の世界の俺は死んだが、0から生まれ直す訳ではないらしい。
なんでも、人ひとりを0から生むのは世界のリソースとやらを激しく食うのだとか。
「もちろん魂はリサイクルするんじゃけど。それでも肉体の構築から記憶の消去とか設定の入れ直しとかで手間隙かかるし、やっぱりリソースを食うんじゃよ」
「なんかPCみたいだな」
そんな言い方をされれば、ありがたみが欠片も感じられない。OSが壊れたから再インストールしたみたいな。認識が合ってるかわからないが。
「まあそんな訳じゃから、お主はそのまんまポンと突然世界に現れる。毎回やっとったら世界がしっちゃかめっちゃかになるが、偶になら問題なかろう」
「わりとざっくりだな……でも、それなら現地のヤツをそうしてもいいんじゃ?」
どうにも適当に世界を運営している感じが否めない発言である。
それはさておき、気になる点は訊いておく。
「どうどう。順番に説明するからの。ともかく、そんな訳で普通の人間にかけられるリソースは乏しいってわけなんじゃ。人ひとりに割り当てるリソースは上限値が決まっとるし。必要最低限の設定を入れたら後はおまけ程度にしか差を付けられんのじゃよ」
「とてもそうは思えないけど……」
人間、生まれた時点でどれだけの差がついているのか。
容姿、才能、家柄。とても平等とは思えず、それを『差が無い』と言われるのは納得できなかった。
「ま、人間の尺度だとそうじゃろな。神的には、世界変えるレベルの人間を創りたいんじゃよ。そういう人間は大概、リソースの振り方を間違って偶然生まれたどっかおかしい人間なんじゃ」
「そんなバグみたいな……」
確かに、すごい人間はどこかおかしいという話はよくあるが。
それをこうも簡単に、しかも神様が言ってしまうとは。
「実際そんな感じじゃよ、狙って創れないし」
しかし、そこまで言うということは揺るぎない事実なのだろう。
「ところがどっこい、異世界召喚してきた人間は違うんじゃのー」
「ほー。っていうと?」
そしてようやく、異世界召喚の理由に話が戻ってきた。
「人間を形作るリソースは他の世界のものじゃからノーコスト。後はこっちのリソースで好きなように強化できるって訳じゃ。特殊なスキルだったり特性だったり……いわゆる『ギフト』ってヤツじゃな」
「おおー。なんかちょっとワクワクしてきた」
理由はなんとなく納得。
そしてそれは要するに、異世界召喚お約束の『チートスキル』というヤツだ。
それが今から自分の物になると思えば、ちょっと、いやかなり期待してしまう。
「そうじゃろそうじゃろ。ちなみにギフトは召喚時に付与するもんじゃから、もうお主にも与えられとるぞい」
「まじか! して、そのギフトとは!?」
これは予想外、なんと既にチートを得ていたらしい。
一体どんなものだろう。超強い魔力。溢れる剣の才能。もしくは、超特殊なスキル。
期待に年甲斐もなく――ちなみに俺の享年は29歳である――胸を高鳴らせる俺に、神は告げた。
「その名も……『オールセカンド』!」
「……はあ。」
……なんだろう、このなんとも言えない感じ。
名前からしてピンと来ない。セカンドって。
若干顔を曇らせて返事をすると、
「あらゆる能力値が世界で2番目に高い。どうじゃ、強いじゃろ」
フフン、とドヤ顔で詳しい説明を告げる神。だが、俺の顔は曇ったままだ。
「確かに強いけど……」
確かに強い。あらゆる能力値が2番目に高ければ、たぶん総合力はNo.1だ。いや、もしかしてそこも2番目に調整されてるのだろうか。
まあどちらにせよ、反則的に強いと言われればそうだ。だが問題はそこじゃない。
