洋上の人~次の大陸へ『リヴァイアサン釣り祭り』
祭り終了から5日後、オレたちは洋上の人となっていた。
海と空がまじるような中、船の帆が風を包んでふくらんでいる。多くの人の手で滑らかにされた木の縁にほおづえをついて、オレはただ景色をながめている。傍らにはアステマが欠伸をして涙をため、後ろには樽の上に腰掛けたフェスが目を細めてひなたぼっこしていた。そしてニケアは……。
どこにもいなかった。
愛するエルフはもういない……。
二ケアは自分がエルフの国に大人しく帰る代わりに、オレたちの助命を母であるイケアに頼んでくれたらしい。
そのイケアの介入により、火炙りを免れたオレたちだったが、重罪人として、バレンヌシア帝国のある大陸からの追放処分となった。俗に言う島流しというやつだ。
あの大陸にいてもロクなことにならなさそうだから、この話は文字通り渡りに船というやつだったのだが……。ニケアと引き換えなんて聞いていない!
……オレはニケアロスから立ち直れないでいた「立派な勇者になったら迎えに来てください」っていったって、そんなのいつになるか……。
でも、やるしかない。新しい大陸で頑張らないと。なにを頑張るかすら、決まっていないけど……。
カランカランと鐘が鳴った。食事の合図だ。
オレたちは顔を見合わせて、うんざりしたという表情で食堂スペースに向かう。中に入ると、スープからたちあがる肉系の香りが鼻腔をくすぐってきた。席にはその暖かなスープと、パン。酢漬けの野菜などが並ぶ。保存が利く食材をうまく生かしたメニューだ。
「……今日は焼いた鶏肉もあるよ! おいしそう!」
「……だな」
「……じゃな」
《《それを》》恨みがましく見つめるだけのオレ達。
じぶんたちの前にコトリと置かれた皿には、ビスケットが数枚だけ載っている。周りの客達は食事をはじめた。
「……あ、鶏肉……ああっ」
「見るなアステマ。よけいに辛くなる」
「ヤダヤダ! あたしも肉たべたい!」
「しょうがないだろ……金ないんだから」
この客船は、追加で料金を払えば料理にありつける。そういうシステムだった。オレたちの場合は、帝国から運賃しか支払われておらず、最低の待遇で食事なし……。
とうぜん無一文なので、何もオプションを追加できない。このビスケットだって、フェスが船長から貰ったやつだ。ジェラートを殺しておくべきだったと、はげしく後悔している。……あのクソ皇帝。
「ダイスケ。今日こそどうする? やるか?」
「待てアステマ。いまは耐えろ」
やるとはとうぜん食事を奪うということだ。
でもここは海の上。船長や船員達を敵にまわして生き残れるとは思えない。余裕で倒せたとしても、オレ達では船を動かすことは出来ないから海の藻屑だ。船の上では彼ら海の男達が主人公なのだ。
食事の音と匂い。隣の太った客が鶏肉をしゃぶり、骨をポイと床に捨てた。その骨をじーっとみているアステマ。まばたきもしていない。
そのまま。ゆらゆらと手を伸ばし……。
「あぶないっ! もどってこいアステマ!」
パシパシと軽くアステマの頬を叩く。
「あっ……ああ。あたしはいったい……」
「危なかったぞアステマ。さぁビスケットを食え。生きるために」
「う、うん……」
ポリポリポリ。
あんまり味のしないまずいビスケット。
「あたし、ぜいたくいわないから。せめてこのビスケットをおなかいっぱい食べたいな……」
すぐにじぶんの分を食べ終えてしまったアステマが、そんな哀しいことを言う。
「そうだな……」
「ダイスケどの……よければこれを」
自分のビスケットを半分、パキッと割ってオレにさしだすフェス。
「いや、悪いよ……」
「なに、僕として当然のこと」
フェスは終始こんな感じでオレに尽くしてくれる。
可愛いし強いし献身的だし。どこにだしても恥ずかしない理想的なドラゴン嫁だ。
「気持ちだけ貰っておくから。そもそもこれは、ぜんぶフェスが貰ったビスケットだし……」
「親切な船長がわらわにくれたのだ。気にしないで欲しい」
「じゃあ、それ、あたしが貰うね!」
