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『ドラゴン追い祭り』の終劇

「いま、すごくだいじな話をしているので……」


「ごめんなさい。つづけてください」


 ススッとオレは避けて、エルフの女王イケアに出番を譲る。


「……コホン」


 軽く咳払いをするイケア。気持ちを切り替えたようだ。


「帝国の皇帝よ、よく聞きなさい。あなたの想いはわかります。失った家族の敵をとりたい。それ自体は立派なことです。……ですが、あなたの立場は多くの者を率いる皇帝なのですよ。多くの者の命を預かっているのです。いわば多くの家族の父親ともいうべき立場なのです。ならば、この現実をみなさい」


 この現実とは、人的被害のことだろう。フェスの無双で、おびただしい数の死者がでている。ぜんいんに回復魔法をかけることは出来ないので、立ってはいても傷ついた者も多い。


「……うっ」


 言葉もないというジェラート。


「わかりますか? あの黒髪の娘はただ者ではありません。そのことは、このイケ・アムステルダムが保証します。この世のものではない力をもっている。……強いですよ。本気をだせば……きっと、わたくしよりも」


「そんな……照れるのう」


 いわれた本人は照れた様子で頭をかいている。

 フェスの顔をみると、瞳の虹彩が縦長になりドラゴンの眼をしている。

 うれしいとそうなるようだ。


「そんな事あるのか……」

「勇者パーティの前衛を勤めあげたイケ様よりも強いだって……?」

「魔王を倒した伝説のエルフの魔装剣士がそういうなら……」


「なら、無理だ」

「……勝てない」

「どうりで、あの娘。強すぎるわけだ……」


 闘技場内にどよめきが起こった。

 

 武器を構えていた帝国兵達の士気がみるみる削がれたようすが伝わってきた。みな武器が下がり緊張が解けたのか、疲労ですわりこんでしまった兵士もいる。

 エルフの女王イケアの言葉は、絶対的な価値をもつものなのだろう。それだけこの異世界における彼女の存在は大きいのだ。その胸ぐらい。


「ですから、このて程度の損害で終わっているうちに退いた方が賢明です。それとも? みずから全滅したい。帝国を滅ぼしたい。というのならば……話は別ですが」


「ぐぬぬ……」苦悶するジェラート。


「われらは荒廃した街を再建せねばなりませぬ」

「栄光ある帝国のために、ここは退きましょう」

「陛下。ご決断を」


 周りの高官も憤るジェラートをなだめにはいっている。

 すっかり厭戦機運が蔓延している。みんな命が惜しいんですね。わかります。


 しょうじきなところ、だれもこれ以上の戦闘継続はのぞんでいないのだ。


 おおくの帝国兵だって勝てない相手に戦いたくないだろうし、オレ達だってそうだ。アステマを嬲ったことは許せないが、彼らには彼らなりの正当な理由があった。結果的に無事だったので結果オーライともいえるし……ここらへんが潮時だろうとも思う。


 つまりのところ、オレ達は疲れている。しょうじき限界だ。


 身体もボロボロだし、長く続いた『ドラゴン追い祭り』も終わった以上、さっさとこの場を去りたい。うまいものでも食べて、ゆっくりと休みたい。そんで、いままでどおりニケアのエルフ耳を愛でたい。オレの異世界はそれだけでいいじゃないか。



「さあこい! どうした? かかってこいやジェラート! へっぽこ皇――うぶっ」



 この後におよんで、はげしく帝国皇帝を煽ろうとするアステマの口をふさいで後ろに隠す。


「ニケア!」


「はいっ!」


 ニケアに手伝ってもらい、手早く猿ぐつわをかませて、ついでに縄で手足もぐるぐる巻きにしておいた。これで、よし。っと。


 どんだけだよ、アステマ!


 せっかく話がまとまりかけているのに、いま煽ったらジェラートが引っ込みつかなくなるだろうが! どんだけ空気読めないんだよアステマ! メークトラブルの称号をやるよ! 立派なレジェンドだよ! そんなことを考えていると――


「…………さ……なら」


 か細く、聴きとれない声で。そんなことを洩らしたニケア。

 オレにむけての言葉だろうか? アステマにむけて?


「? なんかいった?」


 と返したオレにニケアは無言。

 この言葉の意味をあとで知ることになるのだが……。



 ☆



 イケアの説得はつづく。


「…………。帝国の皇帝よ。よく考えるのです。人を導く者として、退くという判断をするということは、けっして恥ではありません。むしろ、誤った進むという判断で下の者を危険にさらすことがあるとすれば、それこそ恥です。わたくしたちエルフにはこういう言葉もあります『退くは恥だが役に立つ』」


 ……どこかの世界でちょっと前にすんごく聞いたことがあるような言葉だけど、ここはスルー。


「受け継いだ国を滅ぼす。それこそ父君や兄君に申し訳がたたないのでは? そのようなことをすれば……それこそ」


 沈黙のみが支配する巨大な空間がそこに現出する。


 大理石で表面を覆った観客席が声を反響させ、まるで本物の女神が降臨したかのような威厳と気品を感じさせた。圧倒的なうつくしさと実力を兼ね備えたエルフの女王の次の言葉に、闘技場にいる全員の耳目があつまった。




「それこそ、後のまつりりですよ。………………………………まつりなだけに」




 一陣の風が吹きぬけ。


 丸い干し草(タンブル・ウィード)をコロコロところがせた。

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