ダイスケの死Ⅱ(通算三回目)
アステマの寝室の前にきた。このままだと、次に殺されるのはオレかニケアの可能性が高い。屋敷での凶行を、ここでとめなければいけない。
「……ダイスケさんはニケの後ろにいてください。アステマさんが抵抗するかもしれません」
ニケアの瞳が碧く輝く。冷気が満ち、身体からはゆらゆらとブルーの闘気があがる『エルフの魔装剣士』の、戦闘モード発動だ。氷をだして両手に纏った。右手に剣を、左手にシールド状に展開を済ませる。いうまでもなくニケアは、みためこそは幼さをのこす可憐なエルフ少女だが、その近接戦闘力はハンパない。バリッバリの前衛型だ。
対するアステマは、炎魔法を得意とする魔法使い系なので後衛型といえるだろう。だから室内での戦闘では圧倒的にニケアに分があるといえた。しかもいまのアステマは、オレに魔力を渡してしまったので魔力がない。ニケアもそのことが解っているのだろう。その表情からは、勝利の自信がよみとれた。
そういうオレは、前衛とか後衛とか無関係。戦場に立つようなことをしない指揮官型といえる。そう、将たるものは、みだりに戦闘に身をやつすようなことはしない。軽々しく命のやりとりをするなど、そんなの野蛮。そんなの匹夫の勇。
……け、けっしてオレがよわっちいわけじゃ、ないんだからね! りっぱな役割分担なんだからね! ……ううっ、オレも力がほしい。強くなりたい。
「いいなぁ。ニケアは強くて」
「!? な、なんですかダイスケさん? そんなにジロジロみないでくださいっ」怜悧な表情のまま、頬を染めるエルフ嫁のかわいさはチート。反則級。
「とにかく、ダイスケさんはニケの後ろで気をつけてください」
いつもオレのことを心配してくれるし。いいお嫁さんだ。
「ありがとニケア。でも大丈夫だと思うんだ。アステマはオレ達には危害を加えない。だって、襲うつもりなら、とっくに襲われているはずだし」
「それは、そうですが……」
「どうせアステマのことだ『あいつらはムシャクシャしてやった。キャハハ』とかいうにちがいない。このロープで、速攻縛り上げるからさ。大丈夫だよ」
手に持ったロープを掲げてみせる。ニケアにやらせると本気でアステマを倒しかねないし、そんな事をさせたくはない。たとえ凶行を犯したとしても、オレはアステマを救いたい。
「……わかりました。ニケは援護しますから、気をつけてくださいね」
そうして、オレとニケアはしずかに部屋に入った。
☆
アステマが紅い眼を輝かせて「……よくきたな」と、待ち構えていた。
なんてことはなく。
フツーにベッド上にみつけたのはアステマのすがた。いつものようにネコみたく丸まって、スヤスヤと寝ている。こいつも、かわいいんだけどな……見た目は抜群に。
ニケアに黙って目線をやり、互いにうなずく。
「アステマ! 確保ォオ!!」
オレは叫び、ガバッとアステマに飛びかかった。
「へ? !? う、……うっわ! えっ! ダイスケ?」
「観念しろアステマ!」
「夜這い! ついにきた!? あたしがいくら魅力的だからって! むしろ遅すぎたぐらい!?」
両手をぶんぶんするアステマ。
「おとこの力でねじふせないで! む、無力だけど! いまのあたしは無力。いたいけで可愛いだけの美少女だけど! たしかにチャンスだけど。チャンスすぎるんですけど! チャンスですよお~!! キャー」
両手をぶんぶんするだけのアステマ。
「いや、あの……アステマ?」
キャーて……。本気で抵抗する気ないよねオマエ。むしろ、すんごくうれしそうだよね。しぜんと馬乗りになる体勢なんだけど……
「……………………やさしく、して」
瞳を潤ませてそっぽを向くアステマ。
手のひらはぎゅうっと、シーツを握りしめている。
「……あれ!?」
なんだこのリアクション。ちょっとヘンな気持ちになるんですけど……これって両者の合意の上だよね。そういう意味で無問題だよね? これが年貢の納め時というやつか。ついにこの日がきたようです。どうやらオレは、りっぱな魔法使いにはなれそうもない。はは……みんな。お先。
「…………なにしてんですか。ダイスケさん」
――ギン。と、すんごい冷たい視線を、オレにむけるニケア。
まさか!? ニケアにオレの思考が読まれていた……だと。魔装化は人の心を読む能力まで得られるというのか。なんという恐ろしい能力なんだ。
いかんいかん。オレは表情を真顔に換装する。ひつよう以上に高圧的な声をだすスタイル。
「オラァ! 大人しくするんだ、アステマぁ!」そういいながらロープでアステマを後ろ手に縛る。
「ファッ? なにしてんのダイスケ……あたしを縛ってどうするつもりだ!」
「アステマさん。神妙にしてくださいっ!」
「は? なんでニケまで」
「抵抗するなよアステマ! 大人しくしろよ」
「…………そうか、わかったよ。ついにこの時がきたんだね」
すべてを悟ったという顔つきをするアステマ。この状況では逃れられないと観念したのだろう。
「とうとう……ふたりだけじゃ飽き足らなくなったんだね。あたしを縛り付けて、ふたりのこういを見せつける的なプレイなんだね。なんて鬼畜なんだろうダイスケ。悪魔のあたしですら引くぐらいの鬼畜。であったときから見どころのある鬼畜っぷりだとはおもっていたけど……。ニケも、そんなダイスケに身も心もすっかり染められて……すっかり」
「プレイちゃうわ!!」「ち、ちがいます!!」うろたえるオレとニケア。
「それでこそ。新しい魔王に相応しい――」
「は? 魔王?」いまアステマが、さらっと気になることを言った「アステマ、それ詳しく」
「あんだけ二人でキスしたのに……キスだけじゃ物足りないんだねダイスケ……そうだよね」
「は? キス?」とニケア「アステマさん……それ詳しく」
「安心してニケ。あたしはキスしかしてないから。ダイスケはね。傷心のあたしの心の隙につけいるように。なんどもなんどもしつこくねちっこく熱っぽく……ずっとキスを」
「あ゛あ゛っ」
クワッ――とオレを睨むニケア。
うあ、怖ッ!
「ち……ちょ、ちょっとタイム! ……ええと、それはさ、あれだよ、アステマが落ち込んでいたから、それのフォロー的な……。そう! 心のケア! カウンセリング的な行為でさーはは」
「いつもより、たくさんしたよ」
「いつもより、たくさんね。ふうん。……そうですか」
「そういえば胸も揉まれた。ニケよりもおっきいらしいよーあたしの胸」
「ほほう……おっきい、胸……ね。そうですか。やっぱり胸ですか。胸なんですね……」
ニケアの瞳がおおきく見開かれている。オレを刺すような射抜くような視線。
「だまれアステマ! それでもぜんぜんひかえめだからな! って、ちゃう! こいつはオレ達を惑わそうとしている! まさに悪魔の囁きなんだ――ん」
「……でも、ニケよりもおおきいって言ってくれてとってもうれしかった。たまには、あたしからキスしたげる」
そういってアステマは、やさしく唇を重ねてきた。
「はいダイスケさん現行犯。アウトー」
「ぷは。ニケア。こうなったら斬れっ! 悪魔を斬れっ! 斬りすてい!!」
「わかりました……。覚悟してください」
「そうだ! 覚悟しろよアステマ!」
――ズバッ。
「ですよねー」
オレがニケアに斬られました。