「全然主人公っぽくないな」
「……そうかの?」
不満を声に出す俺に、神は首を傾げる。
「そうでしょ。っていうか何故2番目? どうせなら1番にしてよ」
そこまで行くなら、もういっそ振り切ってぶっちぎりの俺TUEEEにしてほしかった。
「ちょっとくらい隙があった方がいいって、隣の世界の神に聞いての」
「隙を作る方向性が間違ってると思うなあ……。勇者は万能じゃない方がいいって意味だと思うよ、それ。けど俺の能力、思いっきり万能型だよね」
というか、神様にもご近所付き合いみたいなのがあるのか。知らなかった。
にしても、それを鵜呑みにするのはどうかと思う。丸呑みした結果消化しきれてないし。
「まあまあええじゃないの、そういう勇者がいても」
不満そうな俺を宥める神。もしかして神に気を遣われるってすごいことなのかもしれないが、素直に首を縦には振れない。
何しろ、2回目の人生が懸かっている。
「うーん。でもなあ。ちなみに、勇者候補って俺以外にはいないの?」
ふと思い付きでそんなことを訊いてみる。
「ま、ぶっちゃけおるよ。何かあった場合の保険くらいは考えとるからの。これでも一応、神じゃし」
そう言えばそうだった。
世界を運営する社長みたいなものなんだから、それくらいのリスクヘッジは考えて当然だろう。
「そっか。まあそうだよなあ。うん、じゃあ俺はサブでいいよ。もう一人召喚しよう。なんかこう、俺が魔王を倒しても盛り上がらない気がする」
そして俺は、安心して提案する。
俺よりもっと主人公らしいギフトを持つその人物を、俺がサポートして勇者にしてしまえばいい。
これなら、俺も心置きなく活躍できるというものだ。
「いないよ?」
「は?」
だが、神――もとい、ジジイがとんでもないことを吐かした。
聞き違いかと思って、乱暴に聞き返すと。
「いや、魔王とかいないから、この世界」
まったくもって意味不明なことを言い出したのだった。
「はああ!? じゃあ、俺に何をしろと!?」
魔王が居ないのに勇者が居てたまるか。
現代の日本に勇者が現れたとすれば、それはただの痛い人もしくは危険人物である。あるいは両方。
「いや、だからすんごいステータスで世界を良くしてって話じゃよ。知力とかもアホみたいに高いんだから」
俺はジジイの正気を疑ったが、残念ながら正気のようだ。
つまり、完全に勇者の何たるかを理解していない。
「馬鹿言ってんじゃねえ! いいか、倒すべき魔王のいない勇者なんて、ただの暴力装置だ! そんなもん世界の為には邪魔なだけだよ!」
「な、なんだってー!?」
思わず説教をする俺に、ジジイは素直に驚きの声を上げた。まじか。
「おっさん、神様何年目よ!? 他の世界とか見てこなかった!?」
「いや、だってお隣の神様が『いやー、異世界召喚最高だわー。勇者さえいれば世界安泰だわー、楽だわー』って言うから!」
問い詰める俺に、ジジイはしどろもどろで言い訳を口にした。
完全に神を舐めてるその神は置くとしても、
「それは魔王がいる前提だよ! ああ、もう! 見てられん!」
ひとまず目の前のアホ神をなんとかせねば。
つまり、今から俺が行く世界には魔王が居ない。そこにアホみたいに強い俺が召喚される。
心の中に中学二年生を飼っている者として、この状況は見過ごせない。
「この世界の人間の一覧とか無いの!? 悪魔とかでも可!」
「せ、生命台帳ならこれじゃけど……何をするんじゃ?」
叱りつけるような声でそう訊ねれば、ジジイは気圧されたように一冊の分厚い本を差し出した。
なんだかやっぱりとんでもないことをしでかしている気がするが、この際そんなことは気にしていられない。
