ふたたび燃え上がるアステマとの関係
「いったいだれが、こんなことを……」
盛大に燃えさかる屋敷の炎で、オレ達の陰はながく後ろに揺らいでいる。
「ダイスケさん……」
オレの服の裾をぎゅっと掴むニケア。いいたいことは解る。
オレとニケアの思い出がたくさんつまった屋敷。
居心地のいい部屋。ふかふかのクッション。ニケアと、どれだけの言葉を交わし、触れ合いを重ねてきただろう……。
できれば、ずっとこのまま暮らしたかった。もし祭りを終えることができたのならば、ジェラートにかけあって、この屋敷を報酬に貰おうとさえ考えていた……。
だが、それは叶わない。どんなに願おうとも、2度と同じモノは手に入らないのだ……。まるで過ぎゆく時のように。
「誰がこんなことを……」
オレはそんなことを口から漏らし、何気にアステマをみた。しゅんかん目があって、反射的にパッと目を反らすアステマ。しかも、手を上に組んで、音程のズレた口笛まで吹いている……。
おまえか……。
ですよねーーーー。
「アステマさん。どうしたんですか? きゅうに口笛なんて吹いたりして」
「べ、べつに……」
「あ、キサマ。まさか!?」憎しみのこもった視線でアステマを睨むジェラート。勘がいい。
「あ……う……」
言葉に詰まるアステマ。そんな悪魔をジトッ。と睨むニケアとジェラート。みるみる場の空気が悪くなる。
「そんなことよりも! 陽が暮れる! とにかくいまは、こんや泊まる場所を確保しよう。ごめんニケア、また先頭を頼む」オレは嫌な空気を断ち切るように言葉を発した。
「……は、はい! ダイスケさん!」
「ジェラートとオレは真ん中。アステマは後方。わかったか?」
「……了解した」
「う……うん」すぐれない顔色で、アステマから弱い返事が返ってきた。
☆
オレ達は、闘技場と屋敷の途中にあった、比較的マシそうな民家に宿をとった。もちろん、中は荒らされており、戦場のなかにある廃墟といった様子だ。
「なにもありませんね……」
「そうだな……」
家の中の戸棚なんかを漁るのだが、とうぜん戦果ゼロ。屋敷があるからと気軽に闘技場に行ったのが裏目に出た。食糧や水も最低限しか持ち出していない。
「雨風がしのげればそれでいい。……と、いっても魔力ドームの中だから、雨も風もないけど……はは」
「ふふ……そうですね」やわらかな笑顔をうかべるニケア。
それでも、壁と屋根があるというのは安心なものだ。
「夜が明けたら、闘技場にいこう」
「それしかないですね……」
「ジェラート、絵をまた頼むよ」
「それはよいのだが……」チラとアステマに視線を流すジェラート。
「いいたいことはわかっている。でも、今夜は休もう」
オレは話は終わりとばかりに、傍らのエルフにボロ毛布をかけ、頭をやさしくなでた。彼女の澄んだ碧眼にうつるオレの表情は、おだやかなものだった。自分自身、こんな表情をする日がくるなんて、異世界に来る前は思いもよらなかったことだ……。
頭のなかはいろんな考えがめぐっている。
……もしかしたら、明日もドラゴンは首を巻いたままかもしれない。
もしかしたら、ノートの効果がドラゴンに効かなかったとしたら……。
もし……戦う事になって。彼女を失うようなことに……。
……よそう。いまはそんなこと考えても仕方が無い。
もはや住むところはおろか、水も食糧も無いのだ。
決戦を挑むしか、選択肢はない。
オレ達の明るい前途への路は、どこまでもか細く頼りない。
☆
夜半。
オレはトイレに立った。隣の部屋までいって、そこで手軽にすまそう。行儀は悪いが、外まで行くのは色々と怖いし……。
「やっぱ、身体痛ぇな……」
ほぼ直に床に寝ているのだ、ぜんぜん疲れがとれない。屋敷のベットとは大違いだ。
そんなことをつぶやきながら、用をたしていると……背後に人の気配がした。
「ダイスケ……あの」アステマの声だ「……さっきは」
「なにもいうな……」
「で、でも……」
「…………。すんだことだ」
「だけど……」
「どうせおまえのことだ、アスニャンを火葬したんだろ。屋敷のなかで」
「すべておみとおしか……」
ビンゴかよ! と心中でツッコむオレ。どんだけだよアステマ。
屋敷が炎上した原因は、こいつの火の不始末だった。
「ダイスケ。聞いていい?」
「なんだ」
「なんでダイスケはあたしに優しくしてくれるの? なんだかんだいって屋敷に置いてくれたし、さっきはあたしを庇ってくれたよね?」
「それは……トモダチだからだ」
そういったオレのなかに、チクリとしたものが刺さる。
トモダチ……。便利な言葉だ。
解っている。そんな関係ではないことぐらい……。
そんな関係で満足できて、おさまってしまうほど、アステマに対する想いが、ちいさいものではないことぐらい……。ニケアのことが大好きだけど。こいつのことも……。おバカでお調子者だけど……毎度毎度トラブルをもってくる悪魔そのものだけど。ニケアにはない魅力をかんじてしまっている。オレの中でふくらんでいる、割り切れない想いがあることを否定できない。
「トモダチ……。そっか。……あのさ、ダイスケ……。好きにしてもいいよ」
「好きにって……」
「その……せふれ。遊びでも、いい……」
オレの背中にそっと触れてくるアステマ。ちいさな唇の感触がした。




