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……オレ、この祭りがおわったらニケアと結婚するんだ。

 28日後。


 事態は深刻だった。

 じじい――大賢者ガトーの魔法ドームに囲まれた街は、地獄と化していた。


 ……そう、外に出る術がなかったのだ。


 バレンヌシア帝国の首都を囲む、魔力の青白いドーム壁。ほんらいは、祭りが終わればすみやかに解除されてきた魔力壁。それが意外な落とし穴となっていた。解除される条件は二つだという。ひとつは大賢者ガトー自身による解除。そしてもうひとつは祭りの終了。つまりドラゴンの全滅だった。


 前者は、じじいが死んでしまったいまは不可能。

 後者も、闘技場に居座るボス的な黒ドラゴンのおかげで、実現できていない。


 ……つまり。おおぜいの観客をふくめ、祭り参加者たるオレ達はこの閉鎖空間に閉じ込められてしまっていた。運が悪いことに、街には大小様々なドラゴンで溢れていた。例年に比べ類が無いほどの数だという。こんなときに限ってドラゴン大豊作な年。ついていない。


 対して、帝国騎士団を含む人間側は劣勢に立たされていた。


 せめて組織だって動ければ、状況はちがうのだろうけど、序盤の闘技場で黒ドラゴンとやりあったせいで、指揮系統は壊滅、戦力もガタガタだった。こんな状況では通常ドラゴンの討伐も捗らない。一部の優秀なハンター達や、いくつかに分裂した騎士団残党を中心にグループができているようだけど、こういう状況では使えない人間は、放っておかれていた。


 つまり――死だ。



 ☆



 オレはニケアと塔の窓から街を見下ろしている。


「や……ダイスケさん。くすぐったい、です」


 オレはニケアをうしろから抱きしめて、そのブロンドの髪に顔をうずめている。


 鼻腔をくすぐるエルフっ娘の髪の香り。唇にふれるすべっすべの、やわらかい弾力。エルフっ娘の耳だ。エルフっ娘の耳です。エルフっ娘の耳なんですよ! これを、はむはむするという至福をオレは享受していた。


 どうだ、うらやましいだろ!


 ……なんという勝ち組。オレ、異世界で勝ち組になったよ! 


 これほどの勝ちがあろうか?

 ……いや、ない。


『オレTUEEEEE!』とか『スキル』とか『世界の運命』とか『魔王』とか、超超超超超ォ! どうでもいいよね(※個人の感想です)


 エルフっ娘が居ればね。

 エルフっ娘さえ、居ればね。


 ……ああ、ほんとうに、こころの底から異世界にきてよかった。生きていてよかった……。そんな幸福な感情がせりあがり、オレをあたたかく包む。これが多幸感というやつか。


 アステマのおかげで、異世界にきた当初は感情の高低差がハンパなかったけど、いまはそれもよい想い出。あっというまの一ヶ月間だった。いろいろあったが、いまは平穏だ。そういや、あいつ今頃どうしてるのかな? もしかして死んだかな(笑)


 …………。


 それも、この際どうでもいいよね!


「あの? ダイスケさん。……手が、その……、胸に」


「手が、すべった……かな?」ニケアの声を気にせずに、そのまま奥にすべりこませる。すこしだけ固い、まるい突起がオレの右掌にあたる。それをたしかめるように、ゆっくりと、ゆっくりと擦りあげる。


「……んっ」


 トロンとしたニケアの声が洩れた。ながいまつげが揺れる。


 オレはより深く、抱きしめるエルフに頭を埋めた。首筋からうなじに舌を這わす。その間に、左手はニケアのスカートの裾から太ももに。内側のふくらみと曲線をなぞるように這わせてうごかす。


 こんな風に、エルフっ娘の肌を全力でたっぷりとあじわう毎日。


 ニケアと出会ったあと、すぐにめぼしい建物である、ここに引き籠もった。

 石造りの堅牢な建物で、要塞のような建物だった。なんでも大商人の館らしい。

 なかには年老いた男女の使用人が二人居ただけで、彼らは留守番とのことだったが、主人達は誰も帰ってきていない。おそらく闘技場で黒ドラゴンに殺されたのだろう。運がよかった。


 門を閉じると完全に外界と遮断されたので、ドラゴンや他人の侵入を阻むことができている。


 そしてなにより、地下の貯蔵庫には塩漬けの肉やチーズなど、保存が効く大量の食料が備蓄してあったのは大収穫だった。肝心の水も、無数の樽に酒が詰められていたので確保できていた。ブドウ酒は渋いのであまり好かないけど、蜂蜜の酒だというミードは甘くておいしいのでよく飲んでいる。さらにいうと、ニケアが魔法で氷をだしてくれたので無問題。


 そんなわけで、幸運が重なってニケアと平和に暮らしていた。特にすることは無いので、こうして窓から外を眺めている毎日だが、ニケアがいるので幸福だ。


 ……外は地獄なんだけどね。入る風は血なまぐさいし、時折悲鳴が聞こえるし。ドラゴンの咆吼も……。


 ……外が地獄なら、お家にいればいいじゃない。


 とはいえ、いつまで続くのだろうかこの生活。という危惧も、頭の片隅には確かにあった。いつかは食料も尽きるだろうという、くすぶりつづけるその焦燥は、日に日におおきくなってきている。

 ……でも、いまは考えたくは無い。考えないようにしている。目の前のニケアのことだけ考えていたい。

 

 あー、誰かドラゴン、ぜんぶ倒してくれねぇかな。


 ニケアは『異世界の勇者』である、オレに期待をしているようだけど……オレにそんな能力はないことは、オレ自身がいちばんよく理解している。だから誰でもいいから倒してくれよ。そうしたら……。どこかの田舎に引き籠もって、ニケアと暮らすんだけど。ダイスケとニケアは末永く幸せにくらしましたのさ。めでたしめでたし。エンディングなんだけど。


「この祭りが終わったら。ここから出ることができたら……結婚しよう。ニケア」


 もう、なんどめかわからない。そんな告白を、愛するエルフに伝えた。


「…………はい。ダイスケさん」


 ふれているオレの唇の中で、ニケアの耳がぴくん――と、ゆれた。

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