「おっとアステマ! おまえにはやらせん! やらせはせんぞお!」
「よこせ! あたしのビスケット!」
「っうか、おまえのじゃないからな! フェスのだから!」
オレとアステマが小競り合いを繰り広げていると――
「フェスちゃーん。きょうも可愛いねー。あの件さ、かんがえてくれた?」
脂ぎったおっさん船長がオレ達の席に来てそんなことを言う。
オレ達というか、フェスにむけて。
「いや……まだじゃ。ダイスケ殿の許可がいる」
「そう。それは残念。アタシは気長に待ってるからねーじゃ」
汚いウインクをして去る船長。
「……あのさ、フェス。あの件って何?」
気になったオレが小声でたずねた。
「うむ。それがなんでも、わらわが夜に船長の部屋にいけば、こんごは豪華な食事がもらえるらしいんじゃが……どうしたものか」
「ちょ、止めてフェス! それはダメーー!」
あんのロリコン船長め……。うちのだいじなフェスになんてこと提案するんだ。
「豪華な食事!? フェスいってらっしゃい! しっかりお勤め果たしてくんだよ! 夜とはいわず、いまから行ってきな! 船長をたっぷり満足させたげて! あたしたちもそれで満足できる! まさにWinーWinだ!」
「アステマ! おまえは黙ってろ! いや、まてよ……」
そうだ。アステマならダメか? ダメなのか船長? あとで聞いてみよう。豪華な食事とはいかなくても、せめてスープ一品ぐらいなら追加できないだろうか。どうせアステマは減らないし。これなら、まさにWinーWin
交渉の結果――
アステマだとダメだってさ。
……ちえっ。役立たず。
スープ以下かよ。
☆
――数日後。オレ達の暇で空腹な航海は、いぜん続いていた。
なんでも100日ぐらいはかかるらしい……マジかよ。
異世界なんだからスパッと移動魔法とかないんですかね? ダラダラと移動なんてユーザー無視も甚だしいんですけど! ゲームならスキップだし、ソシャゲなら課金しちゃうぞ……。
そんなことを考えながら、甲板の定位置でだらけていると……。
「ああっ、あたしのビスケットが!」
「うるさいぞアステマ! 腹にひびく」
「あの、クソ鳥! 焼き鳥にしてやる! くってやる!」
どうやら、ちびちびとかじっていたビスケットを海鳥に獲られたらしいアステマが、火球を空中に放っている。もともと気が立っていたからムリもない。
カモメだろうか? そんな海鳥が複数飛び回っている。
「がんばれー。仕留められたらオレにも焼き鳥くれ」
「それなら、わらわも手伝おう」
暇そうにしていたフェスが、そういって左手から黒炎を放つ。それは見事命中したのだが、甲板に落ちた鳥は、黒炎に食われるように蝕まれてシュウと消えた。
「…………あ、鳥」
「すまぬ、アステマどの…………」
どうやら、オレは焼き鳥を食い損ねたようだ。
……って、鳥? いままでそんなのいなかった。
もしかして陸が近いのか!
オレのこの予想はあたっていた、半日ほどかけて大きな島が見えてきた。何カ所もある最初の寄港地だ。
☆
「船を降りることすら、ダメだとはのう……」
「オレはなんとなく、そうだとおもった」
そう、罪人であるオレ達の自由は制限されている。寄港地でも降りちゃだめらしい。
ですよねー。
すっかりテンションの下がったオレとフェスをよそに、船員達がいそがしそうに荷物の積み下ろしをしたり、客が乗り降りしている。
「ねぇねぇ! ダイスケこれみて!」
興奮気味に走り寄ってきたアステマ。その手には、なにやらチラシのようなものをもっている。みるとそこには、葉巻を咥えワニのような巨大魚をつり上げている、荒々しいジジイのイラストが描かれていた。
「ほらほら、ここ読んでみて! これしかないよ! チャンスだよ!」
「ふん、ふんふんふん、なるほどね……」
オレはチラシを手に取り、かかれた文字に目をやり内容を読みとろうとする。
「ふんふん……………………って、こんなん、よめるかーーーーーーーーい!!」
バレンヌシア文字かなんか知らんけど、オレに読めるわけは無い!
