いっしょに住むためにニケアの誤解を解こう。アステマが真実を語る
「あの? トモダチって……どういう意味ですか?」
「ん? どうしたのニケア?」
オレとアステマの感動の交流を見守っていたニケアが、タイミングを見計らって声をかけてきた。
「ダイスケさんとアステマさんは…………もともと、トモダチですよね……」
「……あ、そうか」
「その、おとな…………な、関係の……」さいごのほうが聴きとれないぐらいに弱々しい。
そうだった。今回の事件の原因。オレと『セフレ』だというアステマの嘘。ニケアはそれを信じ切っている。死んだり生き返ったり、忙しかったから忘れていた。
「この屋敷にアステマさんに居てもらうの、ニケも大賛成です。……でも、その関係は…………」
唇をかみながらニケア。そうとうに言いづらそうだ『そんな関係は止めて欲しい!』そうつづけたいのだろう。あたりまえだ。……いや、だから……そんな関係はさいしょからないから! セフレな関係じゃないから!
「…………」
ニケアはうつむいている。オレ達の返答をまっているのだろう。アステマはこれから、この屋敷でオレ達といっしょに住むんだ。この最低な誤解だけは解かないといけないな。
「おいアステマ」
「ん? なに」なみだを拭いながらアステマ。ぼっちにとってトモダチを得たということは奇跡そのものだ。そこまでの感動をもたらすに相応しい神イベント。否! オレとアステマはもはやぼっちではない! ここに高らかに宣言しよう脱ぼっち宣言を――って話を戻す。
「みんなでこれからいっしょに住むんだからさ、ニケアに真実を話すんだ」
「真実?」
「あの嘘は……ダメなやつだ」
「あ……でも。それは……嫌。かな……」
「嫌って……でも、ニケアに悪いし。嘘はいけないだろ?」まさかの返答に戸惑うオレ。
「ぜ、ぜったいに、嫌だ!」ニケアを睨んでアステマ。
「あ……いえ、ごめんなさい。そうですよね……嫌ですよね」
アステマの強い否定に、かなしそうな表情をうかべるニケア。
「ダイスケさん。……ニケは……だいじょうぶ。がまん……します」
拳を――ぎゅ。と、にぎりしめている。ニケアはいい子だから、こういうときはじぶんが引いちゃうんだろう。
「いや……ニケア。そんなの……だいじょうぶな訳がないだろ。アステマ話すんだ……ニケアに真実を! あれは嘘だったっていうんだ!」
「嫌! だって……そんなこと、ニケに言えない!」
「じゃあ、オレ達といっしょに住めない」オレは冷たく言い放つ。言っているオレの胸にチクリとした棘がささる。
「う……」
「嘘をついたままで。誤解を与えたままでいっしょに居られないだろ? オレはさ、アステマ。おまえもニケアと仲良くして欲しいんだよ。おまえはたしかに酷いやつだ。でも、なんていうか……根は悪いやつじゃ無い。いや、根っから悪いやつなんだけどさ……悪魔だし。そこは仕方が無いっていうか……なんか、うまくいえないけど……うまくやっていきたいんだよ、な? アステマ。オレ達、トモダチなんだろ? トモダチになったんだろ?」
「トモダチ……。で、でも……あたしの口からは、いいたくない……」ポロッポロと涙をこぼすアステマ。くやしさをにじませている。
そんなにも嫌なのか。オレとの間になんにもなかったという、あたりまえの事実を告げ、嘘を訂正することが……。悪魔にとっては、じぶんがついた嘘を、じぶんで覆すというのは苦痛なのかもしれない。
「……アステマ、がんばれ。頼む。トモダチとしていっしょに居たいんだ」
祈るような気持ちで声をかける。オレの常識では、はかれない尺度がアステマにはあるのだろう。人間と悪魔。すこしずつでも理解して、距離を詰めていけたらなと思う。時間はかかるかもしれない。すぐにとはいかないかもしれない。そんなのあたりまえだろう。おなじ人間でも、おなじ国の人間でも、おなじ家に住んでいたって血を分けた関係の人間だって――絶望的なまでの心の距離がある存在はいた。
でも、アステマとはわかり合える気がする。わかり合いたいとオレは望む。
