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ぼっち悪魔とぼっち人間の脱ぼっち

 抱き合うオレとニケアを横に

 アステマが、よろよろと立ち上がる。


 ぱた――ドシャ。


 飛ぼうとして、すぐに地面に落ちるアステマ。


「くっ……飛べない。……そうか、あたし魔力がないんだった……」


「なにしてんだ? アステマ」


 オレは声をかけた。アステマが空を飛ぶことすらできないほどに弱っていることに驚く。……オレに魔力をほとんどくれたって本当なんだな。この様子だと攻撃魔法はおろか、逃げ足スキルすら発動しないだろう。


「だって……ケーヤク書がなくなったから……。あたしはもう、ダイスケのお嫁さんじゃない……外にいく。お邪魔しました。んじゃ」


 ゆっくりと埃をはらうアステマ。

 とぼとぼと歩みをすすめる。


「外って……おまえ、そんな様子じゃ、こんどこそ本当に酷いことされるだろ?」


 血や、いろんなものに飢えた祭り参加者達が、こんなアステマを放っておくはずがない。放っておかれるはずがない。


「……もういいんだ。……なんか、もう……つかれちゃった」


「……アステマ」


「あたしは……ずっと、ひとりぼっちだった……」


「アステマさん……」


「パパが死んでから、あいつらに殺されてから……」


 あいつら――といったとき、ニケアを睨んだアステマ。でも、すぐにその視線を逸らす。


「ごめんね。すこしの間だけど、ダイスケに会えて愉しかった。おじゃましました。お元気で……2人とも、お幸せに。消えるねあたし」


 ニケアが心配そうな表情をうかべてオレをみる。……わかっている。オレは無言で、うなずき答える。


「おい、ちょっと待てよアステマ」


「でも、ダイスケ。覚えていてくれたらうれしいな……あれ、あたしのファーストなやつだっ――ううん。もういい……それも忘れて」


 ……バカだなこいつは。


「アステマ。ここに居ろよ」


「は? 同情する気? ……やめて」


「べつに屋敷を出て行く必要はないだろ?」


「やめてってば! あたしとダイスケは、お嫁さんでも旦那様でも……もうなんでもないんだから!!」


「それはそうだけど……」


 オレとの結婚。方法は最悪なものだったが、こいつなりに本気だったのだと理解する。……いや、こいつはいつも、本気なやつだ。


「ほっといてよ! どうせ、あたしは独りなんだ! 独りでいきるんだ!」


 気持ちはいたいほどに解る。……オレも独りだったから。でもいまは違う。

 ニケアをみる。

 そして、目の前にいる。こいつをみる。


「ケーヤクが無くなったら……関係はぜんぶなくなる。悪魔と人間はケーヤクがないとダメなんだ。ケーヤクで束縛しないと」


 ……ほんとうに、こいつはバカだ。


「……だまれ」


「……え」


「黙れアステマ!!!!」


「ふぇ!?」


「よく聞けアステマ! そんなもの。ケーヤク書なんて不要だ! 人と人の間、いや、おまえとの場合。人と悪魔か……。とにかく、そんなものは必要ない。くっだらない! そんなものでお互いの関係性をなんとかできると思ったら大間違いだ! そんなもの……そんな紙キレなんかで、人のこころは縛れない!!」 


 オレの頭には、元の世界の家族。両親だったやつらの顔が浮かぶ。くだらない紙だけに縛られた関係の両親。そんな冷え切ったヤツらの間に生まれてしまった己の過去……思い出したくもない。クソな記憶。それを速攻で消す。


「縛られるのはもうたくさんだ! うんざりだ! だからオレはこっちの世界で、異世界で好きにさせてもらう! これからも好きに生きさせてもらう! オレは自由だ!」


「……ダイスケ」


「だから、おまえはここに居ろ! オレの側にいるんだ!」


「でも……あたしは悪魔なんだよ、わかったでしょ。人間って嫌うでしょ? 悪魔。ダイスケも嫌いでしょ? あたしのこと……」


 俯くアステマ。いまにもまた、泣き出しそうだ。


「たしかにおまえは悪魔だ。まぎれもない悪魔だ。悪魔としての才能に溢れた純然たる悪魔だ。ほんとうに酷いやつだ。じっさいオレも、酷い目に遭った。むしろ2度殺された」


「……ううっ」


「最期まで聞け。でもな、誰がなんといおうとも。世界中の人々が、お前を忌み嫌って疎んじようとも、たとえ迫害しようとも……世の全てが、敵になろうとも――」


「…………」


「……オレは別だ!」


「……え」


「オレだけは別だ!!」


「う……ダイ……スケ」紅い瞳があふれだした涙でゆれる。


「なぜなら、オレにとっておまえは、たいせつな『友人』だからだ!」


「……友人」


「トモダチだ」


「トモダチ。……あたしとダイスケは……トモダチ」


「……だから。そんなもの、そんなこと。悪魔だとかなんとか……気にするなよ、ばか」


 いってて頬のあたりが熱くなる。オレにとって、生まれてはじめてのトモダチへの告白。心のそこからの本心を包みかくさずに伝えることの恥ずかしさと怖さ。そんな不安が溢れてしまっているだろう、じぶんの表情を見られぬように、アステマのほそい肩をつよく抱きしめた。


「だから、此処にいろ。お願いだ……ずっと、いっしょに居よう」


「……あ……あ、ありがとう」声を殺し、むせび泣くアステマ「ダイスケ……ありがとう」



 ☆



 小刻みに震えるアステマを抱きながら、オレは心中でこんなことを思う。


 ――アステマは友人などでは、無い。


 こいつに言っていない事がある。



 ……あの日、トラックに飛び込んだのはオレなのだ。



 あっちの世界。元の世界ですべてが嫌になっていたオレは、みずから死を選ぼうとしていた。たしかにアステマがトラックを動かしていたのだろう。でも、それがこいつでなくとも……オレは飛び込んでいた。


 跳ねてくれたのが、こいつでよかった。


 オレは救われたのだ。


 そう、トラックで撥ねるという悪魔の所業。そのことで、オレはこいつに殺されて


 ――救われた。


 オレはこちらの世界に異世界で充実している。うまれてはじめて生きている。そう実感している。


 アステマありがとう。オレにとっておまえは『恩人』なんだ。

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