アステマ嬲られる
「アステマ!!」
駈け寄ろうとするオレの身体は、後ろから羽交い締めにされた。帝国の兵士達だ。
「アステマさん!」おなじように駈け寄ろうとしたニケアは、同胞のエルフ達に制止される。
フェスもオレ同様に帝国兵に阻まれているが様子をうかがっている。オレに視線を合わせてきたので、オレはとりあえず首を横に振っておいた。フェスが本気を出したらなにをしでかすか解らないし……。
「安心してくれたまえ、異世界の勇者どの、ふふ」
帝国兵の人垣が割れ、杖で身体を支えながら出てきた片足の男。よくしっている人物。バレンヌシア皇帝ジェラートだ。
オレ達といっしょに居たときの服装のうえから、紺赤地をベースに金糸で彩られた豪華なマントを羽織っている。うすら笑いをうかべているせいか、えらく感じがわるい。
「おい。回復させてやれ」
顎をしゃくるように、傍らにいる神官といった配下に指示をとばすジェラート。
その神官がアステマに手をかざすと、やわらかな光がうまれアステマが包まれた。
「ぐ……痛。う、……ん。いったい……」
頭に手をやりながら、よろよろとたちあがるアステマ。目覚めたようだ。よかった。
「おはよう。忌々しい悪魔君」
「!? ジェラート? 何が……」
アステマの声は無視して、意に介さずといった様子で棍棒を振るった騎士にジェラートが語りかける。
「いいか。おまえ。金属棍棒メイスはよさないか。それはよくないぞ」
「ハッ、皇帝陛下。しかし……自分の父はこの悪魔のせいで……」
「気持ちはわかる。わかるぞ……。よーくわかる。だが、そのような行為はいけない」
その演技じみた台詞と動作から、これからよからぬ事が起きるのではと不安がよぎる。
「……はぁ」
「……まちがっている。やるなら、わたしのように木製にしろ。一撃で死んでしまったら」手にしている杖を高くかかげ――
ドガッ!
アステマの肩に振り下ろされた。
「かはっ……ぐっ」低く呻いて、膝を折るアステマ。
「!? なにをする、ジェラート!! くそ、離せ! 離せよ!!」
オレの両腕は後ろに捻られ、身動きがとれない。前には兵士達が槍を組み阻む。ようやくジェラートの意図が理解できた。アステマに復讐するつもりだ。
「すぐに死んでしまったら、面白く、ないからなァ!!」
そのまま、なんども殴打をくわえる。
右から、左から。力任せに、憎悪がこもった攻撃がアステマを襲う。
アステマは逃げることもできず。まして魔法を唱える隙もない。
木製とはいえ身体を支えられる太さの杖だ……。
「あと、頭もよせ。すぐに気を失ってしまうからな!! ははは」
笑いながらも容赦の無い打撃は続いている。そのたびに肉を打つ鈍い音が闘技場に響く。
「なるほど、自分がまちがっていました陛下」
「まったく。そのとおりですな」
「さすがは、皇帝陛下だ!」
皇帝の哄笑にあわせるように、ドッと、まわりからも下卑た笑いが起こった。
「このように、長く愉しめないだろ! なぁ悪魔! この悪魔! 汚らわしく、忌々しい悪魔めが!! おまえに復讐できる時をわたしは待ち望んでいたぞォ!!」
「かは……っ」
数十度目の殴打でたおれこんだアステマ。その口端からは鮮血を垂らしている。
腕で頭をかばう状態で丸くうずくまり、しろい肌がところどころ濃紫に染まっている。
……クソが、ふざけやがって。クソが……。
「はは、これは傑作ですな」先ほどの騎士が笑いかける。
「ククッ。だろ? おまえのようにしては勿体ない。……とはいえ、また死にそうになっても、どうせ回復させればいいから、べつに構わぬか……それを貸せ」
そういって、騎士の手から、血のついた金属棍棒をとるジェラート
「おお、これは重い」ニヤつきながら、金属棍棒メイスに持ち直す。
呻くアステマの頭に……。
それを重ね――
アステマはかろうじて、頭だけをうごかしてオレのほうをみる。その瞳からは、オレを咎めるでも、助けて欲しいといった懇願もかんじられない。これからじぶんの身に起こるであろう過酷な運命のまえに、ただただ、オレの姿を映していたいという儚げで朧げな色をのせた、まるで夕陽のような紅い瞳で……いわば暮れゆく色の瞳。
まるで異世界にきてから過ごした、アステマと出会ってからの楽しい日々が終わり、それがすべてまるで白昼夢であったかと錯覚させるような。暮れる色。
「ジェラート! それいじょうは、やめろォ!!」
たまらず、オレは叫んだ。止めようとするオレを複数の兵士が阻む。
向けられた槍の切っ先が、オレの身体に浅く刺さった。オレへの警告のつもりだろう。すこしでも前に進めば、そのまま身体が貫かれる。
だが、オレは構わず前に進んだ。
とうぜんオレの身体は貫かれた。
しかし、オレは進む速度を緩めない。
異物が身体に入るのを感じながら前に。激痛をこえた灼けつきに似た感覚が身体にはしるが、アステマだけを見て前に……。
金属でできた刃の部分を過ぎ、柄の部分を過ぎる。串刺し状態のままとにかく前に。……アステマ。……アステマ。おまえはオレが救うからな!