「ニケア。聞いて欲しい。オレとアステマの間には断じてヘンな関係はないんだ! いま、そのことをアステマがきちんと話すから。オレの大切なトモダチのアステマが話してくれるから……」
「……トモダチ……。そうだ、あたしとダイスケはトモダチなんだ。でも……」
☆
「ダイスケ……わかった」
たっぷり時間をかけて迷っていたアステマ。オレとニケアは、そのあいだ黙って見守っていた。ようやく決心してくれたようだ。神妙な面持ちできりだした。
「……ニケ。聞いてね」
「はい。アステマさん……」
アステマがなにを言うかは、ニケアも解っている。だけど、きちんと言葉にして、それをうけ取るという最期の儀式が残っている。この手順がないままだと、モヤモヤを抱えたまま過ごすことになる。
「……見栄でした」
羞恥からだろう、顔を真っ赤にするアステマ。「あれはあたしの見栄。嘘だったんだ……」
……うん、そうだなアステマ『セフレ』だなんて、オレの嫁であるニケアに対抗するために、とっさについた嘘だ。事実が欠片もふくまれていない嘘。勇気をだしてよくいってくれた……。
「嘘……。そうだったんですね……」
アステマの告白にながい耳をかたむけるニケア。その言葉と様子から、真実がどこにあるかは判断できたのだろう。それほどまでにアステマの告白は真剣で真摯なものだ。ニケアの表情がやわらいだ。
……よかった、どうやら誤解は解けそうだ。ニケアは賢い子だ。すべてを悟ったのだろう。
「…………ごめん……なさい」
震える声で謝罪を口にした悪魔っ娘。ペコリと頭をさげている。悪魔が謝罪するなんて……。オレ達はわかりあえるんだ!
「ううん……いいんです、アステマさん。それって、ダイスケさんとアステマさんの間には、なんの関係も――」
――ぺりっ。
じぶんの胸に手をつっこんで、なにか剥がしたアステマ。
「「ふぇ???」」
「ハイ、これ……。これでいいでしょ!!」
そして、そのなにかを、オレに投げてよこす。反射的にうけとったオレの手には、肌色のぷにゃぷにゃした物体が2個のった。アステマの体温でなまあたたかい――ぷにゃぷにゃ。
これって……。
「……あのさ、アステマ……。これ何?」
「あたしの胸パット! これでいいでしょ! まんぞくなんでしょ!!」
「おっぱいパット……」いったいなにをいっているんだ、この悪魔。オレの頭の中には???が駆け巡る。
「……ニケきいて。あたしの胸もあなたと大差ない、ぺったんこ系なんだ。……笑いたければ笑って。笑いなさいよ! この不様なあたしを! 真実のあたしの姿を!!」
みるとアステマの黒衣装の胸元は、空洞ができてブカブカしている。華奢なわりにはけっこうあった谷間もなくなって……とってもひかえめだ。
「……え、……は? ええっ……!?」
想定していた答えと、ちがう返答に混乱するニケア。救いをもとめるような視線をオレによこす。
いや……そんな目でオレをみられても困るんですけど!
「……あたし。貼って、盛って、寄せて、上げていたんだ……。さいしょは中盛りだった……。でも徐々に盛りの気前がよくなって、しだいに大盛りになり、最近はむしろ特盛りに……。男なんてバカな生き物。これだけで色めき立つ男のようすをみるのがたまらなく愉快だった『オレは気にしてないですよ』『胸なんて脂肪でしょ。……き、興味ないし』なんて、ガン見したあとで視線をそらす男の必死な様子がたまらなく好きだった……」
「…………アステマ」その男ってオレのことか! もしかしてオレのことなのか!? おまえの胸になんて……。き、きょうみなんてないし!!
「ごめんねダイスケ。がっかりしたでしょ。あたしの胸が……胸パットでつくった偽乳だっただなんて。……ショックだよね。許してなんて、いえないよね……。盛り……ま、した……」
「そうか。……っうか、アステマ……」
「ふっ、なに?」
「そんなん………………。どうでもいいわ!!!!!!!!!!!!!!!!」
「うええ!?」