そんな残念な異世界召喚は俺が認めない。
異世界召喚なら異世界召喚らしく、カッコいい勇者が恐ろしい魔王をカッコよく倒すべきだ。
ここで、『俺が魔王になってやる!』というのも最近の異世界召喚ならアリだろう。
だが、魔王になるにしても俺の能力は中途半端だ。
冒険譚において敵の魅力は重要な要素なのである。
つまり――
「俺が魔王を育ててやる! だからアンタは、もっと勇者らしい勇者を見繕っとけ!」
「え、えええええっ!?」
現地の才能ある人なり悪魔なりを、一流の魔王に育て上げる。
そして俺は、その魔王の腹心の部下という、俺の能力にぴったりハマるポジションに落ち着くのだ。
こうして、俺の『魔王の腹心の部下』への道は始まったのだった。
**************
そこからの苦労は、とても語りきれるものではない。
だが、一部抜粋してお話ししておこう。
まず最初に始めたのは――勉強だ。
何しろ、世界のことを何も知らないのだ。魔王を育成するにあたって、勉強しなければならないことは腐るほどあった。
いくらステータスが高いとはいえ、それを有効活用する術を知らなければ宝の持ち腐れである。
魔法、剣技などの戦いのための技術はもちろん。
この世界の常識や文明度、地理と国家などに関する知識。
そして魔王を育成するための効率的な修行方法や、配下を有効に動かすための戦略や政治力、魔王としての心構えに至るまで。
悪に堕ちるのも、意外と難しいのである。
中でも苦心したのが――若さを保つ呪法である。
魔女でもあるまいし、何故そんなものをと疑問に思うことだろう。
しかし、生命台帳で目星を付けた魔王候補はまだ生まれたてだったのだ。
彼が魔王として全盛期を迎えるのは、おそらく20年〜30年後。
かたや、俺はもう三十路手前。
魔王全盛期(予定)には50歳は確実、還暦も視野に入ってくる。定年退職間近だ。
魔王はあっさり倒されてはならない。
そして、辿り着くまでに困難を乗り越える必要がある。
それが俺の持論で、魔王の腹心の部下となればそれなりの強さを求められる。
であれば、これから衰える一方の肉体を何とかしなければなるまい。
もしかしたら、歳をとってもこの世界の俺は強いままかもしれない。
しかし、ここまでやるのなら不安要素は排除しておくべきだ。
結果、なかなかの苦労をして呪法を会得。
ちなみにその過程で大量の生贄を必要としたため、悪人としての心構えもバッチリ身に付いた。
そしていよいよ、魔王候補を迎えに行った。
ここまでに要した期間は、5年間である。
************
山奥にひっそりと佇むあばら屋。草木も眠る丑三つ時――というのはこの世界では通じないが。
ともかく、誰もが寝静まっている深夜。
俺はあばら屋の扉を音も無く開け、中に忍び込んだ。
床板はギシギシと軋み、ところどころ穴が開いている。その片隅に集まるように、薄汚い毛布に包まった人影が3つ。
若い男女が2人。そして――子供が1人、男の子だ。
そっと覗き込めば、こんな環境でも安らかで幸せそうな寝顔を浮かべている。
人の幸せはお金に左右されるものではない、そんなことを物語るような家族。
――それがどうした。
こちとら、これまでにないほど勉強も苦労もしてきたのだ。
この程度で揺らぐような軽い気持ちで魔王の側近を目指してはいない。
魔王候補となる少年の顔をじっと見つめ、手を伸ばして少し触れ――
横で眠る両親に、魔法をかける。
――これでよし。
え、子供を連れ去るんじゃないのかって?
馬鹿を言っちゃいけない。無理矢理連れ去られた子供が、どうして悪の魔王を目指す?
