エルフ嫁とのいちゃいちゃを邪魔する悪魔
最上階の部屋。この屋敷のなかでも、豪華な装飾が全面にほどこされた特別な部屋だ。主である大商人がくつろぐスペースだろう。窓からの景色も街を一望できる最高のロケーションだ。そこにある大きなサイズのソファーの上にオレとニケアはいた。夕刻のオレンジが窓から斜めに差し込んでいる。
――カラン。と、グラスの氷が溶ける音。
ニケアの出してくれた氷にまじって蜂蜜酒はだいぶ薄まっていた。あまくておいしいので、こればかり飲んでいる。まだ樽単位で貯蔵庫にあったので、オレとニケアだけでは飲みきれないぐらいだ。この屋敷の元の主様に感謝だ。
「今日もかわいいねーニケア。肌すべすべだ。エルすべ肌だ」
オレはニケアを包み込むように、うしろから抱っこしている。両手はもちろん、その服のなかへ滑り込ませ、肋骨を指でなぞったり、呼吸にあわせてうごく肌の起伏といった感触を存分にあじわっていた。
ずっとニケアのターンって感じ。ずっとこうしていたい感がハンパない。どんだけさすっても、飽きないねコレ。
――コンコン。
ドアがノックされた。突然の来訪者のようだ。
「ったく……誰だよ」
途端にオレは不機嫌になる。だいじなスーパーエルフタイムを邪魔するとは……。ロークとブッケではないことは確かだ、ニケアとこの部屋にいるときには来ないよう言ってある。ジェラートは部屋に篭もりっきりだ。
……と、すると1人しかいない。
「アステマか?」
「…………」
無言。他の誰かなら返事をするだろうから、アステマでビンゴだろう。なので、スルーしてニケアの髪に顔をうずめる。くんかくんか。
「ニケアっていい香り……エルフってみんなそうなの?」
「……そう、ですか? ……じぶんではよくわからないので」
「うん。花……いや、爽やかな草の香かな。しいていえば草原を吹き抜け――」
――コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン!
ノック連打。
「なんだよ!」
……雰囲気ぶちこわし。オレの至福の時間を邪魔するなんて! さすがにイラッときたので、乱暴にドアを開ける。
「…………」
そこには、やはりアステマ。オレと目すらあわさずにズカズカと部屋に入る。そのまま奥まですすんで、部屋の隅に体育座りをした。
「って、おい……オマエ」
「……おかまいなく」こっも見ずにアステマ。
「なんかオレに用か?」
「……どうぞ、つづけて」
「…………いいんだな。その言葉に、二言はないな?」
そうか……続けていいんだな。オレはそんじゃそこらの男とは違う。ここで躊躇ってイチャイチャを止めるような男じゃないからな。ならばスーパーエルフタイム続行です。オレはニケアとの定位置にもどると、その耳に唇をつけた。とがった先端からピクンと反応。
「……あの? ダイスケさん?」
「ニケア。だいじょうぶ、気にしないで。アステマはいないものとしてあつかうから。部屋に飾ってある置物だと思って」
「で、でも……」
アステマを見ると、抱えた膝の間にはんぶん頭をうずめ、こちらをガン見。かんぜんに、かまってちゃんモードが発動している。うす暗い部屋の隅で、その両眼だけが紅く輝いている。
――怖ッ。
……でもダメだ。ここでスーパーエルフタイムを止めてはアステマの思うつぼ。これは悪魔との闘いだ。オレのエルフ愛を試そうというのか……神よ。エルフの神よ御照覧あれ! こんな悪魔のプレッシャーごときでひるむオレではない。
「……あたしは女神にあこがれていた。ちいさいころ読んだ絵本。その多くに女神がでてきた」
「は? アステマ。なにをいって――」
と、アステマを見ると――サッと顔を膝に埋める。いかんいかん。ヤツの手だ。ここでリアクションしてはいけない。構ってちゃんを構うとつけあがるだけだ。
「……人を幸せにして好かれる女神。たいして悪さをして嫌われる悪魔。神がいるとするならば。なぜあたしは生まれながらにして悪魔なのか? なぜ女神は、うまれながらにして女神なのか? そんなの……ずるいよ」
ずるいぞアステマ。気になるじゃないか……こんな独白を、このタイミングでブッ込むとは……なんという攻撃だ。どうあっても、オレのスーパーエルフタイムを邪魔したいらしい。
「いたっ」
「あ、ごめんニケア……」
つい、胸をさすっていた指に力を入れてしまった。エルフは華奢なんだから、やさしくあつかわないとね! うつくしいオレの嫁の肌に、アザでもつくったらたいへんだ。
「……だからあたしは……祭りを、『ドラゴン追い祭り』を成功させて、あのじじいに、ご褒美として女神に転職させてもらおうと頑張ったんだ……」
「いや! ムリだろその転職! ……しまった! ついツッコんでしまった」
にい――と笑みをうかべるアステマ。釣れた。と言わんばかりの表情だ。
それにしても、なるほどだ……。黒ドラとの対戦中に寿命でしんだじじいは、ロールプレイングゲームなどでよくある転職を司る大神官だったらしい。……でも女神って職業なのか? もしかしてクラスチェンジ最上位職? つかえない子の悪魔を、がんばって20レベルまで上げると転職できる的な感じ? だったらいろいろと納得だ……って、ダメだ。完全にアステマのペースに惑わされている! まだだ、まだ終わらんよ! オレはニケアの顔をわしっと掴み、こちらにむけてから、おもいっきりキスをした。わざと音をたてて唇を吸う。粘性の伴った音が部屋にひびく。だがオレの視線はアステマをガン見。これでどうだ。愛するエルフ嫁の前に、おまえのような悪魔の入り込む余地などない!
「ぐ……って、ニケアといちゃついてばかりいないで! すこしはまじめにあたしの話を聞け!!」
「うっさい! おまえこそ、オレのスーパーエルフタイムを邪魔するな!」
「いや……独白。だいじだから独白。あたしの想い届け!」
「はやらねぇよ!」
「は? なんだそれ! 気になるでしょ? あたしの過去だよ。なんで女神になりたがっていたのか? これはきになるよねー おおきな謎だよねー」
「ぜんぜんっ、興味ないね!」……ほんとうは、すこし興味があった。なんでアステマが女神になりたがっているのか? 悪魔のアステマがなんで女神の真似をしてたんだろう? でも、オレの口から出たのは「そんなの他所でやれ!」
「いや……ダイスケ。他所てどこ! ここいがいのどこ!」




