七 魔法院へ
カゥが去り、カヌトは以前のように、一人で全ての授業を行うようになった。
ロウは四か月後に迫った試験のために積極的に勉強し、ミナキも彼に引っ張られる形で熱心に学んだ。そのせいもあって、魔法図の授業だけでなく解呪の授業も、次第にロウに追いつけるようになってきた。
その他の授業は、相変わらず基礎を固める段階だった。しかし、ミナキはこれまでのように自分の現状に落胆しなくなった。得意な科目がふたつあるだけで、自信とはこうも違うのかと、驚いたものだ。
それに、ロウという競争相手がいることに、ミナキは勉強の手応えを感じるようになっていた。例えば、難しい問題にぶち当たった時でも、ロウはとっくの昔にこの問いに答えられたのだと思えば、俄然やる気が湧いてくるのだ。
それは、ロウも同じらしい。ともに受ける解呪の授業で、ミナキのほうが先に手を挙げると、ものすごく悔しそうな顔をする。その様子を見て、カヌトは笑った。
「二人は好敵手だな」
「違います。基礎が全然違うのに、そんなことあるわけないです」
ロウは認めようとしなかったものの、内心で危機感を覚えているのは明らかだった。
二人の競争は生活全般にも及んでいて、床を雑巾がけする際にも、どちらが速いか競うこともあった。これにはカヌトも両手を腰に当てて呆れていた。
勉強の息抜きとしてカヌトが教えてくれる乗馬は、馬が一頭しかいないので、競り合うことはできなかった。それでも、自分のほうがロウより速いに違いないと、ミナキはひそかに思っている。
日々は飛ぶように過ぎ、試験を受けるため、ロウが魔法院に戻る日がやってきた。
魔法学術協会ニギ支部は、ナサーンの西にそびえ立つアシ山脈を、二テュマン(二時間)ほど登ったところにあるという。ミナキとカヌトは、登山道の入り口までロウを見送りにいった。
その日は雨が降らず、雲間から太陽が覗いていた。荷物を背負い、山道に備えて靴を履いたロウは、ふんぞり返った。
「じゃあな、ミナキ。俺はこれから学年一の成績を取ってくるぜ。俺との差がますますついちゃうな」
ミナキは思い切り冷たい視線を、ロウに送って見せた。ロウがいなくなれば、しばらくは家が広くなって、せいせいするというものだ。ロウも負けじと睨み返してくる。
カヌトが二人の間に入った。
「まあまあ、二人とも、それくらいにして。ロウ、試験は落ち着いて受けなさい。君の実力なら何も心配はいらないんだからね。それから――気をつけていってきなさい」
「はい」
ロウは珍しく素直に頷いた。ミナキはいつ出そうか迷っていたラーナンを、ロウの前に突き出す。
『どうしようもない成績を取って、先生の評判を落とすようなことだけはしないでよ。……頑張ってね』
ロウは呆気に取られたような顔で、ラーナンを見つめていた。だが、すぐにいつもの小生意気な表情になる。
「当ったりまえだ。結果を楽しみに待ってろよ」
ロウは身体を山道に向けたあとで、ちらりと振り返る。
「じゃあ、いってきます」
ミナキは手を振った。山道を歩いてゆくロウの後ろ姿が見えなくなるまで、ミナキはカヌトとともにその場に佇んでいた。
ロウを見送ったあとで家に帰る途中、ミナキと並んで歩いていたカヌトが言った。
「実はね、ミナキ。明日、君にわたしが用意した試験を受けてもらおうと思っているんだ。君の試験は、ロウが受けるものとは違って、一日で終わる予定だがね」
ミナキは目を輝かせた。この四か月間で、ロウが受ける「試験」というものへの興味が最高潮に達していたのだ。何より、今までの頑張りを、成績として評価してもらえるのが羨ましかった。
カヌトはミナキの目を見て、ほほえんだ。
「試験の内容は明日まで秘密だ。だけど、範囲は今までに学んだこと全てだから、今日中にしっかり復習しておきなさい。今日は授業はしないが、分からないところを質問するのは構わないからね」
ミナキは張り切って大きく頷いた。
家に帰ってから、ミナキは早速、復習に取りかかった。家事や食事など、生活に必要な時間以外は復習にあて、疑問点があればカヌトに質問する。カヌトは魔法具を作る手を止めて、質問に答えてくれたけれど、夕方になる前にふらっと外出し、しばらくの間、戻ってこなかった。
時間がどんどん過ぎていくにつれ、ミナキはどれだけ勉強しても、足りないような気がしてきた。つい夜更かししそうになって、明日は失敗するわけにはいかないのだからと思い直し、寝床に入る。だが、気が高ぶってなかなか眠れない。今頃、ロウも同じような気分でいるのだろうかと思いながら、ミナキは遅い眠りについた。




