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3度目の忖度からのフェス無双。

そう宣告する帝国の皇帝。もはやオレ達の命運は尽きたかのように思えた。

そのとき――


炎滅黒龍吼(ブレス)!!」


 ――カッ。ゴオッ。


「!? う、腕が! わたしのうでがあああ!!」


 ジェラートの右肘から先が、蟲に喰われたように蝕まれ黒く燃え溶ける。

 腕を押さえて倒れ込むジェラート。


「ぐぎゃ……あ」

「身体……!? オレのからだがぁああぁああー」

「溶ける!? 喰われて……痛ッ痛ーーー」


 貫通したのだろう。

 ジェラートの後ろにいた複数の騎士や兵士達が、それぞれ鎧の隙間から黒い炎を噴き出している。


「へ、陛下!」

「護るんだ!」

「重装騎士! 陛下を御護りしろ!!」


 すばやい動きで、のたうちまわるジェラートの前に固まる騎士達。

 それぞれが隙間なく盾を構えたかと思うと


 ――青白い障壁が騎士達の前に現れた。


 加護の魔法か付与効果(エンチャント)の類いだろう。

 その中ではジェラートに複数の神官が付いて回復魔法をかけているようだ。


 あの炎。見覚えの有る黒い炎。間違いない。


「ククッ……火あぶりされる気分はどうじゃ? 愚かな人間達よ。わらわの黒い火は、お主らの扱う低級な火とは、ひと味もふた味も違うじゃろう?」


「!? フェスーー!!」


 オレが叫ぶ先に、しずかに左腕を構えているフェスがいた。

 堂々としたたたずまいが醸し出す雰囲気から、彼女が絶対的強者であると感じさせられ――



「火あぶりをしていいのは……火あぶりをされる覚悟のある者だけじゃ!」



 うん……強者感。台無し。

 どこかで聞いたことのあるような台詞だが、そこはスルーする。


 長い黒髪をたなびかせ、眼帯をしていない方の眼が……『黒神龍眼』が輝いている!

 

 って、うおい! ぜったい眼帯いらないよね! もしくは眼帯するほう逆!


「……主さま、ダイスケ殿。……すまぬ。これいじょう、お主さまが傷つくのを、わらわは見ていられぬ……」


 おずおずと控えめにそんなことをいうフェス。


「えっと、あの、……………………忖度、しました。……ダメ?」


 オレの反応を伺っているのだろう。

 彼女の勝手な行為を(なじ)ると思っているのかもしれない。


 ……もちろん、このタイミングでそんな訳は無い!


「フェス!! ナイス忖度!!!!」


 オレはフェスに、とびきりのサムズアップを贈る。

 嘘偽りなく、感謝の気持ちしか無い。


 それを受けて、ぱあっと顔を輝かせるフェス。


「……よかった。やっと主さまの意にかなえたようじゃ。……うれしい。ならば……『真の躯』は使えないわらわじゃが、この程度の相手ならばお役にたてる。存分に暴れてみせよう」


 この程度の相手って……フル装備の臨戦態勢で帝国軍数百人はいるけど。帝国のおそらく精鋭だけど……。


 でも、フェスのことだ。なっていったって彼女こそは、あの


『冥王黒神暴君究極悪魔皇帝龍ヘルエンド・ダークネスオブ・フェルディナントワグナス』


 なんだから! オレらを苦しめ、祭り参加者全員を恐怖のどん底に落とした闇底の黒いドラゴン。その言葉は真実に違いない!


「いいぞフェス! だったら、いまこそ命ずる! 薙ぎ払え!!!!」



(おう)ッ!!」



 勢いよく返事するフェス。


 左腕の紋章から――ブアッと黒い炎が立ちあがった。その腕をジェラートらに向けて再び叫ぶ。



炎滅黒龍吼(ブレス)!!」



 ゴッ。ブゥン――


 フェスが放った黒い炎が、青白い障壁に弾かれた。


「ほう……? なかなかにやるではないか。やはり、この身体では出力が足りぬか……。ならば、さらに威力を」


「なにをしている兵ども! そやつを討たぬか!」


 ジェラートの側に居る帝国高官が障壁の中から叫ぶと、はっと気づいた兵士達がフェスに殺到する。


 さすがに数が多い。ほんとうに大丈夫か? 接近戦できるのかフェス? しかし、そんなオレの心配をよそに当の本人に慌てる様子は無い。腰に手をあてて悠然とかまえている。次々とフェスに襲いかかる帝国軍。


