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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第三幕 人間失格、鬼合格
95/100

side.【運命の愛し子】その六


 ――南雲 戒は帰ってきた。

 というと、地球に戻ったように聞こえるが、無論にそうではない。

 第七大陸に、だ。第七大陸リラに、南雲 戒はようやく帰ってきたのだ。

 長い時間をかけた。多くの葛藤があった。幾多の試練は――特になかったけれど。

 ともかく迷い迷って、彼は第七大陸へと舞い戻った。

 本当は逃げたかった。逃げて逃げて、そして勝手な幸運と不運に任せて隠れていたかった。

 それでも充分に影響力はあった。他の傀儡にプレッシャーを与え、近づいた者を不幸に叩き落す。場合によってはそれで勝利もできたかもしれない。

 けれども彼は帰還した。その理由はただひとつ。


「玖来……烈火」


 戒を攻め立て、追い落とし、そして恐怖を刻み込んだ男。

 奴を倒さねば戒はきっと前に進めない。主人公として、本当に生まれ変わることができない。

 その価値観、考え方は今までの南雲 戒には存在しなかったもの。だってそれは、戒が主人公になろうと努力することにしたということだ。

『無因善果』、自ら動くことをよしとしなかった少年が、前に進もうとしていた。

 それはちっぽけで、一歩とも言えない半歩の前進。だが、それでも確かに前に歩んだ。南雲 戒は、異世界に来て、烈火と戦い、荒貝と会話して――成長したのかもしれなかった。

 次はもう間違えない。絶対に間違えない。

 もう二度と奴と顔をあわせたりなんかしない、そう望んだりもしない。会わずに触れずに立ち向かわずに――勝つのだ。

 何故ならそれが最も勝率が高く安全で、己に適したスタイルなのだから。


「今度こそあの男を、七番目を殺してや――」


 ざしゅっと、軽い衝撃が腹部を襲った。

 全く完全に不意をつかれて、戒は何事が起こったのか理解できない。疑問符を浮かべながら、ゆっくりと首を下げて変な感触のあった腹を見遣る。

 ――刃が生えていた。

 背中から貫通し、肉も骨も内臓もまとめて裂いて顔をだす錬鉄の刀尖。それも、でかい。幅広く厚く重い、大剣だ。

 こんなものが刺さって、人は生きていられるだろうか。

 無論に、否だ。


「が……ふっ……」


 血が際限なく腹から湧き出る。噴き出る。失われていく。それはまるで命が零れ落ちていくような、そんな赤の流出であった。

 大剣は捻ってから引き抜かれる。それは確実に殺すための作法である。引き抜く拍子に戒はふらついて、三歩でぶっ倒れる。腹の痛みに、死の恐怖に、自然と涙が流れ出す。

 なんだ、これ。なんなんだよ、これは。こんな、こんな理不尽ありえない。どうして。どういう。わけがわからない。だって南雲 戒は神に幸運を保証され、運命に愛されているはずではないのか。


「ど……して……僕は、運命に……愛っ、され……」

「はァ? 僕は運命に愛されてるだ? 馬鹿が。運命は愛してこそ愛してくれる。人間と一緒だ。一方的に愛を恵んでもらおうなんて乞食た考えがまかり通るわけがない」


 不様に横たわる戒に、降り注ぐような侮蔑の声。冷徹で、冷血で、澄んだソプラノの声。

 最期の力を振り絞って、戒は首を傾ける。血走った目で声の主を睨みつける。

 それは少女だった。黒い髪に黒い瞳をした、同年代と見える少女である。


「って、運命って言えば……こいつ七番じゃなくて五番か。そういえば第七大陸に五番もいるんだったっけ……失敗したな……」


 少女は戒の顔すら見ず、落胆に肩を竦めた。

 これで六番が五番を打倒したと他の傀儡全てに伝わることになる。七番目にも、伝わることになる。つまり自分の所在がバレるのだ。それは少しだけだが、困る。


「せっかく橋を渡らずにいたのにな……まあ、いいか。七番が第三大陸からこっちに戻ってる、まだやりようはある」


 目を見張る戒に何気なく遠慮なくトドメを振り下ろし、少女は自然な足取りでその場を離れる。返り血ひとつつけていない古びた外套で全身を覆い、大剣を背負い、髪を隠して去っていく。

 それからしばらくして――絶叫。

 ようやく周囲にひとりの少年の死が発覚したのだろう。少女の手際のよさ故に、行き交う人々はすぐには気付けなかったのだ。

 そして絶叫が上がった頃には、少女は既に人ごみに紛れてどこへやら。

 どこかの雑踏の合い間に埋もれつつ、少女は騒ぎから離れるように都市の中心部へとずんずん歩いていく。その口元に刻まれるのは、危険なほどに鋭い笑みか。


「どうせ逃がしはしない。確実に殺して――」


 酷薄な声音は、最後の一瞬だけ歳相応の弱さを垣間見せる。


「急いで帰らなきゃ……」






 ――そしてその日その時その瞬間、全ての傀儡に以下の情報が伝わった。


 第五傀儡【運命の愛し子】南雲 戒――脱落。


 第三幕終了。


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