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アステマる

 ん? ここはどこだ?


 どれだけの時間が経ったのだろう?


 真っ白い、どこまでも真っ白な空間にオレはいた。

 上をみても下を見ても真っ白。そんな空間に、自分だけが存在している。

 水中にいるような、宙に浮いているような、よくわからない不思議な感覚。


 意識だけは、思考だけはしっかりとしている。


 ……あ、そうか。オレ、死んだんだっけ。


 ニケアの槍に貫かれて、アステマの炎に焼かれた。

 あっという間のオーバーキルだったので、痛さを感じる暇もなかった。

 さすがに、痛さで苦しんで死ぬのは勘弁だから、そういう意味でいい死に方だったと言える。


 だとしたら、ここが死後の世界なのだろうか?


 そういえば、過去にいちど同じ体験をしていたな。あのときは突っ込んできたトラックに撥ねられて、そのあと気がついたらこうだった。そして目覚めると、目の前にアステマが現れて……。

 今回は、前回とちがって、ずいぶんと間があいている気がする。


 ……ま、いいか。考える時間はいっぱいありそうだし。


 時間というものが、ながれているのか疑問だけど。



 ☆



 …………。暇だな。

 しかたない。暇つぶしに、異世界にきてからを振り返ってみるか。


 まずはなんといってもオレの嫁。ニケア。


 とにかく、かわいかったな。……最期はすこし怖かったけど。アステマの嘘で、あそこまでブチ切れるとは……。でも、それだけオレを愛してくれてたってことだよな。このあと、どうなるんだろうか? なんとか『ドラゴン祭り会場』から無事に脱出して欲しい。ニケアといっしょに暮らしたかったけど、ふしぎと思いのほか未練が無いんだよな。この1ヶ月間で十分満足をしたというか、ニケアからは一生分の幸福をもらった気がする。


 …………。


 アステマ。メチャクチャなやつだった。けっきょくのところ、異世界に来てからのオレは、終始こいつに振り回されただけだった。そもそも出会いも酷かったしな。自分でトラック運転して跳ねてくるってどんな女神だよ――って、思ってたら正体は悪魔だったから、納得だ。なんか女神になりたがっていたり、ニケアと因縁がありそうだったけど……いまとなっては、もう、いいか。


 …………。


 あとは……モブだけだな。特に語ることも無い。


 …………。


 なげぇな。


 この間。現代っ子にはキツイだろ。

 ネットとか、ないの?


 …………。


 ここまできて、最悪なのは夢オチだな。いままでのぜんぶ夢でさ、家のベッドの上で目覚めて、いつもの日常開始みたいなの。んで学校。……おっそろしく単調で、つまらねぇんだよなオレの日常。他の誰もが同じなのか、気になるところだ。あーもどりたくねぇなぁ。だとしたらこのまま、ここに居させてくれないだろうか?


 起きたくないな……。



 ☆



「あたしは悪――じゃなかった、女神です」


「アステマじゃん。こんなところで何してんの?」


「や、ダイスケ」


 しばらくして現れたのは。やっぱりアステマ。なぜか悪魔っ娘コスではなく、であった当初の白いヒラッヒラ衣装に戻っている。古代ローマ風の女神衣装だ。


「まってたぞ、アステマ」


 オレは素直な気持ちを言葉にする。ホッとしたというのが実感だ。


「え……うん。またせてゴメンね」


 すこし照れたような表情をするアステマ。こいつの、こういうところは好きだ。


「それにしてもアステマ。おまえ……まだ、女神キャラを護ろうという意志あるのな……自分から悪魔だと正体を明かしたのに、いまさら……。えらいなアステマ。がんばってるなアステマ」


「は? あくまじゃ――う、うっさいわね! ほっといて! 女神は、あたしにとって大事なことなの! なぜなら……そこにはアステマさんの身に起こった事件。衝撃の過去があった!? 決意をひめた彼女の、知られざる波瀾万丈の……………………ダイスケ聞きたい? ねぇ? 聞きたい?」


「……べつに」


「!? え、そこは……聞いてほしいんですけど!」


 すんごい残念そうな顔をするアステマ。こいつの過去なんぞ、オレの知ったことじゃない。


「で、なにしに来た?」


 オレはめんどくさそうなので、話を進める。


「そうだった……。えっと、ダイスケにチャンスをあげます」


「チャンス?」


「正しい選択をすれば、生き返ることができるから」


「お! マジで? やった!」期待通りのアステマの返答に、オレの心は躍る。よかった。夢オチとかではなかったようだ。


「マジ。でも正しい選択をしたら。だからね」


「正しい選択?」


「ダイスケの……は、伴侶をえらぶの」小声でアステマ。


「伴侶? ああ、結婚相手ね。……だったらオレ、ニケアと」


「それは生前の話でした。ダイスケは死んだから、それノーカン」被せ気味にアステマ。


「ノーカンて!」


「くれぐれも、正しい選択をするんだよ? これからダイスケが、自分の伴侶にふさわしいと思う方を選んで。素直な気持ちで良いから。いい?」


「(コクリ)」オレはだまって首を縦に振る。なにをするつもりだろう。なんとなく予想はつくけど……。


「では、はじめます」


 そういって、アステマが取り出したのは、立派な額に入った2枚の絵画。


「まずは、コイツ。地獄の鬼も哭く~『ブチ切れ極悪酷エルフ娘。ニケ・ケルベロス・アムステルダム』」


 金髪ミディアムボブのエルフ美少女の画。ニケアだ。でもその表情は、悪人の笑みをうかべて不敵なもの。西部劇とかでよくみかけるような、多額の賞金がかかっている感満載のウォンテッド画。金塊とか超似合いそう。いや……ニケアはこんな表情しないだろ。