手段? 方法?
いまは、そんなの知るものか!
「うっ、止まれ! 止まれ!」
「止まるかよ!!」
兵士が握った手元までオレの身体が到達した。
目の前に肉薄した兵士は、オレの予想外の行動にあきらかに動揺している。普通の人間ならここまでやると確実に命は無いだろう。だけど生憎オレの身体は普通の人間では無い!
そこまできて、オレは力をふりしぼって地を蹴った。
勢いついたオレの身体の重さに耐えかねて兵士が槍を手放す。
――チャンスだ!
オレは自らを貫く槍をそのままに駆ける。アステマの元へ!
意図を察した他兵士の槍がオレの身体を背後から刺すが、間に合わない。
最後は倒れ込むように距離を詰め――
「!? て、手を離せ!」
ついに、ジェラートの棍棒に手が届いた!
そのままとりつくように握り込む。
「ぜ、絶対に……離すものか!!」
「離さんか! ペテン師め! 死に損ないは大人しくしていろ!」
嫌悪といったものを漲らせるジェラート。棍棒を振り上げようと動作するが、オレはがっしりと掴んで離さない。
「ふざ……けんなよ、テメェ! オレは……オレ達は、おまえを助けたよな! それなのに何故だ!」
「助けた……だと?」
「そうだ。追われていたおまえを救ってやった。忘れたとはいわせない!」
ボロボロでいまにも死にかけていた憐れな男を思い浮かべる。ドラゴンに食われるか、他の人間に殺されるしか運命のなかった、かってのジェラート。
「救ってやった……だと? ふざけるなペテン師! そうなったのは誰のせいだというのだ! はやく、こいつを取り押さえろ!」
短い返事と共に兵士達が動き、オレはジェラートから引き剥がされた。
「なにが異世界の勇者だ! 悪魔の仲間……手先めが!!」
こんどはオレに向け打撃が放たれる。
――ゴッ。
肉を穿つにぶい音と、金属棍棒の重い衝撃がオレの左腕から伝わってきた。
「ぐぅ……っあ」
これは砕けた……な。
クッソ痛むけど。
そのぶん確実に目の前のアステマの痛みは減っている……だから、平気だ。
おもえば閉鎖された大商人の屋敷内で暮らしてきたオレ達は、食料や水をはじめとして、いろんなものを分け合って生きてきたよな。喜びや感動といったものまで含めてぜんぶ。
だからさ、こんどは痛みを分かち合おう。
これから起こるであろう不幸も……分かち合おう。
お前だけに痛くて辛い思いはさせないからな。いっしょに……。
「どうしても邪魔をするなら、貴様からあの世に送ってやってもいいんだぞ! その口先だけのペテンしか詰まっていないクズ頭を潰してやる! もう死ね!!」
ジェラートがおおきく振りかぶったそのとき――
「や……めて。ダイス……ケには、てをだすな……」
弱々しくジェラートの足を掴むアステマ。
そんなにボロボロなのに、よせって……おまえ。
「ほう、こいつを庇うつもりか。自分勝手に生きる悪魔の分際で。仲がよいことだな」
オレへのタゲをアステマへ変更したジェラートは、その髪を乱暴につかんで立たせる。
「安心しろ。おまえにはこれから、その罪をたっぷりと身体に刻み込んでやる。せいぜい期待しろ、クックク……」
「は? なんの話。罪なんてひとっつも思い当たらないんですけど。弱っちいやつらがまとめてドラゴンにやられたことなんて知らないし。あ……そういえばあんたさ。まえから聞きたかったんだけどさ、片足どしたの?」
苦痛に顔を歪めさせながらジェラートを煽るアステマ。
まるで、やるなら自分を攻撃しろといわんばかりに……。
「思いださせてやるさ。父の分……兄の分。そして、このわたしの足の分の罪をなァ!!!!」
掴んだアステマの頭を乱暴に地面に投げつけるジェラート。
アステマは顔面から叩きつけられて、闘技場の土まみれになる
「ここで死んだ方がよかったと後悔させてやるぞ悪魔。じっくりと手間暇かけて我が帝国の粋を極めた拷問フルコースを振る舞ってやる。土下座してわたしにひざまづいて泣いて許しを乞うようになるまでなァ。そのあとで――」
「火あぶりだ」




