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アステマの苦すぎたあめ玉

「うーん。きゅうにそんなことをいわれても……あたしの家に帰れれば、なんかあるかもだけど……」


「なんだよ、使えないなアステマ」しかたがない。別のことで役にたってもらうか「じゃあ、キスな」


「えー。それって……ダイスケがしたいだけじゃ――ん」


 オレはアステマの唇をふさぐ。舌を奥にすすませると、アステマも反応して絡ませてくる。しばし無言で、お互いにむさぼり合うように感触を愉しむ。たっぷりと唾液を交換して、至近距離で見つめ合った。ニケアとのキスが癒やしだとしたら、こいつとのキスはただただ楽しい。なんてったって可愛いし。


「ま……いいけどさ」照れを帯びたアステマの表情「なーんか最近おおくない? このパターン」


「いいんだよ。トモダチだからな。とうぜんのことだ」


「そうなのかなー、ほんとうに人間のトモダチどうしってキスするのかなー」


「する」湿ったアステマの唇を眺めながら断言するオレ。嘘ではない。そういうトモダチ関係もあるよね。世界は広いから、あるよきっと。


 ……だ、断じて、これは浮気なんかじゃあないからね! だって、オレのニケアを愛する気持ちは微塵も浮ついていないから! ちょっと濃いめのコミュニケーションだから! よってノーカン。


 さて、続きを。そう思ってアステマの肩に再び手を伸ばすと――


 背後でズッ――と、なにかを引きずるような音が……。


「ニケア!?」


 ――そこに立っていたのは、愛するエルフだった。


 ……なんてな。


 だったら、間違いなくバッドエンディング。さすがに、この現場をニケアに見られたら即アウト。問答無用だろう。魔力がほとんどないアステマ。そしてオレではそもそも魔装化したニケアの前では話にならない。2人揃って仲良くあの世行きだ。

 それぐらいわかるから、そのような過ちをおかさないようにとドアには鍵をかけておいた。こういうイベントを防いでいくスタイルのオレは、やればできる子。なのでニケアという可能性はない。ロックとブーケも食堂にいっしょにいたから、この部屋の中にいる可能性はない――


 って、じゃあ誰?


「ね? ダイスケ? なんかいるよ……」


「……ああ、そのようだ」


 部屋の奥。うす暗い空間で、たしかに何かが動いた。アステマも気がついたらしい。

 オレは置いてあった剣を構えつつ、物音がした暗がりにランプの灯りを向けた。


「!? た、たすけてくれ! 命だけは……」


 ――そこには、全身ボロッボロの男がいた。


 変わり果ててはいたが、オレとアステマはその人物に見覚えがある。


「「ジェラート……」」


 オレ達の声がハモる。バレンヌシア帝国の次男がそこにはいた。……いや、父と兄を黒ドラゴンの前に亡くしたいまは、現皇帝であろうジェラートだった。


「異世界の勇者……か。よかった……たすか……った」


 かすれた声でそういうと、ジェラートはその場で体勢を崩す。


「おい、しっかりしろ!」


 駈け寄って声をかけるが、ジェラートの返事は無い。完全に気をうしなっているようだ。

 オレは隣にいるアステマに目配せをすると、その意味に気がついたアステマは、だまってうなずいた「あたし、みんなを呼んでくる!」と、立ち上がると、部屋のドアを勢いよく放つ。


 ――ゴン。


「いたっ!」


「あ、ニケ……。あんた、こんなところで、なにしてんの?」


「どうしたアステマ?」


 近づくと、扉の影にしりもちをついて、額をさする少女の姿。ニケアだ。


「……いたた。アステマさん……きゅうにドアを、開けないでくださいよ」


「ちょうどよかった、ニケア。ロークとブッケを呼んできて。知り合いなんだけどさ、このとおり病人なんだ」


「え……あ、はい!」


 そう声をかけると、倒れているジェラートを確認したエルフは、廊下を駆けだした。


 

 ☆



「あのさ……」


「なんだ?」


「……なんで、ニケは気配を消してドアの前にいたのかな。ダイスケは、どう思う?」


「そりゃあ、決まっている」


「うん……」


「オレ達は命拾いした」


 ドアに鍵をかけていて、大正解。

 たぶん……っうか、ぜったいオレ達の様子をみにきたのだろう。……うわ、あっぶな。



 ☆



 あれから、オレとロークでジェラートを寝室のひとつに運び込んだ。ボロッボロだった服を着替えさせてベットに寝かせた。そんな彼は片足を失っていた……ドラゴンに喰われたのだろう。その一点だけで、いままでジェラートが置かれていた環境が容易に想像できる。現皇帝でもこの扱いなのだ、ドーム内での帝国の秩序や統制といったものは、崩壊しているに違いない。全員が全員、己が生きるのに必死なのだ。


