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その時ダイスケは動いた。~ダイスケの屈辱

「ダイスケにやられるのなら、あたしは本望。さ、はやくして」


 胡座をかくアステマが、すべてを悟ったような声音でつぶやいた。


「!? ま、まて! ……あ、そうか」


 オレは構えていた短剣を下げる。そんなことに気がつかないほどに緊張していた。とっさの勢いでこうなったけど、愛する者に剣先を向けるなんて、ありえない。……ニケアとアステマの争いは止まった。それはよかったけど……。ニケアは何故? こんなことを言い出したのだろう?


「ニケとお幸せにね……」そういって、目をつぶるアステマ。すっかり覚悟をきめている。じぶんが排除されるものだと決めつけている。先日もオレは『ニケア』を選択したのだから、むりもないか……。



 ☆



 しばらく間ができたが、もちろんオレがアステマに剣を突き立てることはない。ずっとうつむいて、言葉を発していなかったニケアが口をひらいた。


「どうして……。どうして刺さないんですか……」


「……そ、そんなこと! できるわけないだろ!」


「刺さないと、ニケはダイスケさんの元から去ります。それでもいいんですか?」声が震えている。いつも小さいニケアが、いっそう小さくみえる。なにかにおびえているようだ。


「そんな無茶な……」


「ニケは本気です」



「それでも、……………………無理だ」



「ダイスケ……。いいんだよ。恨まないからあたしを刺して。できないのなら、あたしが去る……。そうすれば……」


「それは、……ダメだ」


「……そうですか。やっぱりダイスケさんの心の中には、常に悪魔がいます」悪魔とはもちろん、アステマのことだろう「そんなこと……わかっていたんです」


「話が、みえないんだけど……。だって、あんたとダイスケ……。その……しちゃったんでしょ。さいごまで……」


「……そ、それは……その」オレが言いよどんでいると、ニケアが応えた。


「ニケ達は、さいごまで。……してません」


「え!? マジで?」


「ニケアのいうとおり…………本当だ」


「ほんとうに? ほんとうにさいごまでしてないの?」


 ――コクリとうなずくニケア。 


「……そ、そうなんだ。…………………やった」ちいさくガッツポーズをするアステマ。


「…………………………………………………意気地なし」


 そんな様子を横目に、ニケアの碧い双眸がオレを射した。



「……………………ごめん」



 ☆



 そう、ニケアに別の部屋に連行されたあと。尋問も小一時間たつと、さすがに交わす言葉がなくなった。


 話が途切れ――しぜんと唇をかさね。イチャイチャがはじまったのだが、オレの中にはつよい高まりがあった。それはニケアも同じようで、いつもは止まるはずの行為のラインもやすやすと超えた。さいごまで。は、祭りがおわって『結婚したら』という約束だったのだが……。


 あの黒ドラゴンをあらためて見て、オレとニケアの中には心境の変化があったのだ。ノートの効果が通用すればいい。でも通用しなかったら……。そう思うと、とにかくオレは不安だった。それはニケアも同様だったようで……。もし、どちらかが命を落とすことにでもなれば……。永遠に()()機会がなくなってしまう。そう考えたら、目の前の相手を強く抱かずにはいられなかった。


