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金鎖の解師  作者: 畑中希月
第一章 森の先の世界
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八 新しい弟子

 年が明け、魔法学に、ラシッド語などその他の学問、それに家事と、ミナキの日々は忙しく過ぎていった。そんな中、ミナキが特に嬉しかったことがある。魔法具を自分で作ったことだ。その頃には、ミナキも、もう魔法で小さな火を起こせるようになっていて、作ったばかりの硝子灯に、手ずから火を灯した。


 それを見て、カヌトが感慨深げに言った。


「これは売るのがもったいないなあ。家で使うことにしよう」


 この日から、ミナキはカヌトの魔法具製作も手伝うことになった。


 そうして、瞬く間に二か月が過ぎた。


 暑季に入った授業前のある朝、珍しく家の戸を叩く音が聞こえてきた。来客かと思い、ミナキが出ようとすると、カヌトが立ち上がって代わりに戸を開けた。声が出せないミナキに配慮してくれたのだろう。こういう時、ミナキは歯がゆくてたまらなくなる。


(早く、声が出るようになればいいのに)


 シーリャのもとで治療を受け続けているし、家でも発声訓練を行ってはいるものの、声は一向に元に戻らない。幾ら文章で人と意思の疎通ができるようになったとはいえ、不便さとやり切れなさは、どうしようもなかった。


 カヌトは訪問者と少し言葉のやり取りをしたあと、手に紙を持って戻ってきた。紙が北のユァン帝国で作られる、貴重なものだと教えられていたミナキは驚いた。


 筒の形に丸められた紙を、ミナキがじっと見つめていると、カヌトはちょっと笑った。


「これは書状といってね、魔法学術協会から届いたんだよ。あそこでは、ラーナンの他に紙も使うからね」


 カヌトは床の上に腰を下ろすと、書状を開き、読み始めた。次第に、カヌトの形のよい眉が吊り上がり、端正な唇が歪んでいく。


 やがて、書状を読み終えたカヌトは、それを床に叩きつけんばかりの勢いでわめいた。


「あの人は何を考えているんだ! 弟子をよこすことが決まっただと? 冗談じゃない!」


 カヌトは本当に書状を床に叩きつけようとした。だが、ミナキの視線を感じたらしい。手を止めて、静かに書状を床に置いた。


「……すまない、少し取り乱した」


 カヌトは謝ったあとで、盛大なため息をついた。

 どうしたんですか、とミナキが目で訴えると、カヌトは書状を指し示す。


「そこに書いてあるんだがね、新しい弟子を取らされることになった。もう決まったことだそうだ」


 カヌトはぽつりと言った。


「こんなことになるのなら、君を弟子にしたことを、先方に言い送るべきだったよ。教え始めて間もないっていうのに、二人も面倒を見ることになるとは……」


 その言葉を聞いて、ミナキは頬を打たれたように、はっとした。全身に震えのようなものが伝わっていく。


(わたしがここにいることで、先生に迷惑がかかってる……)


 新弟子を取ることが魔法学術協会の命令で、カヌトが二人の弟子を見ることはできないと言うのなら、出ていくべきなのは自分だろう。


 時々、思うことはあった。自分は本当にここにいてよいのだろうかと。カヌトの笑顔を見るたびに、その心配は杞憂に終わっていけれど、今回はそうはいかないのかもしれない。


 でも、これからどこにいけばいいのだろう。せっかく得たと思った居場所を、また失うのだろうか。


 久しぶりに涙がこぼれそうになって、ミナキは俯いた。


「ミナキ」


 名を呼ばれて、ミナキは顔を上げた。前を見ると、カヌトが慌てたように、こちらを覗き込んでいる。


「悪かった。さっきは選ぶ言葉を間違えたよ。君が迷惑だとか、そういうことじゃないんだ。ただ、上からの押しつけに腹が立ってね。……実は、この書状の差出人は、わたしの師匠でね。昔から、しょっちゅう訳の分からないことをするんだ。わたしはいつも師匠に振り回されていてね、そのたびに、よくこうして怒ったり、ぼやいたりしていた。しかも、それがあとから振り返って見れば、結果的によいことだったりしてね、そんな時はものすごく悔しかった。――まあ、だから、今回もそんなものなのかもしれない」


 ミナキは目を瞬いた。カヌトにとって、自分が迷惑ではないということだけは、とりあえず分かったので、ほっとする。


 カヌトが気遣わしげに問いかける。


「ところで、ミナキ、新しい弟子は、今年十三歳の男の子なんだが、そんなやんちゃ盛りの子と一緒に生活して、君は大丈夫かい? 嫌なら嫌と言ってくれて構わないからね」


『大丈夫です。もし生きていたら、弟が同い年でしたから』


 ミナキの返事を読んで、カヌトは心配そうな顔になった。


「本当に大丈夫かい? 思い出してしまうんじゃないか」


 ミナキはほほえんだ。カヌトの心遣いが嬉しかった。


『大丈夫です。あれくらいの子がいると、きっと賑やかになって、楽しいですよ。わたしは魔法を習い始めたばかりだから、色々と勉強になるでしょうし』


「あまり賑やかすぎるのも、考え物だがね。まあ、これで再来月には新弟子がうちにくるわけだ。寝間もひとつ余っているし、ちょうどいいと言えば、ちょうどいいか。しかし、何の巡り合わせだろうなあ。わたしが二人も弟子を持つことになるなんてね」


 カヌトは言葉を切ると、少し目を伏せた。


「――ミナキ、わたしはね、本当は人にものを教えられるような人間じゃないんだよ」


『そうなんですか? 先生は、いいお師匠だと思いますけど』


 ミナキが小首を傾げると、カヌトは天井を見上げた。


「そう言ってもらえると、嬉しいがね。……まあ、そんなわけで、前に、君を弟子にしたことをシーリャに報告したら、ずいぶんと怒られたものだよ。もし書状のことを話したら、どんな反応をするのやら」


 いつも冷静なシーリャが怒っている姿を、ミナキは想像できなかった。ミナキが目を丸くしていると、カヌトは「じゃあ、今日の授業を始めようか」と言って、机に向かうために立ち上がった。

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