そんな考え無しの短絡的な行為に意味は無い。
より確実に――そしてより残酷な方法を取ったのだ。
彼の両親にかけた魔法は、催眠術に近い。
これをかけられた人間は――ひどく性格が歪み、そして凶暴になるのだ。
おそらく明日から、彼の人生は一変する。
今まで優しかった家族は豹変し、耐え難い日々が続くことだろう。
そして――彼は世界を憎むようになるはずだ。
もちろん、そうなるようにコントロールする。ここからは、彼の人生が上手く行かないように俺が見張り続けるのだ。
そして、おそらく数年すれば彼は覚醒する。
彼は、生命台帳で調べた『魔力が最も高い生命』である。
その身に秘めた膨大な魔力に気付いたとき、それを憎悪の対象にぶつけてくれることだろう。
そうなったときこそ――
**************
さらに5年の月日が流れ――そのときは遂にやってきた。
「う、が、あ、あ゛あ゛あああーー!!」
毒々しい赤色の閃光が炸裂し、あばら屋の上半分が跡形も無く消し飛んだ。
当然、中に居た彼以外の人間が無事であるはずがない。
「さすがだな……」
少し離れた位置から見守っていた俺は、思わず感嘆の声を上げる。
彼が放ったのは、魔法ではない。
ただ彼の感情と共に溢れ出した、純粋な魔力の発散である。
それでこの威力。それも、覚醒したてのこの段階で。
鍛え上げたら、その破壊力はどこまで上り詰めるのだろうか。
「は、はは、はははっ! はははははははははは!」
吹き曝しになったあばら屋の中、彼は狂ったように高笑いを始めた。
――いい傾向だ。
そしてそのまま上気した顔を外へ向け、ゆっくりと歩き出した。
身を潜めつつ彼の後を追いかけると、山を下ったところにある小さな村に辿り着く。
ここにも、彼の憎悪の対象は山ほど居る――そうなるように仕向けたから。
時間は夕刻、家に帰る人々が道を歩いている。
「あん? お前、山の上の――」
彼に気付いた男が声を掛けたが、それは途中で途切れた。
彼が魔力を放ち、その男の上半身を吹き飛ばしたからだ。
「う、うわああああ!!」
近くに居た男が悲鳴を上げ走り出すが、彼もまた魔力に捉えられ左半身を蒸発させる。
「ひひ、はは、ははははっ!」
そこから村の人間が一人残さず殺されるのに、30分とかからなかった。
理性と魔力のたがが外れた彼の前には、誰一人抗う術を持たなかったのだ。
「はっはっはっは! これが、僕の力……僕は強い!」
積み上げた屍の上に立ち、彼は高らかに声を上げる。
そこには、積み上げてきた怒りと憎しみがある。
――そして。
俺は彼の前に姿を現し、跪いて顔を伏せる。
「……誰だ、お前」
その声を受け、顔を上げる。
10歳となった彼の顔にはまだ幼さが残り、しかしもう手の施しようが無く歪んでいた。
――これで、いい。
「お迎えに上がりました。――あなたは、この世界の頂点に立つべきお方です」
厳かな面持ちで彼にそう告げると――
「死ね」
いきなり魔力を浴びせられた。ちょっと追い込み過ぎたかもしれない。
「まあそう仰らず。話だけでも聞いていただけませんか?」
だが、今の俺は魔力においてもNo.2。いくら相手がNo.1とは言え、ただの魔力放出を防ぐくらいはどうってことない。
何事も無かったかのように話を続ける俺に、彼は驚きの表情を浮かべた。
というか、上のセリフはなんだか召喚前に戻った気分である。飛び込み営業的な。
「なんで……僕は、強いんじゃ……」
「ええ、才能においては右に出る者はおりません。ですが、まだ使い方をご存じないのです」
急激に自信を無くす彼に、内心慌てて俺はフォローを入れる。
人をやる気にさせることの難しさは、世界を跨いでも変わらない。
「そして使い方を覚えたとき――あなたは、この世界の誰よりも強くなれる。この世界に、復讐ができるのです」