「……名前増えてるし。ケルベロスて」


 もう、どこからどうツッコんでいいか……オレ、判らない。


「そんで、こちらの尊いお方。世界から戦争がなくなりますように~『可憐聖少女美女神。アステマ・アルテミス・アマテラス』」


 紅ショート髪の美少女。アステマの画。なんか神々しくて、宗教感を感じさせるフレスコ画っぽい。慈愛をにじませた清楚な笑顔だ。祈りのポーズで天を見上げている。……おまえのそんな表情、みたことないけど。


「『世界から戦争がなくなりますように』て、ぜってーお前、そんなこと願ったこと無いだろ。あと名前……女神要素入れ込みすぎだろ」


 ここまでくると、脱力感しかない。


「さあ、伴侶をえらびなさい」


 両手でニケアと、じぶんの描かれた絵画を持つアステマ。こうして並べてみるまでもなく、酷い偏向内容だった。選択してといいながら、結論ありきで恣意的にも程があるだろ……『アステマる』という言葉ができそうなぐらい、偏向的だ。フェイクニュースだ。


 しかし、他人の情報を鵜呑みにせず、じぶんの頭で考えて判断するのは、現代ではいまや常識。


「こっち」


 オレはまよわず、ニケアを指さす。当然だ。


「…………」


 ――サッ。


 オレが指さした方と、すかさず位置を入れ替えるアステマ。


「わかりました……可憐聖少女美女神。アステマですね」


「おい! 勝手に入れ替えんなよ! じゃあ、こっちだこっち。ニケア!」


 入れ替えられた方を指さすオレ。


「――チッ」舌打ち……からの、


 ――サッ。


「わかりました……女神アステマですね」


 ふたたび入れ替えるアステマ。……こいつ。


「こっち!」――サッ。


「こっち!」――サッ。


「こっち! とみせかけて、あっち!」――サッ、ササッ。


 オレは意地になってニケアを指さす。

 そのたびに、画を入れ替えるアステマ。フェイントをかけても器用に入れ替える。


 ……でた。どうあっても、ニケアを選択させないという、クソイベント。



 ☆



「ハァ……ハァ」


「……はぁ、はぁ」


 息をあげるオレとアステマ。けっこう長い間、不毛な争いを繰り広げていた。


「ハァ……しつこいな、おまえ」


「……はぁ……ダイスケ。あんたもね」


「オレのニケアへの愛を、みくびっていたようだな……」


「(――キッ)このままだと、あんた、地獄におちるわよ!!」オレをするどく睨んで、ついにアステマがキレた。


「なんだそれ! 地獄て」


「これで最期だからね! じゃないと、あたしもう帰るからね!!」


 ――バシッ。


 地面? に、ニケアの画を投げ捨てるアステマ。それを足で、ぐりっ――と、踏みつける。


「!? おい!」


「さぁ、えらびなさい。心置きなく。正しい選択をするのです。正しい……選択を」


 自分の画だけを胸に抱いて、ぐいぐいと選択を迫るアステマ。目がイッちゃっている。画の中との表情の落差が激しい。聖少女どこ?


「……こ、このさい、選択しないという選択は――」


「空気………………………………………………………………………………よめよ」


 すんごい低い声でアステマ。


 …………怖ッ。


「えっと、とりあえず……ニケアの画から足をどかしてくれないか? それからゆっくりと選ぶから……(ニケアをな!)」


 オレは屈んで、アステマの足下に手を伸ばす。ニケアの画を救わないと……。絵とは言え、オレの愛するエルフが踏まれているのは、気が引ける。


 すると――


 首筋にピタッとした冷たい感触。


「――え?」


 瞬時に状況を理解したオレは、ゆっくりと両手をあげる。


 固い感触はナイフ。アステマがオレを見下ろしながら、右手に持った刃物を舐めている。唾液で光った刃先がオレの目にはいってくる。もちマジ眼。


「選択して。あたし(アステマ)か、死か」


 ……選択肢がダイレクトになっていた。


 いや、もうオレ……死んでいるんですけど……。また、ここで死ぬの? さらに死ねるの?

 っうか、いま死んだらどこ行くの?


「じゃあ………………………………コレ(アステマ)。えー。アステマ? えー」


 このままだと終わらせてくれそうにないので、嫌々ながらオレはアステマの画を指さす。無駄に慈愛に満ちた画の表情に、イラッとくる。


「わかりました」


 ――パァアア。という笑顔を浮かべるアステマ。


「ダイスケは正しい選択をしました。よって女神アステマの伴侶として、再び生を授けます。じゃあ、これ……」


 刃物をしまい、代わりに、すんごい細かい文字で書かれた書面を出すアステマ。


「……なに、これ?」


「はい、ケーヤク書。ここと、ここにサインを。あと、ここに拇印ね。はやく! さぁ、はやく! 急いで!」手際よく、早口でまくしたてるアステマ。


 ……うっわ、すんごい危険な香りがするよコレ。悪魔&契約書て……最悪な取り合わせだよ……。


 でも、死んじゃっている上、さらに殺すと脅されているオレには、断ることはできない。アステマに言われるがまま、手続きを済ます。ごめんよニケア……。


「オッケー。ダイスケ」


 書面を満足そうに眺めるアステマ。


「これでケーヤク成立。っと、じゃあ……はじめるね」


 頬を染めるアステマ。何をする気だ


「ちょっとかがんで」


「ん? こうか」


「ダイスケ。………………………………………………………………ダイスキ」


 ――つぎの瞬間。


 オレとアステマの吐息が、かさなった。

 唇にのる、あたたかな感触。その触れあいをつうじて、おたがいが繋がった。

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