 剣を手にした複数の兵士の斬撃を、フェスは上半身の動きだけでかわす。隙間を縫うように兵士達の兜にタッチした。すると――ドロリと、眼や鼻から黒い液を流して、溶けるようにその兵士達は消え去った。


 持ち主をなくした兜や鎧だけが、ゴトリと地面に落ちる。


「し、死ね! 化物!」


「化物とは、ずいぶんじゃな……」


 突き出された槍の攻撃は、穂先を左手で跳ねあげるとその柄を右手で掴み引き寄せ、体勢を崩した兵士の頬にやさしく触れた。フェスの掌がポッと輝き、さきほどの兵士同様、くぐもった悲鳴をあげながら溶けて絶命する。


「覚悟ォ!」


「それは、わらわの台詞!」


 大柄な騎士の大上段からの両手剣の振り下ろし。己の防御を一切考えない相手の兜や鎧ごと叩き斬るであろう強烈な一撃――そんな攻撃をも、左腕で難なく止めるフェス。そのまま刃を握りつぶし、獣が獲物に食いつくような動作で騎士の顔面を鷲掴み持ち上げる。騎士は甲虫のように手足をばたつかせるが、直ぐに鎧の重みで体重を支えきれない首がヘンな方向に曲がりだらんと垂れた。それを他の兵士に投げつけ、新たな攻撃を封じる。


 ……なるほど、フェスの攻撃の起点は常に左腕にあるようだ。あの黒炎の紋章には本来の力が封じられている。といったところなのだろう。左腕が疼くとかいっていたのマジなんだな……あとでちゃんと包帯でもまいてやらないと。


「おっ。おい……」

「ただの娘じゃないぞ」

「どうする? お前先に行けよ」


 あまりにも強烈な反撃にどよめく兵士達。群がった勢いが止まり、フェスを囲んだまま互いに先に行けと牽制し合っている。攻撃が止んだ。


「む、其方ら、本気でやっておるのか? からだが鈍っておるのではないか? しょせん帝国などと謳ってもこの程度か。祭りなどと称して、弱いドラゴンばかり狩っておるからそうなる」


「ぬかせえ! 隙ありィイ!!」


 後ろから棍棒で襲う騎士には回し蹴り。フルプレート鎧ごとぐんにゃりとひしゃげて吹き飛んだ。あのほそい脚からくりだされたとは思えない威力。一撃一撃がドラゴンの攻撃のように重い。


「近づいてはダメだ!」

「矢だ! 弩弓兵! 一斉に放て!!」


 気持ちはわかる。でも、この展開で矢で仕留められた試しってないよな……。


 放たれた矢は連続ステップでかわし、そのまま地を蹴り高く跳ぶフェス。空中でひねりを加えながら弓兵達の間に降り立つと、流れるように掌底や蹴りで次々と屠る。揺れ舞う黒髪に、輝く左腕の紋章と『黒神龍眼』が幻想的な残像をのこす。


「どうしたのじゃ? これで終わりか? 主どのの前で、もっといいところを見せたいんじゃがのう……」


「誰か! 誰かおらぬのか! あやつを倒せるものは! 褒美は望みのままぞ!」


 またも叫ぶ帝国の高官。じぶんは安全な魔力の障壁に護られながら。


「おっ、おまえ行けよ……」

「……いや、なんでオレが」

「せったい無理だ」


 褒美を提示されても、ためらう兵士達。そりゃあそうだろう。

 あまりにも力の差がありすぎる。ただ自殺しに行くようなものだ。


「……やれやれ。この身体だと鏖殺(しまつ)に手間がかかってしょうがない。面倒じゃのう」


 まさに無双状態だ。フェス無双。

 フェスめっちゃ強いじゃん! 


