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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第四幕 ■は無情な■の女王
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81 年の功より理不尽な


 この大陸、この都市に【無情にして無垢】がいる。そして困ったことに烈火を狙っている公算が高い。

 なので、烈火は次の日外出する際に最大限の警戒心を持って行動にでることにした。

 まずは宿から出る段階で『不知』を使ってバレないようにする。この宿にて寝ているという事実を伏せるため、他の、ちょっと遠めの宿に移動する。そこのトイレで『不知』を解いて何食わぬ顔で外へと出る。

 すると客観的に見て、烈火の借りて住まっている宿は無関係な別の場所と勘違いが起こる。まあ、【無情にして無垢】の視点ではおよそ『不知』中でも見えているのだろうが、念のためだ。【無情にして無垢】に仲間がいないとも限らないし。単独行動なんてあまり意味がないわけで、そこまで考えておくべきだろう。

 そして出歩く時、七には離れてもらうように頼んだ。烈火の横に並んでいては傀儡であることがバレバレなのだ。その件は反対の声が大きくて、結構真面目に話し合ってなんとか納得させた。ここが一番骨が折れた気がする。七ちゃん、本当にお前は勝ちたいのか。

 で、ここまで念の入った対策を打っておいて、しかし、烈火のことを【無情にして無垢】に発見されているかも不明で、杞憂であるという可能性も大きい。

【運命の愛し子】は即座に抹殺された。時間的に見て、この大陸にやってきてすぐのことだろう。つまり、【無情にして無垢】は時間をかけて攻めたりせずに、即断で殺しに来るのではないか。バレていれば既に襲撃があるのではないか。この警戒は、半分ほど無駄なのではないか。

 そういう思考の方向もあった。それでも警戒心が先立ってしまうのは烈火の慎重さというか臆病さというか。

 だったらいっそこっちから攻めるのはどうだろうか。出歩く際に離れる件で、七に突きつけられた代案である。

 確かに警戒するのもいいが、こちらから探して見つけて奇襲を仕掛けるのも手だ。【運命の愛し子】にはその幸運ゆえに通じない手段だが、他の者相手ならば五分だろう。

 黒髪黒目の少女――聞き込みでもすれば見つかるかもしれない。

 その方針も、烈火は既にとっている。というか、警戒と同時にこちらからも探すこと。これが七の離れている条件のひとつであった。なんて面倒な奴だろう。

 よって、今日訪れたのはとある宿。に併設された食堂。

 その宿は食堂を開放していたので、外部の者でも食事だけとれる様式となっていた。

 そこで食事を注文し、しばし舌鼓を打っていると――


「む、おやそこにいるのはクライ殿では?」

「どうも、爺様」


 そう、そこは遠征で知己となったトト・ライファンの借り住まう宿屋であった。


「急な来訪すみません、ちょっと爺様にお話がありまして」

「ふむ、いいじゃろう。席、失礼するぞ」

「どうぞどうぞ」


 わざとふたり席に座していた烈火の正面に、爺様は腰を下ろす。すぐにやって来たウエイターに注文をして、食事が運ばれるまで沈黙で待った。十分くらいで再びウエイターが訪れて、注文通りの品を置いて去っていく。

