ですよねー的なアステマの真の正体
「ベクトールさまー!」
「陛下の敵をとってください!」
「帝国万歳! 帝国万歳!」
再び会場が熱気に包まれた。みなの期待を背負って黒ドラゴンと対峙するベクトール。その手にはアステマのボロい剣がにぎられている。
「兄上。お気をつけて」
弟のジェラートが声をかけている。兄をこころの底から誇りにおもっているのだろう、尊敬のまなざしだ。
「任せておけジェラート。お前はやさしすぎるからな、剣を振るうのは兄の役目だ。父上が亡くなられたいじょう、帝国は我々が率いねばならぬ。お前には内政面で苦労をかけることになる。たのむぞジェラート」
「はいっ!」
ほう、兄弟が仲がいいうえ、うまく役割分担ができている模様。なかなか出来のいい息子達を帝国は得ていたようだ。帝国の未来は明るいといったところか……。
☆
「黒ドラゴン、ここまでだ!」剣を構えるベクトール「バレンヌシアは、このわたしが守る!」
――グウルルルル。
低く唸ってこたえるドラゴン。
「父と部下達の敵を討たせてもらうぞ!」
走り込むベクトール。一気にドラゴンとの距離を詰めた。
「くらえっ! 流れ斬り!!」
剣の軌跡が渓谷をくだる河川のような流れを描く。なるほど、だから流れ斬りなのか……。
――ズシュッ。
ベクトールの見事な斬撃が、黒ドラゴンの胴体に入った。
――パキン。
「……ッ! な!?」
剣の刃部分がポッキリと折れて宙に飛び、その刃がクルクルとまわって地面に突き刺さった「……え!?」それを呆然と眺めるベクトール。
「これは、いったいどういうことなのだ……。アステマ殿!」
アステマを睨むベクトール。あ、あぶない――
――ゴオオオオ。
ブレスが吐かれ、黒い炎がベクトールを包む。
……あ、終わったな。
「流れ斬りが、かんぜんに、入ったのに…………」
火に包まれ。その場に倒れ込むベクトール。
「兄上!? 嘘だ。そんな……にいさん? ベクトールにいさぁあああああああああああん!!」
ジェラートの叫びが闘技場に反響する。うん……。噛ませ犬、乙。
「あ、剣まちがえたー。あたしの部屋のとなりに飾ってあったやつが本物の魔剣だったかー。ごめんベクトール。その剣ただのボロい剣だったみたい。キャハハ」
……ほんとひっでえな、アステマ。
オレの危惧はあたった。……やはりアステマは、とんでもなく悪魔だ。
曇りの無い瞳に、笑顔をうかべているアステマの横顔をみて、オレは確信をもつ。
どうやらアステマは、いつも真面目に真剣に行動しているのだけど……。結果として周りを不幸のどん底に突き落とすようだ。そして、その結果にたいして微塵も後悔や、悔悟の念をもつことはない。オレ達のもつ良心や常識と言ったものがすっぽり抜け落ちているようだ……いや、抜け落ちているというよりも、最初からもちあわせていないのだろう。そう、存在自体が『悪魔』としか言い様のない存在。
「は、あくまじゃ――」
疑念の視線をオレにとばすアステマ。
「オレは確信した。おまえは悪魔だ」
「……え? どうしたの? きゅうに」
「アステマ。おまえは悪魔だよ。オレは確信した」
「ひっどいダイスケ! 昨日はあたしのこと、女神っていってくれたじゃない!」
「いや、おまえは悪魔いがいのなにものでもない、この悪魔がっ!!」
面といわれてアステマはショックをうけたようだ。
「そんな、うれしかったのに……。女神っていってくれて、ほんとうに、うれしかったのに……」
「あの剣をオレが振るってたら、オレもベクトールと同じ運命を辿っていたんだぞ。おまえはオレを殺そうとしたんだ……」
「そんな……。そんなつもりはなかったんだよダイスケ! それは信じてよ! あたしはただ、もってくる剣を間違えただけじゃないの! あたしは女神なんだ、みんながどう思うかしらないけど、すくなくてもあたしはダイスケにとって女神なんだよ」
「いや…………悪魔だ」オレは首をよこにふる。
「そうか……。ダイスケもそうなんだね……みんな。あたしのことを、あくまっていう。――どんなにがんばっても。――どんなに尽くしても。あたしは、あくま。どこまでいっても、あくま、か……」
「…………」
「じゃあ……。みんなしんじゃえ」
アステマの表情は、紅い髪に隠されよくみえない。
「え……アステマ」
「そうだよ! あたしはあくまだ! あくまなんだからっ!」
バッ――と、古代ローマ風の女神衣装を脱ぎ捨てたアステマ。