「ようし、オレも……食らえッ!」


 フェスに注意が向いている隙に、オレは周りの兵士にタックルを食らわすと、渾身の炎球グラを放った。威力はグラゾーマなグラはアステマの隣に立っていた兵士達を焼き焦がす。そのままアステマの横へ。


「アステマ大丈夫か? ぐばごふッ」


 盛大に血を吐くオレ。だって身体に穴あいてるんだぜ……。


「!? い、いや! ダイスケこそだいじょうぶ!!」


 ボロボロのアステマがリアクション。


「大丈夫……。じゃない……たぶん。もうダメだ。後をたのんだ」


「後をたのむのはやっ! よわっちいくせにムリして……ばか!」


 オレを強く抱きしめてくるアステマ。その想いが伝わってくるけど。


「ちょ、ちから強……ぐごふっ」


 再び盛大に吐血するオレ。本気でダメだから! 身体に穴空いてますから!


「!? あ、ごめん! しなないでダイスケ!」


「たぶん今のでオレは死ぬ。だとしたら、おまえに殺されるの……これで何回目かな?」


「は? 今回のはノーカンでしょ! 今回の原因はあたしじゃないし! 悪いのはジェラートでしょ!」


「今回……ってのがウケるよな。過去の分は自分の責任だと認めてるんだ」


「それは……反省。していないことも、ない……かも」


 ちいさく舌をだすアステマ。まったく反省の色はない。

 でも『反省』という単語が、こいつの口から出てくるまでに成長したか……感慨深い。


「そんなことよりもアステマ。おまえ飛べるか?」


「……う、うん、なんとか」


「だったら遠くへ逃げろ。いまのうちに、この場を離れるんだ。ありったけの炎球(グラ)で援護してやるから」


「え? じゃあダイスケは?」


「オレはもう動けない。再生もこの様子だと時間がかかりすぎる。足手まといになるから置いていけ。おまえ独りなら、なんとかいけるだろ?」


「それは、ぜったいに嫌! 逃げるなら、ダイスケといっしょじゃないと嫌だから!」


「いいから行けって!」



「お断りだ!」



 瞳から強い決意をにじませるアステマ。こうなるとアステマは頑固だ。


「……おまえ。ほんとバカ悪魔だわ。あーあ最悪だ。女神じゃなくて、こんなバカ悪魔と異世界で出会ったばっかりに、オレの異世界がめちゃくちゃ」



 ……たのしかったぜ。



 ここで死んでも悔いは無いぐらい、たのしかった。

 ほんとうにありがとなアステマ。



 ☆



「なにをしている! 死に損ないのペテン師と悪魔を狙わないか!」


 様子をみていたのだろうジェラートの指示が響いた。明らかな弱点に気づいた兵士達がオレ達をタゲる。フェスとの距離は離れすぎているから、ボロボロのオレとアステマではフェスがこちらにくるまで持ちこたえられない……くそ。こんなときに的確な指揮をしやがって。


「どうしよ?」


「もう……どうしようもないな」


「……そっか。……でも、あたし、最期にツイてたな」


「ツイてた? この状況が?」


「その……、ダイスケといっしょでよかった。…………ひとりで火あぶり。嫌だった」


「はは、……だな。たしかに、それはある」


 ぼっちは嫌だよな。それがたとえ、死を迎えるときであっても。

 いや、死を迎えるときだからこそ。か……。


 元の世界で死ぬときはオレは独りだった。でも今はアステマ(こいつ)がいる。


 抱き合い、みつめあうオレとアステマ。しぜんと顔が近づき、その距離はたがいの吐息がかかるほどになり、その唇が視界に……屋敷でよくキスしたっけ。


 !? 唇……。そうだ。これだ! 


 オレはだいじなことを忘れていた。いるじゃん!


 この状況を打開できる実力の持ち主が! もうひとりの無双できる主が!



 オレはわざとらしく大声で叫ぶ。



「アステマ! オレ達はーもうダメだー。絶対絶命だー。だから最期ぐらい! おまえと! めちゃくちゃキスするぞーー!! 思う存分キスしまくるからなーー!!!!」


「え、えっ? どうしたのダイスケ? きゅうに――むっ」


 なんのことかと戸惑うアステマの唇を、おもいっきりふさいだ。




 たのむ、助けてくれ!


 来てくれ!




 ()()てくれ!!




「そうはさせません!!!!」

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