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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第四幕 ■は無情な■の女王
96/100

side.【無情にして無垢】その一


【無情にして無垢】は異世界に蘇生してから、即座に行動に出た。

 一刻も早く生き返らねばならない。一刻も早く地球に帰らねばならない。

 彼女は非常に急いでいた。急いで、ゆえにきっと誰より真剣にこのゲームの勝利を目指していた。

 まずこの世界について学ぶことにした。無口な自身の神子を質問攻めにし、適当な通行人をボコって話を聞きだした。

 重要そうな話は二つ――魔法という存在、そして竜人というこの大陸に住まう種族。

 繋ぎ合わせて結論する。竜人をひっ捕らえて魔法を教えるように強要しよう。【無情にして無垢】は大分強引で、かつ優しさに欠けていた。それだけ急いでいたし、なりふり構ってはいられなかったのだ。

 魔法は必要だ。この無効体質を活かすに適したものだろうし、どういうものか知って学ぶべきだ。この世界の戦士は標準で魔法を覚えているのだ、他の傀儡たちも学ぶだろう。効かないからと無視しては足を掬われるかもしれない。それに、こちらが使えるようになれば大分狩りがスムーズになるだろう。

 そして竜人は魔法に長ける幻想種らしい。だったら魔法を学ぶ際に利用するのに適する。友好的に対話し、その技術を学ばせてほしいと頭を下げるのも手ではあるが、それでは確実性に難がある。種族の違いに侮りが生まれるかもしれない。外見の細さに見くびられるかもしれない。仮に教えてもらえたとして、無駄に時間がかかるだろう。自分も武道を学んでいたが、ああいうのは基本から順にゆっくり確実にしか教えてくれないものだ。彼女は急いでいた。

 それに、別に基本からきっちり覚える必要はない。付け焼刃で結構。雑で本道から外れて未来がなかろうが、六人をブチ殺す際の手札の一枚にでもなれば万々歳なのだ。

 ある程度大きすぎず小さすぎない町を選び、魔法の知識を持つという老人を発見した。竜人で老人ということは本気でだいぶ年寄りだろうが、それはそれで得られる知識も多かろうと躊躇わずに彼に決定した。

 老人は数百年もかけて練り上げた強大な魔法をもって抵抗したが、【無情にして無垢】には一切のダメージもなく簡単に接近できた。どれだけ膨大な魔力だろうが、どれだけ高位の魔法だろうが、神によって約束された無効の体質には傷ひとつつくことはない。

 その事実に呆けてる間に封印のスキルを行使した。

封神円祇ホウシンエンギ』――傀儡として得た三つのスキルの内のひとつで、対象者の魔法や神様能力を封印してしまえる力だった。

 これにより竜人の老爺は魔法を奪われ、あとは身体能力だけで――しかし老衰と【無情にして無垢】の体技によって打ちのめされてしまう。

 そして老人を監禁し、その家を占拠した。魔法を教えろと脅迫した。

 最初は勿論、抵抗された。誰がそんなことをと吼えてきた。痛めつけて縛り上げ、食事を与えず放置したら泣きついてきた。一食一品につき知識を披露することを約束させた。

 それからは、ずっとずっと老人との対話だけに日々を費やした。魔道の修練にだけ手間と暇をかけた。最初の下準備に時間をかけるほど後々が楽になるのを、努力を重ねておくことの重要性を、彼女は知っていた。

 だから気は急いていたものの、これが最善だと思っていた。

 なにも考えず、我武者羅に傀儡を探しに行っても無駄だ。一度返り討ちにあえばそれで終了なのだ。確実に殺せるだけの実力を得て、動くのはそれからでなければならない。中途半端ではいけない。確実でなければならない。

 素早い帰還も大切だが、それ以上に失敗は許されないのだから。絶対に、もう二度と死ぬわけにはいかないのだから。


 ――彼女には愛すべき人がいた。


 恋焦がれている相手がいた。この身、この魂を投げ打っても構わないほど大好きな男性がいた。

 地球で待つ彼に再会しなければならない。それが彼女の至上命題。なにをどうしようとも、なにを切り捨てようとも、絶対に帰らねばならない。もう一度、彼に会って話して――それから、それから。

 あぁ、未来を思い描くだけで、彼女は魔法の修練、武術の鍛錬が全く欠片も苦にならない。今この瞬間が輝かしい未来のための礎であり、この研磨が彼へと続く道程なのだ。そうだ、これは水遣り。薔薇色を咲かせるための大切な水遣りだ。欠かせないし、毎日続けていれば楽しくなる。いつか咲き誇る花を想像して恍惚としてしまうのだ。