「この、世界に……」
「そうです。あなたは、今まで不当な扱いを受けてきた。それを正す時が来たのです! 私は、そのお手伝いをさせていただきたい!」
相手の表情の変化をつぶさに観察しながら、言葉を選び、語気を調節し、声音を変える。
ちなみにこれは召喚後に身に付けた技である。会話力No.2、そしてカリスマ性No.2の見せ所だ。
そして――
「お前、名前は?」
「ヴァイス、と申します」
見事、説得は成功した。心の中でガッツポーズを取りながら、静かに名乗る。
もちろん、この名前もこちらの世界での名前である。割と適当に『魔王の側近』っぽい名前を付けただけだが。
「わかった――この手で、この力で。世界に復讐してやる!」
かくして、彼の魔王を目指す人生と、俺の側近としての人生がスタートした。
***********
そこからもやはり、大変な苦労と困難があった。
まず、魔法。何はともあれ魔力がウリなのだから、そこを鍛える所からスタートした訳だが。
彼は知力がとても低く、なかなか魔法が使えるようにならなかったのである。
生命台帳にいろいろと載っていたはずだが、あのときの俺は必死だったためそこまで考えていなかった。
しかし、根気強く教えていくことで、彼は徐々に魔法を習得。
習得さえしてしまえば、最高の魔力を持つ彼はほぼ無敵だった。
とまあ、そこは良かったのだが。それ以外だ。
一番の問題は――
「ああもう! やってられるか!」
「そうは言っても、魔王になるためにはまだまだ学ぶことが多くあります。さ、席にお戻りください」
「うるせえ! 俺に指図すんな!」
「ちょっ……無闇に魔法を撃たない!」
――反抗期である。
最初のうちは良かった。
彼もまだ10歳だったし、魔法が使えるようになることで強くなっていく自覚もあっただろう。貪欲に知識を吸収していた。
だが、今や彼は14歳。立派に反抗期、そして思春期を迎えた。
魔王としての仕事をするにあたって、細かいことは俺がやっていくとしても最低限の知識は身に付けてもらわないと困る。
その上、途中で育児放棄されていたが故に一般教養すら欠けているのだ。それって俺のせいなんだが。
当然、今の彼の保護者は俺だ。彼の面倒を見る責任がある。
しかし、召喚前は29歳独身、子供と触れ合う機会もほとんどなかった。というか、子供は苦手だった。
まさか、こちらに来て思春期の子供と向き合うことになろうとは。考えたこともなかったし考えたくもなかった。
とはいえ、ここまで来て投げ出す訳にもいかない。
というより、そもそも一つ屋根の下で暮らしている訳で、無視して進めるのは不可能だった。
文明度的に育児本などあろうはずもなく、魔法でこっそり他の家庭を覗き見たりしながら頑張って勉強した。
結果、彼の反抗期は17歳で終わりを迎えた。思い返せば、この3年間が一番辛かったかもしれない。八つ当たり魔法で何度死を覚悟したか分からない。
――そして、いよいよ。
下準備は整った。ここからは、実際に魔王になるべく悪行と侵略を重ねていくのだ。
俺がこの世界に来てから、間もなく20年が経とうとしていた。
************
念入りに準備しただけあって、そこから先はとんとん拍子――と、行くはずもなく。
やはりそれなりの苦労を伴って、俺たちの侵攻は進んでいった。
特に苦労したのは、仲間集めだ。
元々魔王不在の世界、悪人も居るには居るがそこまでの勢力を持っていなかった。
つまり、強い善人を悪の道に堕とす必要があった。
これは、魔王候補の彼にはできない芸当だった。何しろ、彼の強みは強大な魔力それのみなのだ。
だから、その役割は全部俺が担うことになった。
最終的にひれ伏させるのは魔王の仕事で、俺はそこまでの道を整える。