 これでもう他の人間がこのテーブルにやってくることはない。安心して話ができる。

 烈火は用件を切り出した。唐突気味、単刀直入に。


「黒髪黒目の少女を、知りませんか?」

「黒髪黒目の、少女とな」

「はい。ちょっと探してまして。できれば内密に探してくれませんか? お金は払いますので」

「……ふむ」


 トトは自身の髭を撫でて思案を少々。糸のような目が開き、鋭く烈火を貫いた。


「それは、「戦鬼衆」の頭目殿と関係があるのかのぉ」

「……それは」

「確か、つい昨日に都市内の道のど真ん中でいつの間に死んでいたという少年も、また黒髪黒目だったそうじゃが?」


 そして烈火も、黒髪黒目である。

 トトは無言で付け加えて、烈火の瞳を覗き見る。真意を探るように、この奇妙な共通点に疑問するように。

 というか都市の道で死人とか、もう話が出回ってたか。烈火の確認した掲示板にはまだ記載はなかったはずだが――耳が早い。

 そうしたところに期待している。烈火はある程度ぶっちゃける。どうせ隠そうとしても、爺様には通じまい。逆に一歩踏み込むことで、踏み込ませないようにする。


「関係あります。実は黒髪黒目の人間同士で、ちょっとしたイザコザがありまして」

「……ほぉ」

「最悪、死人がでるようなイザコザです」


 実際に【運命の愛し子】は死んだ。殺された。爺様も知っている。嘘とは思われまい。

 そこで、烈火はちょっとおどけたように肩を竦めて見せる。


「で、どうしますか。これ以上話すと面倒事に巻き込まれるかもしれませんが」

「ほほ。確かにのぉ、あまり聞かぬほうが賢明じゃろうな」

「探し人の依頼は、どうですか」

「そちらは、まあよいじゃろう。金を払うなら依頼人じゃ。討伐者として、請け負うとも」

「ありがとうございます」


 やはり爺様は賢明で慎重でプロフェッショナルだ。こちらの事情は深く問わず、仕事はこなしてくれる。

 下手に突っ込んで知りすぎて巻き込まれても困るし、かと言って依頼は依頼で無感動にこなすべき。


「それで、その人探しとやら、どれほど身をいれて取り組むべきじゃ」

「? どれほど、というのは?」

「たとえばわしのツテを総動員して、手を借りることのできる者たちを集めて人海戦術で都市中を探し回る――なんてこともできるのじゃが、その場合は多額の金をとるぞ」

「…………」


 そんなことまでできるのか、爺様。怖い。

 遠征の件でこの爺様とコネが結べて、実は相当ラッキーだったんじゃないだろうか。


「いえ、そこまで全力でなくても、ちょっと知り合い間で話を聞くとか、目に入ったらでいいです」

「能動的に探さず、目と耳を凝らすだけでよいということかの」

「ええ、はい、充分です」

「それなら、まあ最低金額で請け負うことができるの」


 爺様の耳目なら、烈火のそれより遥かに多くの情報を得るだろう。

 金もあまりないしな。いや、本当は遠征で結構いただいたけど、無駄遣いはよろしくなかろう。


「傀儡戦争中に傀儡探すのは無駄遣いには当たらないと思いますけどね」

(まだ五人いるのにひとりに全財産ぶっこむのがか?)

「金は天下の回し者ですよ」

(確かに信用ならんけどな。気付けばすぐに裏切るし)


 そんな裏切り者の金を取り出して、爺様へと黒髪黒目少女探しを依頼したのだった。






 と、いう感じの話し合いを経て宿に帰る道すがら。雑多な人通りの隙間を縫うように歩いて、宿へと行く。


(どこか寄ったりしますか?)


 距離を置いているため、七からの声はテレパシーである。

 烈火も同じくテレパで返す。目線も表情も変化なく。


(いや、直帰だ直帰。【無情にして無垢】をどうにかするまで極力どこにも行かん方向で)

(長引いたらどうするんですか)

(その場の最適を選択しつつ臨機応変に全力を尽くします)

(なんも考えてないんですね、わかりました)


 やれやれと、声だけで伝わってくる。

 そんな呆れるな。全部が全部考えておくなんて肩こることができるわけないだろう。ちょっとぐらい適当にしたほうが対応がしやすいんだよ。

 一応これでも今だってこっちを見てる視線がないか探ってるんだぜ? 


(こっちは逃げ回って引きこもって、爺様が敵を発見するのを待てばいい。んで、奇襲仕掛けて終わり)

(簡単に言いますが、簡単になりますかね)

(さあな。けど、どうにせよ、おれが見つかって急襲仕掛けられるのはまずい)


 リーチャカに会いに行かないとなんだかまたむくれそうだが。

 リヒャルトには本を借りたりなんぞ教授を受けたかったが。

 傘にも顔合わせくらいしておきたいと思っていたが。

 烈火の――異邦人の事情だ、巻き込むわけにはいかない。


(ま、そう長くはかからんと信じようぜ。爺様の手並みだしな)

(しかし玖来さんはトト・ライファンについてはだいぶ買っていますね)


 遠征の際やこうした会話の切れ端からも見え隠れするのは尊敬に近い感情だ。キッシュレアにも尊敬の念は抱いているだろうが、しかし彼女は烈火に大きな恩があって様々なことを教えた、まあ師のようなものだ。尊敬はわかる。だが、トト・ライファンは、そこまでのことを烈火にしただろうか?


