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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第四幕 ■は無情な■の女王
99/100

side.【無情にして無垢】その二


 ――たぶん、あれが七番目だ。

【無情にして無垢】と呼ばれる少女は三日ほど都市内を彷徨い歩いて、そう確信できる背中を見つけた。

 玖来 烈火は別の耳目を借りて捜索範囲を増して、だが少女はひとりきり。であるのに、先に標的を発見できたのは少女のほうである。これは理屈に合わない。本当に女の勘などという理不尽な力が作用したのか。

 そうかもしれない。そうかもしれない。

 だが明快なる差は、きっと執念と呼ばれるものであった。

 女の勘を恐れた烈火だが、それ以上に恐れるべきものを彼は知らない。女の執念というのは、時に男の想像を超えて理屈を捻じ曲げるもの。

 故に少女は背中を見つけ、今こうして追いかけている。

 とはいえ、まあ少女の視点では、未だに確証は得られていないのだが。

 その男は雑踏を歩き、どこへ向かっているかはわからない。だが、格好が奇妙に目を惹いた。

 服装は外套で覆われ見えない。頭髪もまた帽子――何故か軍帽――で隠されている。だが端に黒い髪がちらりと見える。それに、なによりあの己を隠すような着飾り方は、ちょっと怪しい。

 まあ、割りと杜撰で雑な判断の仕方で、違うかもしれないけれど。

 黒髪がいないわけじゃない。あの手の服した者がいないこともない。

 けれどもまあ、別にいい。そういうのは殺してから判断しよう。殺して、目を見て、そこで判じる。

 神子がついていなければ傀儡ではない。そうした判断もあったが、それは早計だと思う。なにせ少女自身、傀儡の判別法のひとつに神子が傍らにいることを聞いた時点で必要時以外には自身の神子インディゴに極力離れているようにと指示をした。他の傀儡が同じ手を打たないとも限らない。

 一応、周囲を確認し、人目に触れぬ人外美を持つ者がいないかとも探ったが、発見できなかった。神子を見つけるのは、きっと傀儡よりも困難だろう。

 どうするか――やはり打って出よう。迷いはなかった。

 慎重さは大事だが、今尊ぶのは拙速であり、迅速さ。

 彼女は焦っていた。焦ってはいけないと理解しておきながら、心が制御しきれていなかった。

 何故なら少女は焦がれている。恋焦がれて燃え尽きそうだ。


 あの人に会いたい。あの人に会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。


 狂おしいほど再会を欲し、はち切れんほど現状に憤怒し、ブチ壊れそうなほど何もかもが苛立つ。

 なぜ再会の邪魔をする。こんな世界は大嫌いだ。帰る邪魔をする何もかもが首を飛ばして死ねばいい。この異世界が滅べば帰れるのか。神子どもの首を並べれば会えるのか。ああ、死ね、死ね。みんな消えてなくなれ、気持ち悪い。

 あたしはただ、ただあの人に会いたいだけなのに。なんでそんな些細な幸せを邪魔するンだ、ハラワタ煮えくり返って仕方がない。

 死が二人を別つなら、死すら踏みにじって別離を取り消そう。神だろうが運命だろうが、そんなくだらぬ呆け者なんぞにこの想いは負けたりしない。必ず打ち克ち笑ってやる。今に見ていろ、コン畜生めが。

 それは少女にとって、己を奮い立たせるための儀式のようなもの。一種の鼓舞であり、しかし真実のみの発露である。

 彼女は心底からとある男との再会だけを望んで立っていた。

 ゲームの参加、蘇生の理由、殺人の意味、性急さの真相。

 ひとつ残らず愛しい男との逢瀬だけを芯にしている。

 そのためならば、彼女は嘘偽りなくなんでもするだろう。どんな手段を使ってでも傀儡どもを皆殺しにして生き残り、地球へと帰ろうとするだろう。

 たとえば極論、彼女はこの都市で七番が見つからないようなら、周囲の人間を片っ端から殺すという案をも手札に残していた。

 全員殺せば燻り出せる。逃げるような腰抜けならば勝手に死ぬ。だから都市を丸ごと皆殺しにする。

 単純で安直で浅慮で、ゆえだからこそに真っ直ぐで鋭くて暴力的。

 その有り様は――まるで淡い星々の輝きを駆逐し君臨する夜空の月のよう。

 ともあれ、そういうわけで、この少女の発見は、ある意味で幸運だったのだ。彼女にとっても、彼にとっても、またこの都市に生きる全ての者にとっても。


「…………」


 しかし、それにしてもふむ。

 どうやら、こちらの尾行がバレているらしい。そこまで下手は打ったつもりはないし、自分が素人であるとも思わない。気配は消して、振り返っても視界に入らないように立ち回り、見続けたりもしていない。付かず離れず上手く事を運んでいるはず。

 であれば向こうもそれなりの手練ということか? それとも、単純に運がいいとか、能力……は【無情にして無垢】には通じない。やはり彼本人のなんらかだ。

 武芸に秀でた傀儡が、自分だけと思うほどに思いあがってはいない。だが、自分よりも達者というのは、考えづらい。考えたくない。

 何故なら少女より強くあると許容できる存在は、あの人だけなのだから。

 事実はどうかと言えばそんなことはないのだろう。真実の数字を見れば彼女や彼より強い人間は、多くなかろうが多少はいる。

 それでも少女は否定するのだ。あたしに敵うのはあの人だけだと。あの人は最強無敵で誰より強いと。

 乙女心である。夢見る少女の、甘く可愛らしい願望である。

 その乙女心があってこそ傀儡として選んだ力が【無情にして無垢】というのは、どうにも恐ろしいほどにロマンティストであるが。

 とかく、少女は自己の武力に自信を持っていた。たとえ他の傀儡が武術を嗜むのだとしても、真っ向やりあい負けるとは思わない。

 だから、外套に軍帽という奇抜なファッションの背中が、人の少ないほうへと向かっているのを好都合だと思った。

 おそらくあの七番も武に自信を持っているのだろう。だから人の少ないところで振り返って、真っ向勝負に洒落込むつもりなのだ。

 可愛らしい。愚かしいくらいに盲目的で妄信的、そのとろける甘さを噛み締めて死んでいけ。最後に甘さ味わい死ねるなら、嬉しいじゃない?

 彼女の身につけた流派は、おぞましいほど殺意に傾いている。そこらで覚えた体操レベルの体術でどうこうできるものではない。

 ではさて、彼に至るための一歩、お前を踏みにじって前に進もうか――七番目の傀儡さん。


 彼女は少し、頭に血が昇っていた。


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