表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金鎖の解師  作者: 畑中希月
第一章 森の先の世界
6/27

六 弟子入り

 呪いのかかった花瓶を解呪した翌日、カヌトはミナキを連れ、ナサーンの街に赴いた。


 この前訪れた時のように、まず、ミナキはシーリャの診療所で診察と発声訓練を受けた。症状はよくも悪くもなっておらず、声を失う病だということがほぼ確定しただけだった。それでも、ミナキが文字を通して意思表示できるようになったことについて、シーリャは「いい傾向よ」と温かくほほえんでくれた。


 そのあとで、カヌトは魔法具店を訪れ、花瓶を持ち主の店主に手渡した。花瓶が本来の効能を取り戻したことを、店主は満面に笑みをたたえて喜び、その姿はミナキの心に深く刻まれた。


 カヌトが花瓶を解呪した際の記憶は、ミナキの中で薄れるどころか、ますます強くなっていった。花が生き生きと元に戻った瞬間や、解呪について聴かされた時の強い感動を生涯忘れることはないだろうな、と思えるほどに。


 少し躊躇する気持ちはあったものの、四日後の朝餉のあと、ミナキはカヌトに魔法を教えてもらえるよう、頼むことにした。


 居間で、ミナキの望みが書かれたラーナンを見たカヌトの反応は、意外なものだった。カヌトは美しい顔をこわばらせ、しばらくは言葉を発しなかった。


 少し落ち着いたのか、カヌトはため息をついた。


「――これは、わたしが悪かったな。君の前で気軽に魔法や魔法具を見せすぎた。……いいかい、ミナキ。魔法というのはとても便利なものだが、使い方を誤ると、武器のように人を傷つけることもあるんだ。特に呪いがそうだね。あの花瓶にかけられていた呪いは、ほんの悪戯だった。でも、大切な花束を花瓶のせいで枯らしてしまった人は、それはがっかりするだろう。これが禁法具(きんぽうぐ)ともなれば、人を殺すことだってできる……。現に、魔法や魔法具は戦に利用されることだってあるんだ」


 ミナキは必死に反論を書いた。ここで諦めたら、心のよりどころが失われてしまう気がした。


『わたし、そんなことには魔法を使いません。だから、教えてください。魔法に関することだけでもいいんです』


「同じことだよ。魔法に関する知識は、魔法具に繋がる。魔法図が理解できれば、魔法具は作れるからね。それに――」


 言い淀んでいたカヌトは、やがて思い切ったように口を開いた。


「もし、人の命をどうにかできるような力を、君が身に着けたとしよう。その時、ご家族を殺した連中が現れたら、君はどうする? 魔法の力を復讐に使わないと言い切れるのかい?」


 ミナキは、はっとして息を呑んだ。自分がそんな風に魔法の力を使うなど、想像したこともなかった。確かに、以前カヌトが使ったような、精神を操る魔法を用いれば、人を殺すことなど容易だろう。魔法は復讐の手段としても使える力なのだ。自分はその力を欲しいと思った……。


 略奪され、焼き払われた村と、両親や弟の死に顔が、瞼に浮かんだ。ヒョウの兵士たちを絶対に許せないと思った時の気持ちも、呼び覚まされたように、心の奥底から湧き起ってくる。

 だが、その激しい怒りは、黙っているカヌトの顔を見直したとたん、熱が引くようにすうっと消えてしまうのだ。それは、以前にも味わった不思議な感覚だった。


(きっとわたしは、カヌトさんがいる限り、ヒョウ人を心の底から憎むことができない……)


 あの日、彼に助けられてしまったから。

 ミナキはラーナンに答えを書きつけ、真剣な顔で差し出した。


『約束します。復讐のために、魔法の力は使いません。わたしは、枯れてしまった花をもう一度美しく咲かせられるような――そういう人の心を明るくする魔法や知識を学びたいんです』


「人の心を明るくする方法なら、他に幾らでもあるよ。魔法学以外の学問もたくさんある。……それでも君は、魔法を学びたいのかい?」


 他にも学びたいことはたくさんある。しかし、今、ミナキの心を強く捉えて離さないのは、魔法だった。もし、何かを中心に物事を学ばねばならないとしたら、自分は魔法を選ぶだろう。

 思わずミナキは、「はい」という形に口を動かしていた。そのあとで、声が出ていないことに気づき、慌てて『はい、学びたいです』と、ラーナンに書く。


 カヌトは笑わずに、「そうか」と呟くように言った。


「そこまで君の意志が固いのなら、もう反対はしない。君に魔法を教えることにしよう」


 ミナキは目を輝かせた。カヌトは釘を刺すようにつけ加える。


「君にふたつ言っておくことがある。ひとつは、今の君では、魔力を完全には引き出せないということ。魔法は声を通して力を発揮するからね。だから、ミナキ、君は頭の中だけで魔法を形にしなければならない。だがね、想念や心の声というのは、実際には形を持たない曖昧なものだから、君は他の人の何倍も努力しなければならないだろう」


 ミナキは緊張とともに頷いた。覚悟が心の奥底から迫り上がり、身体全体を包み込んでいくような感覚を覚える。


 カヌトは厳めしい顔つきで告げた。


「それと、もうひとつ。わたしの所属する魔法学術協会では、七歳から十二歳までを協会が経営する魔法院で、十三歳から十八歳までを、一人の師匠の内弟子となって学ぶ。君は魔法院の生徒ではないが、これからわたしたちの関係は、師匠と弟子ということになる。そのことを忘れないように」


 ミナキは深く頷き、カヌトに向け、手を交差させてお辞儀をした。カヌトは恩人というだけでなく、師と仰ぐに相応しい人だと、ミナキは思う。


(でも、カヌトさんのことを師匠って呼ぶのは、何か違うなあ――そうだ、先生。先生って呼ぶことにしよう)


 それはミナキの心の中だけのできごとだったけれど、結論づけたあと、ミナキはにっこりと笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