それとは別に、魔王としての箔を付けるための悪事も欠かせない。
魔王にやらせること、次の侵攻地の選定、新たな仲間のコントロールに敵勢力への警戒。
やることは目白押しで、どれも手を抜けない。
しかし、泣き言を言っても始まらないので自分の持てる力をフル活用して頑張った。
しかしまあ、この辺りは語ろうと思うととても長いことになるので割愛させてもらう。
要は、俺も魔王も頑張った。
その結果――魔王は無事魔王となり、俺は無事その側近となった。
誰からも畏れられる悪のカリスマ。この世界で魔王と言えばただ一人、彼のことを指す。
そんな人物を、俺は本当に育て上げたのだった。
*************
そして、現在。
要は何が言いたいかというと――幾多の困難を乗り越えたのは勇者だけではなく、俺もそうだったということ。
ようやく迎えたその最終局面なのだ。少しくらい楽しんでもバチは当たらないだろう。
「当代随一と言われる剣の使い手よ。是非一度お手合わせ願いたいものだな」
俺は勇者に向かって話しかけると、すらりと腰に差した剣を抜いた。
何しろ、全てにおいてNo.2。どの分野においても、自分より強い相手と戦うにはNo.1を見つけるしかないのである。
『強い相手と戦ってみたい』というのは男なら誰もが持っている願望だろう。
「いいだろう! みんな、手を出さないでくれ」
「でも……」
堂々と受けて立つ勇者に、周りの仲間は心配している。
「それでこそ勇者よ。安心しろ、魔法は使わん。純粋に剣で競ってみたい。ただそれだけだ」
勇者の心意気に内心感謝しつつ、彼らに言い聞かせるように俺はそう言った。
そして、俺と勇者はお互いに歩み寄り、剣を構える。
「では――」
「いざ!」
短い言葉が交わされ、激しい剣戟が幕を開けた。
金属音が次々と弾け、その度に手に痺れが出るような衝撃が襲ってくる。
お互い一歩も退かず、その場で剣と剣が幾度となく交差する。
「くくっ、ははははっ! 流石だ! これ程までとは!」
「そっちこそ。こんな強い奴と打ち合うのは初めてだ」
お互いに、自然と顔がにやける。
命のやり取りだ。
それは、灼け付くような充足感を与えてくれる。
そして何より――お互いの剣の実力が、技量が、遥か高みにあると分かる。
打ち合うことで初めて伝わるそれは、お互いに敬意を覚えるには十分だった。
そうだ。俺が異世界召喚に求めていたのはこういうことだ。
一際激しい交差の後、お互いに距離を飛び退き距離を取る。
勇者は大上段に聖剣を構え、その刀身は眩い光に包まれていく。
応じるように俺も剣を構え、その刀身からはどす黒い闇が溢れ出す。
合図は必要ない。
お互いの呼吸は、手に取るように分かる。
「はあああっ!」
「ふんっ!」
全く同時に、俺たちは剣を振り下ろす。
光の斬撃と闇の斬撃、それが俺たちの中心でぶつかり、弾ける。
凄まじい音と衝撃、そして光が大広間を埋め尽くす。
しかし、お互いに全くダメージは入っていなかった。完璧に相殺されたのだ。
「ははははは! いい、いいぞ勇者よ! もっと楽しませてくれ!」
「ああ、思う存分やってやるさ!」
お互いの歓喜の声と共に、再び近付いての打ち合いが始まる。
斬り上げ、斬り下ろし、薙ぎ払い、突き穿ち。
受け止め、弾き、いなし、躱し。
長い剣戟が続き、その中で――徐々に、傷が増えていく。
実力は拮抗しているが、やはり僅かに勇者の方が上なのだ。
それが分かって、満足できた。
俺は勇者の剣を弾いて防ぐと、飛び退いて再び距離を取った。
「感謝しよう、勇者よ。お蔭で楽しい時間が過ごせた。しかしそろそろ、仕事に戻る時間だ」
そう宣言すると、剣を高く掲げ詠唱を始める。
魔法の使用。それは即ち、開戦の合図だ。
ほぼ同時、エルフと赤毛の少女が詠唱を始める。