 そんなジェラートは、いまは穏やかな寝息をたてている。疲労困憊の極致だったようで、命に別状はないようだ。オレとアステマはベット脇でその様子を眺めていた。


「こんなふうになったのって……あたしのせいだよね」


「そのとおりだ……」


『ドラゴン追い祭り』を盛り上げようと、黒ドラゴン『冥王黒神暴君究極悪魔皇帝龍ヘルエンド・ダークネスオブ・フェルディナントワグナス』を連れてきたアステマ。その黒ドラを倒すはずの大神官ガトーが、対戦中に寿命で死んだのは想定外だったとしても……おもいっきり余計なことをした戦犯で間違いない。

 結果。黒ドラを誰も倒すことができないまま、祭り会場に閉じ込められて今日に至る……って、こんな説明をしている、オレ達の運命もまだ解らないんだが……。


「ジェラートにわるいことしたかな……」


「……だな。おもいっきり」


「そんなにわるいこと?」


「そりゃあ、目の前で家族を殺されて、国も滅ぼされかけて、自分は片足失って地獄みて……これ以上悪いことって、そうそうないだろうな」


「そっか……」なにやら思い詰めた表情のアステマ「…………。ジェラートが起きたら……あたし、あやまろうかな……」


「へ? アステマ。いまなんと?」


「すこしだけ……なんか、わるいことしたかなーて……」バツが悪そうにしている悪魔っ娘。


「…………(そんなことをしても、無意味だろう)」


 と思ったが。言わずにおいた。


「ダイスケは、どう思う?」


「いいんじゃないかな…………たぶん」


 予想外だった。予想外すぎた。


 ……そんなことを感じるだけでも、進化というか、変わったなアステマ。悪魔のくせに……。悪魔が人間に謝罪する。これって有史以来レベルでの画期的なことなんじゃないだろうか……。とはいえ、どんな言葉や たとえ命を差し出したとしても、贖えぬ、許されぬ罪はある。オレがジェラートの立場だったとしたら……。



 ☆



「う……ん? ここは……」


「あ!? ジェラート!」「気がついたか!」


「異世界の勇者殿……そうか、私は……」


「や、ジェラート」目を覚ましたジエラートに対し、掌をむけて、ニパッとした笑顔を向けるアステマ。


「!? 悪魔! 貴様!」そんなアステマへの敵意をむき出しにするジェラート。むりはない。目の前に父と兄を殺したやつがいる。


「お、おちつけって……」オレは間にはいって、それをなだめた。


「何故だ勇者殿? 何故こんなやつと、いっしょに……」


「いや、これには事情が……色々とあってだな……」


 そんなとき「ゴメンナサイ」と、アステマはペコリと頭をさげた。


「え? これは……」とつぜんの謝罪に戸惑う皇帝。視線をそのまま向けてくるが、オレだってどう反応していいのかわからない。


「あのさ……ジェラート。うけとって。お詫びといってはなんだけど……これで水にながしてね。……いままでのことぜんぶ。過去はもう忘れよう。あたしも忘れるから。未来志向で向きあおうね」


 そういって、握った手をジェラートに差し出すアステマ。すこし時間差があって、その掌が、ゆっくりとひらかれた。オレとジェラートの視線が、開かれたアステマの掌に集中する。


「……いったい」「……これは?」


 ――そこにあったのは……。


「「あめ玉……」」


「………………………………………………………………」


「これはあたしの、ほんの気持ちだよジェラート」


 ……ほんの気持ちすぎた。


「――ッ。馬鹿にするな! ふざけるな悪魔! おまえだけは、ぜったいに殺す!!」


 アステマにとびかかる皇帝。こんなにボロボロなのに俊敏すぎる動き。

 

「ちょ、待てってジェラート! 気持ちはわかる! すんごく気持ちはわかるから!」そういいながら、オレは全力で羽交い締めをする。……うん。アステマにしてみたら真剣に謝罪したつもりかもしれないけど……どうみても煽りでしかない。


「い、いたい! 放してよ! おまえなんだ人の好意を!」


 ……悪魔の悪意だろ。とおもったが、ツッこまないでおく。


「あったまきた! 火炎球ったろか! やんのか!」ファイティングポーズをとるアステマ。フーッと、牙をむいている。


「ここはいいから! とりあえず、あっちいけアステマ! ジェラートもおちつけって!」


「止めないでくれ! こいつは……こいつだけは……!!」感極まったのだろう。ボロッボロと涙をこぼすジェラート。すこし同情する。


「なんだそれ! こいつ頭おかしいよ! あやまったのに! あたしちゃんとあやまったのに! こいつ燃やしちゃおうよ! せっかく救ってやったのになんて恩知らずなんだ!」


「いいから、おまえは部屋を出ろ! あっちいけって!」


「わかったけどさ……。あーなんか。あやまって損したきぶん……」


 アステマはやれやれと首を振ると、――ポンと、手にしたあめ玉をじぶんの口にとばす「こんなに甘いのに。人間ってよくわかんない……」そういって口のなかで、コロンとあめ玉をころがした。


 悪魔と人間。わかり合える日はまだまだ遠い。

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