 まるでもなにもなく、夢見て恋する乙女のように。頬を朱に染める初心な生娘のように。

 そうして四ヶ月ほどを自己強化に勤しんだ彼女は、しかしそろそろ我慢の限度を迎えた。

 想像するのは甘美だ。そのために頑張る自分もまた美化できよう。しかし四ヶ月も彼と触れ合えない地獄であることは不変である。少女は狂いそうだった。騙し騙しやってきたが、彼女は彼が傍にいないと狂してしまう。そういう異常性があった。

 よって動き出すことにした。魔法は完璧ではないし、まだ学ぶこともあった。それでも構わない。端から完璧を目指していたわけではない。ある程度でよかったのだ。だからそれが今でも、まあ予定よりは少々早いが、大丈夫だろう。移動の時間にも修練は積める。

 さて、動き出そう。

 となると今まで得ていた情報を引っ張りだして整理しなければならない。他の傀儡たちの居場所、その推移。そして交戦。

 目立つのは第七傀儡。交戦数が最も多い。そしてそのくせ撃破は一度もない。逃げの達者な臆病者、そういう印象が最初に湧き上がる。だがどうだろう。相手が残らず逃げ出すほどの強者の可能性も捨てきれない。

 また、第七傀儡に注目すべき点は――こいつが唯一【無情にして無垢】の能力とアザナを知っているということ。

 自分の能力は相手に知られていない間が最も殺しやすい。どんな強力な魔法も無力化し、どんな卑劣な異能にも屈せず、どんな激しい一撃も通常のそれに戻す。つまり渾身の初手を無為としてカウンターを確実に打ち込めるということ。竜人の老爺のように、無効化するというのは驚愕を誘引するものだ。隙を生じさせることができ、そこを突く。【無情にして無垢】の最適な戦法はそれだろう。

 だが、七番目には効かない。何故なら前もって能力を知っていて、自分の神様能力を無力とされても「あぁ第六傀儡か」で終わる。

 故に自身の能力を知る唯一の傀儡、七番目。そいつを先に仕留める必要がある。誰か他の傀儡に話したりしないように、交渉材料として使われる前に。

 ――彼女は【無情にして無垢】、故に【不在】の特典である月の発表の隠蔽すら無視する。だが、隠蔽されているという事実には気付けず、そのため彼女は七番のスキルについて見当もついていない。

 ともあれ彼女は七番の居所を把握していた。七番はどうやら第七大陸に留まっているらしい。第六大陸からも行きやすいし、向かってみるか。

 臆病弱者なら苦もなく倒せる。強者甚大だった場合でも、まあ暗殺を狙えばなんとかなるだろう。

【無情にして無垢】には武術の心得はある。達人、と自称できるほどではないにしても、戦うことはできる。少なくともファンタジックな力に依存した阿呆ども程度ならば打ち倒せる自信はある。無効化体質があれば、どんな理不尽も無意味とさす。体術勝負に持ち込める。こっちは一方的に魔法を使える状態で、だ。

 七番だろうと、およそ打倒できるはずなのだ。

 そして向かった、第七大陸。

 ちょうど、というか計算通りに五回目の位置発表の直前に大陸移動のための橋にまで辿り着いた。そこで橋上は既に第七大陸とカウントされると神子に聞いたので、発表があるまで第六大陸に留まった。これで表記上、【無情にして無垢】は第六大陸から移動なし。変化なしとされる。まさか自分が七番を狙っているとはバレまい。

 まあ、七番は第三大陸にて三番と争ったらしいので、最悪の場合はまだ第七大陸には戻っていないだろうが。

 まだ、というのは、彼女なりに考察し、七番は第七大陸を拠点にしていると考えていたからだ。事実、七番は最初の発表を除けばずっと第七大陸にいつづけている。

 そして、その考察は真実だったと今回の発表で確信する。七番は第七大陸に戻っていたのだ。発表内容の偽証のために第六大陸に留まった甲斐があったというもの。

 彼女は発表直後に橋を馬車を使って最短で渡り、すぐに黒髪の人間を見つけた。

 気配を殺して近づいて、なにやらそれっぽいことを口走っているのを耳にしたので――とりあえず刺してみた。

 ハズレだった。死後に伝達があったが、彼女が殺害したのは第五傀儡【運命の愛し子】だった。

 あぁ畜生、邪魔しやがって。これで七番の警戒を煽ってしまう。狙っていることが露見してしまう。殺すのが面倒になってしまう。

 あたしは早く帰らないといけないのに。

 だが焦ってはいけない。急ぐと焦るはまるで違う。焦燥してはこけるだけ。頭を冷やして走らねばならない。

【無情にして無垢】は、ともあれ七番を探すことにした。


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