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凶行と疑惑

 28時間後。


 ――事態は急変する。


 陽がとっぷり暮れた真夜中。階下に降りて用を足した帰り、キッチンがある部屋から灯りが漏れていた。


「(……ロークとブッケかな?)」


 ふたりともお年を召されているから、いつもはそうとうに夜は早い。日暮れと同時に寝てしまう勢いだ。なのに今日に限ってこんな夜更けまで……なにをしているのだろう? なんとなく気になったので、部屋のなかを覗くと――


「……誰もいない、か」


 すると、ランプの灯りの消し忘れだろうか。


「……ったく、火事にでもなったらどうするんだよ」


 オレはその不用心さに腹が立ち、火元を消そうとランプの置かれたテーブルに向かう。


 ――ぶにゅ。


「!? え」


 なにかを踏んだ。足に伝わるにぶい感触。

 おそるおそる、じぶんの足下に目をやると、そこにあったのは――


「おわ! って、ローク……?」


 床にうつぶせ状態で倒れているじいさん。もちろん、ロークだ。オレが踏んだのは、その腕だったらしい「ごめんローク!」と叫んで、反射的にじぶんの足をはねのける。……って、そもそも、こんなところで寝るなよ……。


「あれ……。おい、ローク……どうした?」


 様子がおかしい。さすがに寝ていたら、腕を踏まれたのだから、起きるはず。

 でも、足下のロークはまったくの無反応。それになんか、全体的に固いんですけど……。


「(……おかしい)」


 オレはロークの口元に顔をちかづける。


 ――呼吸がない。


「し、死んでる……」


 オレはとっさにうしろずさり、腰の短剣を引き抜く。呼吸を止めどんな物音も逃さないように聞き耳をたてる。目だけを動かして部屋の様子をうかがった。ロークを殺めたヤツが居るかもしれない。だとすれば相当に危険な状況。己の心臓の鼓動を感じながら数十秒。


 とてつもなく長くかんじる数十秒。


 しかし、オレを襲うような存在はいなかった。物音すらしない。部屋の様子も、見た感じ荒らされたような形跡はなく、べつだん変化はない。ロークの遺体も外傷などは見当たらない……。


「もしかして、寿命か……?」


 すこしだけ緊張が和らいで、ロークをまたいで部屋の奥へ。すると、仰向でブッケが床に寝ていた。  

 ――ローク同様、彼女もやはり死んでいた。これはいったい……?


「寿命ラッシュ……? 二人ともそうとうに高齢だし……平均寿命が短そうな異世界では尚更…………って! そんなわけ、あるかいィイ!!」


 セルフツッコミ(性分)を済ませると、オレは考えを巡らす。


 ブッケの遺体もロークと同様に目立つような傷などはない。もちろん、ふたり同時に寿命などということは考えにくい……。だとすれば? すぐに考えついたのは、毒殺的な死因。それならば辻褄は合うけど……はたして、そうなのだろうか?


 ――パタパタパタ。近づく足音。


「たいへんですダイスケさん! アスニャンが! アスニャンが!」


 キッチンに飛び込んできたのは愛するエルフ。いつもおだやかな彼女が血相を変えている。


「どうしたニケア? 子ネコがどうかした?」


「……と、とにかく来てください!」


「そのまえに、まってくれ……これ」


「!? ロークさん……え、……ブッケさんまで………………しんでる……」


「……そのようだ」


「……そんな。ダイスケさん……じつは、アスニャンも」 


 碧眼に涙をためてニケア。


「しんだのか?」


「……はい」



 ☆



「……アステマ……ついに、ついにやってしまったか……」


「そのよう……ですね」


 アスニャンの遺骸を回収して、キッチンのある部屋に戻ってきた。置かれた現状にシリアスな表情をするニケア。おそらくオレの表情も同様だろう。平和だった大商人の屋敷で連続殺人+子ネコが起きている。


「クソッ――なんということだ!」


 オレは近くの壁を殴った。


 ……いつかはこの日がきてしまうとオレは覚悟していた。心のどこかでこの日がくることを予想していたのだ。残念だけど、人は悪魔との共存はできないということなのか……。そう、犯人と思われる対象は()()()しかいない。


 オレはなんとなく、野生動物のクマやオオカミを飼ってしまったような感覚にとらわれた。幼く、ちいさいころはいいけれど、大きくなると共存できない的な感覚だ。凶暴な本能がある野生生物は、ほんらいの野生に返さねばならない運命だというのか。凶暴といえば、悪魔ほど凶暴な存在はいないだろう。


  動機は十分すぎた。減り続ける食糧の確保のために、アステマが手を下したのだろう。ロークとブッケにはすまないことをした。


 それにしても、子ネコのアスニャンにまで手を下すとは……。やはり、じぶんを裏切ったことに、深い恨みを抱いていたのだろう。こちらも十分すぎる動機だ。


 それでも、オレはアステマを信じていた。心が通じ合っていると信じたかった。悪魔らしい悪魔だが、なにも考えてないおバカで憎めないところもある。でも、それは……オレの一方通行な想いだったのか……。そうなのか? アステマ。

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