 しかし、いよいよさいごのとき。オレのすべてを受け入れようとする愛するエルフをまえにして、オレは……。


 ――できなかった。


「緊張している」「体調がわるい」と、その場ではニケアにはごまかしたけど。いまならハッキリとオレには理解できる。


 部屋の向こうにいるアステマのことが気になって。キャハハと笑うアステマの笑顔がちらついて。そんなアステマとの関係を壊してしまうことが怖くて……



 ――できなかった。



 ☆



「どちらか選んでください。ニケか? アステマさんか?」


「そんなにいうのなら……」


 ようやく、選択をせまるエルフの意図が理解できた。


 ニケアは、オレがアステマに寄せている、好意を超えた感情に気がついたのだ。それを確かめようとしている。ならば――


「わかったニケア。正直にいおう。……よくきいてくれ」


 オレは、真正面から応えなくてはいけない。


「……おねがい、します」ニケアは、グッとちいさいくちびるを噛み。拳を握りしめている。なにかを覚悟するといった様子だ……。



 ごめんニケア。本心をいうよ。ごめん。


 意を決し。おもいっきり息を吸い込み――



() ()() ()() ()() だ!!!!!!!!」



 オレは、じぶんの人生で出したことがないというレベルの、これいじょうないぐらいの大声で叫んだ。



 ☆



「身勝手ですね……」やっぱりといった表情でニケア。


「……へ? どっちも? どういうこと?」ぽかんとしているアステマ。


「身勝手でいいんだ。ニケア! アステマ! おまえたち! オレのこと好きか?」


「……はい」「………………うん」


「オレもおまえたちのことが好きだ! 大好きだ! それでいいだろ!! だから、どっちも去ることは許さない。オレはおまえ達に選択肢を与えない! わかったか!!」


「酷いですね……」「まさに、魔王…………」


「だから、オレとずっといっしょに居ろ!! っうか、二人ともいてください!! マジで! 去るなら泣くぞ!! 本気でオレが泣くぞ!!」


 ――ズサーと、オレは土下座をキメる。


「すんません! そういうことで、お願いします! ニケア! アステマ! どちらかなんて、オレは選べません!! どっちも好きです! 好きなんです!!」



 ☆



「……あきれました」


「――プッ。ほんとだね。あんたと争っていたのが、馬鹿らしくなっちゃった。なんてぶざまな姿。ニケはさ、……ダイスケでいいの? こんなやつ、捨てるならいまのうちじゃない?」


 土下座しているオレの頭上を過ぎるエルフと悪魔の会話。


「アステマさんこそ……捨てたらどうですか?」


「…………。こんな、なさけない男。…………あたしは、ほっとけない……かな」


「奇遇ですね。ニケも、こんなになさけないダイスケさんを、ほっとけないです」


「嫁はアンタに譲る。でもいちばんのトモダチはあたし……」


「……わかりました。それでいいですよ」


「ニケ。あんた……。……あんがい、いいエルフだね」


「アステマさんも……。あんがい、いい悪魔です」


「キャハハ。いい悪魔か……。あたしはそんなこと、言われたことないけど」


「そうでしょうね。でも、なんとなくニケにはわかるんです。……だって、同じ人を愛してしまったのですから……」


「……うん。そだね」


「でも、まけませんよ。だってニケは妻なんですからね」


 そういいながら、胡座をかいているアステマに手をさしだす。


 ――パシーン。


 その手をおもいっきり弾くアステマ「なれ合うつもりはない」そっぽをむいて、ひとりで立ちあがる。


「それでこそ、ニケが認めた。アステマさんです」


「よかった。そうだ。どちらが上だなんてことは無い。どちらかを選べば楽かもしれない。でもどちらも選んで、選び抜いてみせる。ただの優柔不断、問題の先送りかもしれないが……オレはこの道を全力で押し通る! ニケアとアステマ。いわば氷と炎。その両大河の中心線をまっすぐに、ほそい道をただまっすぐに歩む漢。それがオレ!」


「……いい感じっぽいセリフのところごめん。あのさ……土下座もうやめたら? ぜんぜん格好よくない」


「そうですね。もういいですよ。ダイスケさん」


「うん。そうする」そうしてオレは立ちあがる。そこには2人の愛すべき少女がいる。エルフっ娘と悪魔っ娘。その表情はいつもとかわらない。……いや、慈しみを加えた表情でオレをみてくれている、受け入れてくれている。


 ごめん……ニケア。


 ごめん……アステマ。


 これが本心。いまのオレの、偽りのないオレの本心。


 それぞれに『君だけを愛している』と伝えたい。でもそれは嘘だ。この場でごまかして嘘をつくことは易しい。


 頭にうかぶのは、オレの両親の姿。上っ面ではよい夫婦を演じ続けた……社会的な体面のために、関係を続けた不幸な男女の姿。


 そんなの取っ払えばいいのに……。本音で生きればいいのに。そのことをオレに教えてくれたのか? と思えるほどに愚かな人間。


 父さん、母さん。だからオレはあなたたちのようにはなりません。


 オレは本音で生きます。異世界で好きなように生きます。生きてみます。


 だから、これでいい。オレは恥をかいたかもしれない。みっともないかもしれない。最高の屈辱だろう。最強にかっこ悪い。



 ……でも、なにも失わずにすんだ。




「嫌いです。ダイスケさんなんか大嫌いです」


 そういって、オレの胸にとびこんできた。エルフ少女。


「あ、ずるいニケ! あたしもダイスケなんて大嫌いだ!」


 ぐいっと、ニケアを押し出すようにアステマもとびこんできた。負けじと押し返すニケア。オレはそんな、かけがえのない2人を強く抱きしめた。異世界で得たかけがえのない存在達を。



 ☆



「あの……、取り込み中すまないのだが。そろそろドラゴン倒しにいかない?」


 完全空気と化していたジェラートの一言。



 そのとおりだと、オレ達ぜんいんがおもった。

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