じゃあ、なぜ言葉が話せるとかは……それは《《異世界》》では、いわない約束でしょ(はあと
とにかく、フェスに読んでもらった。
「ダイスケどの『リヴァイアサン釣り祭り』というのが開催されるらしい」
「リヴァイアサンね……」
リヴァイアサン――知る人ぞ知る、海に住むドラゴンといった有名な怪物だ。クジラだったり海蛇のデカいヤツだったりワニだったり、それこそドラゴンみたいだったりと、色々とデザインはあるのだが。とにかくデカくて船を沈めたりする恐ろしい海のモンスター。そういうイメージ。もちろん、直接みたことなんてない。ゲームなんかでは、おなじみといえばおなじみだ。
「そうそう! ちょうどあたし達が連れてかれる大陸の港町で祭りが開催されるんだって! コレしかないよダイスケ! すんごい賞金でるんだよ! 大金ゲットだよ!」
「また祭りか……。やな予感しか、しないんだけど……」
きっとオレの表情はぐんにょりとしていることだろう。
だって、ロクな目にあう気がしないし……。
アステマが乗り気だというのも不安を増幅させていた。
「なんだダイスケ! ノリわるいなー。これしかないって! こんどは余裕だって! 魚でしょ、たかが魚類だよ!」
「……。ちょっとまって。リヴァイアサンをあまり舐めないでほしい……その方が身のため」
「は、って、あんた誰?」
アステマがいう先には、いつのまにかパステルブルーのツイン髪の少女がたっていた。
もの静かな雰囲気をまとい青を基調としたシスター服を身につけている。見たことのない顔だ。というか、いちどみたら忘れないであろうレベルの美少女だから、きっといま乗船したのだろう。
……ちなみに胸は。とっても、ひかえめ。まるで膨らみはない。
そういえばニケア……元気にしてるかな……。
「リヴァイアサンなんて、ただの魚でしょ。よゆーよゆー」
「たしかに……一般的なリヴァイアサンはそう……けど、今年の祭に参加するつもりなら、よしたほうがいい……。主が、お怒り……だから」
そういって、首からさげている青い翡翠といった、こぶし大の宝石を祈るように両手でつつみこみ少女の言葉は続く「……人は乱獲しすぎた……ちいさなリヴァイアサンまで根こそぎ獲ってしまう……だから、主は、お怒り」
「さっきから、意味わかんないんですけど? っうか、主って何?」
「主の名は『海王蒼神静寂日昇最深淵零蛇レヴィアタン・スパイラルストーム・アーネストヘミング』」
「「!? 『海王蒼神静寂日昇最深淵零蛇レヴィアタン・スパイラルストーム・アーネストヘミング』!!」」
アステマとフェスの声がきれいにハモった。
うん……この流れ。すんごく嫌な予感しかしない。
既視感ありすぎる、ダメすぎる展開。
うおい! なんてオレの仕事を、すべき場面なのだろうが、脱力感と倦怠感が……。これだから異世界は……。次から次へと、よく飽きもせず……はは。
まったく。オレの異世界は、これからいったいどこへいくのだろう。それは女神のみぞ知るというやつか……。
いや、女神などというのは、そもそもいないのだ。
いるのはただ――
オレと悪魔とエルフとドラゴン。
《大商人の屋敷を占拠して美少女と暮らしたい『ドラゴン追い祭り』》
――完――