(私は、あまり凄いところを見た記憶はありませんが)

(……なに言ってんだ、お前。あの爺様は存在だけでヤベェだろうが)

(? 命が軽い世界で、討伐者としてあの年齢まで生存している事実ですか? それはまあ、確かに凄まじいことですが)


 ゆるく、烈火は首を振る。それは間違っていないが、烈火の畏敬する部分の一端に過ぎない。そこではなく、もう少し大きく見て、凄いと思うのだ。


(爺様や、あとうちのジジイにも言えたことだがな――継続は力なり、地でそれ行って不屈って点が、おれには山より巨大に見えるね)


 たとえば一日一回石を積む。明日にはその石の上に石を。明後日にはその石の上の石の上に石を。

 積んで、重ねて、伸ばしていく。

 それを続けて、続けて――もう彼らは何年目なのだろうか。何十年目の石を積んでいるのだろうか。


(普通、諦める。どっかで石積みなんか面倒になって放置か、それとも失敗して積んだ石が崩れてゼロから再スタートを余儀なくされる。ま、その再スタートの時点がいつかによって、また石積みをはじめるのかどうかは変わるが――爺様とジジイは、失敗なく諦めなく、今日も含めて石を積み上げてるんだよ)


 その石は、一体全体どこまで積んでいるのだろう。どんな高さになって、どれだけの数になっているのだろう。ただのちっぽけな石が、膨大に積まれたことで山超え天超え月まで届く。

 馬鹿馬鹿しいほど素晴らしい。


(おれなんか十八年のヒヨっ子だ。これから挫折して石が崩れるかもしれねぇ、それでなくともあと五十年間同じ石を上手く積めるかなんてわからねぇ)


 しかしそれを実際にやってのけ、今も積んでいる人間がいるのだ。それは、尊敬に値するだろう。

 ただ時間を重ねて年輪だけを増しているから敬うのではない。その時間を使い潰して努力し続ける不屈だからこそ、素晴らしいと敬老する。


(年寄りってのは、ことごとくそうであって欲しいもんだよ。ま、若者の無茶な要求なのはわかってるけどな)

(…………では、私は)


 誰よりどんな人間よりも歳を重ねた神子は――あぁ、果たして石を積んでいるのだろうか?

 七が己が内面に疑問を問いかけた、その時。

 ――烈火の表情が変わった。頬に一筋の冷や汗を垂らし、今にも天に罵倒を叫びだしたい衝動にかられる。


(うそ……だろ……)

(どうしました、玖来さん)

(いま、ほんの僅かだが、視線を感じた。おれを、見てる奴がいる)

(なっ。いやっ、それは……その、黒髪黒目の奇異さゆえでは?)

(馬鹿野郎。おれがなんのために外套羽織って軍帽置いてると思ってる。そういう視線は最近薄い。稀に正面から目を見られて、帽子から零れる髪を見られた時くらいだ)


 だが先の視線は後方である。烈火の瞳を見られたわけではない。

 この装備で、七は離れて、髪はまあ見えたかもしれないが――それでも烈火が傀儡だと、そう判別しやがったというのか?

 しかも昨日今日という短時間で、だ。どういう理屈で、どんな不幸だよ。あぁ、【運命の愛し子】の悪意は烈火に向いていた、これこそ本当の奴の最後っ屁だとでも言うつもりか? 笑えない。

 それとも、それこそまさかだが――まさか女の勘たらいう理不尽か。だったら笑えて仕方ないんだがな。


(どっ、どうしますか)

(……勘違いの可能性を考慮して、少し歩く。できれば、ひと気のないほうに)

(もしも当たりなら、)

(倒す。それだけだ)


 全く、爺様に頼んだばかりだというのにこの急展開。困ったもんだ。

 払った金が無駄になったじゃねぇか。今回、烈火は空回りばっかりだな。



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