その下にあったのは、漆黒のボンテージっぽい衣装だった。おおきく編み込んだ漆黒のロングブーツ&ロンググローブが、ほそい手足を包んでいる。身体をぴっちりと包み込む衣装は露出満点で、エナメル質の黒い光沢が白い肌との対比を際立たせていた。
「ですよねーー」
「ちょ、ダイスケ! すこしは驚きなさいよ!!」
「いや、だって。新情報皆無だし。やっぱり、としか……」
「くっそ……ばかにして」
「ばかにしてないぞー。よくにあっているぞアステマ。その悪魔コスチューム。いや、小悪魔っ娘コスかな。うん……似合っている。すごく、いい!」
アステマのもつ真紅の髪と瞳が、衣装の黒エナメルの光沢にじつに映えているし、うすい胸をはじめとする発育しきっていない華奢な躯が全体的なシルエットをうつくしく魅せてくれている。ないものの良さがそこにはある! うん。こうしてみると、悪魔っ娘いいな……。
「そ、そんなの……フォローになんか、ぜんぜんなっていないんだから!」
「いや、フォローとかじゃくて、本気でいい。本気で可愛いぞ」
「うっさい! うっさい!」耳まで紅く染めているアステマ。
「……やっぱいいな。その小悪魔っ娘コス、違和感なさすぎる。人それぞれ似合うコスあるよ……。おまえのさっきまでの純白の女神衣装、なんか違和感あったんだよな……」
「そ、そんなにジロジロみないで! ……と、とにかくっ! じじいも死んだし、あたしもご褒美をもらえない以上、こんなところにいる必要はないんだからっ!」
――ぱたぱたぱた。
意を決したように、コウモリのような羽を羽ばたかせ、アステマは宙に浮く。超ミニの裾から覗く脚の白肌がまぶしい。そのまま上昇。
「ふんっ、じゃあ勝手にやってろ地虫ども! あたしが魔界の最下層からわざわざ連れてきたクロとのお祭りたのしんでねー。あ、これたのしんでとしんでねーを、かけてるからキャハハ」
「外道もそこまでいくと、清々しいなアステマ」
「あ、……で、でも。ダイスケだけには、チャンスをあげようかなー。……あたしといっしょに来る? いっしょに連れて行ってあげても……」
オレに向かい手を差し伸べるアステマ。視線はそっぽを向いている。
「いや、……いい。ロクな目に遭う気がしない」
キッパリと断るオレ。
「!? ふんっ! ばーか! ダイスケのばーか! もうしらないからね! かってにしろ!」
そういいながら、どんどん上昇するアステマ。
――ぱたぱたぱた。
上昇して――
――ガン。
「痛ッ!」
――ぽたっ。
魔力のドーム壁の天井にあたって、あえなく落ちるアステマ。
「く……、いったた……あ」
地に墜ちたアステマに『ドラゴン追い祭り』参加者全員の視線が向かう。とくに帝国関係者の視線は刺すように鋭い。皇帝はおろか、次期皇帝である期待の星ベクトールを殺されたのだ。無理もない……。この場にいる全員が、アステマを諸悪の根源と理解した。
――殺意が満ちる。
絶体絶命のアステマ。どうでる?
「ウッ。……あたまが」
眉間に皺をよせて、あたまを抱えるしぐさをするアステマ。
「???」
「ウッ……あたまが痛い。は……、ここはどこ。なにをしていたんだあたし。……そうか、また『アイツ』に支配されて。もうひとりの自分。『悪いあたし』がでたんだね。!? って、なんだこの格好。は、はずかしいっ! えっと……もしかして『悪いあたし』が、他になんか変なことしていなかった? だとしたら悪いのは『悪いあたし』だからね!」
「……………………」
……すげえよアステマ。その手でくるとは……。もうひとりの自分『悪いあたし』て……。みんなの殺意の渦がグルングルン巻いて、ギンギンにみなぎってきた。
剣をスラリと抜きはなつ騎士団。兵士達がもつ槍や弩などもアステマにむけられ、ハンター達もご自慢の武器を手に構えた……そりゃあそうだろう。火に油どころか、ガソリンだよ。怒り爆発だよ。
「やっぱ……ダメ?」
上目づかいをするアステマ。
――ビィン。
惜しい!
アステマの顔横数センチに突き刺さる矢。ハンターの誰かが放ったのだろう。この場にいる全員の殺意が惜しみなく、なみなみとアステマに注がれている。
「……あ」
「死ね悪魔」
「くたばれ!!」
「兄上の敵だ!!」
「たすけえてええええええええ!」
さけびながら瞬時に消えるアステマ。こういうときのアステマの逃げ足は、すさまじくはやかった。




