騎士団諸君。三途の河を整列して渡るがいい
祭り当日。
年に一度の祭り。闘技場は大いに盛り上がっていた。多くの観衆に混じり、豪華なしつらえの貴賓席があり、そこには皇帝や大臣といった帝国の重鎮が居並んでいるようだ。オレとアステマは貴賓席のすぐ右側に。騎士団連中は左側に位置している。
「さてっ! おまたせしました全世界のみなさま! ついにバレンヌシア帝国『ドラゴン追い祭り』開催直前! 会場の熱気は最高潮ですっ! それでは祭りの主催者である大神官ガトー様に――」
アステマがオープニングトークを配信している。
そんな中、オレは騎士団連中の、ライバル視する視線を感じていた。その目は「異世界からきた馬の骨にやらせはせん」という、敵意にみちている。
居心地の悪さを感じていると、三人の若い騎士がオレの近くに寄ってきた。
「異世界の勇者と聞いたからどんなやつかと見にきたが」
「なんだ貧相な男だな」
「わざわざ様子を見にきて損をした」
それぞれが大層ご立派な金属甲冑を身につけている。鎧に施されたその意匠から、身分の高さがみてとれた。おおかた貴族の子弟といったところだろう。相手をしても時間の無駄と思われたので、オレは無視をきめこむ。
「まったくだ」
「こいつじゃ、小型のドラゴンも狩れないだろう」
「石でもめくってトカゲでも狩るんじゃねーの?」
下卑た笑い。完全にオレを見下している。
「やめないかおまえ達!」覇気にあふれた声が響いた。
「なんだと! 誰にものを……」
「あ、おまえ止せ!」
「べ、ベクトール様……失礼しました!」
騎士ベクトールが現れる。昨日アステマの配信につきあってくれた男だ。三人が一斉に恐縮して居住まいを正した。
恐縮するはずだった。このベクトール。じつは皇帝の息子でしかも長男。つまり次期皇帝なのだ。武勇に優れカリスマ性も十分。いまも会場の女性達の熱い視線を浴びてい――しねばいいのに……。
そのうえ、オレやアステマへの態度も紳士的でいい奴。血筋がよくて有能でハンサムで性格もいいなん――しねばいいのに……。
アステマの配信で、彼の存在を世界にアピールしたいという、帝国の目論見もあるのだろう。アステマの世界配信担当かつ、オレたちのエスコート役だった。これ以上無い宣伝だ。
「異世界の勇者。ダイスケ殿に非礼を詫びるんだ」
ベクトールがそういうと――
「「「もうしわけありませんでした!!」」」
三人の若い騎士が勢いよく頭をさげてくる。
「お互いフェアプレイでやろうじゃあないか」
オレはそういって、笑顔をおくる。
「……なんだコイツ」
「気持ちのわるいやつだな」
「いこうぜ。もどって団長に報告しよう」
オレの雰囲気に不気味さを感じたのだろう。戸惑いをうかべながら三人の若い騎士が去った。
「(せいぜい吠えろ。その口もじきにきけなくなる)」
「もうしわけないダイスケ。気分を害されたのなら、私からも謝罪する」
「それには及ばないさベクトール。彼らも祭りで舞い上がってしまっているのだろう」
「そういってもらえると助かる……」
「気にしないでくれ」
この祭り会場がおまえ達騎士団の最期の戦場なのだ、おまえ達に永遠の安息日をくれてやろう。アステマから貰ったアイテムの力で……。
☆
「……ベクトール兄さん」
ベクトールとたわいのない話をしていたら、女性――いや男か。やさしい眼差しの美青年が、遠慮がちに声をかけてきた。
「どうしたジェラート?」
「……父が、皇帝陛下がお呼びです」
「父上が? わかったすぐに行く……。あ。ダイスケ。こいつの名はジェラート。私の弟なんだ」
「はじまして、異世界の勇者様」
そういって、オレに会釈するジェラート。そのしぐさは優雅で、男性のものとは思えない。体つきも細くて、すべてが男らしい兄のベクトールとは、ぜんぜん似ていない。
「……それではダイスケ。祭り本番ではお互いにがんばろう。異世界の『お祭り男』の戦いぶり。私は楽しみにしている」
ベクトールと弟のジェラートは去って行った。祭り直前でいそがしいのだろう。
☆
「――いやな奴らだったね騎士団の連中。ベクトール達はいいヤツっぽいけど」
去ったベクトール達と入れ替わるように、配信を終えたアステマが近寄ってきた。
「いわせておけアステマ。寛大なこころでゆるそうじゃあないか。己の運命もしらぬ……憐れな、小動物の諸君を」
小動物。そう、かれらの命はオレの掌に転がっている。いや、もうすでに転げ落ちているのだ。そのことを、アステマからもらった黒いノートにびっしりと埋められた人名が物語っていた。
――死亡予約を入れておいた。
祭り参加者が事前に死ねば、祭り自体が中止になる恐れがある。『ドラゴン追い祭り』は始まる。そのうえで、しばらくしたらオレ以外の祭り参加者全員が謎の死を遂げる。そうすればオレが自動的に優勝だ。ククッ……バレンヌシア帝国騎士団。三途の河を整列して渡るがいい。大勢のお仲間と共に。せいぜいあの世で、戦争ごっこにでも興じていろ。筋肉バカどもが。
「……なんかすごく変わったね……ダイスケ」
そんなことをいうアステマ。
「そうか? そんなことは。――フッ……あるだろうな」
なにしろオレは力を得た。何者にも負けぬ絶対的な力を。そう、いまのオレはただの平凡男子高校生ではない。いうなれば――神だ。力を得た人間は変わるという。それが事実ならば、オレも変わったのかもしれない。
「すごく……………………かっこいい、かも……」
「あ? なんかいったかアステマ?」
会場のボルテージは最高だ。歓声で、アステマの台詞のさいごの方は聴きとれなかった。
「……べ、べつに、なにもいってない」
「……さようなら。さようなら騎士団の諸君」
「え? ダイスケ、なにかいった?」
オレの声も同様に、歓声にかき消されたようだ。
「…………」アステマのその問いに、オレは答えなかった。