「――燃え尽きよ! 『インフェルノ』!」
「――吹き飛ばせ! 『サイクロン』!」
「――大いなる庇護を! 『ホーリーシールド』!」
詠唱が終わり、俺の剣から発された極大の火球とエルフの杖から放たれた荒れ狂う風の塊がぶつかる。
吹きすさぶ暴風と熱気、濃密な魔力の粒子を、俺は剣の一薙ぎで振り払う。
勇者たちは、赤毛の少女の障壁魔法によってそれを防いでいた。
そしてそこからは――1対4の、命懸けの死闘である。
俺の人生の集大成とも言える戦い。その、終わりに向けて。
************
いったいどれだけの時間、戦い続けていたのだろう。
命を削る戦い、それはようやく終わりを見せた。
「ふふ、流石ここまで来た勇者たちよ。俺の魔力も残り僅か。――次で、決着としよう」
さあ、この命が燃え尽きるときだ。
残りの全魔力を振り絞り、華々しい最期を。
「ああ。俺たちは――勝つ!」
勇者のもとに集まる仲間たち。彼の構える聖剣に、全員の魔力が集まっていく。
迫る最期の瞬間に、俺は今までの人生を思い返す。
本当に大変な道のりだった。歪んではいたが、俺はこの世界のために十分頑張ったと思う。
そして、最後の役割を全うし――満足感を持って人生を終わらせる。
召喚前では考えられなかったこんな気持ちに、俺はもう安らぎを覚えていた。
そして、最後の詠唱が終わる。
放たれる、自身最大最高の魔法。相対するは、勇者が振るう聖剣の輝き。
――満足だ。これ以上は無い。
ただ、最後に心残りがあるとすれば――
「魔王様の最期を、見届けられないことか――」
この後、彼らに倒されるであろう魔王。
そのために育ててきた彼に、俺が合わせる顔などないか。
俺は薄く笑みを浮かべ、光に包まれる。
そして――
*********
「……は?」
目の前には、4人の死体が転がっていた。
聖剣は無残に折れ、勇者の手から離れて沈黙している。
「う、嘘……」
俺の放った、人生最高の魔法。
それは勇者たちを打ち破り、なんと倒してしまったらしい。
「はああああああ!?」
なんてこった。
それじゃあ、これまでの苦労はどうなる。俺は何のために頑張ってきたんだ。
魔王は健在。どころか無傷。勇者は全滅。
まさかのバッドエンドだ。
「やりすぎじゃ」
と、絶望に打ちひしがれる俺に聞き覚えのある声がかかった。
顔を上げると、神が目の前に居た。
「魔王城に神様がほいほい現れるなよ……」
「やかましい! この状況が文句の一つも言わずにおれるわけなかろう!」
全く以てその通り。というか、文句を言いたいのは俺も同じだ。
「まったく、全力でぶっ放しおって……お主の魔力はNo.2じゃよ? No.1が魔王なんじゃから、実質No.1と同義よ? ちょっとは手加減しなさいよ」
グチグチと俺に文句を言う神に、ちょっと俺も怒りが込み上げてきた。
「いや、ちょっと待て。そもそもアンタの人選がまずかったんじゃないの? ていうか、この後魔王様と彼ら戦う予定だったんだし、あれくら防げなきゃどっちにしろ勝てなかったんじゃないのか!」
「ぐっ、確かに……」
俺が言いかえすと、神は言葉に詰まってうろたえた。ざまあ見ろ。
「ええい、とにかく! これじゃ何の意味も無いわい! ワシは次の勇者を見繕っとくから、ちゃんと次で倒されるんじゃぞ!」
「ちょっと待って、魔王城今壊滅状態! 部下もほとんどやられてるし、俺も見ての通りボロボロなんですけど!?」
「やかましい! なんとかなるじゃろ、このチート野郎!」
「チート与えたのはアンタだよ!!」
と、そんな訳で。
魔王共々、勇者に倒されるのを待つ俺の日々は、まだまだ終わりそうにないのであった。
――――END――――
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